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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:旅の空の下5

 目が覚めた。

 この世界に召喚されてから二十四日目、混血の隠れ里に流れ着いてからは六日目の朝は、僅かな頭痛から始まった。


(……やだな。風邪でも引いたかな)


 考えただけで心がざわついた。

 少し身体がふらつく程度でも、体調を崩すというのは少し恐怖を覚える。

 何しろ、元の世界と比べれば医療が遥かに発展していない世界だ。

 マルテルのように、医学に精通している人間も居ないわけではないものの、祈祷などがまだまだ強い説得力を持って行われている。

 民間療法も真贋がごちゃ混ぜで、かえって症状を悪化させることも珍しくない。

 そんな低水準な医療環境である以上、ただの風邪でも、致命傷になり得る危険性を常に孕んでいる。

 特に人族側ではその傾向が強い。魔族の方は魔法の恩恵が強くあるせいか、医療に関しても結構発達している。

 以前美咲がゲオルベルとの戦闘で大怪我を負った時、傷の治りが良かったのはアリシャがいたお陰だ。アリシャが居なければ、まず傷が悪化して死んでいただろう。人間でも、アリシャのような規格外な人間は、本来なら魔族が持っているものを所持している場合がある。今はミーヤが持っている、魔物使いの笛のように。

 幸い、昨日の疲れが残っていただけなのか、しばらく安静にしていると、頭痛とふらつきはやがて無くなった。


(……良かった)


 人知れず、安堵の息を吐く。

 昨日はつい考え事をして夜更かしをしてしまったから、ただ単に寝不足なだけかもしれない。

 もっとも、寝不足も度が過ぎると病気を引き起こすので、やはり楽観視はしない方が良い。注意しておくことに越したことはないはずだ。

 心配事がひとまず無くなり、思考の矛先は先日、マルテルにした相談で言われたことに向かった。


(私の原点。私の一番の目的。何よりも優先するべき願い、か)


 王城を旅立った当初は、美咲の旅の目的は至極シンプルだった。

 全ては自分のためで、こんな世界に召喚されたことに強い不満を抱いていたから、一刻も早く帰りたいと願っていた。

 今もそれは変わらない。

 美咲の一番の目的は、元の世界に帰るために、死出の呪刻を解除することに他ならない。

 他にも勇者と呼ばれるに相応しい名声を得るという目的や、魔王を倒してこの異種間戦争を終わらせるという目的もあるけれども、やはり美咲の本来の願いが元の世界に帰ることである以上、それだけは譲れない。

 もっとも、これらの目的は密接に関わり合っており、魔王を倒して死出の呪刻を解呪することが出来れば、自ずと残る二つも達成できるだろう。

 この世界の軍隊は元の世界の軍隊のように洗練されてはおらず、大将に当たる存在、つまり人族軍であれば連合騎士団長、魔族軍であれば軍指揮官を討てば容易に崩壊する。

 実際に、先のヴェリートを巡る二度の戦いでは蜥蜴魔将ブランディールに人族軍は騎士団長が討ち取られ、総崩れを起こした。

 もし魔王を失えば、魔族軍そのものが瓦解しかねない。

 だからこそ、美咲が成すべきは何を置いても魔王討伐に他ならず、また、魔王は仲間たちの仇でもある。

 その時には美咲はもう気絶していたから、その瞬間を見たわけではない。

 それでも全員の姿が今もなお無い以上、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ、タゴサクの全員が死に、タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレーの四人が逃げたというのは、本当なのだろう。


(魔王は倒す。絶対に。守ってくれた、皆のためにも)


 決意を新たに、身を起こす。

 まだ寝ているミーヤの寝顔をしばらく穏やかな表情眺めていた美咲は、やがて寝台から降りて簡単に身支度を整えた。

 もう一つの寝台を見ると、既に空になっている。どうやらとっくにミルデは起きているらしい。


(……早起きだなぁ)


 正確な時間は分からないものの、それでも夜が明けてからそう時間は経っていないはずだ。

 夜中の寒さがまだ残っていて、早朝だとまだひんやりとしている。

 これが時間が経って日が照ってくると、温度が上昇して暖かくなっていくとはいえ、涼しい今はまだ薄着では肌寒い。


「あら、起きたのね。おはよう、美咲ちゃん」


「あっ、おはようございます、ミルデさん」


 外へと続く扉が開き、ミルデが帰ってきた。

 どうやら外に出ていたらしい。

 ミルデの傍に水桶が浮いているところを見ると、どうやら朝の水汲みを行っていたようである。

 ろくに水道が整備されていないこの世界では、朝の水汲みは必須事項でなおかつ重労働と、重要だが誰もが敬遠する作業であり、必然的に立場の低い下っ端に押し付けられがちだ。

 なので、率先して行っているミルデは、一行の中で一番年上であるにも関わらず、一番の働き者といえる。

 まあ、魔族の場合魔法という手段があるので、ミルデが行った方が一番早いという理由もあるかもしれない。

 魔法を使えば、水場に行かずとも水を確保することができる。

 もっとも、こういう普段は訪れないような場所だと安全確認のための見回りも兼ねているので、運ぶのに魔法を使っても直接魔法で水を用意することは少ないが。


「水汲みなら、私も手伝いますよ」


「ありがとう。助かるわ。魔法があるからそれほど疲れないけど、一度に運べる量は大して変わらないから、結局時間が掛かるのよねぇ」


 丸太小屋の台所に置かれている水瓶へ、水を移す。

 水瓶の中には、まだ底の方にしか水が溜まっていないが、今は全員が携帯できる水袋に納まる分だけでいいので、まだ楽な方だ。本来なら、これが満杯になるまで水場と丸太小屋を往復しなければならない。

 しかも水場といっても街中のように井戸が設えているわけでもなく、というかあっても管理が出来ないので、水場は主に森を流れる川や泉になる。

 となると生水では使えず、今度はこれを煮沸消毒するという作業が待っている。

 魔法が無ければ、これらの作業を手作業でこなさなければならないのだ。

 本当に、魔法にはお世話になりっ放しである。


「じゃあ、行きましょう。後数回往復すれば終わると思うから、ちゃっちゃと済ませちゃいましょ」


「分かりました」


 念のために勇者の剣を剣帯に装着し、もう一つ水桶を物置から持ち出し、ミルデの後をついて外に出る。

 丸太小屋の外は、意外なほどに雑音に満ちていた。

 木々の葉鳴りに始まり、虫の音や鳥の囀りなど、様々な音が聞こえてくる。

 もっとも、この世界には元の世界のような純粋な意味での虫や鳥は居ないので、正確には虫型魔物、鳥型魔物なのだろうが。

 魔物といっても全てが人を襲うわけではなく、普通の動物と同じように草食、肉食、雑食によって違う。

 大きさも千差万別で、魔物の場合、その差が動物よりも大きい以外は、結構動物と似通った特徴を持つ種が多い。

 今鳴いている声の主は、おそらくそういう無害な種だろう。


(危険な魔物の鳴き声だったら、ミルデさんが警戒してるだろうし)


 美咲はちらりとミルデの様子を窺う。

 落ち着いたミルデの反応は、危険な魔物が回りに居ないことを暗に告げている。

 水場は緩やかに流れる小川だった。

 清流という表現がぴったりな綺麗な川で、澄んだ水はそのままでも飲めそうな気がしてくる。


(まあ、実際は飲んだらお腹壊すんだろうけど)


 自分の考えに苦笑しつつ、美咲は自分の手持ちの水桶に水を汲んだ。

 ミルデも水桶に水を汲み、それを魔法で宙に浮かせている。

 流石に、腕が翼であるミルデでは、水桶を翼で運ぶというのは無理があるようだ。当たり前である。

 美咲は美咲で、同じように水桶を宙に浮かべようものなら、中の水を零して台無しにしてしまうに違いない。

 一見簡単なもののように見えるミルデの魔法は、浮かせながらしっかり水桶を固定しているので、地味に難易度が高い。

 丸太小屋に戻ると、丸太小屋からミーヤの泣き声が聞こえてきて、美咲は慌てて丸太小屋の中に駆け込んだ。



■ □ ■



 小屋の中に帰ると、泣きじゃくりながらミーヤが駆け寄ってきた。


「おねえぢゃーん! 何処に行っでだのー!?」


 鼻水を垂らす勢いで号泣しているミーヤは、美咲の懐に飛びつくと、そのままひしとしがみついて離れようとしない。

 ミーヤに何かあった可能性を考えていた美咲は、素早くミーヤを背後に庇いつつ、小屋の中を見回した。

 何も変わらない。

 内装も荒らされている様子は無く、出かけた当初のままだ。


「ミルデさんの手伝いで水汲みに行ってたのよ! ミーヤちゃんの方こそどうしたの!? 魔物の襲撃でもあったの!?」


 その割には魔物が襲撃してきたような形跡は無く、美咲は困惑した。


「魔物の襲撃って、結界が壊されてる様子も無いし、有り得ないわよ」


 ゆっくりとミルデは首を横に振り、美咲の懸念を否定した。

 よく考えれば当たり前である。

 強固な結界で守られているからこそミーヤを残していったのであって、もし結界が簡単に破られるようなものであれば、ミーヤを寝かせたままにしておいたりなどしない。

 最低でも起こして、注意事項を叩き込み、警戒させた上でなるべく早く帰ろうとしていたはずだ。


「ひぐっ、ミーヤ、お姉ちゃんまで皆みたいに居なくなっちゃったのかと思って、そう思ったら我慢できなくて、ごめんなざい」


 びえーと大声で泣くミーヤの口から、真実が語られる。

 要は、一人で目覚めたミーヤが、小屋の中に誰も居ないことに驚いて、泣いてしまっただけであった。

 そんなことで、と一瞬思いかけた美咲は、ハッとして項垂れる。


(何が、『そんなこと』よ)


 自分で自分を殴りたい気分だった。

 大勢、仲間が死んだのだ。

 美咲だってその事実に傷付いているのに、幼いミーヤが、傷付いていないはずが無い。

 特にミーヤは、気絶していた美咲と違い、その死に様の殆どを目にしているのだ。

 ルアンやルフィミアを失ったことで美咲が負った心の傷を考えれば、ミーヤがどれほど傷付き悲しんだか、想像するのは簡単だったはずなのに。


(……私、馬鹿だ。自分のことばっかりで、ミーヤちゃんのこと、全然見てあげられてない)


 自分の愚かさ加減に唇を噛んだ美咲は、ミーヤを抱き締め返した。


「一人にしちゃって、ごめんね。もう、一人にしないから」


 美咲の腕の中で、ミーヤは泣きながら美咲を見上げる。


「ミーヤの方こそ、ごめんなさい。お姉ちゃんの力になりたいのに、ミーヤ、お姉ちゃんに負担かけてばっかりいる……。ミーヤ、役立たずだね……」


 すぐに美咲は首を横に振って、ミーヤの言葉を否定する。


「そんなことないよ。私、これでも結構救われてるんだよ。皆が死んじゃって、それでも潰れずにいられたのは、ミーヤちゃんが居てくれたから。だから、役立たずなんかじゃないよ」


「ふええ……」


 感極まってミーヤが再び泣き出し、美咲も釣られてぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 目頭が熱くなって、胸の辺りに込み上げる感情のままに、美咲は泣いた。

 久しぶりに、ただの少女に戻って、泣いた。


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