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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:お騒がせな新ペット2

 その魔物は、遠目には蝶のように見えた。

 しかし近付いてみれば、実際はそれが蝶の羽を背中から生やした小人だということが分かる。


「あら、フェアリーじゃない」


 美咲の視線を追ったミルデが、檻の中のフェアリーを見て驚きの声を上げた。


「どういう魔物なんですか?」


 尋ねた美咲に、ミルデは説明する。


「低級の魔物の一種よ。知能は低いけど、悪戯好きなだけで無害だし見た目が可愛いからペットとしてそこそこ人気があるわ」


 説明を聞いた美咲は、檻の中のフェアリーの群れに眼を落とす。

 羽の方が大きく、蝶の胴体のように、身体の部分は小さい。

 見た目は人間の少女そっくりで、蝶を思わせる触覚が額から二本ちょこんと延びており、羽と合わせてそこだけが人外であることを主張している。

 まあ、羽や触覚が無くても美咲の掌に収まってしまう大きさな時点で、既に人外であるが。

 檻の中のフェアリーたちは、鉄格子に張り付いて興味深そうに美咲たちを見上げている。

 彼女たちの瞳はキラキラと好奇心で輝いていて、無邪気さが強く感じられた。


「なんだか女の姿ばかりですね。男のフェアリーは居ないんですか?」


 じっくりフェアリーたちを観察した美咲が、首を傾げて疑問を口にする。

 その質問を待ってましたとばかりにミルデがニヤリと笑って、手で檻の中のフェアリーたちを指し示す。


「いるわよ、そこに」


「え?」


 きょとんとした美咲は、ミルデが手で示した先、つまりフェアリーたちをマジマジと見る。

 どの固体も器量良しで、可愛い少女の姿をしている。


「……女ばかりにしか見えませんけど」


「フェアリーの雌雄には外見上の差は殆ど無いのよ。生殖器の形状でしか判断できないわ」


 ミルデの説明を聞いて、美咲は思わずフェアリーたちを穴が開くほど凝視してしまった。

 何故かフェアリーたちが顔を赤らめてもじもじとし始める。


(リアル男の娘……?)


 フェアリーたちは皆裸なので、本人が隠さない限り全部丸見えである。

 なので、よく見れば違いが分かった。

 雄と雌で、下半身、正確に言うと股間の形状が違う。具体的にどう違うかは人間と同じなので割愛する。

 ちなみに違うのは下半身だけで、雄だろうと下半身は胸の膨らみがあるし、体型も女性型である。ホルモンバランスはどうなっているのだろうか。

 そもそも人間ではないし、人間と同じホルモンが出ているとも限らないのかもしれない。

 興味津々な目でフェアリーたちを檻越しに見ていたミーヤが、驚いた声を上げた。


「えっ、ここから出たいの? 困ったなぁ……」


 どうやら、ミーヤは翻訳サークレットがあるので、彼女らの意思を汲み取ったらしい。

 しばらく考え込んで、ポンと手を打つ


「そうだ、お姉ちゃんに相談してみよう」


 困った時の姉頼みである。

 ミーヤは美咲の袖をひっぱり、精一杯可愛く振舞っておねだりした。

 さりげなく、ミーヤのおねだりのレベルが上昇している。


「お姉ちゃん、この子買ってあげて」


「えっ?」


 正直に言うと、美咲はフェアリーが悪戯好きと聞いてあまり買う気が起きなかったのだけれど、ミーヤに頼まれてしまい買わないと言い出せなくなった。

 美咲はミーヤに甘いので、強請られると断りにくいのだ。


(どうしようかな……)


 悩む美咲に、ミルデが助け舟を出す。


「まあ、いいんじゃないの? 純粋な戦力としては役に立たないけど、植物との相性が良いから、放してれば薬草とか見つけてくれるわよ」


「そうなんですか。……なら、まあ、いいかな。ミーヤちゃん、買ってあげる」


 ミルデの意見を参考にして、美咲はフェアリーを一匹購入することにした。


「やった! 出してもらえるって! 良かったね!」


 大喜びするミーヤと一緒に、美咲とミルデは店員にフェアリーを購入することに告げ、ミーヤが買うフェアリーを店員に教える。

 手続きはスムーズに進み、フェアリーは小さな籠に移され、ミーヤの手に委ねられた。

 ちなみに値段は中治癒紙幣一枚。日本円に換算して約五十万円である。高い。

 財布はかなり軽くなってしまったものの、ミーヤが喜んでいるので、美咲は良しと思うことにする。

 支払いを終えた後で大事なことを忘れていたことに気付き、美咲は店員に尋ねた。


「そういえば、この子の名前って、ありますか?」


「いちいち個別にはつけていませんよ。お客さんがつけてあげてください」


 営業スマイルを浮かべる店員の返答を聞いて、美咲はミーヤに提案する。


「なるほど……じゃあミーヤちゃん、一緒に考えようか」


「うん!」


 フェアリーに名前をつけると聞いて、ミーヤは即座に飛びついた。


「名前、何にしようかなぁ」


 ミーヤはフェアリーを籠から出して、にこりと微笑みかける。

 翻訳サークレットのお陰できっちりと意思疎通が出来ているお陰か、フェアリーも無邪気にミーヤへ微笑み返した。

 そしてそのまま背中の羽を震わせて飛び立ち、ふわふわと先ほどまで自分が入っていたフェアリーの檻へと飛んでいく。

 何となくそれを見守る美咲、ミーヤ、ミルデの前で、フェアリーはおもむろに檻の鍵を外した。


「って、その子さっきまで自分が入ってたフェアリーの檻の扉を開けようとしてるわよ!」


「ちょ!?」


「わっ、駄目だよー!」


 慌てて止めようとした三人だったが、一足遅く扉が開け放たれた。



■ □ ■



 何とか檻から逃げ出したフェアリーを全て回収した美咲たちは、半ば追い出される形でペットショップを後にした。

 げっそりとした表情の美咲と、呆れた表情のミルデ、ぷんぷんと怒っている様をアピールするミーヤを他所に、原因であるフェアリーはミーヤが持つ籠の中で能天気に休憩している。


「……知ってたけど、悪戯好きなのは結構厄介ね」


 しみじみと実感の篭った言葉をミルデが吐く。言葉と一緒にため息も漏れていることから、ミルデもそれなりに辟易させられたことが窺える。


「こってり怒られちゃいましたね……」


 駆け回って空中を悪戯しながら飛び回るフェアリーたちを捕まえる羽目になった美咲の疲労はかなり溜まっているようで、苦笑する美咲の足取りは浮かべた愛想笑いに反して重い。

 逃げ出したフェアリーたちに店の中をめちゃくちゃにされたペットショップの店員たちの剣幕は凄まじく、美咲は体力的だけでなく、精神的にもかなり気疲れしていた。


「もうあんなことしちゃ駄目だよ」


 精一杯怖い顔をしてミーヤがフェアリーを叱るものの、当のフェアリーは不思議そうに首を傾げるばかりだ。


「?」


 あまつさえミーヤと目を合わせたことでニコニコと微笑み、嬉しそうに背中の羽をパタパタと揺らし始めたのを見て、その様子を見ていたミルデの表情が引き攣る。


「この全く意図が伝わってない感はどうにかならないものかしら」


「♪」


 悪意が無く、悪戯はフェアリーの習性みたいなものなので、いくら叱っても暖簾に腕押しで、フェアリー本人は叱られれば叱られるほど、逆に構って貰える受け取って喜んでいる始末である。

 フェアリー本人に、悪いことをしたという自覚が全く無い。

 そもそも騒ぎを起こした張本人であるフェアリーは、既にペットショップでの出来事を忘れている様子だった。

 いや、正確には忘れているというより、場を離れたことで興味が他に移ったというべきか。

 楽しそうに羽を動かすフェアリーの様子を見て、笑みを浮かべる美咲の眉が困ったように下がる。


「知能が低いって言ってましたし、望み薄ですねぇ」


 今度は大通りを行き交う人々や、限られた場所にずらりと並ぶ露店に、フェアリーは籠の中から身を乗り出して興味津々な視線を向けていた。

 今のフェアリーには、逃走防止用の足環が嵌められている。足環は紐でミーヤが持つ籠と繋がっている。

 フェアリーは蝶のような羽と触角が生えていることと、サイズを除けば人間の少女に良く似ている。そのせいで、足環で繋がれているフェアリーは背徳感が凄い。

 もっともそう感じたのは美咲だけのようで、悪戯好きなフェアリーに対しては檻などに閉じ込めるか繋いでおくのが当たり前の対応らしく、ミーヤもミルデも平然とした態度だ。

 行き交う人々も、足環で繋がれているフェアリーに奇異な視線を向けることはない。

 不意に、フェアリーが飛び上がり、籠を持つミーヤの腕を引っ張った。

 振り向いたミーヤに、フェアリーはにこりと笑った。

 きょとんとしたミーヤを見ると、どうやら翻訳サークレットの効果で何らかのやりとりをしているようである。

 しばらくしてこくりと頷いたミーヤは、美咲へ振り向いてフェアリーの主張を伝える。


「ねえお姉ちゃん、この子、お腹空いたって」


 大騒ぎになったことでフェアリーについての説明を店員から聞くことが出来なかった美咲は、一行の中で唯一知っていそうな、魔族であるミルデに尋ねてみることにした。

 もしかしたら、ミルデなら知っているかもしれない。


「……ミルデさん、フェアリーって何を食べるんでしょう」


「主に甘味ね。花の蜜や、果物。菓子類なんかも好物よ」


 ミルデの口から、すらすらと回答が出てくる。

 案の定、知っていたようだ。

 しかし、花の蜜や果物はともかく、菓子が好きなのは食費的な意味で大変である。

 美咲も菓子は大好きであるが、この世界に来てからはせいぜいミルデの両替屋やマルテルの治療院でご馳走になったくらいで、基本的に高価なのだ。

 好物だからといって、そう何度もホイホイ買い与えられるわけではない。

 もっとも、美咲が持っているこの世界での基準は、あくまで人族領域をベースとしているので、それよりも流通網や保存手段が魔法で発達しているであろう魔族領域では、もう少し安いのかもしれない。

 隠れ里でも材料自体は手に入るものの、外界との接点がほぼ遮断されているので、あそこの物価はあまり当てにならないのだ。


「肉とか野菜は?」


「見向きもしないと思うわよ」


 苦笑したミルデに一刀両断されて、美咲は渋面になった。


「何て贅沢な……」


 資金の問題で、フェアリーの食事は花の蜜や果物が主になりそうだが、フェアリー本人はそれで満足してくれるだろうか。


「お姉ちゃん、この子、ミーヤの髪の毛で遊び始めてる。助けてー」


 当のフェアリー本人はまた他に興味が移っていて、今はミーヤの髪の毛を蝶結びにすることに夢中になっている。

 意味が分からない。

 ミーヤの頭に何個も蝶結びを作ったフェアリーが飛び上がったところを、素晴らしい反射神経でミルデが飛び上がり足でキャッチして捕獲する。


「落ち着き無いわね……。まあ、フェアリーなら大抵こんなものだけれど」


 さすがに鋭い鉤爪を持つミルデの足で捕まえられたのが怖かったのか、そのまま籠に戻されたフェアリーはぶるぶる奮え、すっかり悪戯も鳴りを潜めて大人しくなった。

 鮮やかな手並みに、美咲は小さく拍手する。


「さすがミルデさん。反応が早いですね」


「悪戯が激しいのはお腹が空いてるせいかもね。適当な露店で休憩がてら、ジュースでも買いましょうか。そこでさっき宙吊りになってた名付けもしちゃいましょう」


「賛成です!」


 ミルデの提案に、美咲は一も二も無く飛びついた。


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