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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:情報収集1

 ペットたちの腹も満ちて、ようやくミルデの用事を済ませることが出来るようになった。


「さ、行きましょ。酒場はこっちよ」


 ミルデの先導で、美咲はミーヤと一緒に酒場へと向かう。

 道すがら感じたのは、戦争になる可能性が高いというのに、ヴェリートの時のようなピリピリとした雰囲気が少ないということだ。

 これは、魔族と人族の一人一人の戦力差にあるのかもしれない。

 普通に戦えば人族はまず魔族に勝てないし、戦況も美咲が魔将を一人倒して流れが変わったとはいえ、まだ魔族側が有利なまま。街の気配には、そんな魔族の驕りも現れているように思える。

 魔族の街では被差別種族である美咲とミーヤには、旅人としては身奇麗な容姿から時折粘っこい視線を通行人から注がれることがあったものの、周りを取り巻くペットの魔物たちが、上手く壁として機能してくれた。

 流石の魔族も、熊型魔物マクレーアや狼型魔物ゲオルベルが見張ってる中、騒ぎを起こす気にはなれないようだ。

 そもそも、熊型、狼型と表現しているのはあくまで全体像が似ているからであり、魔物であるマクレーアやゲオルベルの方が、実際の熊や狼よりも大きい。

 厳密に言えば細部にも結構違いがあり、例えばゲオルベルは、身体つきが狼に似ているものの、顔の方は逆に鰐に似ている。

 特に顎回りには鰐の特徴が強く出ていて、噛む力は狼とは比較にならない。

 以前美咲が噛まれた時、後少し雷を落とすのが遅かったら、美咲の腕は骨まで噛み砕かれていたかもしれないくらいだ。


(今も、完治してないしね……)


 噛み傷というのは本当に厄介で、他の傷よりも悪化しやすく治り難い。

 それは傷口の表面積に比べ、傷そのものが深くなりがちだからで、そのため雑菌が繁殖しやすいためである。

 なので最初の処置というのは本当に重要で、そういう意味ではアリシャの処置は的確だったと言っていいだろう。

 お陰で、美咲の左腕は完治とまではいかないものの、少しずつ痛みは我慢できるようになってきているし、痛みを堪える経験が深まって、傷を抱えた状態でもそれなりに戦えるようになってきている。

 もっとも左腕に負荷をかけると痛いことに変わりはなく、もっぱら美咲は右腕一本で勇者の剣を構えるし、痛むのを承知で両手で構えることがあっても、基本的に左手は添えるだけだ。


(それにしても、酒場かぁ)


 ミーヤと一緒にてくてくとミルデの後をついて歩きながら、美咲はきっと酒臭いんだろうな、とやや憂鬱な気分になる。

 美咲はあまり酒が好きではない。

 元の世界では未成年だったからそもそも飲んだことが殆ど無かったし、唯一の経験は父親が飲んでいた缶ビールを興味本位で味見したことがあるくらいである。

 ちなみにクソ不味くて飲めたものではなかった。

 それでも、この世界の酒に比べれば、かなり美味しく洗練された味だったのだと、今なら分かる。

 積み重ねてきた試行錯誤の時間が違うのか、はたまた冷蔵技術が遅れていて大体温い状態で出てくるせいか、この世界の酒はあまり美味しくない。

 いや、そもそも美咲は元の世界でも不味いと思っていたのだから同じといえば同じなのだけれど、同じ不味さでも良し悪しがあるくらい、味による印象は違う。

 酒場への道すがら、美咲はミルデに気になった点を尋ねてみる。


「ところで、私たちが酒場に入っても大丈夫なんでしょうか。私はともかく、ミーヤちゃんは完全にアウトな気がするんですけど」


 何しろ、美咲は十六歳だからぎりぎりこの世界の成人枠に入っているけれども、ミーヤは幼女なのでこの世界の常識と照らし合わせても子どもである。

 そしてミーヤは美咲がすることの真似をしたがるので、美咲が酒場で酒を注文すれば、自分も飲みたがるだろう。

 酒は嫌いとはいえ、酒場に来て酒を注文しない客が奇異の目で見られるであろうことは、酒について詳しくない美咲でも想像がつく。


「構わないわ。二人とも、そもそも私の奴隷って設定だから、酒なんて私が振舞わない限り飲めないわよ」


 肩を竦めるミルデの態度を見て、美咲は町に入る際のミルデと門兵のやり取りを思い出す。

 あの場では、美咲とミーヤはミルデの奴隷として扱われていた。

 勿論そう仕向けたのは自分たちなので、そこは納得すべきなのだけれど、やはり奴隷制度が無いことが当たり前だった美咲の常識では、馴染みが無くて忘れがちだ。


「そういえばそうでした。私たち、今奴隷なんですね……」


 ペットショップではすっかり設定を忘れて普通にミルデに対して振舞っていたことに気付き、美咲は顔を青くする。


「まあ、そこまで奴隷らしく、なんて考える必要は無いわよ? 奴隷の扱いなんて主人の権限に委ねられてるんだから、私が良いと言えばそれで大抵のことは許されるわ。まあ、一線は引いておく方が怪しまれなくて済むけど」


 落ち込む美咲の肩をぽんぽんと叩き、ミルデが慰める。

 自分の立場を理解しているのかしていないのか、図りにくい態度のミーヤが偉そうにふんぞり返ってミルデに文句を言った。


「お姉ちゃんがミルデの奴隷なんておかしい! むしろミルデがお姉ちゃんの奴隷になるべき!」


「どんな理屈よそれは」


 さすがに呆れた表情で、ミルデがミーヤの発言に突っ込みを入れる。

 何とはなしに二人のやり取りを聞いていた美咲の脳裏に、自分に跪くミルデの姿が浮かぶ。

 背筋がぞわぞわとして、美咲は頬を紅潮させて半笑いを浮かべた。


「ミルデさんが私の奴隷……。なんてアブノーマル」


「そこも怪しい妄想をしない!」


「はっ!? 私ったらいったい何を!?」


 危ないシーンを思い浮かべそうになっていた美咲は、我に返って頭を振り、妙な妄想を吹き飛ばした。

 もうしばらく歩くと、酒場の建物が見えてくる。

 石造りの二階建てで、看板にはジョッキの絵が描かれている。分かり易い看板だ。


「着いたわ。ここよ。さあ、入りましょう」


 先頭を歩くミルデに続いて、美咲とミーヤは酒場へと足を踏み入れた。



■ □ ■



 酒場の中は熱気と酒の匂い、そして客の喧騒で満たされていた。

 かなり繁盛しているようで、テーブルとテーブルの合間を縫うように、給仕の娘たちが忙しくホールを行き来している。

 オーダーもあちこちのテーブルで行われていて、それも忙しさに拍車をかけているようだ。


「あらまぁ、混んでるわねぇ」


 多少がっかりした様子で、ミルデが店内の様子を見る。

 来店した美咲、ミーヤ、ミルデに気付いて給仕の娘が一人歩いてきた。

 歩み自体はゆったりとした歩みなのに、歩く早さは早歩きと大して変わらない。

 てきぱきと素早く、しかし態度ではあくまで余裕があるように見せかけて行動するさまは、慣れを感じさせる。

 玄人の動きだ。


「申し訳ございません。ただ今満席でして、少しお時間を頂くことになりますが、宜しいでしょうか」


 ミルデは振り返って美咲とミーヤをちらりと見ると、給仕の娘に向き直って首肯した。


「構わないわ。ここで待っていればいい?」


「はい。こちらに休憩用の椅子がありますので、どうぞご利用ください」


「ありがとう。使わせてもらうわね」


 ぺこりと頭を下げた給仕の娘が、ホールに戻っていくのを見届け、再び振り返ったミルデは美咲とミーヤを手招きした。

 三人で、給仕の娘に示された椅子に座って待つ。

 ちなみに魔族の街なので、勿論客も店で働いているのも全て魔族だ。

 先ほどミルデに応対したのも魔族だった。茶色の肌に緑色の葉を思わせる髪の少女だった。

 しばらくして、席が空いたのか先ほどの給仕の娘が再びやってくる。


「お待たせいたしました。奴隷の方々のお席は如何致しましょうか」


「一緒のテーブルで構わないわ。用意してあげて」


「畏まりました。三名様、お席までご案内いたします」


 人族である自分たちもきちんと頭数に入れてもらえていることに、美咲は少し驚いた。

 てっきり人間は床で食え! とばかりに無茶振りされるのではないかとちょっぴり疑っていたのだ。

 さすがにミルデともいえども、そこまで意地悪くはなかったということか。


「美咲ちゃん? ちょっと人聞きの悪いこと考えてない?」


「考えてませんよ!」


 内心をミルデに言い当てられた美咲は狼狽を取り繕って否定する。

 案内された席は四人掛けのテーブル席だった。

 三人掛けのテーブル席があれば一番良かったのだけれど、どうやら三人掛け自体がこの店には無いようだ。店内を見回しても、あるのは二人掛けと四人掛けだけである。

 席へ案内した給仕の娘は、メニューの束を一つ持ってきて、テーブルの上に乗せた。


「それでは、注文がお決まりになりましたら、鈴でお知らせください。伺いますので」


「分かったわ。ありがとう」


 最後に、にこりと愛想笑いを浮かべ、もう一度お辞儀すると給仕の娘は他の客の応対へと戻っていった。


(……あ)


 その様子を見ていた美咲は、ようやく給仕の娘の態度を見ていて抱いた違和感に気付いた。


(あの人、お辞儀してる。ベルアニアの挨拶じゃない。魔族だからなのかな)


 ミルデはどうっただろうと記憶を探るも、ミルデがお辞儀やそれに相当する態度を取った姿を、美咲は見た覚えが無い。

 そもそもミルデは店主ということで殆どの場合美咲よりも立場が上だったし、ミルデより立場が上な相手で見たことがあるのは隠れ里の里長くらいしかいない。そしてその里長に対しても、ミルデは言葉遣いこそ丁寧だったものの、態度はいつも通りだった。


「ねえ、ミルデ、何頼んでもいいの?」


 期待に満ちたミーヤの声に、美咲は我に返った。

 見れば、ミーヤは期待に満ちた目で、ミルデを見つめている。


「いいけど、昼食を取ってからそう時間は経ってないんだから、軽いものにしておきなさいよ。後私は酒を頼むけど、あなたたちは飲んじゃ駄目よ」


「ミーヤ、あんな苦いの要らないもーん」


(苦いのって、ミーヤちゃん飲んだことあるんだ……)


 二人のやり取りの裏に隠されていた事実に、美咲は驚く。

 ヴェリートで暮らしていた頃に飲んだことがあるのだろうか。

 元々ミーヤは商人の母親と兵士の父親との間に生まれた娘のようだから、もしかしたら興味本位で飲ませてもらったことがあるのかもしれない。

 美咲も昔、父親がビールを娘に飲ませようとしていたので慌てて止めたという話を、母親から雑談で聞いたことがある。

 自分が覚えていないので経緯は想像するしかないのだが、おそらくは美咲が父親が飲んでいる飲み物に興味を持ち、欲しがったのだろう。


「美咲ちゃんも好きなの選んでいいわよ。でも、夕飯に響かない程度にね」


「あっ、ありがとうございます」


 気前のいいミルデの台詞に、美咲とミーヤは勢い込んでメニューを開いた。

 そして言語の壁にぶち当たった。


「……ねえ、お姉ちゃん。ミーヤ魔族文字なんて読めないんだけど」


「奇遇ねミーヤちゃん。私もよ。ベルアニア文字ですら無理なのに、魔族文字なんて読めるわけないわ」


 揃って死んだ魚の目になった美咲とミーヤを見て、ミルデが苦笑を浮かべた。


「ああ、そういえば、二人とも魔族文字は読めないんだっけ。会話なら美咲ちゃんはそこそこ出来るし、ミーヤちゃんもサークレットのおかげで不自由してないから、すっかり忘れてたわ。なら読み上げるわね」


「お手数おかけします……」


「いいわよこれくらい。美咲ちゃんには何だかんだこっちも世話になってるもの。お店の窮状を救ってもらったし」


 気さくに笑うミルデが、メニューの料理を読み上げていく。

 時折挟まれる料理の説明を聞きながら、美咲とミーヤは注文を決めた。


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