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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:奴隷たちの反乱3

 駆け込んできた魔族は門兵の魔族たちの同僚らしい。

 魔族兵同士の会話で、新しくやってきた魔族も門兵だということを美咲は察する。

 交代要員だろうか。


「おい、速報だ! 捕まえた奴隷たちは反逆罪で明日処刑だそうだ! ざまあみろ、人間どもめ!」


 大声で発せられた声に、美咲は思わず声を上げそうになる。

 叫ぶ寸前で、美咲の口はミルデの羽によって覆われた。


「さすがに、反応するわよね。しちゃうわよね。でも駄目よ」


 美咲の口を塞ぐミルデの目は、油断なく門兵の魔族たちを見つめている。

 門兵の魔族の一人であるミルデの幼馴染の男が、知らされた情報に一瞬ミルデへ気遣わしげな視線を送ると、つまらなそうな表情を作って会話に加わる。


「奴隷は処刑か。まあ妥当な判断だな。手引きした奴も捕まえたんだろ。そいつはどうした」


 尋ねたミルデの幼馴染の男に、知らせに来た同僚が詳しい話を語る。


「それが、奴隷を解放したのは魔族の子どもだって話でな。可哀想だが、反逆罪の適用は免れん」


「……え?」


 ミルデの翼によって塞がれた美咲の口から、小さな声が漏れる。

 本当に小さな声量だったし、翼に遮られて、か細い声になっていたので幸い誰にも聞かれずに済んだ。


「子どもが奴隷を解放しただって? どういうことだ?」


「どうやら人族側の間諜が子どもを唆したらしい。純粋さに付けこんだんだ。卑劣な奴らめ」


「なんとかならんのか? まだ子どもだろ」


「やったことがやったことだからな……母親には気の毒だが、極刑は免れまい」


 門兵たちの会話は、哀れではあるが処罰そのものは妥当という方向で固まっていた。


(本当に、何とかならないの?)


 子どもが処刑されるという事態は美咲には馴染みが薄く、どうしても拒否感を覚えてしまう。


「お姉ちゃん。ミーヤたちで、その子、助けられないかな」


 ミーヤの小さな声を聞いて、ミルデがぎょっとした顔で振り向く。

 幸い、ミーヤの発言を聞いたのは、近くに居た美咲とミルデだけのようだ。

 門兵たちは自分たちも会話をしていたから、自分たちの声でかき消されて聞き逃している。

 おそらく、彼らにも聞こえていたなら、面倒なことになっていただろう。


「流石に無理よ、それは」


 窘めるような声音のミルデに、ミーヤは反発した。


「ミルデには聞いてない。ミーヤはお姉ちゃんに聞いてるの。お姉ちゃんが嫌だって言うなら。ミーヤだって諦める」


 つんと尖ったミーヤの態度を見て、ミルデはため息をつく。


「……ならいいけど。美咲ちゃんの答えは、分かり切ってると思うわよ」


 何かを反論しようと口を開きかけたミーヤは、何も言わずに一度口を噤んだ。

 歳の割りにミーヤは聡い子だから、本人だっておそらくは予想がついている。

 捕まったという魔族の子どもを助けるのは難しい。

 ミルデはこの街の出身といえど、今はもう街を出て生活しているから部外者だし、美咲とミーヤはそれ以前に人間で、魔族に対して何かを発言する立場にそもそも立っていない。


「でもミーヤは信じるよ。だって、ミーヤの時も助けてくれたもん。ね、お姉ちゃん、そうだよね?」


 縋るようなミーヤの眼差しは、ミーヤの子どもらしい純真さの表れだった。

 どうしようもないことはミーヤとて理解している。それでも、美咲なら何とかしてくれるのではないか。

 そんな期待が、透けて見えた。

 過度な評価を受けて、美咲は迷う。

 美咲としては、哀れだとは思うし、助けられるなら助けたい。

 しかしそれは自分たちの身の安全が保障されていることが前提で、それを崩してまで助けようとするのは本末転倒だ。

 美咲の行動が直接的にこの結果を招いたのならともかく、今回は美咲は絡んでいない。

 さすがに美咲が蜥蜴魔将ブランディールを倒したからこうなったなどと理由を結びつけるのは、暴論だろう。


(……それに、ミーヤちゃんが捕まった時は原因が私自身にあったからで。今回の件とは、違う……。私のせいじゃない、はず)


 助けに行きたいけれど、その後の展開を考えると尻込みしてしまう美咲は、無意識に断る理由を探してしまう。

 けれど、美咲は完全に割り切るには、まだ大人になりきれていなかった。


(本当に、そう?)


 疑問が、胸の内から湧き上がる。


(元はといえば、私が蜥蜴魔将を倒したせいじゃないの?)


 確かに暴論といえば暴論だ。風が吹けば桶屋が儲かるのと同じくらい、因果関係が遠過ぎる。

 でも、美咲が蜥蜴魔将を撃破したことは、人族側にも魔族側にも知れ渡っていると見ていい。

 人族軍には騎士団が居たし、美咲は彼らに蜥蜴魔将を倒したことを報告した。死体だって確認させた。

 今はバルトの頼み通り、隠れ里の墓地に手厚く埋葬しているけれど、それで倒したという事実が消えるわけじゃない。


(影響を読みきれなかったことについて見ない振りをするの?)


 決して、美咲の責任ではない。

 普通ならば、そういう結論が出るはずだ。

 だからといって、厚顔無恥に我関せずを貫けるほど、美咲の面の皮は厚くない。


(もっと考えて、先に対策を打っておくべきだった。どうして気付けなかったんだろう)


 自分の思い至らなさを、美咲は嘆く。

 行動の責任、その重みを思い知る。

 自覚した重みは、ずっしりと美咲の肩に圧し掛かった。

 美咲には、背負うものが多過ぎる。


(気付いていれば、時間は十分あったはず。ヴェリートを調査している時は、騎士団と一緒に行動してたんだから)


 あの時は、ルフィミアの仇を討てたことで舞い上がって、そこまで考えが回らなかった。

 その結果が今に繋がっている。

 結局ルフィミアは死霊魔将に生ける死者として囚われていて、仇を討っても何の意味もないことを思い知らされた。

 完全に美咲の自己満足に終わり、自分の行動の影響すら、予測出来なかった。

 結果、魔将が斃れたことで人族軍が息を吹き返した。

 武勇の誉れ高い第二王子も参戦して、ヴェリートを取り返した後も戦線が押し上がり、逆に魔族領に攻め込めるようになった。

 今なら、美咲は人族側を取った策が予想出来る。


(私たちが忍び込んだみたいに、人間でも魔族の街に入る方法が無いわけじゃない)


 少数だけれど、人族側にも魔族領に居てもおかしくない存在が居る。

 人族に協力する変わり者の魔族や、元々人族のコミュニティの中に生まれ、そこ以外に居場所のない者。

 思えば、エルナもそうだったのだろう。

 彼女は、奴隷の子だった。

 母親が魔族で、エルナも母親と同じ血を引いている。

 エルナはもう死んでしまっているけれど、同じような存在は皆無ではないはずだ。

 おそらく、魔族が人族側に寝返る過程には、非人道的な方法があったことは想像に難くない。


(街の内情を探る手段はある)


 人族が選んだ手段を詰るのは簡単だ。

 でも、美咲は、人族側の事情も、理解できないわけではなかった。


(やっと掴んだ人族軍が有利な状況下で、手段なんて選べるはずも無い)


 正面から正々堂々戦いましょうなんて、通るわけがないのだ。戦力で負けていればいるほど、奇策に頼るしかないのだから。


(分別のつかない子どもを唆して、反乱に加担させれば、当然魔族たちの心情は絶対に分かれる)


 裏切ったわけではない。子どもはただ、虐げられていた人間が、哀れになっただけ。

 奴隷を解き放つその意味を、知らなかっただけなのだ。


(許容か、厳罰か。どちらかに完全に傾くなんて、有り得ない。魔族軍の士気は下がる)


 大人ならば、厳罰一択だったろう。子どもを使ったこと。そこに、謀略を仕掛けた者の性格が窺える。

 街に対して仕掛けられていた謀略は成功したと言っていい。

 このまま行けば、魔族軍の間で厭戦気分が広がるのは間違いない。


(士気が下がったタイミングで攻められたら、この街はどうなるの? 落とされる? それとも、持ち応えられる?)


 一番の懸念事項が、この街が士気の上昇著しい人族軍の攻勢を凌げるかどうかだ。

 凌げるのならばいい。

 問題は、凌ぎ切れなかった場合だ。

 魔族軍は撤退し、戦線を押し下げて再起を図るだろう。その場合、この街は見捨てられ、確実に人族軍の手に落ちる。

 魔族兵は殺されるだろうし、略奪だって起こるかもしれない。

 悲惨なのは、逃げ遅れた住民だ。

 財産を奪われ、家族と引き離され、行き着く先は、奴隷であることは間違いない。

 人身売買が、この世界では普通に行われているのだから。

 勿論、魔族軍が人族の街を占領した時にも似たようなことは起こっただろう。

 でもだからといって、それが見逃す理由にはなりはしない。


「ねえ、ミルデさん。ミルデさんが話してた魔族兵の人、名前は何ていうんですか? 結構、仲良さげでしたけど」


 出し抜けに尋ねられたミルデは、美咲にきょとんとした顔を向ける。


「え、こんな時にそんな話? そりゃ、仲はいいわよ。幼馴染なんだから。私が里に移り住んでからも、色々便宜図ってくれるし」


 呆れるミルデに、美咲はもう一度強く尋ねた。


「教えてください。名前、何て言うんですか?」


 有無を言わせぬ美咲の態度にややたじたじになりつつ、ミルデが幼馴染の名前を告げる。


「や、やけに拘るのね……アレックスよ」


 聞いた名前を口の中で転がすと、美咲はごくりと唾を飲み込んで、本題をぶつけた。


「もし、もしですよ? この街が攻められて落ちちゃって、アレックスさんが死んじゃったら、ミルデさんは悲しいですか?」


「止めてよ。こんな時に縁起でもない」


 ミルデらしくない、硬い声。

 帰ってきたのは質問そのものに対する否定だった。


「私にとっては故郷なのよ。それだけでも悲しいに決まってる。親しい人が死ぬのは辛いわよ。美咲ちゃんだって、嫌というほど実感していることでしょう」


 憂いを帯びた表情で、ミルデは美咲を見つめている。

 質問をした美咲の意図を、測りかねているようだ。

 思った通りの答えで、美咲はにっこりと笑った。泣きながら笑った。


「ええ。そうですね。思い知りました。これ以上無いくらいに」


 知っているからこそ、見て見ぬ振りは出来ない。

 馬鹿なことをしよう。おせっかいを焼こう。彼らは魔族だけれど、彼らを、そして彼らが住む街を守りたいと思う人がいる。その人に助けられたから今がある。……筋は、通すべきだ。

 さあ、今から考えよう。

 魔族の子どもを、助ける方法を。


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