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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十二日目:旅商人を捕まえろ2

 少しの間、ミルデの両替屋店内の中で時が止まる。

 事態を理解したヴァンドの判断は迅速だった。

 呆けていたのは僅かな時間で、ヴァンドは荷物を掴むと、すぐさま身を翻し店から出ようとする。

 しかし、そうは問屋が卸さない。


「ツゥオボォイレ(扉よ)ェアユゥ、シィエゾォイユォア(施錠せよ)ゥシユゥ」


 ヴァンドが外に出る前に、ミルデは扉に魔法で鍵を掛けた。


「……何のつもりです?」


 振り向いたヴァンドは、むっとした表情を浮かべ、ミルデに問う。

 対するミルデは、にこりと微笑みを浮かべた。


「理由は、あなたの方が良くご存知じゃないかしら?」


「あなたが仰っていることの意味が、私には分かりませんな」


 いけしゃあしゃあと、ヴァンドはすっとぼける。

 逃げられないと分かった途端、ふてぶてしく涼しげな笑顔で言い切るヴァンドを見て、彼はむしろ旅商人ではなく役者で食っていけるのではないかと、美咲はどうでもいい感想を抱いた。


「美咲ちゃん、結果の詳細は?」


 問いかけてくるミルデに、美咲は事務的に答えた。


「デェア紙幣は全部、トォイ紙幣は六割、ソォイ紙幣は二割ってところです。多分、純粋な売り上げよりも、事前に用意しておいた偽札の方が多いんじゃないですか、これ。ミルデさん、舐められてますよ」


「ええそうね。今まで、全く彼を疑ったことが無かったもの。信用していたからこそ、腹立たしいわ」


 肩を竦めるミルデの声音には、強い怒りが篭められている。


「あなたが持ち込んだ偽札のせいで、隠れ里の経済は大損害よ。どう落とし前つけてくれるのかしらね」


「はあ。何のことですか? 私はただ、商いで得た利益を換金しようとしているだけなのですが」


 白々しく、ヴァンドは無実を主張した。


「まだしらばっくれるの? あなたが換金を頼んできた治癒紙幣、その半分以上が偽札だったっていうのに、それで関係ないというのは無理があるわ」


「なんと! それは私も知りませんでした。せっかくの稼ぎが偽札とは、私もついてないものです。しかも、騙されたのは私も同じなのに、故意に偽札を持ち込んだ疑いを掛けられるとは!」


 偽札がばれたと気付いた途端、ヴァンドは大仰に驚いてみせて事実そのものの否定から、自分も被害者なのだと主張を変えてきた。

 さすがに海千山千の商人。この程度の追求では尻尾を出さないらしい。


「しかし、新参者の小娘の発言を、付き合いの長い私の発言よりも重用するとは、よほど信を置いているようですな。私が言うのも何ですが、彼女も人間ですぞ。本当に信用できるのですかな?」


「少なくとも、付き合いの長い私を長年欺き続けた誰かさんよりかは信頼できるわよ。それに、私たちは人間だからって、それだけで敵対したりはしないわ。魔王に従ってる奴らと違ってね。だからこそあなたのことも信じたのに、まさか恩を仇で返されるなんてね」


 ミルデはすぐさま反論した。ミルデは美咲が目覚めてから彼女のことをつぶさに観察してきた。少なくとも、美咲には裏が無い。害意など皆無のような顔をして姦計を巡らせていた海千山千のヴァルドよりもよほど裏が無く、信用出来る。


「私が犯人だという証拠があるのですか? 証拠も無く決めて掛かられているとなると、私としては溜まったものではありませんぞ」


「裏は取れてるのよ。店に来る旅商人の中で、デェア紙幣の換金を依頼してくるのはあなただけなの。そしてそのデェア紙幣が一番偽札の比率が高い。これで、何を信じろというのかしら」


 語気を強めるミルデの詰問にもヴァンドは余裕のある態度を崩さず、大仰に宙を仰ぎ、やれやれとばかりに頭を振ってみせた。


「有り得ませんな。偽札と本物をどうやって判別するのです。いちいち治癒紙幣を使用して調べたとでも言うのですか? 偽物と最初から分かっているならまだしも、本物である可能性を考えれば、あなたに出来るわけが無い。本物の治癒紙幣を無駄遣いしたらそれこそ大損害になりますぞ。私は巻き込まれただけ。誓って言いますが、私は偽札など作っておりませんし、意図的に持ち込んだりもしておりません。おそらく、他に犯人が居るのでしょう。私を陥れようとする犯人が」


 ヴァンドはそこまで口にして、意味有りげに美咲を見る。まるで犯人が美咲とでも言うように。

 今度は美咲を犯人に仕立て上げることにしたようだ。

 確かに、美咲が異世界人で、偽札を判別できる手段があると知らなければ、見方によっては美咲も怪しく見えるかもしれない。

 だが、その説には無理がある。

 里にとって新参者である美咲には、そもそも偽札をばら撒くだけの時間が無い。偽札の量から見て、美咲が里に運ばれるよりも早く偽札が里に出回り始めていたのは明らかだ。


「犯人を陥れる、という意味では、確かにそうかもね。だって彼女、異世界人だもの」


「は?」


 何を言っているのか分からない、とでも言うような怪訝な表情をヴァンドは浮かべた。

 今度は取り繕っているわけではなく、本心から出た表情で、すぐに愛想笑いを浮かべたことがそれを物語っている。


「何を仰いますやら。異世界人など、御伽噺の中の存在ではありませんか」


「それが居るのよ。こんなご時勢なせいかしらね。人間が魔王を倒すために召喚したらしいわよ」


 肩を竦め、なんでもないことのように語るミルデの態度から、嘘八百を並べているわけではないということを悟ったのだろう。

 ヴァンドは初めて愕然とした表情を浮かべた。


「馬鹿なことを。もし本当にそうなら、あなたたちにとっても危険な存在なはず。受け入れられるわけがない」


「私たちは別に魔王の味方ってわけじゃないからね。彼女が里に被害を与えないなら、受け入れるというのが、里の総意よ。まあ、念のためしばらくは様子見する必要はあるけどね」


 混血を匿う隠れ里とその里人たちにとって、同族の魔族であろうと余所者は警戒する対象だ。だが、それは言い換えれば種族関係なく信頼できるならば許容するということでもあり、種族を超えて里人たちの結束は固い。そしてその仲間意識は、先に里に受け入れられていたグモや、美咲に好意的なミルデの存在によって、美咲やミーヤにも向けられつつある。


「あなたが出した治癒紙幣が偽札だったというだけでも、十分拘束する理由になるわ。それに、騙されたというのも怪しい。これだけのデェア紙幣を扱うような取引なんて、それこそ国家同士のやり取りでないと発生しないもの。額が大き過ぎるの。つまり、やり過ぎたのよ」


 今度こそ言い逃れが出来ないと悟ったヴァンドの表情が、初めて変わる。脂汗が浮かび、目が忙しなく動き、鍵の掛かった扉に走っていって扉を開けようとした。

 もちろん、扉が開くことは無い。


「無駄よ。例え無理やり外に出たところで、自由に空を飛べる私が逃がすと思う?」


「黙れ! 汚らわしい魔族め!」


 声をかけたミルデに、ヴァンドは振り返って吼えた。

 物凄い形相でミルデを睨みつけるヴァンドの態度を見て、ミルデはため息をつく。


「そう。それがあなたの本心ってわけ。がっかりだわ」


 本当に、ミルデは落胆していた。

 ヴァンドとの付き合いは、美咲とのものよりも遥かに長い。

 それなりに気心も知れており、信頼していたのだから、裏切られた時のショックも大きかった。

 続いて、ヴァンドは美咲に怨嗟の念を向けた。


「貴様のせいだ! 異世界から魔王を倒すために召喚されたというのなら、何故私の邪魔をする! 貴様がしていることは、人類に対する背信行為だぞ!」


「……私が魔王を倒すのは、私自身と仲間たちと守りたい人々のためであって、別に人間全てのためってわけじゃありません」


「だが、貴様とて魔族に多くのものを奪われているはずだ! 恨みは無いのか!」


 ヴァンドの叫びに、美咲は俯いて歯を食い縛った。

 彼の叫びは、美咲の感情を逆撫でした。

 恨みなんて、あるに決まっている。

 多くの仲間が、先の戦争で美咲を守るために命を落とした。

 でもそれで憎しみを剥き出しにして、関係ないこの里で暮らす人々に向けたところで何になる。自分の気持ちは楽になるかもしれないけれど、そんなことをしても、誰も幸せにならないことなど、分かりきっているではないか。

 呪いを解いて、元の世界に帰る。

 それが元々の美咲の戦う理由で、そこに散っていった皆への責任が加わった。

 エルナ、ルアン、ルフィミア、タゴサク、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ。

 美咲が戦うのは、彼女たちのためだ。

 自らの理由とかけられた恩に報いるために、美咲は戦っている。

 決して、自分の恨みを晴らしたいからではない。


「そんなの、人も魔族もお互い様でしょう」


 同じ人間でありながら、ある意味で無関係の異世界人であるからこそ、美咲は人類側に対する帰属意識が薄い。

 勿論仲間たちが殺されたことで生まれた魔族に対する敵意は無くなっていないけれど、それをただ平和に暮らしているだけの、戦いとは無縁な他の魔族に向けようとは思わない。


「魔王は殺す。私の目的にも合致することだから、それだけは絶対する。でも、それ以外については私の好きにさせてもらう。魔族だからって、誰彼構わず殺して回るなんて真っ平よ。……敵討ちなんて、するのもされるのも胸糞悪くなるだけだわ」


 美咲の脳裏に思い浮かぶのは、ブランディールとの死闘と、彼の死を嘆き、泣き叫ぶバルトの姿だ。確かな絆を二人の間に感じた美咲は、正当なことをしたはずなのに、酷く居た堪れない気持ちになった。その時のバルトが、かつてルフィミアに逃がされた時の自分と重なって。

 それでも、まだすべきことは残っている。ルフィミアを死霊魔将アズールから救い出さなければならない。例えその結果ルフィミアがもう一度死ぬことになっても、立場が逆ならば、ルフィミアだってそうすると美咲は思う。

 死者の尊厳を守る。それもまた、美咲の戦う理由の一つだ。


「そういうわけだから、大人しく縄につくことね」


 冷ややかなミルデの声が両替屋の店内に響く。

 逃げられないことを悟って、ヴァルドがついにがっくりと膝をついた。


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