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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:奴隷たちの反乱2

 館のホールでは、避難してきた住人たちに対して身分照会が行われている。

 何か名簿のようなものを抱えた魔族兵が、受け入れた難民の身分をチェックしているのだ。


(戸籍……あるんだ)


 元の世界では中世くらいの時には実質的に教会が戸籍を管理していたようだけれども、この世界では魔族軍が管理しているのだろうか。

 あるいは、非常事態ということで、教会が魔族軍に協力しているのかもしれない。

 もっとも、美咲には魔族が信仰する神が分からないので、それがどんな宗教かは分からない。

 館のホールは避難してきた住民でごった返していて、彼らを魔族軍兵士たちが誘導している。

 その誘導の波に乗りながら、美咲は不安を隠せないでいた。


「本当に大丈夫なんでしょうか。私やミーヤちゃんもそうですけど、ミルデさんも隠れ里に住んでるのに」


 美咲は小声でミルデに尋ねる。

 あまり目立ちたくはないから、喋る際は小声にならざるを得ない。

 もっとも、見た目が既にフードを被った不審者なので、無駄な努力な気がしなくもない。


「あら、言ってなかったかしら。元を正せば私もこの街からの移住組なのよ。だからここには色々伝があるし、知り合いもいるの。まあ、もう隠れ里に住んでる期間の方が長いけど」


 さらりとミルデは衝撃の新事実を口にした。

 思わず口を開けてぽかんとした表情になった美咲の横で、ミーヤが首を傾げ不思議そうにミルデを見る。


「ここ、ミルデの故郷なの?」


 にっこりと笑ったミルデは、逆にミーヤに尋ね返した。


「ええ、そうよ。意外だった?」


「……少し」


 苦笑したミルデが、もしゃもしゃとミーヤの頭を撫で回す。


「正直なガキんちょは嫌いじゃないわ」


「うっぷぅ」


 髪の毛がぐしゃぐしゃになる勢いで頭を撫でられたミーヤが、謎のうめき声を上げて首を竦めた。

 ミルデから逃げるように、ミーヤが美咲の傍に逃げて美咲をミルデに対して盾にする。


(この街が、ミルデさんの故郷……。じゃあ、ミルデさんにとっては、今回の旅は里帰りみたいな意味もあったんだ)


 無意識に、美咲は乱れたミーヤの髪を整えながら、人知れず決意を固める。

 大事なことを考えている最中にすることではないけれども、ミーヤの世話を焼くのは美咲にとってもはや習慣とも呼べるものなので、仕方ない。


(なら、守らなきゃ。故郷に帰れない悲しみは、私だって知ってる)


 やがて、ミルデ、美咲、ミーヤの三人が身分照会を受ける番がやってきた。


「次の方、どうぞ」


 名簿を持った魔族兵が声をかける。

 すると、誘導係らしいもう一人の魔族兵が、美咲たちを名簿を持つ魔族兵の下へと案内してくれた。


「三名ですね。まずは皆さんの名前を教えてください」


 穏やかな物腰と言動で接する名簿を持った魔族兵は、外見を除けば好青年に違いなかった。

 魔族は基本的に人外な輩が多いので、残念ながらこの魔族兵も人間には見えない。

 顔は一言で言えばナマズのようで、魔族兵の制服から除く腕や足には鰭のようなものが除いている。

 全体的に魚のようにヌメっとした印象で、魚人と表現するのがぴったりな容姿だった。

 好青年と称したが、性別については美咲には判断出来ない。

 というか、性別どころか人外の容姿の美醜自体そもそも美咲には分かるはずもないので仕方ない。


「ミルデ・リンガブウムよ。こっちの二人は、私の奴隷の美咲とミーヤ。後は魔物をペットにしているけど、そっちは省略してもいいわよね」


「勿論です。照会いたしますので、少しお待ちを」


 それぞれの名前をミルデが述べると、名簿を持った鯰顔の魔族兵が、名簿をめくり始める。

 名簿に目を通す魔族兵に、誘導係の魔族兵が尋ねた。


「おい、あったか?」


 こっちの魔族兵もやっぱり人外で、固そうな外骨格を身にまとっている。

 顔は海老を連想させる。

 魔族兵の顔から海老を連想し、海老から海老フライを連想した美咲は、思わず噴出しそうになるのを堪えた。いくらなんでも不謹慎過ぎる。

 どうやら名簿を持つ鯰顔の魔族兵よりも、誘導係の魔族兵の方が立場が上なようで、言葉遣いの違いから上下関係が窺える。


「はい。ミルデと名乗る女性については確かにありました。この街の住人だった記録が残っています」


 答えた鯰顔の魔族兵が羽ペンを手に取って名簿に何かを書き込み、海老顔の魔族に向けて頷く。

 海老顔の魔族がミルデに確認を取った。


「奴隷は人間か?」


「ええ。でも、外で暴れている奴らとは違うわよ。彼らよりずっと大人しいし、行儀も良い子たちだからね」


 名簿を片手に、鯰顔の魔族が美咲とミーヤへと近寄ってくる。


「念のため、奴隷二人の首輪を確認しても宜しいですか?」


 確認を取る鯰顔の魔族へ、ミルデは許可を出す。


「ええ、どうぞ」


 鯰顔の魔族が、美咲とミーヤに顔を近付け、首輪があることを確認する。

 その間、美咲とミーヤは噴出すのを堪えるので精一杯だ。

 本人には悪いけれども、間近で見る鯰顔はインパクトが強い。


「首輪、確かについています」


 最終的な判断は海老顔の魔族の方にあるようで、鯰顔の魔族の報告を受けた海老顔の魔族は、最終的な決定を下す。


「ふむ。確かに大人しくしているようだし、これなら反乱に同調される心配はなさそうか。よし、問題ないな」


「お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。もう安心ですよ。騒ぎが収まるまで、待っていてください。ペットからは目を離さないでくださいね」


 おそらくは笑顔らしきものを浮かべ、ナマズ顔の魔族が美咲たちを安心させようと声をかけてくるものの、ミルデはともかく美咲とミーヤには不気味な表情にしか見えず、二人は引き攣った愛想笑いを返して誤魔化した。

 何はともあれ、これでひとまず身の安全は保障されたことになる。

 美咲はホッと安堵の息をついた。



■ □ ■



 予想通り、しばらくして奴隷たちの反乱は収まったようだった。

 避難していた住民も館の外に出ることが許されて、美咲とミーヤとミルデは外に出て状況を確認する。

 幸い、飛行できる魔族による空襲を受けた時のラーダンのような大被害は被っておらず、物的被害は屋台や店が荒らされただけで、建物自体は殆ど無傷で残っている。

 だが、人的被害はどうだろうか。

 こればかりは美咲には知りようが無く、想像することしか出来ない。

 魔族軍が鎮圧よりも住民の避難を優先したので、人間の奴隷たちは多くが街の外に逃げ出したようだった。

 街の外の治安は確実に悪くなるだろう。

 美咲たちも、帰りの際には十分に注意を払わなければいけない。

 あるいは、人族軍の侵攻度合いよっては、奴隷たちがそのまま人族軍に加わっている可能性もある。

 そうなった場合は、人族軍の士気は嫌がおうにも高まるだろう。

 同胞を解放するためという大義名分が、奴隷たちの証言で大っぴらに使えるようになるためだ。


「やれやれ、とんだ災難だったわ。これ以上面倒事に巻き込まれないうちに帰りましょうか。里の皆にも念のため避難の準備をしておくように言わないと」


 自由の身になって、ミルデが安堵の息をつく。

 この街を巡って再び戦争が起きそうだということも分かったので、早く隠れ里に帰らなければならない。

 何しろ、この街と隠れ里はそれほど距離が無い。

 道さえ知っていれば、二日程度あれば着ける距離である。

 もっとも、隠れ里を囲む樹海は迷い易く、地図なども無く、地理を知っているのは隠れ里の里人か、隠れ里を定期的に訪れる旅商人くらいなのだが。

 門の前では、同じ顔ぶれの魔族兵たちが門番をしている。

 手続きを待つ列の最後尾に並び、しばらく待つと美咲たちの番が来る。

 門兵の魔族は見知った顔だった。朝と同じ、ミルデの知り合いの魔族だ。虎顔の獣人とでも言うべき容姿なので、一度見たら忘れない。

 まあ、美咲は彼以外に虎顔の獣人を見たことが無いので、同じような顔が複数並んだら、見分けられる自信はないけれども。


「もう帰るのか。まあ、こんな騒ぎのあった後じゃ無理も無いが」


 知り合いらしく、門兵の魔族はミルデと親しげに話しかける。

 話しかけられたミルデもまた、旧知の間柄のような親しさで答えた。


「今日は運が悪かったみたい。また日を改めるわ」


 苦笑して肩を竦めるミルデの態度には気安さがある。


「そうしろ。つい先ほど、奴隷を解放した下手人が捕まったと触れが出た。逃げ遅れた奴隷たちも一緒に捕縛されたらしい」


「あら、そうなの?」


 新しい情報に、ミルデは意外そうな顔をした。

 元々はこの街出身でも、今では余所者でしかないミルデは、兵士に比べて情報が回ってくる速度が遅い。

 そういった意味では、この門兵の魔族もミルデにとっては良い情報源なのかもしれない。


「街も落ち着きを取り戻しつつある。次にお前たちが来る時には完全に元に戻っているさ」


 事態がほぼ収束したことを知り、安堵した美咲は、後始末がどうなるのか気になった。

 特に、奴隷の身が心配だ。


「あの、その捕まった人たちはどうなるんですか?」


 思い切って美咲が尋ねると、横から口を挟まれた門兵の魔族がぎょっとした顔で美咲に振り向く。

 渋面を浮かべた門兵の魔族は、ミルデに苦言を呈した。


「……おい。ミルデ。お前、奴隷の心を縛っていないのか?」


「そういうのは嫌いなのよ。それに、この子達は良い子たちなのよ。今更私を裏切ったりはしないわ」


 答えるミルデの態度はあっさりとしている。

 苦笑を浮かべてはいるものの、美咲の行動そのものを咎めるつもりは無いようだ。


「お前は昔からそうだよな。情が深過ぎる。その博愛はいつかお前自身を殺すぞ。幼馴染としては、気が気でならん」


 何気なく門兵の魔族から爆弾発言が飛び出して、美咲は度肝を抜かれた。


(この人、ミルデさんの幼馴染なんだ……)


「おい。お前、名は何という」


 出し抜けに問い掛けられ、美咲は思わず飛び上がりそうになった。


「わ、私ですか?」


 上ずった声で確認すると、門兵の魔族は舌打ちした。

 美咲が人間なせいか、露骨にミルデに対する時と態度が違う。


「他に誰が居る。俺には壁と話す趣味は無いんだ。さっさと名乗れ」


「み、美咲です」


 刺々しい態度に美咲が怯みながら答えると、門兵の魔族は低い声で押さえ付けるように美咲を諭す。


「そうか。美咲、よく聞けよ。今回は相手が俺とミルデだったから良いものの、魔族同士の話に口を挟むのは止めろ。殺されても文句は言えんぞ」


「ちょっと。あまり驚かさないで」


 口を挟んで非難を浴びせてきたミルデに、門兵の魔族は言い返す。


「お前が甘やかし過ぎなんだよ。こういうことは最初にしっかり言い聞かせておかないと駄目なんだ」


 口論の行方をはらはらしながら見守る美咲へ、再び門兵の魔族が振り返る。

 門兵の魔族は、美咲を頭からつま先まで眺め回したあと、ため息をついた。


「見た所、ミルデには良くして貰っているようだな。その分だと奴隷としても扱われていまい」


(ばれてますよ、ミルデさん)


 あくまで奴隷扱いは対外用に過ぎないことを見事に言い当てられた美咲は、誤魔化すかのように愛想笑いを浮かべる。


「甘やかされるのは良い。ミルデに厳しくしろといっても無理なのは知っているからな。その分、自分で自分の身を弁えろ。お前の失態がミルデの管理責任に繋がる。心しておけ」


(私にどうしろと!)


 頭ごなしに注意され、美咲は困ってしまった。

 まあ、良いたいことは何となく分かる。

 奴隷として振舞うつもりなら、もう少し上手く演技をしろということだろう。

 確かに、会話に口を挟んだのは良くなかった。

 けれど、そもそも美咲は普通の奴隷がどのような扱いを受けているかの知識が無い。

 流石に全ての奴隷に隷従の首輪が嵌められているとは考え辛いから、自由意志が残されている奴隷だってそれなりにいるはずだ。

 彼らはどのように扱われているのだろうか。


(まあ、反乱とか起きたこととかを鑑みると、ろくな目に遭ってないみたいだけど)


 今回の反乱騒ぎが人族軍の陰謀だったにせよ、そうでなかったにせよ、その下地には奴隷にされていた人間たちの不満が必ずあったはずだ。

 きちんと人道的な扱いを受けていたなら、リスクの高過ぎる反乱になど、乗ろうとは思うまい。

 もっとも、この世界に人道などという概念が存在するとは、美咲には思えないのだが。

 門兵を務める魔族たちの下へ、また別の魔族兵が駆け込んできた。

 

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