二十四日目:魔族の街での昼食2
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
黄色と茶色の色彩でテーブルが彩られる。
カルポーネのアルパッチョは肉料理のようだ。
(何肉に分類されるんだろう、これ)
まじまじとカルポーネのアルパッチョを観察する美咲は、首を傾げる。
異世界の料理だし、名前の時点で既に聞き慣れない料理なうえに、見た目も美咲にはあまり馴染みが無い。
よく焦げ目がついている肉にはたっぷりとソースがかけられていて、ほかほかと湯気を上げている。
(ソースは白っぽい。……ホワイトソースかな?)
美咲が不思議そうな表情で料理を観察していると、ミルデが解説してくれた。
「アルパッチョはね、発酵させたグルダーマの乳と香辛料を混ぜたソースに漬け込んで焼き上げた料理なの。甘辛くて美味しいわよ」
顔を上げ、料理に落としていた視線をミルデに向けた美咲は、ミルデに尋ねる。
「魔物の肉っぽいですけど、カルポーネってどんな魔物なんですか?」
「一言で言うと、地面に擬態して上を通った者を捕食する魔物よ。身体の表面がごつごつしてて岩とか土に似てるんだけど、地面を掘って半ば埋まる形で、獲物が通りかかるまでじっとして過ごすの。エネルギーの節約も兼ねてるのかもね。で、獲物が通りかかったら、大きな口を開けて落とし穴みたいに獲物を口の中に落としてガブリ」
「うわぁ……」
落ちた哀れな獲物の末路を想像した美咲は顔を青褪めさせて尋ねたことを後悔した。
美味しそうな肉料理なのに、そんな危険な魔物だったなんて思いもしなかった美咲は、改めてカルポーネのアルパッチョという料理を見る。
(……こうして調理された見た目は、普通の肉っぽいのに。岩とか土みたいな感じもしないし)
同じようにまじまじとカルポーネのアルパッチョを見ていたミーヤが、不思議そうな顔でミルデを見る。
「でもこのお肉、普通のお肉に見えるよ?」
「岩や土に似てるのは表面、皮の部分だけだからね。内側は普通の魔物と同じよ」
ミルデの返答に、ミーヤは驚いた表情になった。
「ミーヤ全然知らなかった!」
リアクションの大きさにミルデは苦笑しつつ、カルポーネという魔物について語る。
「この辺りには居ないからね。もっと東、魔族領の奥地に行かないと生息してないわ」
「そうなんだー。お友達になりたいなぁ。色んな魔物のお友達を増やしたい」
戦力強化という意味でも、ミーヤの魔物が増えるのは有り難い。
「いいかもね。後で帰りにでも試してみる?」
「うん!」
提案した美咲に、ミーヤは元気良く返事をした。
「それならもっと良い場所があるわよ。この街に魔物を売ってるペットショップがあるの。後で行ってみましょう」
「わぁい!」
ミーヤが席に座ったまま足をばたつかせて喜びを表現する。
「魔物を売るペットショップなんてあるんですか……」
久しぶりに世間知らずっぷりを見せる美咲に、ミルデが苦笑する。
「実際にペットにしてる子が目の前にいるのに、何を言ってるのよ。需要はあるわよ」
「そうでした」
無知な発言に恥ずかしくなった美咲は、頬を赤く染めた。
恥ずかしさでしばらく赤面したまま黙っていた美咲は、気を取り直して話を再開させる。
「考えてみると、魔物の笛って凄いですね。吹くだけで簡単に手懐けられちゃいますもん」
ミーヤが吹いただけでも、ペリ丸にマク太郎、ベウ子、ゲオ男、ゲオ美、ベル、ルーク、クギ、ギアと九体もの魔物が仲間に加わっている。彼らの中には群れを率いている者もいるので、実際はもう少し多い。
これだけ効率よく魔物を仲間に出来ると、あっという間に全部の魔物がペットにされてしまいそうだと思った美咲だったが、その懸念はすぐに払拭された。
「吹くだけで、というのは少し違うわよ。魔物の笛には一つ一つ魔物との相性があるから、同じ魔物の笛でも手懐けられる魔物の種類には差が出易いの。例えばミーヤちゃんはマクレーアやベルークギアをペットにしてるけど、本来は出来ない魔物の笛の方が多いのよ」
さすが魔族なだけあって、ミルデはこういう話に詳しいようだ。
もしかしたら、魔族の間では一般常識なのかもしれない。
「マク太郎たちと友達になれたのは、ミーヤたちの運が良かったんだね」
魔物使いの笛を大事そうに胸に抱いて、ミーヤが幸運を噛み締めるかのように目を閉じる。
「後はやっぱり、美咲ちゃんの存在かしらね」
ミルデの発言に、美咲は驚いて振り向いた。
「えっ、私ですか?」
大皿に盛られたカルポーネのアルパッチョをナイフで切り分けながら、ミルデは語る。
「本来なら、呼び寄せた魔物が何を望んでいるかを汲み取って、対価を支払うのって凄く難しいのよ。それこそ専門の魔物使いっていう職業があるくらいに。でも美咲ちゃんのサークレットなら、魔物が何を望んでいるかなんて、簡単に分かるじゃない。魔物使いなら垂涎物よ、あれ」
魔物使いの笛と翻訳サークレットの親和性については、美咲も薄々感付いていたとはいえ、改めて他人に指摘されると凄いことだと思えてくる。
「元々価値が高いのは知ってるんですけど、魔族領だとさらに跳ね上がりそうですね……」
今はミーヤの頭に収まっている翻訳サークレットに、美咲は目を向ける。
美咲の視線を追いかけて、ミルデも翻訳サークレットに視線を注いだ。
「ていうか、魔族領だからこそ、だと思うわ。魔法を使うための魔族語は魔族が元々持っていたものだけれど、翻訳魔法は人間が新大陸に進出して人間の間で急速に発達したものなの。翻訳魔法の様々な鉱物との親和性を発見したのも人族だし。私たち魔族が種族は多種多様なくせに魔族語が単一言語なのに比べて、人族は単一種族なのに言語が多種多様なのよね。不思議だわ」
しみじみと呟くミルデは、興味深そうに頷いている。
魔族については分からないものの、人族については元の世界の知識がある美咲には、ある程度予測がつく部分がある。
「私の世界の人間も、国が違えばまるっきり言語が違いましたよ」
元の世界において、歴史と言語は密接に結びついている。元々は民族ごとの言語だったのが、時代を下り一つに纏まっていた民族が細分化して国となるにつれて、使われていた言語も独自の変化を遂げてそれぞれの言語へと変化していった。
例えを挙げるながらアルファベットだろう。ヨーロッパで使われているアルファベットは、起源を紀元前にまで遡ることが出来る。
地中海東部の沿岸部で発達したアルファベットの起源となった古代文字は、民族の移動と共に変化、細分化をし、美咲の時代の様々なアルファベットを用いる言語の基礎となった。
「あら、そうなの。やっぱり不思議ね、人間って」
美咲は美咲なりに一生懸命説明したのだが、ミルデにはピンと来なかったようで、納得したようなそぶりをみせたものの、目を丸くしていた。
ミルデが美咲とミーヤの分までカルポーネのアルパッチョを切り分けてくれたので、美咲とミーヤはありがたく口をつけることにする。
肉を一切れ口にすると、甘酸っぱいヨーグルトソースの味をまず感じた。ヨーグルトのまろやかさが香辛料のぴりりとした辛さを和らげ、ちょうど良い辛さに調整している。
(美味しい……)
料理を気に入った美咲は無言で一口目を食べ切り、二口、三口と次々に口に運んでいく。
取り分けられた分を凄い勢いで食べ終えたところで我に帰った美咲は、にこやかな笑顔で美咲の食べっぷりを見つめていたミルデの視線に気付き、恥ずかしくなって頬を染める。
「それにしても、この世界の料理の名前って、聞き覚えが無いものばかりで困っちゃいます。こっちの肉料理は、なんていうんですか?」
誤魔化すように興味を別の料理に移した美咲の意図に、ミルデは気付いていたが敢えて指摘はせずに、説明した。
「ビリンギのアルファーマ風煮込みよ」
「わあい、全然分かりません」
にこやかに答えるミルデに、美咲もやけくそで笑顔を返す。
「異世界人だから分からないのも当然ね。ピリンギは魔物の名前よ」
興味を持ったのか、口の周りをカルポーネのアルパッチョのソースで白く汚しながら、ミーヤが尋ねた。
「どんな魔物なの?」
「ミーヤちゃん、その前にちょっとお口拭こうね」
「あっ、ごめんなさい、お姉ちゃん」
美咲が自分の布を取り出して、ミーヤの口の周りを優しく丁寧に拭う。
謝ったミーヤは、気持ち良さそうに目を細めて美咲に身を委ねた。
「そうしていると、二人とも本当に姉妹みたいね」
二人の様子を見て表情を和ませたミルデは、説明を続ける。
「ピリンギは木に釣り下がって森などで上から降ってくる魔物よ。身体が葉っぱの色と同じで保護色になっているから、気付きにくいの。運悪く通りかかった獲物の上に降りかかって、生気を吸って衰弱死させてしまうの」
(妖怪か!)
まず美咲の頭に思い浮かんだのは、釣瓶落としだ。頭上から降ってくるという部分はまさにそのものである。
さすが異世界とでも言うべきか、元の世界のオカルト方面の生き物に酷似した存在すら魔物として跋扈しているらしい。
「元の緑色が全く見えないんですけど。全部赤いんですけど。どういうことなんですか」
ピリンギのアルファーマ風煮込みを見た印象は、赤いということだった。
物凄く赤い。
マグマのように赤い。
小さな土鍋に入れられて運ばれてきたので、まだぐつぐつと煮え立っている。まさにマグマだ。
「香辛料をたっぷり入れて煮込んでるからね。これの辛さはアルパッチョの比じゃないわよ」
(キムチ鍋よりも赤い気がする……)
同じような色の料理を頭に思い浮かべるものの、目の前の赤みはキムチ鍋よりも明らかに濃い。
「アルファーマっていうのも、魔族領の一地方ね。ここよりもっと北東の寒い地域の郷土料理よ。辛いから気をつけて食べてね」
ごくり、と喉を鳴らして美咲は煮込みを一口食べる。
途端に口内を凄まじい辛さが突き抜け、悶絶する。だが、美味い。
辛いだけではなく、煮込みにはたっぷりと材料のうま味が溶け込んでおり、それが香辛料でさらに引き立っているのだ。
確かに辛いけれど、同時に美味しい。
美咲とミーヤは汗を掻きながらアルファーマ風煮込みを食べる。
「美味しいね、ミーヤちゃん」
「うん! でも凄く辛い! 美味しいけど!」
幼いミーヤの舌にはやや辛過ぎるようだが、それでも子どもの舌にも美味しく感じられることに変わりはないようだ。
ミルデは美咲やミーヤよりも耐性があるようで、食べていても余り汗は掻かない。
煮込みもたちまち完食された。