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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦2

 美咲の世界の馬車とは違い、この世界の馬車の足は速い。

 魔物を馬代わりとして使うこの世界の馬車は、乗り心地さえ考慮しなければ、かなりの速度を出すことができる。

 今回の馬車の旅も快適とはいえなかったが、大きさの割には軽快な速さでさほど時間をかけずに目的地に着くことができた。

 もっとも、それはこの世界の常識に照らし合わせての話であって、長時間臀部を座席にスパーリングされた美咲はグロッキー寸前にになっていたが。

 目的地はゴブリンの巣がある場所からかなり離れた場所で、しばらく歩かないと巣にはつかない。


「めんどくさいね。巣の前に横付けしちゃえばいいのに」


「そんなことできるわけないだろ。さすがに奇襲どころじゃなくなるよ」


 不満を漏らした美咲を、ルアンが呆れ顔で嗜める。

 いつもの平常運転である。

 向こうで熟練の冒険者らしき男が方々に声をかけている。


「各パーティの代表は集まってくれ。役割の振り分けと打ち合わせをしたい」


「ちょっと行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 腰を浮かせて歩き出すルアンを美咲は後ろから見送る。

 しばらくして帰ってきたルアンの表情は芳しいものではなかった。


「ちくしょう、あいつ等俺たちのこと馬鹿にしやがって……」


 ルアンは憤懣やるかたない表情で、独り言のような誰に向けているとも知らない文句をぶつぶつと呟いている。


「何かあったの?」


「戦闘班に入れなかった。粘ってみたけど我が侭で貴重な時間を浪費する気かと怒鳴られてけんもほろろだよ」


「別に、退路確保でもいいと思うけど……」


 美咲はルアンに対しておずおずと意見を述べる。


(戦うの怖いし)


 できることならゴブリンの姿を見る前に片が着いて欲しい。

 それが美咲の嘘偽りのない本音だった。

 一応戦う覚悟ができているつもりの美咲だが、本心はやはり戦わずに済めばいいと思っているのだ。

 魔王と戦わなければならないのに、今更たかがゴブリンに怖がるのかという話だが、まだ遠くにある目に見えぬ恐怖よりも、身近に迫った恐怖の方が脅威の度合いが高いのはある意味当然だ。

 誰だって、死の恐怖が目に見えるような状況になれば、実際に実行に移すかどうかは別として逃げ出したくなるものだ。

 やむを得ず魔王討伐の旅に出た美咲だが、本当は自分が何もせずに魔王が倒れるならそれが一番いいと思っている。

 クエストが終わったあとでも自分が生き残っていることを祈りつつ、美咲は突入組の面々を見て感嘆した。

 予想通り、その中にはルフィミアたちのパーティも入っている。


(……それにしても。さすがに選ばれただけあって、皆貫禄あるなぁ)


 ルフィミアのパーティこそ比較的年齢が若いが、他のパーティの面々もそれほど歳を取っているという感じはしない。

 人死にが出ることも普通にあるだろうし、やっぱり引退も早いのかなー、と美咲は理由を考える。

 死が身近にあるせいか、誰も彼もが精神的に大人びているようで、美咲のようにまだ表情に稚気を残している者はいない。

 美咲自身は水鏡などで自分の顔を確認するたびに、心身ともに急激にかかったストレスでやつれ大人びてしまった自分の顔を見て、すっかり変わってしまったなぁとため息をつくこともしばしばなのだが。

 振り分けが終わり、美咲とルアンを含んだ集団は移動を始める。

 ここから先は街道から外れるので、馬車は使えない。徒歩での移動になる。

 途中で他の入り口から侵入する突入班と退路確保班が別行動になり、美咲とルアンの回りにいる冒険者はかなり少なくなった。

 偶然同じ入り口に振り分けられたルフィミアたちを除けば、ニパーティしかいない。そのどちらにも美咲が知る顔はなかった。


「止まれ」


 さきほど他の面々に声をかけていた一番年嵩らしい男が合同パーティの指揮を取ることに決まったらしく、手振りで指示を伝えてくる。


「ここからは全員で移動すると気付かれる危険性がある。リック。キュリー、ハリス、入り口の様子を見てきてくれ。詳しい情報が知りたい」


 前の二パーティから軽装の男女が三人、足音を立てずに息を殺して草むらの向こうに消えていく。

 しばらくして彼らは戻ってきた。


「見張りに立っているゴブリンは四匹。三匹は入り口から少し離れて等間隔に、一匹は呼子を首から下げて入り口のすぐ傍に立っている」


「道中所々に鳴子が仕掛けられてるのを見かけたわ。見つけた分は破壊してきたけど、まだあるかも」


「巣の近くまで生い茂った木々で視界が悪い。三匹のゴブリンがいる場所の近くには姿を隠せそうな茂みもある。うまくやれば近付いて横合いから奇襲できそうだ」


 戻ってきた三人は口々に男に報告する。

 男はしばらく思案したあと、リックと呼ばれた痩身の男に意見を求める。


「呼子を持ってるならまずそいつから始末しないとならないな。気付かれずに近付けそうか?」


「前方を守る三匹に対してなら可能だが、そこからは茂みが途切れて呼子を持つゴブリンまで身を隠せそうな障害物がない。無理だ」


 リックの返答に男は唸り、ハリスに意見を求めた。


「なら強行突破して呼子を吹かれる前に倒すことはできないか?」


「駄目だな。洞窟の前は道が荒れていて全力疾走しても大した速度は出せん。どう考えても呼子を吹く方が早い」


 ハリスに否定され再び思考の渦に沈んだ男は、同じ動作をした後、意見を出す。


「鳴子があるなら、わざと鳴らして見張りの注意を引きつけるのはどうだ? ゴブリンたちが確認のため持ち場を離れた隙に巣に乗り込んでもいいし、呼子持ちを片付けてから帰ってきたゴブリンを奇襲してもいい」


 その意見に異を唱えたのは数少ない女冒険者であるキュリーだ。


「推奨しないわ。鳴子の音で呼子持ちのゴブリンが逃げる可能性がある。そうなったらどちらにしろ奇襲は失敗する」


「となると、やはりまず狙撃で呼子持ちのゴブリンを仕留めるのが一番か。同時に茂みから奇襲して残りのゴブリンを片付けよう」


 美咲とルアンを他所に方針が決まっていくが、二人に役割が割り振られる気配はない。

 たまりかねてルアンが割って入った。


「おい、俺たちはどうすればいいんだ?」


 男はルアンの格好をじろじろと観察すると、眉を寄せた。


「何もするな。不確定要素を入れたくない。俺たちがいいって言うまでここでじっとしてろ」


「……分かった」


 頷いたルアンだが、その顔はとても不服そうだ。


(出番なんて無い方がいいよ、ルアン)


 機嫌が悪そうな顔でむすっとしているルアンを、美咲は心の中で慰める。


「元気出しなさい。私だってこういう閉鎖空間内の戦闘じゃ大したことはできないもの」


 自主的に下がっているルフィミアもルアンを慰めた。

 ルフィミアが活躍できないのが不思議だったのか、ルアンはルフィミアに問いかける。


「どうしてだ?」


「私が使う魔法って炎系が主で派手なのが多いの。撃ったら確実に中にいるゴブリン全て叩き起こしちゃうわ。洞窟の中に入ってからも下手したら蒸し焼き、酸欠、洞窟崩落のフルコースよ」


(ルアンは戦闘経験がないだけで実力自体は申し分ない。ルフィミアはシチュエーションが悪いだけ。正真正銘の足手まといって、私だけ?)


 美咲は少し落ち込んだ。


「他の属性の魔法を使えばいいじゃないか。洞窟なら土系統とその派生系統の独壇場だろ」


 ルアンの指摘にルフィミアはため息をつく。


「勉強はしてるのよ。でも魔族語ってベルアニア語と文法違うし単語が多すぎるから、属性絞らないと到底覚えきれないのよねぇ。元々魔族の言葉で私たちの言葉じゃないから、覚えてる魔法でも気をつけないとすぐベルアニア語なまりが出て不発になるし」


 会話を聞いていた美咲は、不思議な既視感に目を瞬かせた。


(なんか、普通に外国語を習う学生の愚痴みたい。変な感じ)


「……この依頼、お前と相性最悪なんじゃないのか? 何でこのクエスト選んだんだ」


「他の三人は逆に相性いいのよ。私も強化魔法はいくつか使えるし、援護ならできるから。あとは不測の事態に備えてってところね。マジシャンだろうがロードだろうが、場所さえ選べば私の魔法なら纏めて薙ぎ払えるもの」


 指揮を取る男が美咲とルフィミアの会話に割り込む。


「おしゃべりはそれくらいにしておけ。再確認するぞ。まず前衛組は三匹がいる近くの茂みに伏せろ。ルフィミアは俺に集中力増加の魔法をかけてくれ。そうしたら俺が弓で奥のゴブリンを射抜く。同時に伏せた奴らで三匹のゴブリンを仕留めろ。決して声を上げさせるなよ」


 ルフィミアが何事が呟くと、弓を取り出した指揮を取る男が淡い光に包まれる。

 二重音声を適当に聞き流していた美咲は、二重音声になっている理由が己の額を飾る装飾品があるからだったのを思い出し、あっと声を漏らした。


(しまった、サークレット外しとけば良かった。発音を聞くチャンスだったのに)


 今からでも遅くないかと思いサークレットに手をかける美咲だったが、思い直して外すのを止めた。

 直接戦闘に参加していないとはいえ、皆の会話が分からなくなるのが不安になったのだ。

 男は弓を構えると矢を番え、引き絞った。

 すぐ放つようなことはせず、注意深く狙いを定めている。

 やがて当たると確信を得たのか、男は矢を放った。

 放たれた矢はヒョウと空を裂いて飛び、呼子を持ったゴブリンを射抜く。

 同時に茂みから飛び出した冒険者たちが、残る三匹のゴブリンに襲い掛かった。

 不意をつかれたゴブリンたちは右往左往して逃げ惑い、大した抵抗もできずに冒険者たちに始末される。

 即席にしては中々のコンビネーションだ。


「よし、先に進むぞ。新米たちはここで待機していろ。定期的に伝令を回して戦況を伝える。許可なく持ち場を離れるんじゃないぞ」


 指揮を取る男は美咲とルアンに留まるよう命じ、洞窟の中に入っていく。

 美咲とルアンは入り口に取り残された。


「ちぇっ。つまんねーな。せっかく戦えると思ったのに」


 ルアンは欲求不満なのか、腰から剣を抜いてブンブン振り回している。


「どうだ、格好いいだろ?」


「変な人に見えるよ」


 ドヤ顔で美咲に向けて剣を構えたポーズを取るルアンに、美咲は苦笑して答えた。

 手頃な倒木に腰掛け、アリシャの砂時計を取り出して倒れないように注意して置き、自分なりに警戒でもしようと美咲は辺りを見回す。

 美咲は気配の感じ方などよく分からないが、目と耳で判断した限りでは危険が迫っている感じはしない。

 獣の唸り声などは聞こえないし、茂みが不自然にがさがさと音を立てたりもしない。

 小鳥の鳴き声と木々のざわめきだけが聞こえていて、とても長閑だ。


「念のため、鳴子でも作っとくか」


 剣を振るのに飽きたらしいルアンが、地面に落ちている枯れ枝などの木切れを拾い集め、草で器用に縄を結って鳴子を作り上げる。


「ちょっと仕掛けてくる。何かあったら大声上げろ。すぐ戻ってくるから」


 鳴子を抱えたルアンは、美咲にそういい残してその場を離れた。

 入り口に残った美咲は、ルアンがいなくなった途端にそわそわきょろきょろし始める。

 それまでは全然そんなことなかったのに、一人になったら急に不安になってきたのだ。

 よく見れば草木が多くて視界が悪いから、近くまで獣が近付いて来ても美咲には分からない。獣じゃなくてもゴブリンがいるかもしれない。すぐ近くに巣があるのだから、そこから出てきてもおかしくない。

 また、洞窟の中に入っていった面々の様子が分からないのも気になった。

 順調に進んでいるならいいけれど、何か問題が起きていたら大変だ。


(だ、大丈夫だよね?)


 他の入り口からも攻め込んでいるんだし、ルフィミアたちだっているんだし、と美咲は込み上がる不安を打ち消す。

 唐突に美咲の近くにある茂みががさがさと揺れた。


「ひっ」


 美咲は涙目になって後退り、慌てて勇者の剣を抜く。

 抜いたはいいが、へっぴり腰で剣を構える美咲の様はどう見ても強そうではなかった。


「おーい戻ったぞ。……どうしたんだ?」


 揺れた茂みからルアンが出てきて、美咲は剣を持ったままぶるぶると震える。


「紛らわしいとこから出てくんな! 敵かと思ったじゃない!」


 詰め寄られたルアンは美咲の剣幕にたじろいで目を瞬かせた。

 しばらく美咲を観察して状況を理解したルアンは呆れた顔をする。


「肩の力抜けよ。そんなんじゃすぐに集中力切れちまうぞ」


「ぬっ、抜けるわけないでしょ! いつ何に襲われるか分からないのに!」


「鳴子だって仕掛けたし、近付いてきたらすぐに分かるよ。来るのに気付いてればこっちから先手だって取れる」


 余裕がない美咲とは対照的に、ルアンは落ち着き払っている。

 少し時間が経てば、ルアンが帰ってきたことで美咲の不安も収まってきた。

 となれば、またやってくるのはひたすら暇な待機時間である。

 不意に、ルアンが慌てて立ち上がった。


「いけね、洞窟の中にも仕掛けておかないと。逃げてくるゴブリンを倒す役目は俺たちなんだし」


「あ、私も手伝う」


 手持ち無沙汰だった美咲は、ルアンに教えて貰いながら一緒に鳴子を作った。

 出来上がった鳴子を持ってルアンが洞窟に入り、入り口にほど近い場所に仕掛ける。

 戻ってきたルアンが晴れ晴れとした顔で椅子代わりの大木に腰掛けた。


「よし、これで何かあればすぐに分かる。楽なもんだぜ」


 一仕事終えたルアンは満足そうに鼻歌まで歌っている。

 あくまで自然体でいるルアンが美咲は少し羨ましかった。

 いくら対策を立てても、やはり一抹の不安は残る。

 こればかりは心配性である美咲の性格が原因なので仕方ない。

 鼻歌を止めたルアンが美咲に振り向いて尋ねた。


「皆が入ってからどれくらい経った?」


 美咲はアリシャの砂時計に一瞬視線を移して答える。


「もう三回ひっくり返してるから、次で四回目ってとこ」


 十分で砂が落ち切るので、もうすぐ四十分が経つということになる。


「そんなに経つのか……」


 ルアンは何事か考え込むと、自分の膝頭を叩き立ち上がった。


「よっしゃ! おい美咲、ちょっと洞窟の中に入ってみようぜ!」


「……は?」


 思い立ったが吉日とばかりに腕をぐるぐる回すルアンを、美咲は唖然として見つめた。


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