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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:お騒がせな新ペット1

 昼食を終え、美咲、ミーヤ、ミルデの三人は飯屋を出る。

 スパイシーな香りに満ちた良い店だった。

 薄味ばかりだった王都やラーダン、ヴェリートなど人族の街で利用した飯屋に比べ、味が濃く量もあったので満足感がある。

 隠れ里で食べた料理も味付けはしっかりしていたが、さすがに材料の生産量に限界があるし、貿易商も定期的にしか来ないので、一度に出される食事の量はそれほどでもない。


「美味しかったねぇ」


「うん、美味しかった!」


 満腹になった腹を摩りつつ、美咲とミーヤは暢気にほのぼのとしている。

 そんな二人を見て、ミルデが苦笑した。


「一応、あなたたちにとっては敵対種族の拠点ど真ん中にいることになるのに、緊張感が無いわねぇ」


「まあ、それはそうなんですけど。私が敵対してるのはあくまで魔王であって、魔族そのものじゃありませんし」


 あくまで美咲の態度は自然体で、本当に魔族に対して敵意を抱いていないのが、他でもないミルデ自身にも分かった。

 そう美咲が思えるようになったのも、ミルデのお陰だ。隠れ里での経験が無かったら、魔族と魔王を別に考えることは出来なかった。

 こうして平常心で魔族の街を歩くことも無かっただろう。


「ミーヤ知ってるよ。潜入任務は露骨に警戒してる方が怪しまれるんだよ!」


 幼い故か、それとも年齢以上に聡いミーヤの資質か、ミーヤも故郷であるヴェリートを追われているというのに、魔族に嫌悪感を見せることは無い。

 もっとも、ミーヤの場合はヴェリートを落としたのがゴブリンであることと、現地人故の、ある種の命に対するドライさも関係している。

 この世界の命の価値は、美咲の世界の命に比べて全体的に軽い。

 人族と魔族の戦争はもちろん、それ以外でも、魔物の襲撃、自然の天災、さらには同じ種族同士でも小競り合いが起こったりなど、人死にはあらゆる場面で起こり得る。

 若干呆れた様子で、ミルデは自分のこめかみを押さえた。


「……美咲ちゃんはともかく、ミーヤちゃんの妙な知識はどこから出てきたのかしら」


「グモが言ってた!」


(後でグモにミーヤちゃんに変なこと教えないように釘刺しとこう)


 ミルデとミーヤのやり取りを聞いて、美咲は苦笑しながらそんな感想を抱く。

 純真なミーヤと、間抜けでどこか天然なところがあるグモの組み合わせは、相乗効果で何が起こるか分からない。

 そこへ、美咲たちが外に出たことに気付いたペットたちが、店の裏口から移動してくる。


「あっ、皆! 待たせちゃってごめんね!」


 先頭を歩く一際大きいマク太郎の下へ、ミーヤが駆け寄っていく。

 そのままミーヤはマク太郎の上へよじ登った。


「これからどうしますか?」


「街に来た目的を果たすわ。人手が欲しいから、手伝ってくれる?」


「勿論」


 一も二も無く頷いた美咲は、ミルデに行き先を尋ねる。


「それで、目的地は?」


「酒場よ。今から案内してあげる」


「え? 酒場、ですか?」


 意外な目的地に、美咲はきょとんとしてミルデを見上げる。

 特にミルデが何か隠し事をしているという感じはしないし、剣呑な気配を漂わせているわけでもないから、これから荒事がある、というわけでもなさそうだ。


(酒場で何するんだろう……)


 そもそも、美咲は未成年ということもあり、酒には全くと言っていいほど慣れていないので、酒場に入っても楽しめるとは思えない。

 むしろ、「お子様は帰ってママのミルクでも飲んでな」と追い出されてしまいかねない。

 全て美咲の想像で、多分に偏見も含まれているが。

 この世界では成人、つまり一人前と見なされる年齢は元の世界より低いし、子どもは酒を飲んではいけないという規制もない。

 もっとも、酒場の中で明らかにおのぼりさんな風情を漂わせるに違いない美咲と、幼過ぎるミーヤでは場違い過ぎる光景であることには間違いないので、塩対応をされる可能性はゼロではない。

 それに、人間だということで、入店自体を断られる可能性もある。

 まあ、ミルデも居るので、その場合は彼女が何とかしてくれるだろう。


「ほら、ミーヤちゃんも行くわよ」


「はぁい」


 ミルデに声をかけられ、ミーヤはペットたちと一緒に美咲たちの下へやってくる。


「お姉ちゃん、ミーヤ、この子たちにも何か食べさせてあげたい!」


 ミーヤのおねだりに、美咲は思わず目を丸くする。

 しかし、すぐに美咲も思いついて困った様子で眉を下げた。


「……あ、そっか。私たちは食事が済んだけど、皆は待たせてたからまだだったか」


 ペットたちは街の外ならば基本的に自給自足で獲物を狩ったり、食べ物を探してくるので時々忘れそうになるものの、彼ら彼女らだって食事は必要なのである。

 街の中など、自由に探しに行けない場合には、きちんと面倒を見なければ飢えてしまう。

 さすがに一食抜いたくらいで飢え死にはないだろうが、それでも辛いものは辛いに違いない。

 誰だって、食事抜きはごめんである。


「というわけで。ミルデさん、先にこの子たちの食事を何とかするのでもいいですか?」


「そうねぇ。ついでだし、ペットショップも覗いてみましょうか。魔物用の餌も売ってるわよ」


 少し思案して、あっさりミルデは当初の予定を変更した。

 特に今すぐ酒場に直行しなければいけないわけでもないようだ。


(何の用事なんだろう……?)


 一瞬、美咲の脳裏をそんな疑問が過ぎるものの、今はそれよりもペットショップである。


「わーい! ペットショップ!」


 ペットショップに行くことに決まったことを知ったミーヤは大喜びだ。


「それじゃ、行きましょうか」


「そうですね」


 はしゃぐミーヤを見て、和んだ美咲とミルデは、顔を見合わせ、だらしなく笑みで緩んだお互いの表情を見て、「ああ、きっと自分も今は似たような顔をしてるんだろうな」と察し、苦笑したのだった。



■ □ ■



 ペットショップは、美咲が想像していたものとは大きさからして違った。

 元の世界のペットショップはショッピングモールやホームセンターなどの中に入っているチェーン店だったり、個人が経営しているひっそりとした店だったが、この世界のペットショップは、それだけで現代のホームセンターほどの大きさの建物だった。

 しかし、それも良く考えれば当然である。

 この世界のペットショップは元の世界のように小動物を専門に取り扱っているわけではないし、大きさ自体で言えば人間よりも大きい種も少なくない。そもそも、ペットショップと一口に言っても、元の世界のペットショップは動物を売る店であり、この世界のペットショップは魔物を売る店である。

 当然扱っている魔物の中には象ほどの大きさの魔物も居て、そういう理由でこの世界のペットショップは非常に店の規模が大きい。

 とはいえ、大きければ大きいほど危険が増すのは、元の世界の動物と同じように、魔物についても同じことが当て嵌まる。

 入り口に近い客の出入りが多い場所に展示されているのは、比較的小さめの魔物で、愛玩用としての用途が強い魔物たちだ。

 ペリ丸の種族であるペリトンもその中に入っており、十匹くらいの群れで檻の中に入れられて、中で「ぷうぷう」と盛んに鳴いていた。


「ねえ、お姉ちゃん。この子達、外に出たがってるよ」


 翻訳サークレットのお陰で魔物の意思を汲み取れるミーヤが、美咲の服の袖を引っ張り、見上げて言った。


「可哀想だけど、お店の迷惑になるから出したら駄目よ」


 美咲には分からないものの、きっとミーヤには檻の中のペリトンたちが哀れに見えるのだろう。

 人間の奴隷たちを彷彿とさせて、美咲も少し罪悪感を覚えるものの、かといって檻の中の魔物を解き放つのは、どう考えても紛れもないテロ行為である。

 元の世界のペットショップとは扱っているものが違うのだ。中には危険な魔物だっているだろう。迷惑などというレベルではない。


「むー……」


 不満そうな表情を浮かべるミーヤではあるが、さりとて理が分からないほど愚かではなく、むしろミーヤは年齢以上に聡い方である。

 閉じ込められている魔物たちに対して憐憫の情を覚えはしても、何か行動に移そうとはしない。

 例えペットショップの魔物たちを解放したところで、大騒ぎになるだけで根本的な解決にはならないからだ。

 逃げ出した魔物が魔族を害する可能性もあるし、そうなればその魔物は処分され、新たな魔物が商品として入荷されるだけである。何も変わらないし、誰も幸せにはならない。

 ペットショップには、様々な檻の中に多くの魔物たちがいる。

 鳥型の魔物だったり、猫や犬に似た魔物だったり、やはり定番となるペットは目立つ位置に檻が置いてあった。

 面白いのは、そんな定番ペットと呼べる魔物たちの中に、爬虫類型や虫型も当たり前のように含まれていることである。

 しかも、犬猫型の魔物は小さくてもゴールデンレトリバーのような大型犬ほどの大きさであり、一番小さいペリトンも元の世界の犬や猫と殆ど大きさが変わらない。

 そして爬虫類型の魔物は総じて犬猫型の魔物より大きめで、虫型魔物に至ってはほぼ同じ大きさだった。

 いわば、鰐やコモドオオトカゲのような大型爬虫類が、同じような大きさの虫とセットで平然と売られているようなものである。

 ペットといえば元の世界のペットを一番に連想する美咲には、違和感しかない。

 とはいえ、流石にベルークギアのような大き過ぎる魔物は取り扱っていないようだし、独自の言語を操るゴブリンのような、知能の高い魔物も居ない。

 居るのは言葉を持たず、知能が低い魔物ばかりだ。

 これは、言語を操る魔物の中には、突然変異で生まれる魔族の中に含まれるような強力な固体が居るせいかもしれない。

 美咲がかつて戦った、ゴブリンの変異種であるベルゼとライジのように。

 彼らのような存在が魔族に居るならば、当然自分の種族がペットとして扱われるのを良しとはしないせいもあるだろう。


「あ、お姉ちゃん、向こうにもいっぱい檻があるよ! 行ってみよう!」


 不意に、ミーヤが美咲の手を引いて歩き出した。


「こらこら、二人で勝手に行動しないの」


 苦笑したミルデが、やれやれと肩を竦めて二人の後をついて歩く。

 一通り店内を回ると、美咲は首を傾げた。


「色々種類はありますけど、ベルークギアはともかく、マクレーアもゲオルベルもベウも居ませんね。取り扱っていないんでしょうか」


「危険度が高いし、対応する魔物使いの笛もそう多くはないのよ。私も、全部対応してる魔物使いの笛はミーヤちゃんが持っているもの以外見たことないわ」


 魔物使いの笛を持つミーヤが、驚いた表情で自分の笛をまじまじと眺める。


「そうなの? ミーヤ、全然知らなかった」


 今、ミーヤの傍にはマク太郎を含め、ペットたちが勢ぞろいしている。

 基本的に魔物使いを客として想定しているのか、この世界のペットショップは敷地が広く取られている。

 通路なども大きく、ペットを連れている魔物使いがペットを放したまま移動できるようになっているのが、ある意味異世界のペットショップらしい。

 歩く美咲の目に、とある魔物が目に留まった。


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