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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十三日目:旅の空の下3

 食事を終え、移動を再開した美咲たちは森の中で一夜を明かす必要性に迫られていた。

 もうすぐ夕刻が近く、森の中はどんどん薄暗くなりつつある。

 本来なら焦ってしかるべき状況だが、美咲を初め、ミルデ、ミーヤの表情は明るい。


「ああ、あったわ。この丸太小屋よ。ここで今日は一泊しましょう」


 ミルデは森の中にぽつんと場違いに佇む丸太小屋を手で指し示した。

 森の中に埋もれるようにして立てられている丸太小屋はそこそこの大きさで、三人に加えペットたちを足しても、寝泊りするのに十分な広さがありそうだ。

 鍵を開けて丸太小屋の扉を開けたミルデは、美咲とミーヤに振り向く。


「ミーヤちゃんは先に入って待ってて。美咲ちゃんはついてきて。結界の基点の場所を教えるわ。くれぐれも、うっかり触らないようにね」


 どうやら、丸太小屋は寝泊りしている者が魔物に襲われないように恒常型の結界で覆われているらしい。

 がっしりとした太い丸太が使われた丸太小屋は頑丈そうな作りとはいえ、それでも中型の魔物に襲われたら中に侵入されるかもしれないし、ティラノサウルスに似た劣竜種ベルークギアや、バルトのような純粋古代竜を初めとする大型の魔物ならば、それこそ積み木のように破壊してしまう。

 この森に大型に分類される魔物がいるかどうかまでは美咲とて知らないけれど、それでも万が一ということもあるし、警戒はするに越したことはない。中型でもマク太郎級、元の世界の動物で言うならホッキョクグマやヒグマ、ライオン、ゾウ、キリンなど、向こうの基準での大型生物ほどの大きさに該当するし、向こうの世界の大型生物の殆どは、全てこの世界では中型に括られてしまう。それだけベルークギアや竜が大きいのだ。


「あ、はい。是非お願いします。間違って消しちゃって魔物の襲撃を受けるとか冗談じゃないですし」


 美咲は思わずパニックホラーものの映画でよくある、夜に目が覚めたら外で大型の人食い化け物が部屋を覗き込んでいる光景を想像していしまい、ぶるりと身体を震わせた。結界があるとはいえ、この世界では同じようなことが実際に起こる可能性があるので洒落にならない。


「やだ! ミーヤも行く!」


 この世界に生まれた人間として、ミーヤも幼いながらに危険に対する認識は美咲以上に発達しているし、ミーヤ自身美咲の助けになれるよう努力している。

 だからこそ、一時的とはいえ、ミーヤは美咲の下を離れるのを嫌がった。


「……まあ、動き回るのは結界内だから特に危険が予想されるわけでもないし、いいか。その代わり、良い子にしてるのよ。美咲ちゃんに迷惑をかけないようにね」


「分かってるよ!」


 そんなつもりは微塵もないのに念を押され、ミーヤが膨れっ面になった。

 一応の保険としてペットたちも連れ、ミーヤを伴い美咲はミルデの後をついて歩く。


「どうしてこんな都合良く小屋があるんですか? 私、正直野宿になるのかと思って覚悟してたんですけど」


 小屋の周りに張られた結界の基点を回る最中、不思議に思った美咲はミルデに尋ねた。

 野宿の経験は皆無ではないとはいえ、エルナと一夜を明かした時は旅人が野宿をする定番の場所だったし、森の中で野宿するというのはかなり危険を伴うと美咲は予想していた。

 だから内心では大丈夫かと心配していたので、丸太小屋があって正直美咲はホッとしている。

 振り向いたミルデは苦笑して、傍の丸太小屋を見上げながら美咲に説明する。


「ミーヤちゃんも居るのにそんなことしないわよ。この小屋は元々里の猟師や樵たちの休憩小屋だったんだけど、今は魔族の街に出る際の中継地点として利用されてるの。いくら魔族の足でも一日じゃ森を抜けられないから、重宝してるわ」


 美咲自身丸太小屋の存在には多いに元気付けられた。屋根がある場所で寝泊りできるだけでも十分有り難い。


「一応瓶詰めとか、保存の利く食料も置いてあるわ。ただ、味は保障しないけど」


「手持ちの食料で済ませましょうそうしましょう」


 怖いことを言われた美咲は、即座に言い切った。

 腐ったものを食べさせられるとは流石に思わないものの、この世界の保存技術は元の世界よりも進んでいるとはどうしても思えない美咲だから、この世界の保存食と言われると、どうにも尻込みしてしまう。

 全力で目を泳がせた美咲の態度に、ミルデは手で口を押さえて笑った。


「残しておいても腐るだけよ。優先して消費しないといけないから、食べなきゃダメ。使うごとに作り直して入れ替えてるから、食べないと今ある分が無駄になるもの」


「マジですか……」


 げんなりとした口調でため息を漏らした美咲は、せめてまともに食べられるものであることを願った。

 いざ食べてみたら腐ってましたでは洒落にならない。

 さすがに腐ったものを食べさせられるとは思わないものの、腐っているという基準がこの世界と元の世界で違う可能性は大いにある。この世界基準ではセーフでも、元の世界ではアウトとか、十分ありそうだ。


「はい、結界の基点はこれで全部よ。美咲ちゃんはくれぐれも触らないようにね。うっかり結界を壊したら、張り直すまで夜通し見張りをする羽目になるわよ」


「絶対に触りませんし近寄りませんとも」


 即座に美咲は答える。見えている地雷を誰も好んで踏みはしない。

 そうして、美咲とミーヤ、ミルデは小屋に入った。



■ □ ■



 小屋の中は、普段は使っていないせいもあってか、少し埃っぽかった。


「さてと。まずは掃除しないとね」


 背負っていた荷物を下ろしたミルデは、小屋の窓を全て開けて換気をすると、物置から掃除道具を出してくる。

 モップに雑巾、箒、ハタキ、バケツなど、美咲が元の世界で見たことのあるものばかりだ。世界が違っても、掃除道具に大きな違いは無いらしい。


(まあ、さすがに掃除機は無いみたいだけど)


 それらを見て、美咲は文化の違いに少し戸惑う。

 元の世界とこの世界の大きな違いは、魔法の有無と、電化製品の有無だ。

 この世界では、電化製品によって得られていた利便性が、魔法に取って代わられている。

 現に隠れ里では電化製品としての冷蔵庫こそ無かったものの、マジックアイテムとしての冷蔵庫ならばあったし、生活に魔法が密着して使われている。

 それは魔族という種族が魔法に深く密接した種族だからで、元々魔法に関して馴染みが薄かったこの世界の人間は、やや文化の程度が遅れている。

 魔族語を取り入れつつあり、戦力としての差は縮まってきていても、文化の差は未だかなり深い差が広がっている。

 とはいえ、進んでいる魔族の文化も、元の世界の文化と比べるとまだまだ遅れていて、この世界には鉄道のような長距離を高速で物資を大量に輸送する手段は無いし、輸送は主に陸路で、海路や空路の利用はそもそも選択肢自体が存在しない。

 それは海や空が陸に比べて危険過ぎるからで、海路が使えるのはこの世界でもごく一部の地域のみ、空路に至っては、魔族でも低空を短距離飛行するのがせいぜいだ。

 戦争ならばそれでも制空権を奪うには十分だが、弓などで狙われれば落ちる危険性も高いレベルなので、戦力としては空母にも満たない。

 もっとも、もしかしたら、個人で大陸間弾道ミサイルなどの兵器に該当する魔法を習得している可能性が皆無とは言い切れないのが、魔法の怖いところである。

 実際に、美咲がかつて経験したヴェリートを巡る戦争では、多くの魔法が飛び交った。種類、威力共に術者によって様々で、特にルフィミアの魔法は兵器に迫る規模の破壊を齎した。おそらくは、魔族側にも同程度の魔法使いは存在するだろう。ルフィミアは天才だったが、術者の分母は間違いなく魔族側の方が多いはずだし、ルフィミアに出来ることを、魔族が誰も出来ないとは考えにくい。


「ねえ、美咲ちゃん、聞いてる?」


「ふぁっ」


 ミルデに話しかけられた美咲は、考え込むあまり意識の内側に没頭し過ぎてしまっていて、驚いて変な声を上げて飛び上がった。


「その様子じゃ聞いてなかったみたいね……」


「す、すみません……」


 ため息をつくミルデに、美咲は平謝りをした。今のは全面的に美咲が悪い。


「まずは皆で、箒とハタキを使って小屋の中の埃を掃除するわよ。ある程度埃が無くなったら、モップと雑巾で拭き掃除。最後に乾いた布でしっかり乾拭きして終わり、これを夜までに終わらせる。いいわね?」


「分かりました! 謹んでやらせていただきます!」


 しゃちほこばる美咲に、ミルデが苦笑する。


「そこまで畏まる必要はないけど……。まあ、早速始めましょうか」


 くすくすと笑うミルデを追い抜き、ミーヤが掃除道具に飛びついた。


「ミーヤハタキ使うよ!」


 ハタキを持って駆け出そうとするミーヤの服の襟を、ミルデが器用に羽の鉤爪で引っ掛けて止め、ハタキを取り上げた。


「待ちなさい。あなたの背じゃハタキ使っても大して届かないでしょう。モップにしなさいモップに」


 取り上げたハタキの代わりにモップを手渡たされ、ミーヤが頬を膨らませる。


「ミーヤチビじゃないもん!」


 主張を聞いたミルデは、モップを持つミーヤを上から下までじっくりと見た。

 モップを縦に持つミーヤの背は、モップの柄よりも明らかに低い。


「いや、チビでしょ」


「むっきー!」


 地団駄を踏んで怒りを露にするミーヤを、美咲が引き攣った笑顔で落ち着かせようとする。


「まあまあ、ミーヤちゃん。私と一緒にモップでお掃除しようよ。ね?」


「うん! ミーヤ、お姉ちゃんと一緒ならモップにする!」


 美咲の努力は功を奏し、ミーヤは考えを変えて表情を輝かせた。

 どうやら美咲と一緒という点に心を動かされたようだ。

 そこへミルデがしたり顔で口を挟んだ。


「悪いけど、美咲ちゃんはハタキよ。箒は私のもの」


 ミルデは完全に悪乗りしている。

 顔を真っ赤にして怒ったミーヤは再び地団駄マシーンと化した。


「むっきー!」


「ミルデさぁん! どう見たってハタキは飛べるミルデさんが適任でしょう!」


 面白がるミルデに食って掛かる美咲に、ミルデはそ知らぬ顔で答えた。


「あら、飛ぶなら美咲ちゃんだって適任でしょう」


「分かってて言ってますよね!? こんな狭い所で私が飛んだら大惨事ですよ! 下手すりゃ小屋が倒壊しますよ!」


 何しろ、美咲が空を飛ぶのは、攻撃魔法の爆発力を利用してなのである。

 巻き起こした突風や爆風に乗って飛ぶので、当然美咲の回りには強力な破壊エネルギーが生まれるわけであり、室内でそんな魔法を使えば美咲はよくても小屋が吹っ飛ぶ。ついでにミルデもミーヤも吹っ飛ぶに違いない。


「あーもう、真面目に考えてくださいよ!」


「ごめんってば。美咲ちゃんの言う通り、私がハタキを使うから、美咲ちゃんはミーヤちゃんと一緒に箒でまずは床の掃き掃除をお願いね?」


 文句を言う美咲を宥めすかし、ミルデは今度こそ真面目に仕事を割り振る。

 掃除が始まった。


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