二十一日目:祭りの合間2
水浴びをしてすっきりした美咲たちは、グモと一緒に昼食を取りに、里の屋台を回ることにした。
せっかく色々な食べ物が売られているのだから、味わわないのはもったいない。
(ミーヤちゃんに、ピエラを食べさせてあげるって約束してるしね……)
そんなミーヤは、美咲と手を繋いで歩いているせいなのか、とてもご満悦だ。
いや、時々よだれが垂れそうになっているから、あたりから漂う食べ物の匂いに喜悦しているだけかもしれない。
美咲としては、食べ物に負けるというのは大変遺憾だけれど、まあ、ミーヤは子どもだし仕方がないという思いもある。
「さて、お昼は何にしましょうか」
一同を見回して、ミルデが言った。
「私は何でもいいけど、何か希望はあるかしら?」
皆に食べたいものを尋ねたミルデに対し、ミーヤが真っ先に反応して手を上げる。
「はいはい! ミーヤ串や」
「あ、串焼きはいつも食べてるから、それ以外ね」
「な、何で!?」
早速自分の大好物を候補に入れようとしたミーヤは、先んじてミルデによって串焼きを候補から外され、愕然とした表情を浮かべた。
呆れた表情でミルデがミーヤを諭す。
「何でも何も、ミーヤちゃん、いつも串焼きは食べてるんでしょ? ならいいじゃない、今日くらい別なものでも」
「うー……」
本心としては食べたいが、我侭を言っていることも自覚しているミーヤは、うなり声を上げて未練がましくミルデを睨んでいる。
「まあ、ミーヤちゃんはまだ子どもなんだし、どうしても食べたいなら仕方ないけど」
「分かったよ! ミーヤもう子どもじゃないし、我慢できるよ!」
子どもというフレーズに反射的に反発したミーヤは、自分から串焼きを選択肢から外してしまい、啖呵を切った後で涙目になった。
(うわ、ミルデさんが凄い黒い笑顔を浮かべてる。内心計画通りとか思ってそう)
にこにこと綺麗過ぎるミルデの笑顔が、なまじ綺麗なだけに何だかどす黒く見えて、美咲は引き攣った愛想笑いを顔に浮かべた。
「ほ、ほら、あそこの屋台でピエラ売ってるよ! ミーヤちゃん食べたがってたよね!? 買ってあげるよ!」
「え? あ、うん。そうだけど、どうしてお姉ちゃんそんなに必死なの?」
ミーヤの背中を押して屋台に向かう美咲に、ミーヤが目を白黒させている。
「なら、私も買いましょうか。午前中だけで嫌というほど見たけど、何だかんだいって今日はまだ一個もちゃんと食べてないものねぇ」
「いいですな。ワシも午後からは参加する予定ですし、ひとまず景気づけに一ついただきますかな」
ミルデとグモもその気になり、結局全員が一つずつピエラを買った。
普段ならやらないけれど、お祭りということでそこかしこで食べ歩きが行われているので、美咲たちもそれに習ってピエラを食べながら歩く。
「あっ、何あれ!」
屋台で売っているものに、ミーヤは片っ端から飛びついた。
石窯、つまりいわゆるオーブンに車輪がついたような屋台で、中からは香ばしい良い匂いが漏れている。
また、屋台の陳列スペースには既に焼きあがったものが並んでいた。
「これはパイかな? 甘いピエラパイと、甘くないミートパイがあるみたい」
並べてあるのはどうみもパイで、見た目は元の世界のものとそう変わらない。
「食べたい! ミーヤ食べてみたい!」
さっそくミーヤが騒ぎ出したので、美咲は苦笑しつつミルデたちの意見も聞いた。
「はいはい。じゃあ買ってあげる。ミルデさんたちもそれでいいですか?」
「いいわよー。私はピエラパイにしておこうかな」
「量はどれくらいにします?」
「一切れでいいわ。あまり食べ過ぎても太っちゃうもの」
ミルデの注文にそれもそうだと頷いた美咲は、次にグモの意見を聞く。
「わしはがっつり食べたいのでミートパイのホールにしますぞ」
(よく食べるね。グモらしいといえば、らしいのかな? ゴブリンって、何となく食欲旺盛そうだし)
ゴブリンだから大食漢だと思うのは偏見だけれど、でもある意味似合っていて、思わず美咲はくすりと笑った。
気を取り直し、ミルデとグモの注文を復唱すると美咲は改めてミーヤに尋ねる。
「ミルデさんはピエラパイを二切れ、グモはミートパイを一ホールね。ミーヤちゃんはどっちにする?」
「うーんうーん……」
「……両方買って、私と半分こする?」
「する!」
悩み始めたミーヤに提案すると、その手があったか! とばかりパッと表情を輝かせたミーヤが即座に頷いた。
「おじさん、ピエラパイを二切れとミートパイを一切れ、あとミートパイのホールを一つください」
注文ついでに近くの別の屋台でピエラジュースを売っている屋台もあったので、せっかくなので飲み物として購入する。
以前飲んだことのある果汁のみの洗練されたピエラジュースではなく、果実を絞ってそのまま出しているピエラジュースは、搾られて破砕された果実が混じってどろどろになった、栄養がありそうなジュースだった。
広場でピエラ祭りをやっているからか、屋台の食べ物もピエラに関するものが比較的目に付く。
また、魔族が比較的多く済む里だからか、氷菓子などの保存が難しい食べ物も多く売られている。おそらくは、魔法で解決しているのだろう。
魔法で氷を作れれば、後は塩さえあればアイスクリームだって作れるし、魔法の腕が良ければ直接温度を下げて塩に頼らずともドライアイスに出来る。
美味しいアイスクリームを作るには生クリームが必要だけれど、グルダーマの乳から生クリームは取れるし、一応グラビリオンの体液でも代用できる。ただ、その場合美咲はかなり食べるのに躊躇するだろうけれど。
逆にミーヤは喜んで食べるに違いない。この世界の人間にとって、グラビリオンは子どもでも手軽に捕まえられる、甘くて美味しい素敵な食材なのだ。
(蜂の子もああいう味なのかなぁ……。まあ、私、蜂の子なんて食べたことないんだけど。蜂の子は蜂蜜の味がするっていうし)
グラビリオンの幼虫を食べた時、味自体は本当に砂糖で甘く味付けしてホイップした生クリームそのもので、見た目と食感さえ気にしなければ美咲も病み付きになるのが間違いない味だった。
その見た目と食感が大問題なので美咲は受け付けないのだが、現地人である美咲やグモ、ミルデたちは一向に頓着せずに食べる。
「やっぱり、売ってるのね……」
見つけたくないものこそ見つけてしまう悲しさで、屋台で売られているグラビリオンを見て、美咲はげっそりした。
「わあ、グラビリオンだぁ!」
対照的に、好物を見つけたミーヤは表情を輝かせており、完全に視線がグラビリオンに固定されている。
「お姉ちゃん、買って!」
(……まあ、いいか。私が食べるわけじゃないんだし)
「皆で食べよう! 一人一つずつ!」
「あら、いいわね」
「そうしますかな」
「ぶっ! げほっげほっ」
ミーヤの提案にミルデとグモが賛同し、完全に他人事だと思っていた美咲が思わず飲みかけのピエラジュースを誤飲して咳き込んだ。
「大丈夫? お姉ちゃん。落ち着いて飲まないと駄目だよ」
「うん、そうだね……」
懐から布を取り出して口元を拭った美咲は、引き攣った笑顔を浮かべてめっと嗜めてくるミーヤに笑顔を返した。
そんなこんなで、本日の昼食はミートパイにピエラパイ、ピエラジュースにグラビリオン一匹。
美味ではあったが、色んな意味で美咲を追い詰める献立だった。
■ □ ■
腹は膨れたがやたらと精神的に疲弊する昼食が終わり、美咲はミーヤ、ミルデ、グモ、マルテル、リーゼリットというメンバーで、再び広場に戻ってきた。
午前とは違って、午後はグモも祭りに参加する。
ちなみに午前中は畑仕事だったらしい。
(お疲れ様、グモ)
美咲は心の中でグモを労った。
午前中と変わらず、広場の真ん中で身体を休めているバルトは子どもたちのおもちゃになっている。
「オイ、ソコハ危ナイ。登ルナラコッチニシロ」
「翼ニハ触ルナ。反射的ニ動カシチマウダロ。ソウナッタラオ前タチナンテ簡単ニ吹キ飛ンジマウゾ」
「エエイ、滑ッテ尻尾カラ転ゲ落チタクライデ泣クナ! 男ダロ!」
午後になってからはバルトも子どもたちに対しての扱い方を心得たらしく、自分に集る子どもたちが危険なことをしないように注意している。
「ぴーぴー!(でっかいドラゴンさん遊んでー!)」
「ぴーぴー!(お姉ちゃん待ってー!)」
「ぴーぴー!(ドラゴンさんの背中は私のよ!)」
「ぴーぴー!(そんなことよりピエラ食べたい!)」
バルトを見たベル、ルーク、クギ、ギアのベルークギア四兄弟姉妹が、盛んに甲高く鳴きながらバルトに向かって突撃していく。
これが生体だったら恐怖だったろうが、小さい彼らがちょこちょこと走っていく様はただ単純に可愛いだけである。
「ゲオ男、ゲオ美、申し訳ないけど、一応見ておいてくれる?」
「皆が怪我とかしないように、ゲオ男とゲオ美でしっかり見張っててね!」
美咲が頼み、ミーヤがサークレットで自分たちの意思を二匹伝えた。
「バウッ!(おう!)」
「バウッ!(任せて!)」
二匹のゲオルベル、ゲオ男とゲオ美は、心得たとでもいうように一鳴きすると、ベルークギア幼生体たちの後を追いかけてバルトの下へと走っていく。
毛皮が綺麗になったからか、もうすっかりゲオ男もゲオ美も元気を取り戻している。
おそらくは、ピエラ祭りが再開されればまたピエラ塗れに逆戻りだろうけれど。
「午後からのピエラ祭りはね、午前とは違うのよ」
ミルデがニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
「ただピエラを投げるだけの祭りに何の違いが……?」
午前中だけでもピエラの果汁塗れになった美咲が半眼でミルデを見つめるとミルデは「チッチッチッ」と指を左右に振る。
「それが全然違うのよ。午前中は慣習でルール無用のバトルロイヤルだけど、午後からはきちんとルールが定められた競技になるんだから」
(ピエラを投げる競技って何なんだろう……)
頭の中で、美咲は様々な競技のオリンピック選手に混じって、ピエラ投げのオリンピック選手が混じっている姿を思い浮かべる。
元の世界の競技と比較したからかもしれないが、違和感しかない。
さっそくその午後からの競技の準備が始まったらしく、広場にコートが作られ始めた。
里の子どもたちがはしゃぎ出し、バルトが目を丸くしているのが見える。
「何ダ? 今度ハ何ガ始マルンダ?」
「バウ(分からん)」
「バウ?(さあ?)」
バルトとゲオ男、ゲオ美は興味を刺激されたのか、形になっていくコートの方に意識を向けている。
「ああそうそう。忘れてたけどこれ、ルールブックよ。今のうちに読んでおいてね」
唖然としてコートが作られていく様を見ていた美咲は、ミルデにぽんと冊子を手渡され、慌てて手元に意識を戻した。
「……読めません」
表紙に書かれている文字は魔族語で、発音は出来るようになってきても相変わらず文字は読めない美咲は何が何だか肝心な部分が分からず、助けを求めて視線を彷徨わせる。
「ピエラ戦争って書いてある。この競技の名前だよ。ピエラを使って行う、模擬戦争さ。もっとも、模擬っていう言葉通り、戦争っていってもスポーツみたいなものだけどね」
助け舟を出したのは、マルテルだった。
「毎年、ピエラ祭りでやるスポーツなんですよ。何でも、昔の戦争で魔法で石を飛ばして勝利した魔族の将軍の発案で始まったそうです。最初は故事に倣って魔法で石を飛ばしていたそうですが、さすがに危険過ぎるということで、投げるものが大量に収穫できるピエラに変わって、魔法で直接飛ばすのは禁止になったとか。変なお祭りですけど、実際にやってみると意外と楽しいんですよ」
説明をしたリーゼリットはスポーツとして異質だということを一応理解しているのか、苦笑を浮かべている。
美咲は冊子に目を落とした。
説明してもらった内容を要約するとこうなる。
参加は五人一組の班で受け付ける。
魔族陣営と陣族陣営に分かれ、両陣営が敵陣営のゴールデンピエラを破壊すれば勝ち。
この時点で既に突っ込みどころが満載だった。
(ゴールデンピエラって何……?)
冊子に書いてあることを読み上げてもらった限りでは、ゴールデンピエラとは、魔法で生育の段階から加工を施した特別なピエラらしい。普通のピエラよりも大きく、元の世界でいうスイカくらいの大きさのようだ。
ゴールデンピエラに対する魔法攻撃、及び武器攻撃は禁止。あくまでゴールデンピエラを直接壊さなければならないらしい。何でも過去に推奨される攻略法を無視して魔法による狙撃破壊や遠隔武器による狙撃破壊が多発したため、纏めて禁止になったとか。
班ごとに一人補給係を設定し、投げるためのピエラ管理は補給係が行う。補給係が居ない場合は自陣営のゴールデンピエラ前でしか補給を受けられない。
よって、班同士の戦いはいかに補給係を守るかになる。
班毎の残りピエラはそのまま班の耐久値も兼ねており、残弾が尽きると撤退しなければならない。
コートは真四角で、中央を真っ直ぐ進むルートと、上下を直角に移動するルートが一つずつ、そして全てのルートを繋ぐ中央とは逆の対角線のルートがある。
所々に補給係が補給に使えるピエラを積んだ台車が置いており、そこを確保しておけば、補給係のピエラが尽きてもそこでピエラを補充することが可能だ。そのため、まずはこの台車を奪い合うことになる。
他にも色々回り込む小道があるので、結構コートは複雑だ。しかも、その小道は細く曲がりくねっていて実際に踏み込まないと視界が取れない。
各ルートの本陣及び台車の近くには範囲内に入った敵に自動的にピエラを発射する「ピエラ砦」なる建設物があり、敵陣営のゴールデンピエラを破壊するためには、そのピエラ砦を攻略していく必要があるとか。
各ルートには三つずつ台車を守る形でピエラ砦が設置されていて、その全てを破壊すると、魔法無効化バリアの基点を攻撃できるようになる。敵陣営の魔法無効化バリアの基点を破壊すると、そのレーンでの自陣営の魔法使用が可能になり、戦局が圧倒的に有利に傾く。
(何か、ゲームのジャンルでこういうのあったよね。何だっけ……?)
詳しいわけではないので名前は忘れてしまったものの、元の世界で似たようなゲームがあった気がする美咲は、ルール自体は比較的すんなりと飲み込めた。
よく分からないが、午後からはこれが始まるらしい。
「もちろん、私たちも参加よ!」
ミルデは凄くやる気だった。