二十一日目:激突! ピエラ戦争2
試合開始の合図と共に、人族陣営、魔族陣営に所属する両方の班が動き出した。
どちらの陣営とも班は五つあり、三つに分かれて行動するようだ。
真ん中の道は班一つで対応し、両側の道を二班の組み合わせで攻略する。
美咲、ミーヤ、グモ、ミルデ、マルテル、リーゼリットの班は、下側のルートを進むことになった。
ペアになる班は、広場で遊んだ子どもたち、つまりクラム、ラシャ、セラ、マエト、タクルの五人の班だ。
審判役として、もう一人子どもが増えている。
「クラムたちの班の審判のマシビリっていいますー。よろしく!」
マシビリと名乗った少女は、真面目でしっかりとした性格のラシャと、引っ込み思案な性格のセラと比べると、元気が良くお調子者のようだ。同じような性格のクラムとの相性は抜群だろう。
「頑張りなさいよ、クラム! 今回は審判だからあたしは贔屓出来ないけど、応援してるんだからね!」
実際に、マシビリはそう言って彼らの班のリーダーを務めるクラムの背中をバンバン叩いた。
「心配しなくていいわよ。私がしっかり補佐するもの」
つんと澄ました表情で、ラシャが言う。
「そうだね! クラムだけだとちょっと心配だけど、ラシャがついてるから問題なし!」
「いや、そこは否定しろよ! 俺どれだけ信用ないんだよ!」
吼えるように文句を言うクラムに、マシビリはにんまりと口角を持ち上げた。
「だってあなたいつもバルールみたいに突っ走るじゃない。うーん、惜しい。あなたがバルールに似てたらそのものだったのに、どちらかというと似てるのはゲオルベルの方よね」
「どっちも魔物じゃねえか! 俺は魔物の血は引いてねーよ!」
お互い打てば響くように受け答えしており、ぽんぽんと会話が続いている。
「いやあ、毎度のことだけど、クラムとマシビリのやり取りは面白いねぇ。特にクラムの反応がキレッキレで」
二人の会話を眺めながら、我慢し切れなさそうにタクルが含み笑いをした。
「と、止めなくていいのかなぁ」
美咲たちの班のように十字に隊列を組む子どもたちの中、補給係ということで最後尾にいるセラは、おどおどとした表情で目の前のクラムと隊列から少し離れたマシビリのやり取りを見守っている。
「止めておけ。せっかくマシビリがクラム一人で満足してるのに、巻き込まれるぞ」
クラムの正面、つまり先頭にいるマエトが振り向いてセラに言い、首を横に振ってみせた。
ちなみにクラムの左にタクル、右にラシャという形になっている。
「はいはい、おしゃべりはそこまで。一応、試合中だからね?」
最後にラシャが皆を諌める形で話は纏まり、子どもたちは試合に集中した。
接敵するのは距離と時間の関係上、ちょうどコートの直角、右下の角になる。
それまでは敵陣営の班と出会う確立は極めて少なく、余裕があるのだ。
そして、もう少しでその接敵予想場所に着こうとしている。
ここまで来ると子どもたちも無駄話を止め、注意を試合に集中させている。
(そろそろかな。私も気を引き締め直さないと)
子どもたちのやり取りを見ていたら自然と和んでしまったので、美咲は緩みかけていた表情を引き締めなおした。
ミルデはいつも通りだし、マルテルも普段と同じ柔和な笑みを浮かべたままだが、美咲と同じように気が緩んでいたらしいリーゼリットがハッとした顔になって自分の両頬を両手で叩いていた。
そして、敵陣営の選手たちと、美咲は合間見えた。
「「「「「母親シスターズ、登場!」」」」」
「「「「「同じく父親ブラザーズ、登場!」」」」」
声を揃えて放たれた名乗りに、美咲は唖然としてしまった。
美咲たちの相手の班は男女に分かれていて、その全員が子どもたちの親であるようだった。
「何やってんだよ二人ともー!」
クラムをそのまま大きくしたかのような人狼の女性と、背がやや低い以外は普通の人間にしか見えない男性に、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしたクラムが叫ぶ。
その横で、ラシャが盛大に顔を引き攣らせていた。
「お母さん……出てたの。お父さんまで」
ラシャの呟きを聞きつけ、爽やかな笑顔の人間の女性がラシャに笑顔を向けた。
「勿論よ。だってラシャの活躍をこの眼で見たいもの!」
輝く笑顔の女性は目が完全に人間の目である以外はラシャと容姿が似ていた。血縁だということが一目で分かるレベルで似ている。
「同じ選手になれば、こんなに近くで見れるんだよ! これは盲点だった!」
そんなことを言う猫耳猫尻尾猫目な男性は、どうやらラシャの父親らしい。
「……うわぁ」
セラが死んだ目で見つめる先には、古風な燕尾服を着た、やたらダンディーなおじ様と、今から夜会にでも行くかのような、豪奢なドレスを着込んだ妙齢の女性がいる。
共通するのは、セラと同じ赤い瞳と、妙に発達した八重歯で、見れば見るほど、美咲には吸血鬼のようにしか見えない。
「パパ、ママ、恥ずかしいから止めてよ。何でそんな格好してるの」
文句を言うセラに、セラの両親らしい二人は大げさな反応で侵害だとばかりに驚いてみせた。
「何を言う。娘の晴れ舞台だから、パパとママも頑張ってめかし込んだんだぞ」
「私が人間だった頃流行ってた服なのよ。私もまだまだいけるでしょ?」
興味深いことを、セラの母親の方が言った。
どうやら、セラの母親は元人間の魔族らしい。
(人間から、魔族になるなんてことがあるの?)
疑問を抱く美咲を他所に、事態は進む。
二人はお互いを見つめると、うっとりと愛を囁き始めた。
「ああ、ハニー。その美貌で無駄に男を惹き付けないでおくれ。妬いてしまうよ」
「いやだわ、ダーリン。私のダーリンは貴方一人よ」
間近で見せ付けられたセラが今にも砂糖を吐きそうな表情をしているのが印象的である。
おそらく、いつも家でもこんな風に見せ付けられているのだろう。
夫婦仲が良すぎるというのも考え物である。
「流石に予想外だった」
「僕は予想してたけどね。こんな美味しいシチュエーション、僕の両親が逃すはずないじゃないか。だって僕の両親だよ?」
マエトとタクルが、諦め顔で会話している。
そんな二人の両親も、しっかり選手として参加していて、それらしい姿が見える。
「あらあら。マエトは私たちのことをあまり理解仕切れていないようですよ、お父さん」
「ふむ。それはいかんな。丁度良い機会だ、俺たちが試合に勝ったらこの機会に改めて語って聞かせるとしよう」
女性型のゴーレムにしか見えない魔族がマエトの母親で、彼女は彫刻のように整った美貌を無表情に凍り付かせている。彼女の身体は完全に金属で出来ており、体型は女らしく起伏に富んだ優美な曲線を描いているものの、どう見ても人間ではない。
そんな彼女の腰を抱いて仲睦まじい様子を見せ付けるマエトの父親は、傍から見ると等身大の女性ゴーレムを愛でる変態にしか見えない。
「タクルちゃん、お互い頑張りましょうねぇ~」
「僕も頑張っちゃうよぉ~」
どこか間延びした声でタクルに声をかけているのがタクルの母親と父親だ。
母親の方は何というか、タクルが彼女の血を引いているというのが一目で分かる感じだった。
容姿が似ているわけではない。むしろ、容姿自体は父親の方が似ているだろう。
ただ、母親の顔から下は、完全に軟体生物のそれだった。というかスライム。
半透明のぶよぶよしたスライムに、女性の顔が付いている。タクルの母親はそういう魔族だった。
幸いスライムの身体でも顔に合わせて人体を模した形を取り、服も着ているので、手足が半透明であることを除けば、人間であるタクルの父親と並んでいてもそれほど違和感は無い。
ただ、関節とかそういうものが無いので、ちょっとした動きが不気味過ぎる。例えば首が九十度を超えて曲がったり、本来なら関節があるはずの場所を無視して腕や足が動いたりと、見れば見るほどクリーチャーっぽさが露呈してくる。
タクルの身体の柔らかさは間違いなく母親譲りだろう。
子どもたちを含め、そんな彼らの特徴を纏めて列挙すると、こうなる。
クラムの両親
母親=魔族(人狼族)
父親=人間
クラム=混血(魔族の血が濃い)
ラシャの両親
母親=人間
父親=魔族(人猫族)
ラシャ=混血(人間の血が濃い)
セラの両親
母親=魔族(吸血鬼。元人間)
父親=魔族(吸血鬼。純粋魔族)
ラシャ=魔族(人間の血が濃い)
マエトの両親
母親=魔族
父親=人間
マエト=混血(魔族の血が濃い)
タクルの両親
母親=魔族
父親=人間
タクル=混血(魔族の血が濃い)
こうして分かるのは、魔族と人間の混血は、主に母親の特徴を強く引き継いで生まれてくる点だろう。
程度に個人差こそあるものの、母親が魔族であるクラム、マエト、タクルは魔族の特徴が強く出ているし、逆に母親が人間であるラシャは目に僅かに魔族の特徴を引き継いでいるだけで、全体的に人間と殆ど変わらない。
厳密に言えばマエトの母親とタクルの母親は魔物に該当するが、ゴブリンマジシャンのベブレやゴブリンキングのライジと同じく、魔物でも突然変異で生まれた知能が高い上位種は魔族として扱われる。二人も同じ例に当て嵌まるので、魔族の括りに入っているのだ。
ちなみに、古くから生きる生粋の竜であるバルトも同様だ。
微妙なのがセラで、彼女は赤い瞳に蝙蝠の翼、発達した八重歯と父親の形質をほぼ完璧に受け継いでいる。
だが、吸血能力や霧に変身する能力、身体の一部を狼に変化させる能力など、吸血鬼特有の特殊能力は全く引き継いでいない。
これは、セラの母親が後天的に魔族になったからだと思われる。
一応魔族同士であるから姿形は完全に魔族として生まれてきたセラであるが、母親が元人間なせいか、セラは吸血鬼としての力を全く持たない。
もしかしたら、セラの両親がこの隠れ里に住んでいるのは、そのせいもあるのかもしれない。
(そういえば、エルナのお母さんも魔族って言ってたっけ……)
過去にちらりと聞いた話を、美咲は思い出した。
エルナの母親は人間の奴隷となった魔族で、エルナは魔族の特徴を強く引いて生まれてきた。
その事実からも、魔族と人間の混血は、母親の遺伝子に強く依存して特徴が決まるということが分かる。
美咲の世界の常識である遺伝法則に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えないものの、謎を解明している余裕も時間も無い今は、異世界ということで納得するしかない。
母親たちが集まった「母親シスターズ」は、セラの母親をリーダーに、クラムの母親が前衛、セラの母親の隣をマエトの母親とタクルの母親が固め、補給係としてラシャの母親が最後尾につく。
こういう配置になったのは、単純に能力の差で、魔族である彼女たちの方が、魔族語についての理解も深く、荒事に適しているのだ。
「父親ブラザーズ」の方も理屈は同じなのだが、比率が逆なため、人間の方が多く、戦力としての価値は低い。
セラの父親が一番前で、ラシャの父親が右隣、左隣を人間の中では体格が良いクラムの父親が担当し、補給係はタクルの父親、リーダーはマエトの父親が務める。
ちなみに、人間の男性人の中での体格の良さを比べると、クラムの父親、マエトの父親、タクルの父親の順になる。
やはりというか、飛んでくるピエラの勢いは、「母親シスターズ」の方が強く、美咲たちはそちらを中心に対応する。
「父親ブラザーズ」を抑えるのは、クラムたちの役目だ。
両陣営の班の間で、戦いの火蓋が切って落とされた。