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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦3

 突然のことで一瞬忘我していた美咲は、我に返って慌ててルアンに食って掛かった。

 いくらなんでも、美咲とルアンが中に入ってゴブリンと戦うのは問題がある。

 確かに実力的に言えば、普通のゴブリンくらいルアンならば危なげなく倒せるかもしれない。

 実際に美咲にそう思わせるくらいには手合わせした際ルアンは強かったけれど、いくら美咲でも、試合と実戦では勝手が全く違うことくらい知っている。試合と同じ実力を、実戦で発揮できるとは限らないということも。

 それに、このクエストにおいて美咲たちに課せられた本来の立場を忘れてはいけない。


「ちょ、ちょっと待って。私たち、ここで待機して逃げてくるゴブリンがいたら狩るのが役目でしょ。その私たちがここを放棄しちゃったらゴブリンが逃げてきても分からないじゃない!」


 基本的に、ゴブリンの巣を襲う場合はゴブリンは一匹残らず殲滅するのが基本だ。

 何しろゴブリンは繁殖力が強く、放っておくと人間をはるかに凌駕したペースで増殖するため、あっという間に元々の群れと同等の勢力を作ってしまう。

 逃がしたのが一匹ならまだしも、つがいで逃がしてしまったりした日には、数ヶ月も経たないうちに新たな群れが出来上がる。

 なのでゴブリンの巣を除去するためには、巣から一匹も逃がさないようにするのが肝要だ。

 あまりこの世界の常識に詳しくない美咲はそこまで事情を知っているわけではなかったが、それでも与えられた役割を放棄するのは抵抗があった。


「一本道のところまで行くだけだから大丈夫だって。それに仮に逃がしちまっても一匹くらいなら平気平気」


 ゴブリンの繁殖力について、美咲とは違い知らないわけでもあるまいに、ルアンはちょっと持ち場を離れたところで大した事態にはなるまいと楽観視している。

 持ち場は離れるのは問題だが、ルアンもゴブリンのことを甘く見ているわけではなかった。

 実際に、ルアンはゴブリンくらいならば危なげなく退治したことがあった。

 騎士見習いとしてだが、ルアンはゴブリンと戦ったことがあるのだ。

 故に、ルアンがゴブリンを倒せる思うのには、経験からくる根拠があった。

 実戦経験が無いというのは、あくまで冒険者としての話である。


「俺らだって戦えるのに、あいつらだけで進められちゃお前だって悔しいだろ? ここはいっちょ、俺たちも戦えるってところを見せてやろうぜ!」


 自信に満ちたルアンは、当然のように持ち場放棄を美咲にも持ち掛ける。


「悔しくないから! 全然悔しくないから!」


 美咲は全力でぶんぶんと首を横に振り、拒否の意を表す。

 さすがにこればかりは、美咲もルアンの肩を持つことはできない。

 自分たちの役目は、中のゴブリンを逃がさないことと、いざという時のために退路を確保しておくことなのだ。

 勝手に入り口を離れてしまっては、どちらも果たせなくなってしまう可能性がある。

 それに、ゴブリンの退路を塞いでいるということでもあるのだから、待っていればどの道ゴブリンと戦闘を行うことになる確率は高いのだ。

 この場を離れる意味が無い。


「私は行かないわよ! 行くなら自己責任で一人で行ってよね!」


 断られてもルアンは諦めず、喰い下がった。


「そこを何とか! やっぱり俺一人で行くのは不安なんだよ」


 頼み込まれた美咲は困りきって視線をあちこちに彷徨わせる。

 どういう論法を組み立てれば、ルアンを納得させたうえで、思いとどまらせることができるだろうか。

 一人で行けと口にしたものの、実際に美咲は一人で行かせるのは嫌だった。

 ルアンの身に何があるか分からないからというのもあるし、一人で待つのも不安だからという理由もある。


(私もルアンもルフィミアさんたちに比べたら大して役に立たないんだから、大人しくしてた方がいいのに……)


 口に出すのはさすがに気の毒な気がして、心の中で美咲は毒づいた。

 今はルアンが美咲を誘ってくれているが、このまま拒否し続けたら一人で行ってしまう可能性もあるので、美咲はルアンの軽挙妄動を戒めるために妥協案を提示してみる。


「洞窟の中に鳴子仕掛けたんだし、せめてその反応があってからにしようよ。それからでも遅くないよ」


 何せ、反応に気付いて洞窟の中に入るのと、今入るのとでは状況がまるで違う。

 今入るのはただの持ち場放棄だが、反応に気付いて入るのはゴブリンの討伐をするためだといういい訳が立つ。

 分かれ道に出る前に止まってゴブリンを待ち受ければ、見逃して洞窟の外に出ていかれる危険性もない。

 命令違反をするならそれくらいの状況作りくらいしておいた方がいいと思う辺り、美咲は思いつきで深く考えずに行動するルアンよりも、ある意味性質が悪いかもしれない。


「まあ、美咲の言うことも最もだけどさ。……ただ待ってるだけってのも退屈なんだよなぁ」


 さすがに一人で突っ込むのは本人も無謀だと思ったらしく、美咲に反対されるとルアンは手持ち無沙汰を愚痴りながらも再び腰を下ろす。

 それからしばらくの時間が流れた。

 聞こえるのは木々の葉が風で揺れてざわめく音と、小さな虫たちの鳴き声くらいだ。洞窟の中の音までは、美咲たちがいる場所までは伝わって来ない。

 会話が途切れると、そういった自然音以外は本当に無音で、美咲はまるでルアンと自分の二人きりしかいないような気持ちにさせられる。実際は、ゴブリンの洞窟の中には、冒険者たちがたくさん突入しているのにも関わらずだ。

 アリシャの砂時計を、何度ひっくり返しただろうか。

 一回一レン、つまり十分刻みで時間を計ることが出来るから、ひっくり返すという手間がある分の誤差が多少生まれることを抜かしても、もう随分時間が経っているはずだ。


「……いくらなんでも、遅すぎじゃね? 一度くらい定時連絡が来てもとっくに良い頃だろ」


「そうだね。さすがに遅いね」


 元々待っていることに消極的だったルアンだけでなく、美咲も焦れてきている。

 ため息をついた美咲が、砂が落ちきったアリシャの砂時計をひっくり返す。


「皆が入ってからこれでどれくらい経った? それひっくり返したの何回目だよ?」


「二十回。こんなに時間が経っても変化がないなんて、何かあったのかな」


 時間に直せば、もうルフィミアたちが入っていくのを見届けてから、最初から数えれば三時間以上経ったことになる。

 最初に砂時計を確認した時点で考えても、それくらいは確実に経っているはずだ。

 洞窟は静まり返っていて見た目にも変化が無いのが、かえって不気味だった。


「なあ。やっぱり中に入ってみようぜ。これだけ待っても最初の連絡一つ寄越さないって、ちょっと普通じゃない」


 以前のような軽い気持ちの興味本位ではなく、真剣な表情でルアンが美咲に提案する。

 今度は先ほどのような、功名心や興味本位から来る軽い気持ちではなく、予定外の状況に緊張する真面目な顔だ。

 洞窟内に入る前に見た、指揮を執っていた冒険者は、いかにも歴戦という言葉が似合いそうな、美咲よりも年上の精悍な男だった。

 彼について美咲が知っていることは殆ど無いものの、それでも、まさかあれで見掛け倒しという可能性は無いだろう。安全な街中とは違うのだ。内実が伴わない人間が生き延びられるほど、冒険者という職業は甘くない。

 何が起きても自己責任。一生物の大怪我を負おうが、命があるだけ儲け物。それが、冒険者の世界である。

 それでも、美咲は何か異常が起きていると分かっていても、ルアンのような決断は出来ない。

 尻込みしてしまうのだ。

 魔王を殺さなければ美咲自身が死んでしまう以上、いつかは戦わなければいけないことは、美咲とて分かっている。

 でも、やはり戦うのは嫌だ。殺し合いなんて、自分がすると考えただけでも、美咲はぞっとする。いつかのエルナのように、自分もまたこの世界で屍を晒すことになるかもしれないのかと思うと、背筋が冷える。

 理屈ではないのだ。戦うのは怖いし、死ぬのはもっと怖い。


「危険だよ。私たちが行くよりも、戻ってギルドに報告した方がいいんじゃない?」


 異常な状況も相まって、先ほど以上に踏ん切りが着かない美咲は、ルアンの提案にはあまり乗り気でないようだった。

 出来れば中に入らずに済めば良いという考えが、言動に見え隠れしている。

 ルアンは当然だよなと思いながら、同時に呆れてもいた。

 貴族の子女として生まれ育ち、故国を失い、恐ろしい目にもたくさん遭ってきたのだろう。怖がるのは当然だ。もしかしたら、危険に飛び込むこと自体がトラウマになっているのかもしれない。もしそうであるならば、ここまで頑強に抵抗するのも理解出来る。

 そんな美咲を守るのも騎士見習いにして冒険者であるルアンの役目だ。

 気分は完全に、お姫様を守る騎士。

 またしても、ルアンは盛大に勘違いをしていた。

 勘違いをしたまま、ルアンは美咲の反対を一つ一つ封殺していく。


「行きは馬車で来たから早かったけど、お前馬車の御者できるのか? 俺はできないぞ」


「う……私も無理」


 美咲は渋面になって首を横に振る。

 馬に乗ることすらできないのに、馬車の御者なんて到底不可能だ。

 以前やけっぱちになってアリシャの馬車を盗もうとして失敗したことがあるが、もし成功していたとしても今頃美咲はどこかの谷の底にでも落ちているか、暴走する馬車から転げ落ちたりしているに違いない。

 そうでなくともどの道生きてラーダンに辿り着くことはなかっただろう。今思えば無謀だったというしかない。


「歩きじゃ帰るのに時間がかかり過ぎる。何かあったら手遅れになってるし、何も無かったとしても持ち場放棄で咎められるのは間違いない。だったら中に入って確かめた方がいい。先に入ったら奴らのこと、心配にならないのか?」


 渋る美咲をルアンは説得する。

 先行した彼ら彼女らを引き合いに出されたら、美咲も頷かないわけにはいかない。


「わ、分かった。行くよ。私だってルフィミアたちのことは心配だもん。だけど、注意してね。何があるか分からないんだから」


「お前の方こそ気をつけろよ。俺より弱いんだから無茶するんじゃねえぞ」


 ルアンが剣を抜き放ち、美咲に目を向ける。


「行くぞ。武器はいつでも使えるようにしとけよ」


「う、うん」


 歩き出したルアンに続き、美咲も慌てて剣を抜いて洞窟の中に入った。


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