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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十三日目:旅の空の下4

 掃除を終えると、もう日はどっぷり沈んでいた。


「今日は早めに夕食にして、すぐに寝ちゃいましょう。明日の朝早く出発すれば、昼前には魔族の街に着けるわ」


 ミルデが小屋の食料庫から、保存食を取り出してくる。

 何の魔物のものかも分からない干し肉や燻製肉、野菜の酢漬けに塩漬け、ドライフルーツなど、様々な種類があるようだ。

 肉だけでも調理法が違えば風味が違い、風味が違えば味も違う。


「……これ、どうやって食べるんですか?」


 干し肉の塊を前に美咲が戸惑っていると、ミルデがナイフを手に取って美咲に手本を見せる。


「こうするのよ」


 逆手に持ったナイフを干し肉に勢い良く突き刺したミルデは、そのままナイフを動かして干し肉の肉片を削り取っていく。

 干し肉がとても硬いので、スライスするというよりも、削り取るという表現が正しい。


「ほら、一切れ食べてみて」


 手渡された干し肉の欠片を両手に持ち、美咲はしばし硬直する。


「何か、手触りがすでに石みたいなんですけど」


「大丈夫よ。噛んでるうちに、唾液と混ざってすぐに柔らかくなるから」


「それってどれくらいですか?」


「んー、早ければ一レンくらいかしら」


(それはすぐとは言わないんじゃ……)


 保存食ばかりだから仕方ないとはいえ、基本的に水分を飛ばして日持ちするように作られているものばかりなので、全般的に硬いし口の中の水分が奪われる。

 その結果喉も渇くので、余計に水を飲む必要がありそうだ。


(水は出来れば節約したいんだけどなぁ)


 自分の腰に括り付けている革製の水袋を、美咲はそっと撫でた。

 この水袋は携帯に便利だけれど、すぐに革の臭いや味が水に移ってしまうのが玉に瑕だ。それでも馬車を使わない旅である以上、水の持ち運びは重い水瓶などを使えず、こういう個人用の水袋を携帯するしかないのだ。


(せめて竹があれば、水筒作れるかもしれないのに)


 元の世界では、いくらでも生えていた竹を、この世界ではまだ美咲は一本も見かけていない。

 単にこの地方では生育していないだけなのか、それとも竹やそれに相当する植物自体が存在しないのかは分からないけれど、竹が無いのは地味に不便だ。


(筍……いやいや、食い意地張ってる場合じゃない)


 竹繋がりで筍が食べたくなってきてしまった美咲は頭を振って筍の誘惑を追い払うと、気を紛らわすかのようにミルデが切り取ってくれた干し肉の欠片に齧りついた。

 ガリッと、まるで木の皮に齧りついたような強い歯応えを返ってきて、美咲は渋面になる。


「硬過ぎて噛み切れないんですけど……」


「何度も噛んでるうちに唾液で柔らかくなるから、そのうち噛み切れるわよ」


 答えるミルデは、一口大の欠片を選んで口の中に放り込み、普通に咀嚼している。


(……むう)


 美咲は、うっすらと自分の歯型がついた干し肉を見下ろした。

 干し肉は成人男性の掌と同じくらいで、一口で食べきるのはどう考えても不可能な大きさだ。

 もう一度口に入れて齧ってみると、本当に硬く、木の皮か、下手をすると石でも食べているかのような気さえしてくる。


(ゴムでも、もう少し柔らかい気がする)


 よく硬くて不味い牛肉をゴムのような感触の肉などと言い表すが、この干し肉に比べれば、そんな肉も柔らかいとすら美咲は思えてくる。

 横を見れば、ミーヤも美咲と同じように、干し肉をあぐあぐと噛んでいた。


(何か、硬さが異次元級のスルメイカみたい。またはビーフジャーキー? お酒に合いそう。私は呑めないけど)


 酒のつまみとしても結構活躍する乾物を思い浮かべ、美咲は自分が食べている干し肉も似たようなものだと思う。


「スープにした方が良くないですか?」


「いいけど、明日の分の水が無くなるわよ。水は腐るから、保存食みたいに置いておけないの。近くに川もないし」


 干し肉を噛み続けるのに辟易した美咲が尋ねると、ミルデは肩を竦めて首を横に振った。


「……なら仕方ないですね」


「そういうこと」


 げんなりした美咲の表情を見てくすりと笑い、ミルデは酢漬けの瓶の栓を空け、テーブルの上に置く。


「干し肉に飽きたらこれでも食べて気を紛らわせるといいわ」


 ミルデの言う通り、ずっと干し肉を噛み続けていると、多少肉の味も出てきてそれはいいのだが、流石に顎が疲れてくる。

 酢漬けは干し肉と比べればずっと見た目が柔らかそうだし、実際柔らかい。

 ピクルスなどを食べたことがあるのでそのことを知っている美咲は、躊躇わず瓶から野菜の酢漬けを適量取り分けた。

 酢漬けを口に含んだ途端、美咲の味覚が痺れた。


「酸っぱ!」


 咳き込みそうになるくらいの酸味を感じ、美咲の目から生理的な涙が毀れる。

 美咲の知る酢漬けと、この酢漬けは味が全く違った。

 でもそれは当然だ。

 保存技術が発達していた元の世界では、酢漬けは保存食という意味が薄れ、調理法の一種になってしまっている。

 そのため保存性よりも味の方が重視され、酢の量が調節されている。

 それに比べてこの世界では、酢漬けはあくまで保存食であり、保存食は日持ちするのが大前提なので、基本的に味は二の次になる。

 美味いに越したことはないとはいえ、それよりも一日でも長く持つ方が旅の食料としても役立つし、農村などでも冬の間の貴重な食料として活躍する。


「ミーヤ、グラビリオンが良い……」


 結果、酸っぱいを通り越して痺れる味の酢漬けとなり、それに日数経過が加わると、強面の大男すら思わず泣き出すほどの殺人的な酸っぱさになる。

 案の定、ミーヤは一口食べた時点で真顔になりもう手をつけようとしない。


「生憎、グラビリオンは保存食に向かないのよねぇ。ほら、このドライフルーツでも食べなさい」


 苦笑するミルデにドライフルーツを渡されたミーヤは表情を輝かせたが、一口食べようとしてまた真顔になった。


「硬い……」


 フルーツといえど、所詮は保存性を重視した乾物である。ましてや力の弱いミーヤでは無理もない。

 それでも甘さ自体は感じるのか真顔でドライフルーツを噛み続けるミーヤがおかしくて、悪いとは思いつつも美咲は噴出しそうになった。



■ □ ■



 食事が終われば、後は細々とした雑事を済ませて寝るだけだ。

 丸太小屋に用意されている寝床は、木で作られた簡素な寝台だった。寝台の上には乾燥した藁が敷き詰められており、その上からシーツが被せられている。

 ちなみに、このシーツは元々丸太小屋に用意されていたものである。

 敷きっ放しではなく、きちんと畳まれて藁と一緒に物置に保管されていた。

 結構長い間放置されていたようで、洗濯したての香りはしなかったけれど、今の美咲にとっては、見た目が綺麗な時点で十分である。

 街の安宿では、コストを削減するためか、シーツが染みだらけの場合がある。汚れていても、ぎりぎりまで洗わないことが多いのだ。

 寝台を整えた美咲は、困った表情を浮かべてミルデを見上げた。


「数が足りませんよ。二つしかありません」


 丸太小屋に備え付けられていた寝台の数は、敷地に対して置いておけるスペースの問題もあって、美咲たちの人数よりも少ない。

 寝転がれるようなソファーがあるわけでもないので、一人は床に雑魚寝となる。

 この世界では元の世界の西洋と同じように、基本的に寝台に上がる以外は土足のままだし、野宿ではないのだから、出来るだけ清潔な場所で寝たい。

 そう思うのは、誰しも同じはずだ。


(かといって、まさか床で寝てくださいなんて言えないし)


 大恩のあるミルゼにそんな失礼なお願いは出来ないし、ミーヤに言ったらそれはもう児童虐待である。

 とはいえ、床に雑魚寝するのは、美咲もちょっと遠慮したい。


「どうしましょうか、ミルデさん」


 ミルデに相談すると、ミルデからは予想された答えが返ってきた。


「美咲ちゃんがミーヤちゃんと一緒に眠ればいいんじゃないかしら」


(まあ、そうなるよね)


 今まで、ベッドの数が足りないなど問題がある時は、美咲はミーヤと一緒に寝ていたし、そうでなくとも、ミーヤが美咲の傍を離れることを嫌がることも多かったので、そもそも一人きりで寝ることの方が少ない。

 不満が全く無いといえば嘘になるけれども、ミーヤの気持ちだって美咲は理解しているつもりだし、美咲自身、誰かと一緒に寝ていると不思議と心が安らぐので、美咲も出来ればミーヤと一緒に寝たい。

 でもそれは美咲の勝手な都合だ。

 ミーヤだって、今は美咲に懐いているとはいえ、未来がどうなるかは誰にも分からない。

 それに、反抗期になって、ミーヤ自身が一人で寝たいと言い出すかもしれない。

 もしそんなことを言われたら、美咲は自分がかなり落ち込む自信があった。

 悩む美咲に、ミルデは含みを持った笑みを向ける。


「寝るのは一人が良い?」


 心中を見透かされたような気がして恥ずかしくなった美咲は、頬を染めてにやにや笑うミルデに反論する。


「別にそういうわけじゃありませんよ。でも、ミーヤちゃんも誰かと一緒に狭いスペースで寝るより、広々としたスペースで手足を伸ばして寝たいんじゃないかなって」


「じゃあ私と一緒に寝る?」


「何でそうなるんですか……」


 からかうミルデとげんなりした表情で対応する美咲の横で、ミーヤが俯いて美咲の服の袖をきゅっと握った。


「ミーヤ、お姉ちゃんと一緒が良い。ミルデは一人で寝て」


 控えめな態度に反し、断固たる口調である。譲る気は全く無いようだ。俯いていた顔を上げて潤んだ目で美咲を見上げるミーヤだが、その一方で美咲を取られると思ったのか、振り返ってミルデを威嚇する態度には、何が何でも自分が美咲と一緒の寝台で寝てやるという、妙な気迫があった。


「ですって。本人はこう言ってるわよ」


 幼い敵愾心を向けられ、笑みを苦笑に変えたミルデは、美咲に結論を求めた。


「……じゃあ、一緒に寝る?」


「うん!」


 恐る恐る美咲が尋ねると、ミーヤはふんわりと笑って頷いた。

 寝台に横たわり、身を寄せ合って小さなミーヤの身体のぬくもりを感じながら、眠りに着くまでの間美咲は思う。

 考えるのは、今朝マルテルと相談した、これからどうするべきかということだ。

 色々背負ったものをいったん置いて、始まりに立ち返ってはどうかとアドバイスされた。

 つまり、美咲の一番の目的を、見つめ直すのだ。

 今の美咲は、目的が揺れている。

 元の世界に帰りたいし、仲間たちとの約束も果たしたい。

 そのためには魔王の討伐が必要で、でも関係の無い魔族にまで被害が及ぶことは避けたい。

 虫の良い考えであることは、美咲自信理解している。

 それでも、魔族と友好的に関わってしまった以上、棚上げには出来ない。


(私の原点、か……)


 悩みながら、美咲は眠りへと落ちていった。


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