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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十三日目:旅の空の下1

 準備を整えた美咲とミーヤは、ミルデに連れられて隠れ里を出た。


「街に着くのは明日の昼頃になると思うわ。飛べればもっと早く着くけど。ミーヤちゃんならともかく、流石に美咲ちゃんを連れて飛ぶのは無理ね。それこそドラゴンくらい大きくて力がないと」


 苦笑するミルデに、美咲はミルデが普段は飛んで移動しているであろうことを悟った。

 両腕が翼であるミルデが、わざわざ歩いているのは、美咲とミーヤに付き合っているからに他ならない。


「わ、私、飛べますよ! 大丈夫です!」


 勇気を出して、美咲は勢い込んで言った。

 攻撃魔法を利用するという少々危ない方法ではあるものの、美咲も一応飛行は可能だ。

 ただし、飛ぶというよりも打ち上げるという方が正しいくらい荒っぽく、誰かを連れて飛んだりは出来ないし、長距離の飛行も不可能である。

 それでも木から木へと飛び移るくらいの動作なら比較的簡単に出来るので、ただ歩くよりかは遥かに早い。途中で休憩を挟んだとしても早く着くだろう。


「そう。じゃあ、それで行ってみる? 駄目だったら改めて歩けばいいんだし、チャレンジしてみるのも悪くは無いわね」


 ミルデの鶴の一声によって、行きは美咲の訓練を兼ねて飛んでいくことに決まった。

 ミーヤとミーヤの戦力兼護衛である彼女のペットたちは、地上を走って行くことになる。

 飛ぶのが得意といっても、さすがにミルデはバルトよりも速くは無いし、ペットたちも負傷しているわけではないので、バルトの時のようにミーヤとペットたちが遅れて逸れることもあるまい。


「うー。ミーヤ、お姉ちゃんと一緒がいい」


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今回は我慢してね。私の飛び方だと、私は無事でもミーヤちゃんが怪我しちゃうよ」


 口をへの字に曲げて不満を表情に出すミーヤを、苦笑を浮かべて美咲は説得した。

 我侭を言っている自覚はあるらしく、ミーヤもそれ以上ごねることはない。


「よし、じゃあ、飛びます! ケェアジィ(風よ)エユゥ!」


 魔族語を唱えて風を巻き起こした美咲は、その勢いのままに吹っ飛び木にぶち当たった。


「お、お姉ちゃーん!」


 目を剥いたミーヤが慌てて駆け寄ろうとするのを、ミルデが押し留める。


「待ちなさい、危ないわよ!」


「いたたたた……。失敗しちゃったわ。って、うわーっ!?」


 ひょこっと身を起こした美咲がぶつけた頭を摩っていると、美咲目掛けて衝撃でへし折れた木が落ちてきた。


「だ、大丈夫? 死んでない?」


 流石に慌てた様子で飛翔してきたミルデが、木の下敷きになった美咲の下へ駆け寄る。

 ミルデが美咲を助けるより前に、美咲は自力で倒れた木の下から這いずり出てきた。


「し、死んでませんけど、死ぬかと思いました」


 多少顔色が青褪めているものの、よく見たら美咲に怪我はなく、ピンピンしている。

 驚いたようで、ミルデがぽかんと口を開けた。


「それで無傷っていうのも凄いわね……」


「異世界人の体質が無ければ即死でした」


 重々しく美咲はミルデに同意する。

 実際に、木が自分に向けて倒れてきた時、美咲自身「あ、これは死んだな」と思った。

 樹齢が三桁に到達しているかもしれなさそうな大木が、隠れ里を隠す森にはごろごろしている。

 美咲が圧し折ったのもその一本で、その重量は直撃すれば人一人を殺すには十分過ぎる重さだ。

 しかし、実際には魔法によって生み出された衝撃が木を折り、その木が美咲に圧し掛かったということで、遡って魔法を始点ととするダメージそのものが無効化され、結果的に美咲は無傷で済んだ。


「魔法由来で起きた現象なら、そこから派生する現象によるダメージも全て無効化しちゃうのね。反則な能力だわ」


 驚きから立ち直ったミルデは、今度は好奇心で表情を輝かせ始めている。


「もうお姉ちゃんは飛ぶの禁止!」


 よほど心配したのか、べそをかいたミーヤが両腕で×印を作り、美咲に向けて掲げる。


「えっ?」


 戸惑う美咲に、ミルデが呆れた表情で嘆息した。


「当たり前でしょう。出発したばかりなのに一回目で既にこの有様よ。この分だと、街に着いた頃にはどうなっているやら」


「そんなぁ」


 せっかくの練習の機会を取り上げられ、美咲はがっかりした。

 ミルデとミーヤが危惧することも分かるので、美咲も強くは反論できない。


「ミーヤちゃんと一緒にペットに騎乗して行きなさい。飛ぶよりは遅くても、歩きよりは確実に早いわ」


「マク太郎にはお姉ちゃんが乗ってね! ミーヤはゲオ男に乗るから! どうせならミルデも乗る? ゲオ美が空いてるよ」


「……そうねぇ。飛ぶのも疲れないわけじゃないし、そうさせてもらおうかしら。ゲオルベルなら乗れない大きさじゃないし」


 美咲を他所に、ミルデとミーヤとの間で、勝手に話が纏まっていく。


「あの、ちょっとだけでも駄目ですか?」


 愛想笑いを浮かべて強請る美咲に、ミルデは嘆息する。


「駄目よ。また木を倒れてきたら、美咲ちゃんはともかく私やミーヤちゃんは当たれば即死よ。それにこの辺りの木は里にとって大事な資源だから、そう何本も折られたらたまらないもの」


 それでもなお諦め切れない様子の美咲に、ミルデはしぶしぶ折れた。


「どうしてもやりたいなら、休憩中に結界を張ってあげるから、その中でやりなさい。基点型の結界なら、美咲ちゃんが基点に触らない限り無効化されないし、ある程度安全に出来るでしょ」


「ありがとうございます! ミルデさん大好きです!」


 喜んだ美咲は勢いよくミルデに抱き付いた。


「ず、ずるい! ミーヤもやる!」


 それを見たミーヤが負けじと美咲に抱きつく。


「ああもう、二人ともさっさとペットに騎乗する!」


 美咲を引き剥がしたミルデは抱きつかれたのが恥ずかしかったのか、朱に染まった顔で叫んだ。



■ □ ■



 森の中を、三匹の魔物に乗って、美咲とミーヤ、ミルデの三人は移動する。

 熊型魔物マクレーアであるマク太郎に美咲が乗り、狼型魔物ゲオルベルであるゲオ男とゲオ美には、それぞれミーヤとミルデが乗っている。


「わっ、と、と」


 当然整地されているわけでもない森の中を往くマク太郎の背は、揺れるしバランスを取り辛い。

 両手でしっかりと背中の毛を握り、太ももや脛の内側を締めて姿勢を安定させなければ、たちまち転げ落ちてしまうだろう。


(騎乗用の道具とか、用意しておけば良かったなぁ……)


 実際に魔物に使える代物が存在しているかどうかは分からないものの、馬でいう鐙や鞍があれば大分乗り心地も違うはずだ。


「美咲ちゃん、大丈夫?」


 不安定な美咲の騎乗の様子を見かねて、ミルデが声をかけてくる。


「大丈夫です!」


 張りのある声で、美咲はミルデに答えた。

 流石に出発してからさほど時間が経っていないのに根を上げるほど疲れはしない。

 召喚された当初なら根を上げていたかもしれないが、少なくとも今はそれくらいではへこたれないくらい、美咲は強くなっている。

 仲間を失ってばかりなので、あまり自信は持てないけれど。

 自分が結構大変なので、美咲はミーヤのことが心配になった。

 何しろミーヤはまだ子どもなのだ。体力だって相応に少なく、滅多に根を上げないとはいえ、疲れることに違いは無いはずだ。

 実際、美咲は我慢できるものの、実は少し辛い。


「ミーヤちゃんは、大丈夫?」


「全然平気だよ?」


 ぴんぴんしている様子のミーヤに不思議そうに首を傾げられ、尋ねた美咲の笑顔が引き攣った。


(うん、知ってた)


 毎度のことながら、自分の基礎体力の少なさを思い知らされる美咲である。鍛錬で差は縮まりつつあるとはいえ、元々の差は如何ともし難い。


「街に着いたらこの子達につけられる鞍や鐙も購入しておく? 少なくとも帰りは楽になるわよ」


 やせ我慢をする美咲に目をやったミルデが、苦笑してそう提案してくる。


「さ、賛成です。それは、凄くいい意見だと思います」


 そろそろ尻と太ももの内側が痛くなってきていた美咲は、プライドとかそういうものを金繰り捨ててミルデの提案に飛びついた。

 魔物への騎乗というのは、どうやら普段は使わない筋肉を使うらしく、疲れるのも早いようだ。

 筋肉に負荷が掛かるというだけではなく、太ももが擦れるし、マク太郎の背中はごつごつとしていて、乗っているとその硬い部分がちょうど尻の下辺りに来るのである。

 マク太郎も四本の足で移動している以上、常に水平に進んでいるわけではない。背中に乗っている美咲はマク太郎の動きに合わせ、微妙に上下に跳ねている。

 その上下運動が曲者で、がっちり太ももでホールドしていても動いて太ももが擦り剥けるし、硬い背中に何度もぶつかる尻には自然と青たんが出来る。


(馬車と比べても、甲乙つけ難い乗り心地だわ……)


 内心で、美咲はため息をつく。

 姿勢保持に神経を使わなくて済む分、馬車に乗っていた方が楽かもしれない。


「二人とも、止まって。ちょっと休憩にしましょう」


(やった)


 なので、ミルデが小休止を告げた時、美咲は思わず喜んでしまった。

 木々の合間から差し込む太陽の位置で、ちょうど今が正午だということが分かる。

 この世界の時間で表せば、五レンディアくらいだろうか。ちょうど昼になるかならないかくらいの時間である。


「この近くに、魚がよく釣れる川があるの。そこで魚を釣って、お昼にしましょう」


「え? でも釣竿とか、どうするんですか?」


「それは勿論、作るのよ。此処で」


 美咲の疑問に、ミルデは事も無げに答えた。

 唖然としている美咲を見て、笑う。


「ちょうどいい機会だし、美咲ちゃんも覚えておきなさい。作り方を教えてあげるわ。といっても、私も簡単なものしか作れないけどね」


 そうしてミルデは美咲の目の前で、適当な木の枝を三本見繕い、辺りに生えている伸び放題の草を数本引き抜くと、繊維を裂いて縄を結い始めた。

 出来上がった縄は目的を考慮してか細めだが、強度は十分のようで、ミルデが確認のために軽く引っ張っても千切れない。

 しかもこの草は不思議で、繊維を取っている葉の部分には撥水作用があるらしく、ある程度水を弾くようだ。


「針は鉄のを用意しておくのが一番いいけれど、いつも持ち歩いてるとは限らないし、その場にあるもので代用してもいいわよ。魔物の骨や角を削れば作れるし、最悪生木を曲げて削ってもいいわ」


 枯れ枝では折れてしまうものの、生木の状態ならば粘り強く、多少曲げた程度では簡単には折れない。なので、意外に加工に向いているのだという。

 ただ、強度はそれほどでもなく、基本的には使い捨てなんだとか。


(まあ、材料全部自然由来だし、全然問題ないよね)


 景観的にも、元の世界のようにプラスチック製品が打ち捨てられている光景よりかは環境に優しいに違いない。


「というわけで、釣竿の材料を集めましょう」


「そこからなんですね……」


 げんなりする美咲とは対照的に、ミーヤがやる気満々で元気良く叫ぶ。


「しゅっぱーつ!」


 そんなわけで、美咲たちはお昼の魚を釣るための釣竿の材料を集め始めた。


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