二十一日目:激突! ピエラ戦争4
序盤の優勢が終盤まで強く働き、結局試合は美咲たちの圧勝で終わった。
「あー、面白かった! 私たちの勝ちだね!」
始まる前とは違い、美咲もすっかり楽しんだ様子で、ミーヤたちと勝利を喜んでいる。
「ミーヤ、いっぱい補給したよ! 褒めて褒めて!」
「うんうん、凄い活躍だったよ、ミーヤちゃん!」
美咲に甘えてくるミーヤを、美咲は思う存分甘やかした。
実際ミーヤは、補給係としてピエラを美咲たちに絶えず補給し続けていたので、勝利の陰の立役者といっても過言ではないだろう。
「うぇへへへ」
大好きな美咲に褒められたミーヤは、喜び過ぎて顔面が酷いことになっている。
勝利した美咲の班とクラムの班には、賞品として一人二個ずつピエラが配られた。
「くま! くまくま!(ピエラ! ピエラくれよ!)」
「約束だったよね。はい、あげる」
試合中ミーヤの騎獣に徹していたマク太郎がピエラを強請り、ミーヤが賞品として貰った自分の分のピエラを分けてやる。
ピエラをもしゃもしゃと食べるマク太郎は、でっかいクマにしか見えなかった。
こうして見ていると、不思議と愛嬌があると思ってしまうから不思議だ。
実際相対することを考えたら、恐怖しか感じないのだが。
「ぷう! ぷうぷう!(ボクも! ボクも欲しい!)」
マク太郎がピエラを貰ったのを見て、ペリ丸も盛んに跳ね回ってアピールを始めた。
美咲たちには何のアピールか分からなくても、美咲から翻訳サークレットを借りているミーヤはペリ丸の意図を理解する。
「お姉ちゃん、ペリ丸もピエラ欲しいって言ってる……」
「そうなの? じゃあ私から一個あげるわ。二個あるし」
賞品として貰ったピエラのうちの一つを、美咲はペリ丸の前に差し出した。
ペリ丸はくんくんとピエラの匂いを嗅ぐと、まるで玉転がしを転がすかのようにピエラに前足をかけ、齧り始めた。
二匹の様子を見て、ベウ子とその娘の働きベウ二匹も羽を震わし始める。
「(私たちも欲しいわ)」
「(甘いピエラ!)」
「(美味しいピエラ!)」
振り返ってベウ子達を見たミーヤが、困ったように眉を寄せて美咲を見た。
「えっ、ベウ子たちも欲しいの?」
「うーん、三匹で一個でもいいかな」
残りの一個を提供しようとする美咲を、ミーヤは見上げる。
「いいの? お姉ちゃんの分無くなっちゃうよ」
「構わないわ。午前中いっぱい食べたし」
笑みを浮かべて美咲は答える。
別にやせ我慢ではない。
本当に、今日だけでかなりの数のピエラを食べたし、そうでなくともしばらくは食べたいとは思わないくらい、今日はピエラに接している。
自分の分が無くても、特に美咲には不満は無い。
「(ありがとう!)」
「(わぁい!)」
「(子育てが捗るぅ!)」
ベウ子と働きベウ二匹は、その自慢の顎でピエラを食い千切り、中の果汁を舐め始める。半分くらいは持って帰って幼虫にやるらしく、途中で舐めるのを止めると、残りを三匹で持ち上げてグモの家の方に飛んでいった。
「バウ(ワシは要らん)」
「バウ(遠慮するわ)」
ゲオ男とゲオ美も特に欲しくないようで、マク太郎やペリ丸、ベウ子たちのようにピエラに群がることは無かった。
ただ、この二匹の場合、散々ピエラに対する苦手意識が刷り込まれていることが理由のような気もする。
午前中は特に、ピエラの果汁塗れになって酷いことになっていたので、その時にピエラのことが苦手になっていても不思議ではない。
それに、ゲオルベルはそもそも肉食なのでピエラは食べないという根本的な理由がある。
「ぴー(要らなーい)」
「ぴー(肉くれ、肉)」
「ぴー(ねむーい)」
「ぴー(遊びたーい)」
同じくベルークギア四兄弟姉妹も肉食なので、ピエラに特に興味は無いようだ。
というより、退屈しているのか、四匹の興味は皆別々の方向に向いている。
「オ前ラ、アマリ我侭言ウナヨ」
四匹を嗜める様子を見せるバルトが、やけに彼ら彼女らの保護者染みている。
自分もまたバルトに対するベルークギアの幼生体たちのように、アリシャに対して懐いていたことを思い出して、美咲の胸は切なくなった。
アリシャの生死は不明なままだ。
生きているのか、死んでいるのか、それすら判然としない。
生死不明というのは、もしかしたら生きているかもしれないという希望にもなり得るものの、その前の状況が絶望的だったので、希望的観測は躊躇われる。
試合が終わったので自由になった美咲たちは、残りの時間は里人同士の試合を観戦して過ごした。
自分でやるのも面白かったが、こうして他人が出場している試合を見るのも面白い。
視点が違うので戦況を一目で理解出来るし、選手たちの動きの意図が分かり易い。
(見るのも楽しいなぁ。いいね、これ)
知らず知らずのうちに、美咲は笑みを浮かべていた。
■ □ ■
夕食もピエラ尽くしだった。
肉料理にはピエラを煮込んで作ったフルーティなソースが使われていたし、ジュースや酒は言わずもがな、サラダはピエラ入りのフルーツサラダで、スープにまで隠し味でピエラが入れられていた。
やたらと甘酸っぱい夕食ではあったけれど、料理は美味しかったし、お腹も膨れたので、美咲は概ね満足だ。
ちなみに夕食は美咲とグモの合作である。
美咲はこの世界の調理器具の扱いさえ助けを借りることが出来れば、そこそこ料理は出来る方だったし、グモもこの里に来てからの一人暮らしで、自炊の経験があったからこそのご馳走だ。
楽しい夕食が済み、就寝準備を終えたその日の夜、美咲はグモの家の、自分に宛がってもらったベッドに腰掛け、今日の出来事を思い返していた。
手元にはいつものように、勇者の剣を抱え込んでいる。
もはやこれは癖だ。
持っていないと安心できない。あるいは、手の届く場所に勇者の剣が無いと落ち着かない。
今日も、一日中何だかんだいってずっと腰に下げていた。
安全な里の中なのだから必要ないといえば無いのだけれど、どうしても手放せなかった。
その一方で、祭りでは、久しぶりに、美咲は身体の力を抜いてリラックスすることが出来た気がする。
最近は思い悩むことばかりで、思えば心安らぐことなどあまり無かった。
例外はミーヤとの触れ合いくらいで、それも合間合間のことだったから、こうして本格的に休んだことは無い。
長い休息期間は、美咲に心を癒すだけの時間を与えた。
思えば、召喚されてから今まで、たくさんの出来事があった。
美咲を召喚したエルナと出会い、死に別れ。
ルアンやルフィミアたちと出会い、死に別れ。
イカサマサイコロ賭博をしていたタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクと出会い、タゴサク以外は美咲たちを見捨て、残ってくれたタゴサクとも死に別れた。
青二才である美咲なんかを主と仰いでくれた、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、システリート、ミシェーラ、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナたち。
彼女らも、最終的には全員が美咲のために命を落とした。
その死に様を見ていない美咲は、彼女たちが死んだということを、中々実感出来なかった。
でも、喪失感は感じる。ふとした拍子に、寂しくなる。皆がいた頃は夜になっても煩いくらい騒がしかったのに、今はとても静かだから。
失ったことを思い知らされるのはそんな時だ。その度に、もし、自分があの時気絶していなければと、どうしても思ってしまう。
既に確定してしまった過去を、今までずっと認められずにいた。
それは、美咲の余裕の無さの表れでもある。生き残ったものに目を向けず、新たな出会いに顔を背け、ただ失ってばかりの過去を悔いてばかり。
けれど、里での穏やかな生活が美咲に心の整理をする時間を与えた。
(……また、一から頑張ろう。此処まで、やっと辿り付いたんだもの)
人心地ついて、ようやく、美咲は仲間たちの死を受け入れることが出来た。
別れがあれば、また新しい出会いもある。
グモとの再会。
両替屋のミルデ。
治療院のマルテルとリーデリットの兄妹。
美咲たちを運んでくれたバルト。
この里で暮らす、クラム、ラシャ、セラ、マエト、タクル、マシビリといった里の子どもたち。
目覚めてからの僅かな時間だけでも、たくさんの新たな出会いを美咲は経験した。
美咲は他人の思いを背負って此処まで来た。
ならば足を止めることこそが、死者に対する冒涜だ。
目を向ければ、同じベッドの上で、美咲に寄り添うようにしてミーヤが横になり、寝息を立てている。
さすがに一人暮らしのグモの家にいくつもベッドがあるわけではないから、元々美咲が寝かされていたベッドに、ミーヤと一緒に寝ているのだ。
ミーヤに対して申し訳なく思う美咲だけれど、意に反して美咲と一緒に寝れることが、ミーヤは嬉しそうだった。
(皆が、命がけで私とミーヤちゃんを逃してくれた)
今では、美咲も皆が残って足止めをしてくれたお陰で、自分とミーヤが生き延びたのだということを知っている。
文字通り、美咲は彼女たちに命を救われた。
(ありがとうって言いたいけど、受け取ってくれる人がもう、誰も居ない)
感謝を抱いていても、それを向けられる相手は、死んでいる。
その場合は、誰にどうやって報いればいいのか。
(そんなの、決まってる)
彼女たちを殺したのは、魔王と、魔族軍だ。
そして美咲は誰に認められなくとも勇者としてこの世界に召喚され、人族を救うために、そして元の世界に生きて帰るために、ここまで来た。
ならば、その役目を果たすことこそが、彼ら彼女らに対する弔いとなるだろう。
(魔王を倒す。絶対に)
それは、美咲の目的とも合致する。
首魁を討ち取れば、人族にも反撃の芽が出る。
何なら、死の呪刻を解除した後も、この大陸から魔族を叩き出すために戦い続けたっていい。
それだけの思い入れが、もうこの世界で生きる人間に対して出来てしまった。
(歩き続けよう。私の命が、続く限り。元の世界に帰る日が来る、その時まで)
決意して、眠りに落ちる瞬間、ふと思った。
(──でも)
思うのは、この里に生きる混血と、それを守る魔族たち。
彼らは決して悪い魔族ではなかった。
そもそも、悪いとは何を指して悪いというのか。
人間と争うから悪いのか。
だとすれば、決して人間と争いたくないと思っている魔族だっているはずで。
(そうしたら、残った魔族たちは、どうなるんだろう)
魔王を殺したら、そんな魔族たちも、不幸になってしまうかもしれない。
美咲は何も、そんなことを望んでいるわけではないのだ。
ただ、背負った命に、報いたいだけで。
それに、偽札を里に持ち込んだ人族の旅商人の件もある。
人族にだって、美咲から見て、魔族と大して変わらないようなのは居るのだ。
ならば美咲は、いったい何から何を守ればいいのか。
(ままならないね。そのうち見えてくるのかな)
答えの出ない問いから、別のことに意識を移す。
明日の朝は、ミルデと一緒に大捕り物が待っている。
寝坊しないように、早く寝つけるよう努力するべきだろう。
そう考えた美咲は、勇者の剣をベッドの傍の手を伸ばせば届く位置に立て掛け、ミーヤを起こさないように注意しながらベッドに潜り込む。
やがて、美咲からも静かな寝息が立ち始めた。
タイムリミットまで、あと九日。
旅は、まだ終わらない。