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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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二十一日目:激突! ピエラ戦争1

 美咲たちの班は、美咲が行動を決めるリーダー、ミーヤが各人にピエラを供給する補給係、ミルデ、マルテル、リーゼリットがピエラを投げる投手だ。

 ピエラが五発当たった人員は戦死判定を受け離脱しなければならないので、いかに無駄な被弾を避けるかも重要になる。

 また、補給係であるミーヤが離脱するとすぐにピエラの残弾が尽き、補給のために頻繁に下がらなければならなくなり、リーダーである美咲がやられると全員が戦死判定を受けてしまう。

 よって、美咲とミーヤをいかに守るかが、長時間前線に留まるコツとなる。


「ところで、グモは何の役なの?」


 一人役割が決まっていないグモに、美咲は尋ねた。


「そちらの人数は五人で十分ですから、ワシは審判ですぞ。皆さんがピエラに当たったかどうかを判定する役目ですな」


「へえ、班ごとに審判が付くんだ」


 審判といえばサッカーのようなコートに一人、後はコートの外に何人かというイメージが強かった美咲は、班に追従する形で個別に審判が付くという形に新鮮な驚きを覚えた。

 サッカーで例えるなら、選手一人一人を別々の審判が見張るようなものである。つまり、両チーム合わせて選手二十二人と、審判二十二人が一つのコート上に入り乱れることになるのだ。何それ怖い。


「私たちは美咲ちゃんについていくことになるわ。指示出しはしっかりね。美咲ちゃんから一定以上離れちゃうと反則になっちゃうから、そこも注意してね」


 ミルデに言われ、美咲は少し緊張する。

 元々セザリーたちが居た時も、美咲はリーダーとして傭兵団を率いていたけれど、傭兵団が壊滅してしまった今、美咲は自分にそんな資質はあるのかと不安になっていた。

 あの時気絶していなければ、と何度悔やんだか分からない。

 たら、ればの話が不毛だということも分かっているとはいえ、そう簡単に割り切れるものでもないのだ。


(落ち着こう。これは本当の戦争じゃないんだし、失敗したって死ぬわけじゃないんだから)


 緊張して暴れ出す心臓を、美咲は深呼吸して宥めた。


「これから選手登録受付を行います。希望者の方々は五人一組の班を作って申し込んでください。なお、所属陣営はこちらで決めさせていただきますので、ご了承ください」


 コートが完成したらしく、選手の募集が始まった。

 里人たちがこぞって班を作り、登録していく。


「僕たちも行こうか」


 どこかうきうきとした様子で、マルテルが歩き出す。


「やる気十分みたいね、マルテルさん」


 呆れ半分、感心半分といった様子で美咲が呟くと、美咲の呟きを聞いたリーゼリットがはにかんだ。


「今までは観戦してただけだったので、実は私も楽しみなんです」


 どうやら兄妹揃って楽しみにしていたようだ。


「参加ですね? 所属は魔族陣営となります。係員の指示に従って本陣に移動してください」


 美咲たちの参加は無事認められ、案内する里人に従ってコートの中に入る。


(魔族陣営かぁ。実際に魔族軍と戦ってた身としては、妙な気分だわ)


 あくまでチーム分けとしての意味しかないので、下手に気にする必要もないのだが、美咲は魔王を殺すつもりなので、名前だけで実際の魔族軍と一切関係無いとはいえ、敵陣営に所属するというのは、どうにもしっくり来ない。

 魔族陣営に人間の美咲やマルテルがいるのもそうだし、人族陣営の大部分がどう見ても人間じゃない姿の里人ばかりなのも違和感しか感じない。

 本陣にはご丁寧に休憩用の椅子と机、そして台車に山と積まれた補給用のピエラが置いてあった。

 休憩用の椅子と机は、戦死判定を受けた選手が復帰するまでの制限時間を潰すために使われるらしい。

 復帰時間は一レンで、元の世界の分に直すと約十分だ。

 ただこれには例外があり、班のリーダーが戦死判定を受けずに本陣に帰還できれば、補給係を含め戦死判定を受けた班の人員が即座に復活できる。

 勿論班のリーダーが戦死判定を受けた場合は、大人しく十分待つしかない。

 魔族陣営の本陣に移動すると、見知った顔があった。


「おっ、姉ちゃんたちもこっち側なんだな! 今日はよろしくな!」


 元気な声で挨拶してきたのは、狼少年のクラムだ。二足歩行するチビ狼な彼は、この祭りの競技が楽しみで仕方なかったらしく、盛んに尻尾をぶんぶん振り回している。


「よろしくお願いします。わあ、ミルデさんの他にも、マルテル先生とリーゼリットさんまでいるんですね。頼りにしてます」


 年上に対してもタメ口がデフォなクラムと違い、猫目の女の子のラシャは美咲やマルテル、リーゼリットといった年上陣に対して、丁寧な態度で接した。

 どうやらクラムとラシャはいつもの子どもたちのメンバーで班を組んだらしく、他のメンバーは吸血鬼っぽい女の子のセラに、岩石少年のマエト、軟体少年のタクルだ。


「ミーヤちゃん、今日はよろしくね」


 ラシャの背後に隠れていたセラが前に出てきて、おどおどしながらミーヤに挨拶をした。

 クラムと同じく物怖じしない性格のミーヤは、太陽のような爛漫な笑顔を浮かべて挨拶を返す。


「よろしく! セラちゃんは何の係なの? ミーヤは補給係だよ! 責任重大なんだって! やる気出ちゃう!」


「よ、良くそんな前向きになれるね。わ、私も補給係なの。私が抜けたら一気に班が劣勢になるから、今から胃が痛くて……」


 やる気の度合いを表現しようと「しゅっしゅっ」と口で言いながらシャドーボクシングをしてみせるミーヤに対し、セラは顔色が青く、今にも倒れそうなくらい緊張しているようだ。


「そんなの、ミーヤたちが戦死判定を受けるのは全部他の皆のせいにしちゃえばいいんだよ! どうせミーヤたちは真ん中で皆に守られてるんだから」


 自分が戦力にならないのは現実でもその通りなので、ミーヤは既に開き直っている。


「えええ。そんな風に思い切れないよぉ」


 無茶なことを言われたセラは涙目になった。

 ちなみに試合中の班の陣形は決まっていて、中央にリーダーが立ち、そのすぐ後ろに補給係、残りの人員はリーダーの両横に一人ずつ、残りの一人はリーダーの前、つまり真正面を守ることになる。

 敵チームとの接触以外で陣形を崩すのは反則であり、ペナルティの対象になる。ペナルティは一回目はその場での指導で済むが、二度目以降は問答無用で本陣帰還となる。幸い死亡判定を受けた時とは違い拘束時間が無く、帰還後すぐに再出撃できるものの、本陣と前線を往復しなければならないため、結構な時間を浪費することになる。


「心配するな。セラは俺たちでしっかり守るから」


 岩石少年のマエトは格好良いことを言った。

 狙っているわけではなく、素の発言だ。

 マエトは実直な性格で、クラムやタクルよりも真面目なので、本気でセラを守ろうと思っているのがセラ本人にも伝わり、セラの頬が紅潮した。


「あ、ありがとう……!」


「まあ、いくら君がどんくさくても、僕たちでちゃんとカバーするからね。安心して守られててよ」


 憎まれ口を叩きながら、タクルはふふんと笑った。


「あなたたち、大丈夫なの? 最初は魔法禁止だから、素の身体能力がものを言うんじゃ」


「攻撃方法はピエラを投げることだけだから、あんまり関係ないよ。むしろ、俺たちの方が身体が小さいから、奇襲する際には便利なんだぜ!」


 心配する美咲に対し、クラムは大口を開けて笑い、美咲の心配を笑い飛ばした。


「子どもだからって、甘く見てたらお姉さんをコテンパンにしちゃうんだからね! この前みたいに!」


「うっ」


 勝気なラシャの台詞に、美咲は以前子どもたちに散々翻弄されたことを思い出す。

 魔法の恩恵があったとはいえ、あの時美咲は完全に子どもたちの動きについていけていなかった。

 それは別におかしいことではない。美咲が蜥蜴魔将ブランディールに勝利出来たのは、彼に接触してその魔法の全てを無効化していたお陰だ。日常的に身体強化魔法を使うのが当たり前になっている魔族は、無理やりそれを無効化された時の落差に対応出来ない。

 裏を返せば、美咲はまず魔法を無効化しないと、そこらの魔族兵にすら遅れを取る可能性が高いということだ。さらに言うならば、魔法はそれだけのポテンシャルを秘めているということでもある。


「魔法なしなら、そう上手くはいかないわよ」


 強気を装っているものの、美咲は内心心配だった。


(負けたらどうしよう……)


 魔法を使われて負けたならまだともかく、純粋な運動勝負で子どもに負けるのは流石に凹む。

 そんなことはないと思いたいものの、勝負は時の運。

 何が原因で転ぶか分からない。


「案外僕たちが簡単に勝っちゃうかも? お姉さん弱いし」


 ニヤつくタクルに、ミルデがにっこりと笑った。


「あら、それは私に対する挑戦と受け取ってもいいのかしら?」


「あわわわ、ごめんなさい。タクル君も、謝ってー!」


 笑顔で凄むミルデに、怖気付いたセラが涙目になってタクルの後ろに隠れた。


「あはは。一応僕たちもいるし、そう簡単に負けないよ」


 子どもたちの様子を見て苦笑したマルテルの横で、リーゼリットを拳を握り締めて可愛らしく気合を入れた。


「皆の足を引っ張らないように頑張ります」


「ミーヤも活躍するよ! しゅっしゅ!」


 強者アピールをしたミーヤはまたシャドーボクシングをしている。可愛い。


「試合開始まで、後一レンです。選手の方々は、審判の指示に従って、最終準備をしてください」


 係員の指示が飛び、本陣に集まっていた他の選手たちが慌しく準備を始める。


「さて、準備をしますぞ。まずはミーヤちゃん、この袋にピエラを詰めるので手伝ってくだされ」


「任せて!」


 グモに頼まれたミーヤはやる気を漲らせて袋にピエラを詰め始めた。

 ピエラを詰めた袋を、グモはミーヤに背負わせる。


「動けますかな?」


「むぐぐぐぐぐ」


 しばらく真っ赤な顔で踏ん張っていたミーヤだったが、やがてピエラの重さに耐え切れずひっくり返った。


「おもい……」


「ふむ。ではペットへの騎乗を許可しますぞ。特例です」


「やったぁ! おいで、マク太郎!」


「クマー。クマクマ(いいよ。でも後でピエラくれよ)」


 ミーヤの呼びかけに答えて、マク太郎がのそのそとやってきて、ミーヤの前で立ち止まる。

 マク太郎によじ登ったミーヤは、美咲に声をかけた。


「お姉ちゃん、ピエラの袋取ってくれる?」


「いいよ。わ、結構重いね」


 午前中とは違い、皮が剥かれていないピエラなので、それがいくつも詰まった袋はそれなりの重量になる。


「でしょー。思ったよりも重くて、ミーヤびっくりしちゃった」


 ミーヤと雑談を交わしながら、美咲はミーヤに袋を渡す。


「では列を整えてください。軽く動く練習をしますぞ。前進、後退、左折、右折、ふむ。問題ないですな。では美咲さんが指示を出してみてください」


「わ、分かった。やってみる」


 グモに言われて動くのと、自分で指示するのとでは心の持ちようが違い、若干緊張してきた美咲は、思わず唾を飲み込んだ。


「前進、後退、左折、右折。……こんな感じでいいのかな」


「十分ですぞ。移動の際は、なるべく声に出した方が意思統一がしやすいので、声出しは忘れずに」


 親切なグモのアドバイスに対して、美咲はこくりと頷く。

 練習するうちに一レンはあっという間に過ぎ、試合が始まった。


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