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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十三日目:人間と魔族2

 本日の治療を終えた美咲は、マルテルの治療院からその足でミルデの両替屋に向かった。


「おはようございます。魔族について知りたいんです」


「おはよう。どうしたのよ、藪から棒に」


 店にやってくるなり真剣な表情でミルデに向かい合う美咲に、ミルデは困惑して目を瞬かせた。

 戸惑うミルデに、美咲はマルテルの治療院での出来事を語って聞かせる。


「なるほどね……。確かに。同族だから擁護するわけじゃないけど、そっちの方が私も気が楽だわ。そうね。ちょうど良い機会だし、美咲ちゃん、ちょっと遠出してみましょうか。私も用事があるから、そのついでに」


 遠出と聞いて、美咲は表情を引き締めた。

 バルトがまだ飛べないから魔王城へは行けないが、美咲自身の体調は問題ない。

 多少の移動は問題ないだろう。


「分かりました。目的地は何処ですか?」


 意気込んで尋ねた美咲に、ミルデはにこりと笑って答えた。


「此処から一番近い、魔族の街よ」


「あ、私やっぱり今回は留守番で」


 店を出て行こうとした美咲の首根っこを、カウンターを飛び越えて出てきたミルデが引っつかむ。


「こらこら、いきなり前言を翻さないの」


 そのままカウンターの前に連れてこられた美咲は、取り繕うかのように引き攣った笑顔を浮かべる。


「だって、いくらなんでもいきなり魔族の街は私には危険過ぎるというか! 絶対危ない目に遭いますって!」


 美咲はただ魔族について詳しく知りたいだけで、魔族の街に行きたいわけではない。

 第一、魔族の街に異世界人とはいえ人間である美咲が行くというのは、どう考えても美咲には飛んで火に入る夏の虫としか思えない。

 どんな目に遭うか、想像するだけで恐ろしい。


「私が居るから大丈夫よ。それに、数が少ないだけで、魔族の街にも人間は居ないわけじゃないわ」


「そうなんですか……?」


 苦笑するミルデを、美咲は上目遣いに窺った。

 本当に、危険は無いのだろうか。


「まあ、大半は奴隷なんだけど。美咲ちゃんも、対外的には私の奴隷っていう体で行くわ」


「やっぱり私留守番します!」


「こらこらこら」


 全く安心できない返答を貰った美咲は脱兎の如く逃げ出した。

 しかし笑顔のミルデに飛んで回り込まれた。両腕の羽は伊達ではないようだ。


「あんまり飛ぶと店の中が散らかっちゃうから、美咲ちゃんもあんまり逃げないで欲しいわ」


「それって私のせいですか!?」


 確かにミルデが飛ぶ際に巻き起こした風で店の中は少し散らかっているが、その原因はどう考えても美咲には無いはずである。


「まあ、どうしても嫌なら無理にとは言わないわ。でも、私は良い機会だと思うわよ。いくら知識を得たって、飛び込まなきゃ、分からないことだってあるんだから」


 思わず一理あると納得してしまい、美咲は何だか狸に化かされているような釈然としない思いを抱く。


(何か、凄いミルデさんの掌で踊らされてる感はあるけど、確かに頷ける部分もある)


(此処に来てもう五日目。バルトの怪我は順調に治ってるけど、私はあれから何も変わってない)


 もちろん、何もしていなかったわけではない。日々の鍛錬は欠かさず続けているし、隠れ里の住人とも仲良くなった。

 それでも、今の状態で魔王と相対して勝てるかと問われれば、美咲は頷けない。自信が無いのだ。

 蜥蜴魔将ブランディールは倒した。しかし増援でやってきた魔王との戦いで仲間たちは殆どが死に絶え、追加の魔将の相手をするために残ったアリシャとミリアンも、もう今となっては生死が分からない。


(そういえば、アリシャさんにも言われたことがある。普通の方法じゃ、私が強くなるのは、間に合わないって)


 だからこそ、美咲はアリシャにゲオルベルが蔓延る森の中に放り込まれたのだし、危機的状況を打破することによる急成長の凄さは、美咲自身も理解している。魔物たちとの戦いと、ブランディールとの死闘は、美咲を確かに成長させた。

 今ならば、はぐれとなったゲオルベル程度に遅れは取らない。

 けれど、その程度の強さで満足していては、これからの戦いを勝ち抜けないだろう。


(強くならなきゃ。それこそ、アリシャさんやミリアンさんみたいに。再会した時に、驚かせてやるんだ)


 強がって、美咲は歯を食い縛る。

 美咲は分かっていた。

 アリシャとミリアンが生きている可能性が低いことを。

 どちらも魔将の相手をするために一人ヴェリートに残った。

 でも、ヴェリートに居たのは魔将だけではなかった。

 大量のアンデッドと、魔族を統べる魔王が居た。

 二人がどれだけ強いか十分理解しているつもりの美咲ではあるけれども、そんな状態でアリシャとミリアンが生きて帰ってきてくれると盲目的に信じられるほど、楽観的にはなれない。

 それでもやはり諦め切れなかった。

 もしかしたら、生きているかもしれない。

 奇跡的に脱出しているかもしれない。

 ルアンやルフィミアの件で何度も落胆を味わっているというのに、美咲はまだ希望を捨てられないでいる。

 だって、アリシャは美咲がこの世界で唯一甘えられる、文字通り親のような存在だったのだ。

 もちろん美咲自身はっきりと自覚していたわけではないし、アリシャもそんなつもりは無かっただろうけれど、少なくとも、アリシャの傍にいることで、美咲が安心感を得ていたことは確かだった。


(なら、私は。私の、するべきことは)


 逃げようとしていた美咲の足が止まる。

 向き直った美咲の表情を見て、ミルデは目を丸くした後、淡く微笑む。


「私、行きます」


「そうこなくっちゃ」


 決意を宿した美咲の表情に、ミルデは満足そうに頷いた。



■ □ ■



 さっそく、出発のための準備をすることになった。

 魔族の街に行くのは、美咲とミルデの二人だけ。そのはずだったのだが。


「やだ! ミーヤも一緒に行く!」


 ミーヤに魔族の街に行くことを話したところ、ミーヤが自分もついていくと言い出した。


「あのね、ミーヤちゃん。人間にとって、魔族の街は危険な場所なの。遊びに行くわけじゃないのよ。今回は留守番しててちょうだい」


 駄々をこねるミーヤをミルデが嗜める。


「そんなのミーヤだって分かってるよ! でも、お姉ちゃんも行くんでしょ!? なら、ミーヤもついていって、皆の分までお姉ちゃんを守るんだ!」


 叫ぶミーヤの表情は必死だった。

 その必死さに、美咲は胸を突かれる。

 美咲は、ミーヤの気持ちが良く分かった。

 皆とは、セザリーたちのことに他ならない。

 セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、システリート、ミシェーラ、ニーチェ、ドーラニア、ラピ、ユトラ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ、タゴサク。

 ヴェリートで、美咲とミーヤを逃がすために足止めとして残り、そして死んだ仲間たち。

 同じように残ろうとしたミーヤは、彼女たちの好意で、まだ幼いからという理由で美咲と共に逃がされた。

 目が覚めた美咲の傍に誰もいないのは、悲しすぎるからという表向きの理由の他に、まだ幼いミーヤを危険から遠ざけようとしたという理由があったことに、聡いミーヤは気付いている。

 一番大事な時、ミーヤは美咲のために戦えなかった。ミーヤとて、自分とペットたちが加わったところで結果が変わったかと問われれば、首を横に振るだろう。

 だからこそ、決めたのだ。

 皆が居ないこれからは、自分が美咲を守るのだと。

 そのために連日魔物の笛を吹いてペットたちとの合流を試みたのだし、ペットたちの意思疎通を強化するために、美咲の翻訳サークレットを貸してもらった。今のミーヤならば、ペットたちをまるで自分の手足のように操ることが出来る。


「お姉ちゃん、お願い! ミーヤも連れて行って!」


 ミーヤは美咲の腰に抱きつき、懇願した。

 困った美咲は、ミルデを窺う。


「……はぁ。美咲ちゃんの判断に任せるわ。幸い、ミーヤちゃんなら魔法薬で魔族に化ければまあ、人間だってばれる心配はないだろうし」


「そんな便利な魔法薬があったんですか……。でも私には使えないんですよね」


 一瞬自分もその薬で魔族に変身することを美咲は考えるものの、すぐに自分の体質を思い出して落胆する。

 異世界人の魔法無効化体質は、魔法薬の効果も容赦なく打ち消してしまう。打ち消さないのは材料がとても希少な極一部の最上級魔法薬のみで、魔族に化ける変化薬も美咲には効果を及ぼさない。

 ちなみに、変化薬は魔族領で商いをする人族の商人にとっては必携アイテムである。商人というのは商魂たくましく、例え敵地であろうとも、そこに商売の種があれば現れるのだ。

 おそらくは、魔族の商人も同じように何人か人族の領域に入り込んでいるだろう。

 そしてそれに紛れて、間諜も入り込んでいるに違いない。

 土地を渡り歩く旅商人というのは、間諜が扮するのにちょうど良い肩書きなのだ。


「そうね。美咲ちゃんは異世界人だから、薬は使えない。だから、魔族の街じゃ対外上は奴隷扱いするしかないわけだけど。ごめんなさいね」


「仕方ないですよ。気にしないでください」


 申し訳なさそうに苦笑するミルデに微笑を返し、美咲は少し考えた末に、ミーヤの同行を認めた。


「分かった。じゃあ、ミーヤちゃんも一緒に行こうか」


「うん。ミーヤ、お姉ちゃんの役に立つから」


 顔をくしゃくしゃに歪めると、ミーヤは何度も頷いた。


「でも、一つだけ約束して。私のために無理はしないで。あんな風に守られても、残される側としては、悲しいわ」


 美咲の脳裏を過ぎるのは、今はもういない仲間たちの横顔だ。

 皆美咲を守ろうとして死んでいった。

 命を助けられたのは有り難く思うし、彼女たちが居なければ、美咲は今頃生きていなかったであろうことも、間違いない。

 生きて隠れ里に辿り着けたこと自体が、彼女たちの献身のお陰であることも、美咲は重々承知している。

 それでも、生まれた喪失感は、消しようが無い。

 元の世界では生涯を通してもそれこそ数えるほどしか経験しないであろう死別を、この一ヶ月にも満たない期間で、美咲は沢山繰り返してきた。


(もう、あんな思いはしたくない)


 ミーヤを抱き締めながら、美咲は決意を新たにした。


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