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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十二日目:リーゼリットと恋話1

 偽札を持ち込んだヴァルドを捕まえた後は、里中を回って偽札を回収する。

 里人たちに支払う補填金でミルデの資産はさらに目減りしたものの、美咲がいるお陰で偽札の判別が容易に行えるというのは、幸運だっただろう。

 もし美咲が居なければ、偽札の確認すらろくに出来なかった可能性が高い。

 何しろ、異世界人でないなら、使わなければ偽札かどうかは分からないのだ。

 使えば当然、本物の治癒紙幣は無くなる。美咲以外の人物では、治癒紙幣が偽物だろうと本物だろうと、確かめるだけで確実に損害を被る。


「いやあ、助かったわ。美咲ちゃんが居なかったらどうなっていたことか」


 回収が全て済んで両替屋に戻ってきた一行は、店の奥の従業員用の休憩室に集まってお茶をする。

 店主であるミルデ自身がこういうティータイムを好む性格だし、マルテルとリーゼリットの姉妹もそういうところはミルデと良く似ている。

 美咲もミルデやマルテル、リーゼリットたちと過ごす時間は、嫌いではない。

 ミーヤも皆と一緒に居ることで、楽しそうにしている。

 休憩室のテーブルの上には、里中からかき集められてきた偽札のなれの果てが札束のように積み上げられている。

 巧妙に偽装された偽札も、美咲に掛かればたちまち紙切れへと立ち戻るのだ。


「ええい、こんな憎たらしいゴミはとっとと捨てちゃいましょう。証拠として残しておくにも多過ぎるわ」


 憤懣やるかたない表情で、ミルデは偽札だった紙切れを次々ゴミ箱へ捨てていく。

 中身が空だったゴミ箱は、あっという間にいっぱいになってしまった。


「まあ、でも、これで一件落着だし、いいじゃないか、ミルデちゃん」


 苦笑したマルテルが、ミルデを慰めた。

 おそらくは本心から慰めているのだろうが、マルテルはまずミルデの呼び名を何とかするべきではないだろうか。


「ちゃんは余計よ」


 不機嫌そうに舌打ちしたミルデが、マルテルを睨む。


「まあまあまあまあミルデさん落ち着いて。お兄ちゃんもミルデさんをからかわないで」


 肩を怒らせるミルデを慌ててリーゼリットが宥め、己の兄に不満そうな表情を向けた。


(マルテルさんは相変わらずだなぁ……)


 機会を見つけてはああやってミルデをちゃん付けしてからかい、反応を楽しむマルテルに、美咲は生ぬるい視線を送る。

 まあ、ミルデ本人にはちょっと気の毒だけれど、確かにいつも泰然と構えているマルテルと比べて、ミルデは少し子どもっぽい側面がある。普段は大人っぽくても焦ると地が出るところとか、実年齢の割にちょっと落ち着きがないところとか、性格的にも子どもっぽいもとい、若々しい。

 見た目でもミルデはマルテルと同じくらいの年齢なので、そこに性格の違いによる印象がプラスされると、完全に予想される年齢はひっくり返る。


「おいしー」


 話に加わっていないミーヤはあまり偽札騒ぎに興味が無かったようで、それよりもお茶受けに出された干しピエラをぱくついている。ピエラ祭りは終わったが、その名残でピエラはまだかなりの量が里中に残っているようで、これからはこの干しピエラのように、保存食として加工されるようだ。

 また、ミルデが手ずから淹れてくれたお茶が、これまた美味しくて、干しピエラと合う。

 香りと味は紅茶そっくりで、茶の色は紅茶よりも鮮やかな赤を湛えている。元の世界の紅茶よりも、美咲は紅茶という名称が似合う気がする。だってこのお茶は、本当に赤いのだ。


「これ、なんていうお茶なんですか?」


「血茶よ」


 興味を覚えて尋ねてみた美咲は、返ってきた言葉に思わず口に含んでいた茶を噴出しかけた。


「血!? 今血って言いました!?」


 何とか噴出すのを堪えた美咲は慌ててミルデに聞き返す。


(何かもう字面からして吸血鬼が喜びそうなお茶だけど、もしかして本当に血が入ってたりするの!?)


 一見すると荒唐無稽なように思える心配だが、この隠れ里では強ち間違いとも言い切れない。

 何しろ、実際に里には吸血鬼の夫婦と娘が暮らしているのだから。ピエラ祭りで美咲はしっかりと目撃している。しかも娘の方とは割と仲が良い。まあ、年齢的にはミーヤの方が近いのもあって、どちらかといえば美咲よりもミーヤの方が仲が良いと言えるけれども。

 美咲の心配を察したミルデが、噴出して笑い始める。


「名称は血茶だけど、原料は血じゃないわよ。まあ、吸血鬼の連中は家畜から絞った血をワインとかで割って飲むのが好きみたいだけど、そんなの私たちが真似しても不味いだけだしね。血茶っていうのは、ブラウドっていう木の樹液から作ったお茶のことよ」


 簡単に説明された美咲ではあるが、謎が深まって美咲はさらに混乱した。


(樹液がお茶になるの……?)


 元の世界でお茶と言えば、お茶の葉あるいはそれに相当する植物の葉などから作られるものを指すはずで、樹液がお茶になるというのは衝撃的な事実だ。


(さすが異世界……侮れないわ)


 ティーカップを手に取り、美咲は飲みかけの血茶の匂いを嗅ぐ。字面のような鉄臭はせず、どう考えても匂ってくるのは紅茶とほぼ変わらない香りである。いや、もしかしたら紅茶以上かもしれない。

 口当たりも良くて、癖も無く美味しいお茶だ。というか、普通にお茶である。


「他のお茶に比べて、淹れるのが簡単なのよ。失敗して味が変わるなんてことが無いから」


 ミルデが自分の血茶を飲みながら説明する。


「ブラウド茶とも言うけど、元々の樹液はもっと赤黒い色をしているの。その樹液を水で割って煮て淹れたのがこのお茶よ。他のお茶みたいに淹れるのに失敗しても渋くならないのが良いわ」


「このお茶はミーヤも飲んだことないよ」


 もきゅもきゅと輪切りになった干しピエラを頬張っていたミーヤが、お茶で中身の流し込んで言った。

 そしてまたすぐに次の干しピエラに手を伸ばす。どうやら気に入ったようだ。


「原産は魔族の領域の奥地だからね。魔族の領域内なら出回ってるけど、人族の領域には中々出回らないのは仕方ないわ」


 苦笑してミルデも一切れ干しピエラを口に運ぶ。

 ミーヤのペットのうち、草食と雑食の魔物たちも干しピエラを分けてもらっており、楽しげに鳴きながら食事している。


「ぷうぷう(うまうま)」


「くまくま(うまうま)」


「(美味しいわ)」


「(美味)」


「(満足)」


 ペリ丸、マク太郎、ベウ子とベウ子の娘の働きベウ二匹は夢中で干しピエラを食べている。

 一方で、肉食組のペットたちが切なげにその光景を見ていた。


「バウー(肉ー)」


「バウバウ……(肉が良いわ……)」


「ぴいぴい(私たちお肉派だから)」


「ぴいぴい(僕たち草食じゃないし)」


「ぴ、い、ぴ。ぴ、い、ぴ(お、に、く。お、に、く)」


「ぴいぴい(ドアが開かない)」


 一匹フリーダムな奴が居るが、概ね肉食のペットたちは相伴に預かっているペットたちを羨ましそうに見ている。


「あの、美咲さん。良かったら、これからお買い物に行きませんか!?」


 美咲は改めて、リーゼリットに買い物に誘われる。

 事が済んだ以上、もう断る理由はない。


「いいよ。少ししたら、行こうか」


「本当ですか!? やった!」


 即答すると、リーゼリットは表情を輝かせる。

 喜ぶリーゼリットを見て微笑ましくなった美咲は、くすりと笑った。



■ □ ■



 買い物は美咲とリーゼリットにミーヤとそのペットたちで向かうことになった。

 マルテルは一足先に治療院に帰り、ミルデは両替屋に残って今回の偽札騒ぎにおける雑務を片付ける予定だ。


「おっかいもの♪ おっかいもの♪」


 ミーヤは旅に必要な物資の買出しでも、食料品の買出しでもない純粋な買い物は久しぶりのようで、楽しみにしているのが分かるほど声が弾んでいる。

 歩きながらくるくる回って、上機嫌なのが見て取れる。


「さて、何処から行こうか。ねえ、リーゼリット。お勧めのお店とかある? 私、まだ此処に来て間もないから、リーゼリットの方が詳しいと思うの」


 気さくな態度で美咲はリーゼリットに話しかけた。

 見た目が完全に魔族であるリーゼリットに対して、全く物怖じしていない。

 それはリーゼリットが美咲と同年代ということもあるし、美咲がこの世界の人間が多く持つ偏見を持っていないせいでもあった。

 そもそも、リーゼリットは見た目が魔族なだけで、リーゼリット本人の価値感はあくまで人間寄りだ。

 この里に逃げてきたことからも、人間の中に突然変異の先祖返りとして魔族の姿で生まれてきたリーゼリットは、人族の領域では肩身が狭かったことが伺える。

 きっと迫害だって受けていただろう。

 そうでありながら、人間としての価値感を持ち続けているリーゼリットは、中々芯が強いようだ。

 まあ、少々人見知りなところもあるものの、彼女の境遇を考えると、別におかしくは無い。

 少し考え込んだリーゼリットは、振り返って美咲に答える。


「そうですね……。旅商人がたくさん来てくれたお陰で、お店の品々も普段より充実してるはずです。アクセサリーとか、服とか、都会で流行してるのも入荷してると思いますから、服飾店に行きましょう。女の子なんですから、美咲ちゃんもお洒落しなくちゃ」


 これが召喚される前に元の世界で言われたことだったら、美咲とて一も二も無く同意しただろうけれど、今となってはお洒落したところでどうなるという諦めに近い気持ちが美咲にはある。

 昼間は暖かくても夜には結構冷えることもあるので、自然と美咲の服装も旅に耐え得るものが優先されているし、そもそも美咲が持っている服はアリシャに買ってもらった古着と、オーダーメイドで作った傭兵団服くらいで、見た目重視で服を選ぶ余裕など、美咲には今まで無かった。


「お洒落って、別に私は……。それに、お洒落したって旅が楽になるわけでもないし、実用性重視でいいわ」


 それに、余裕が無い以上に、お洒落という単語は、元の世界での郷愁が刺激されてしまうので、あまり考えたくは無い。美咲だって、元々は人並みに可愛くあろうとする女子高校生だったのだ。お洒落にはそれなりに気を使っていた。


「ダメですよ! 確かに旅の間はそれでもいいかもしれませんけど、里にいる時くらいは女の子らしくしなきゃ!」


「え、あ、うん」


 美咲の返答はかえってリーゼリットをその気にさせたらしく、憤慨したリーゼリットに詰め寄られ、美咲は思わず仰け反りながら頷いた。


「ミーヤちゃんもお洒落したいよね!? ね!? ほら、後で串焼き買ってあげるから頷いて!」


「うん! ミーヤもそう思うよ!」


「ほら、ミーヤちゃんも同意してますよ!」


「それ、明らかに買収した結果だよね!?」


 思わず突っ込みを入れる美咲だった。


「ぷうぷう(服の何が良いのか僕には分からないや)」


「くまくま(裸で良いだろ)」


「(むしろ服なんてある方が邪魔だわ)」


「(ママの言う通りよ)」


「(服を着るのは弱いからだわ)」


「バウバウ(俺らには自前の毛皮があるしな)」


「バウバウ(必要ないわよね)」


「ぴーぴー(でも、パパとママの真似はしてみたいわ!)」


「ぴーぴー(別にこのままでいいよ)」


「ぴーぴー(というか、私たちには似合わないと思う)」


「ぴーぴー(そんなことよりお腹が空いたよ)」


 美咲たちが喋る周りでは、ペットたちも雑談しており辺りは賑やかだ。

 唯一彼らの言葉が美咲から借りたサークレットの効果で分かるミーヤは、皆の会話を聞いてニコニコ笑っている。

 そんなこんなで、服飾店に着いた。


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