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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:お騒がせな新ペット3

 適当な露店でピエラジュースを購入した美咲たちは、その場で休憩することにした。

 露天の傍には丸太から直接切り出したかのような木製の椅子とテーブルが置かれており、そこで寛げるようになっている。

 ジュースだけでなく、露店では簡単な軽食も売られていて、一息入れるにはちょうど良い。

 もっとも、美咲たちは昼食を済ませてからそう時間は経っていないので、軽食は必要ないが。


「……♪」


 籠の中のフェアリーは、ジュースを買ってからはそれに目が釘付けで、ふらふらと飛び上がっては足環についた紐に引っ張られて籠の中に落ちるのを繰り返している。

 注文したのは美咲、ミーヤ、ミルデの三人分を含め、一応ペットたちの分も余分に買った。

 狼型魔物ゲオルベルであるゲオ男、ゲオ美、獰猛な肉食竜ベルークギアの幼竜であるベル、ルーク、クギ、ギアの計六匹は食性が完全な肉食なため与えられないものの、ペリ丸、マク太郎、ベウ子とその娘たちは皆草食か雑食のどちらかなので、与えることが可能だからだ。

 もちろん新しく仲間になったフェアリーも大好物なので、大喜びである。

 そして、いざ与えるとなったところで、美咲たちはある問題に気付かされた。

 それは、ペットたちのための、ジュースを入れる餌皿である。


「盲点でしたね。ゴブレットとかで与えても、飲めないでしょうし」


「ミーヤ、全然気付かなかった」


「そもそも食器自体、嵩張るから私たちの分も最低限しか持ってきてないしね。いつもペットたちは勝手に何か捕まえたり探したりして食べてるから、気にしてなかったわ」


 顔を見合わせ、美咲、ミーヤ、ミルデの三人は同時にため息をつく。

 今、美咲たちの手元には、ピエラジュースの瓶が三本ある。

 魔族の街の露店では人族の街の露店とは違って、ジュースの纏め売りがされていた。

 一人一人の入れ物に一人分を注ぐだけでなく、大きめの瓶にジュースを詰めて、通常で買うよりもお得価格で売るのだ。

 いわば、纏め売りで安くなる原理である。


(隠れ里に来る前はあったんだけどな……。馬車と一緒に、全部無くなっちゃった)


 せっかく大金をはたいて買った装甲馬車も、城塞都市ヴェリートでの戦いで敗走した際に失ってしまった。

 魔族軍に接収されたか、人族軍に回収されたかは分からないが、もう美咲の下に戻ってくることはあるまい。

 勿論、馬車と一緒に荷物の多くも無くなっている。残っているのは、美咲とミーヤの装備と、二人が身につけていた道具袋に入っていたものだけだ。


「仕方ない。どこかで買いましょう。素焼きの皿なら安く買えるでしょ」


「そうですね。そうしましょう」


「わっ、我慢して、皆。もう少しだからね」


 美咲とミルデがこれからの方針を決める横で、お預けを食らって不満を表すペットたちを、ミーヤが宥めている。

 そこへ、ジュースを売った店主が声をかけてきた。


「皿ならありますから売りましょうか。軽食も注文してくれるなら安くしますよ」


 思わず三人で再び顔を見合わせる。

 ここぞとばかりに軽食も売りつけようとしてくる店主は中々抜け目が無い。

 ちなみに、店主が声をかけたのはミルデに対してで、美咲とミーヤは目も向けられなかった。

 少し不満を覚えはするものの、魔族の街で、人間である自分の立場を美咲も十分理解しているので、態度には出さない。

 ミーヤは少し不満そうな表情が顔に出ていたけれども。

 慰めるように美咲がミーヤの頭を撫でると、ミーヤはようやく機嫌を直したようで、表情を取り繕った。


「商売上手ね。買わせてもらうわ」


「ありがとうございます。今後もご贔屓に」


 結局、ミーヤは店主から木皿を買った。

 やや大きめで底も深めな木皿で、ペットのための飲み皿としてはちょうど良い。

 今後も必要になるかもしれないので、ペットの数だけでなく、余裕を持たせて余分に買った。

 これは、今後もペットが増える可能性を予想してのことである。

 余計な出費をしてしまったものの、木皿自体は陶器の皿より遥かに軽いので、道具袋に入れてしまえば持ち運びにはそれほど困らない。

 火に近付けると燃えてしまうので、うっかり燃やさないように注意しなければならない。

 特に美咲の場合、全力戦闘をすると回りが火の海になること請け合いなので、確実に荷物が燃え尽きる。

 実際に、以前ゲオルベルに対して全力戦闘を行った時は服ごと全部燃えた。

 今は耐火や対魔の加護がついた服を着ているので燃え尽きることは無いものの、あの時は本当に酷かった。

 気がついたら全裸で、慌てて馬車に駆け込む羽目になったのを、美咲は今でも覚えている。


(……アリシャさん、ミリアンさん)


 セザリーたちだけでなく、二人まであの場所で死んだ。

 いや、実際に生死を確認したわけではないので本当は言い切れないのだけれど、状況を見れば生きているとは思えないのが現実だ。

 いくら二人が強いとはいっても限界がある。もしあの状態で生きていたら、それこそ美咲がこの世界に来ることもなく、二人だけで魔王を倒していてもおかしくない。それだけの実力があったのならば、本人たちが望まずとも、回りが逃げ道を塞いだだろう。


「はい、お待ちどうさま。ベレベスサンドです」


 約束通り、店主が紙に包んだ軽食を三人分、美咲たちに手渡してきた。


(……ベレベスって何だろう。パンは普通の黒パンみたいだし、挟んであるのも真っ赤なのが気になるけど、ハムにしか見えないし)


 美咲は包み紙を開くと、まじまじと手渡されたベレベスサンドを観察する。

 スライスされた黒パンに、肉厚の赤いハムが挟んである簡素なサンドイッチだ。

 ハムだけだと寂しい気もするが、ハムが凄く分厚いので食べ応えはありそうである。


(今はお腹空いてないから、後で食べよう)


 昼食を食べてからそう時間が経ってないので、美咲はすぐ食べることはせずに、後のために取っておくことにした。

 どうやらミルデやミーヤも同じ結論に達したようで、二人とも軽食は道具袋に仕舞って、今は食べずにいる。


「ほら、ジュース欲しい子はおいで」


 皿が手に入ったので、早速ミーヤがペットたちにジュースを振舞う。


「♪」


 真っ先にフェアリーが籠から飛び出そうとしたので、ミーヤは一時的に足環を外してあげた。

 逃げることもなく、フェアリーは皿に注がれたジュースを両手で掬って飲み始める。

 マク太郎とペリ丸もそれぞれ別の皿でジュースを堪能している。

 ベウ子は娘たちと合わせて一つの皿を共有している。

 姿形が蜂に似ている彼女たちがきちんと飲めるのかと美咲は少し心配だったものの、ベウ子たちは器用に皿の縁につかまって、仲良くジュースを味わっているようだ。

 フェアリーは羽を盛んにぱたぱたと動かして、全身で喜びを表現している。

 表情が笑顔であることからも、喜んでいることに間違いは無いはずだ。


「この子の名前決めてあげなきゃね。ミーヤちゃん、何かいいの思いついた?」


 ペットショップでの騒動ですっかり忘れていた名付けを思い出した美咲は、ミーヤに候補となる名前が無いか尋ねる。


「ちょっと待って、考えてみる」


 自分の分のジュースをちまちま飲んでいたミーヤは、口をつけていた木製のマグカップから口を離して、両手でマグカップを握ったままうんうん唸って思案する。


「フェア助ってどうかな?」


「色々言いたいけど、前提としてこの子、女の子だから」


 そうでなくてもネーミングセンスが酷過ぎる、という台詞を、美咲は辛うじて堪えた。


「そうだっけ? 見た目はどっちも女の子だし、分かりにくいね。股間で分かるんだっけ」


 ミーヤがフェアリーを無造作に捕まえて、中に持ち上げる。


「?」


 ジュースを飲んでいたフェアリーはきょとんとした表情で、目を丸くしている。


「ほんとだ。生えてない」


 あっけらかんとしたミーヤの台詞に、美咲は苦笑を浮かべる。


(内容だけ聞いたら、色々酷い会話よね、これって)


 ミニマムサイズとはいえ、うら若い少女の股間を調べて生えてる生えてないなどと話をしているのだ。


「フェアリーには普通のペット用の皿は合わないみたいね。私たちが使ってるカップをそのまま小さくしたようなものの方が使いやすそうだし」


 ミルデが指摘するのは、フェアリーの手だった。餌皿からジュースを掬って飲んでいたので、小さな手がべたべたになっている。


「決めた! ミーヤ、この子の名前はフェアにする!」


 考え込んでいたミーヤが突然叫んだ。

 驚いたフェアリー改めフェアが、次の瞬間満面の笑顔を浮かべてミーヤの肩に腰を下ろした。


「♪」


 どうやら喜んでいるらしい。

 フェアリーは言葉を話さないし、意思疎通できるのは翻訳サークレットを持つミーヤだけなので、態度や表情から機嫌を読むしかなく、美咲としては地味に不便だ。

 まあ、翻訳サークレットをミーヤに預けているのは美咲の判断なので、自分の判断に愚痴を言っていても仕方ない。

 そんな美咲に、視線を注ぐペットが居る。

 ゲオ男とゲオ美、ベル、ルーク、クギ、ギアの肉食性の魔物たちだ。

 彼らはジュースが飲めないので、ジュースの餌皿には見向きもせず、おのおのが寛いだ様子で休憩していた。

 でも少し羨ましいのも事実なようで、時折美咲だけでなく、ミーヤ、ミルデにまで物欲しそうな視線を向けている。

 彼ら彼女らの視線を辿った美咲は、正確には自分たちでなく、自分たちが持っている道具袋に視線が注がれていることに気付く。


(……うん? あの子たちの興味を引くようなもの、あったっけ?)


 不思議に思った美咲は、道具袋の中身を確認しようと一目見て、すぐに合点がいった。


(あ、そうか。もしかしたら、サンドイッチに興味があるのかな)


 パンはともかく、ハムの方は彼らも食べられる。

 普通の動物なら味付けが濃いものは与えない方がいいのだけれど、彼らは魔物である。

 そして魔物の肉は、よくも悪くも個性的な味が多い。

 特に調味料を振ってなくても、調味料のような辛味がある肉だってあるほどなのだ。


「これ、欲しいの?」


 美咲がサンドイッチを取り出すと、ゲオ男、ゲオ美、ベル、ルーク、クギ、ギアがすっ飛んでくる。どうやら当たりだったようだ。


(……今は別にお腹空いてないし、まあ、いいか)


 この子たちにだけ何もあげないのも何だと思った美咲は、自分の分を彼らに与えた。


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