二十一日目:ピエラ祭り5
空からまるで矢を斉射されたかのような物量で、ピエラが降り注ぐ。
「こんなの聞いてないんですけどぉぉおおお!」
美咲はその場に落ちていた板の下で身を隠しながら、涙目になって叫んだ。
「ほら、美咲ちゃん! 隠れるだけじゃ埒が明かないわよ! こっちもピエラを投げて反撃よ!」
「無理ですぅぅぅ!」
やたらと囃し立ててくるミルデに、美咲は半泣きで叫び返す。
ピエラを投げるためには、一度板の下から這い出なければならないのだが、現在進行形で、板越しに降ってきたピエラが激突してぐちゃっと潰れる衝撃が、ひっきりなしに続いているのだ。
下手に身を晒そうものなら、その瞬間に無数のピエラが美咲にヒットするだろう。
「大体ミルデさんだって完全に篭ってるじゃないですか!」
「だって、今出たら確実にピエラ塗れになるじゃない」
「それ、私が出ても同じですよね!?」
「でも、美咲ちゃんに比べたら、私お婆ちゃんだし? こういう時って、若い娘が苦労するものでしょ」
「都合の良い時だけ年寄りぶらないでくれませんか!?」
ちなみに、魔族が長寿なだけで、ミルデも魔族の中ではまだまだ若輩である。実年齢で言えば美咲の五倍程度、つまり八十年近く生きているとはいえ、それでも年寄りぶるには若過ぎる。人間に換算すれば、二十台後半から三十台前半くらいでしかない。
さらに言えば、ミルデは容姿も人間換算した年齢と同じくらいなので、完全に年寄り詐欺である。
「これ、おもしろーい!」
唯一、ミーヤだけが美咲やミルデと同じように板の下で無邪気にきゃっきゃと喜んでいた。
幼女の癖して意外に肝が据わっている。
まあ、今まで洞窟に潜って人身売買に関わる貴族の屋敷を襲撃し、魔物の群れと大立ち回りをするなど、普通では考えられないくらいの経験を積んできたので、度胸がついているのはある意味当たり前なのかもしれない。
ピエラが当たればそれなりに痛いものの、殺気を向けられているでもなし、明確な命の危険が無いということを、ミーヤは聡く察しているようだ。
まあ、だからこそ、美咲も悲鳴を上げる余裕があるというものなのだが。
もしこれが本当の戦場ならば、美咲は悲鳴を上げることもなく、覚悟完了して敵の親玉の首を獲りにいくだろう。
蜥蜴魔将ブランディールとの死闘、そしてそれに続く死の都市と化したヴェリートでの経験は、美咲に強い意志の力を与えている。
たくさんのものを取りこぼしながらも、美咲は確実に、成長を続けている。
いや、むしろそういった経験こそが、いざという時、美咲を突き動かす原動力になるのかもしれない。
とはいえ、それは逆を言えば、窮地にならないと発揮されないということで、程遠い現状では美咲は多少戦えるだけのただの女の子なのであった。
「ひー!」
何とか移動しようにも、飛んでくるピエラに邪魔されて美咲はなかなか動けない。手持ちのピエラを投げ返そうにも、板から身体を出した瞬間目の前にピエラが迫っていて、慌てて再び板の下に逃げ込むという場面が何回もあった。
「ミ、ミルデさん! これいつ終わるんですか!?」
「例年通りなら、投げるピエラが無くなれば終わりよ」
「具体的に、それってどれくらい掛かるんですか!?」
「そうねぇ。大体お昼にはいったん終わるわよ。皆昼食があるし」
「ということは、お昼になるまで待てばいいんですね!?」
「ただし午後の部があるわ」
「嘘でしょー!?」
午後もピエラ祭りが続くと聞かされ、美咲は悲鳴を上げた。
まさか祭りがこんなトンデモ祭りだとは思ってもいなかった美咲は、板の下から出るに出れない。
「ミーヤ、良い事思いついた!」
出し抜けに、板の下でミーヤが表情を輝かせた。
「マク太郎、ベウ子、飛んでくるピエラは好きにしていいよ! その代わり、ミーヤたちを守って!」
「クマ!?(マジで!?)」
「(お墨付きが出たわ! 娘たち、着いてきなさい!)」
「モハヤ諦メヲ通リ越シテ悟リヲ開キソウダ」
「クーンクーン(体中が果物臭い)」
「クーンクーン(鼻が痺れてきたわ)」
身を隠せるようなものが無いバルトやペットたちはピエラの果実を何度もぶつけられて体中がピエラの果汁塗れになっている。
熊型魔物マクレーアであるマク太郎や、蜂型魔物ベウであるベウ子とその娘たちは割と平気そうにしているものの、下手に動けないバルトはピエラの実が全弾命中しているし、ピエラを食べない狼型魔物ゲオルベルであるゲオ男とゲオ美には、ピエラの匂いは刺激が強いらしい。
テンションがドン底になっているバルトとゲオ男、ゲオ美とは対照的に、マク太郎とベウ子たちは俄然やる気を出した。
ちなみに、先ほどから影が薄いペリ丸は、その小さい身体を生かしてさっさと安全地帯に逃げ込み、難を逃れていた。
マク太郎は美咲たちの前で飛んでくるピエラを次々キャッチしてモグモグと頬張り、マク太郎が取り損ねたものも、ベウ子と娘の働きベウ二匹が素早く空中でキャッチし、平らげてしまう。
「クマ!(美味い!)」
「(食べ放題ね!)」
「(全部確保しましょう、お母様!)」
「(今度新しく生まれる妹たちへのいいお土産になりますね!)」
「えっ! ベウ子、子ども生まれるの!?」
サークレットの効果がペットたちと意思疎通が出来るミーヤが、ベウ子たちの会話を聞いて喜色満面の笑みを浮かべた。
数が減っているベウ子たちの家族も、また数を増やしつつあるようだ。
(そういえば、グモの家の軒先に巣を作ってたっけ……)
以前所有していた装甲馬車の中にあった巣と同じような巣を作り始めていたことを思い出したミーヤは、何だか自分も嬉しくなった。
「皆、頑張れ、頑張れ!」
ミーヤの応援を受けて、見るからにマク太郎とベウ子たちの様子にやる気が漲った。
(よーし、大分圧力が薄くなったわね。これなら私だって……)
板越しに伝わるピエラ着弾の衝撃がかなり少なくなったことに気付き、美咲は素早く板を跳ね飛ばして起き上がり、勇者の剣を引き抜いた。
大部分のピエラはマク太郎とベウ子たちが回収し、美咲の下まで飛んでくるピエラは、もはや数えるほど。
(うん、予想通り、凄く数が少なくなってる!)
この程度なら、美咲の技量でも十分に対処できる。
美咲は冷静にピエラを勇者の剣で切り払った。
「お姉ちゃん、格好良い!」
「そ、そうかな」
思いがけずミーヤの賛辞を受け、照れた美咲の後頭部にピエラがぶち当たった。
「油断大敵よ、美咲ちゃん」
潰れた果実で汚れた後頭部を押さえながら、美咲が慌てて振り向けば、ピエラを弄びながら不適に笑うミルデの姿が。
どうやらマク太郎、ベウ子たち、美咲と次々にピエラを防いでいったので、とうとうミルデとミーヤの下へピエラが飛んでこなくなって、動く余裕が出来たらしい。
「狙う相手が違いますよミルデさん!」
「あら、狙う相手は好きに決めていいのよ。これ、そういうお祭りだから」
悪びれずに、あっけらかんとした微笑を浮かべてミルデは言った。
ここに来て、まさかのフレンドリーファイア宣言である。
「むっ! お姉ちゃんの敵はミーヤの敵!」
「これも美咲ちゃんの修行の一環よ、ミーヤちゃん」
「えっ!?」
ミルデに気付いたミーヤがミルデに向き直ろうとすると、ミルデは絶妙にミーヤを惑わす言葉を吐いた。
「そ、そうなの?」
「そうなのよ。だからミーヤちゃんも私と一緒に美咲ちゃんに稽古をつけてあげましょう。さあ、ピエラを投げるのよ」
「ミーヤちゃん騙されちゃ駄目ー!」
「はっ! いけない、甘言に惑わされるところだった! マク太郎、ベウ子たち! 皆でミルデをやっちゃえ!」
その気になりかけたミーヤは、慌てて制止した美咲の呼び声に我に返り、自分のペットたちをミルデに嗾けようとした。
「クマ。クマクマ(あ。今忙しいから無理)」
「(ごめんね。そっちに回ったら飛んでくるピエラを防げなくなっちゃうわ)」
「そ、そんなー!」
しかしすげなく断られる。
「ウフフ。頼みの綱の援軍は来ないようね。さあ、大人しく私のピエラの錆となりなさい」
ピエラの錆ってなんだと美咲とミーヤが突っ込む余裕も無く、ミルデはピエラを放り投げ、空中で宙返りし鉤爪のついた足で蹴り放とうとした。
「(ふっふーん! ここで真打登場!)」
「(パパとママのピンチに颯爽と駆けつけるお姉ちゃん格好良い!)」
「(私もいるよ! 鳥女になんて負けないんだから!)」
「(あれっ? まだ口上途中なのに僕たち目掛けてピエラが飛んでくるよ?)」
「纏めてピエラの大地に沈めてくれるわー!」
「「「「(きゃー!)」」」」
割り込んできたベルークギア四兄妹姉妹は、ミルデにピエラの投擲攻撃を連続で受け、その場で逃げ惑った。
それにしてもミルデはノリノリである。
「楽しそうですねー、ミルデさん」
若干呆れ気味に苦笑しながら美咲が言うと、ミルデはにこりと微笑んだ。
「ストレス解消に良いのよ。無礼講だしね。ほらほら、美咲ちゃんとミーヤちゃんも投げてきなさい。相手してあげるわ」
「むー! いい歳してはしゃいでる鳥おばあちゃんになんて負けないんだから!」
「お姉さんとお呼び!」
「ぎゃーす!」
婆呼ばわりされて切れるミルデに向けて、ミーヤはまるで自分が怪獣であるかのように両手を振り上げて威嚇した。可愛い。
「じゃあ、遠慮なく……」
美咲はこほんと小さく咳払いをすると、魔族語を口に乗せた。
魔族であるミルデは、魔族語を聞いて表情を引き攣らせた。
「あ、あら? ちょっと、美咲ちゃん、マジになってない? そこまでしなくてもいいのよ?」
「ヤァウアゥクゥオウォヘェアンオィ モォイラァウヂィエセェアンヌゥオアワロ |ゾォイヤァゥアゥエァタァウズゥオアゥデェアオィ!」
「ちょ、それ鳥翼族の私には洒落にならない──」
「反省してくださーい!」
「きゃー!」
自作の重力変化魔法で低空を飛ぶミルデを捕まえた美咲は、ミルデを強制的に地へ落とすと同時にピエラをミルデの頭上にばら撒いた。
後は勝手に魔法の効果範囲に入ったピエラが重さを増してミルデに降り注ぐだけである。
「ふぎゃっ!」
「えいっ!」
ピエラに打ち据えられるカエルが潰れるかのようなミルデの悲鳴をバックに、マク太郎とベウ子たちの防御を擦り抜けて自分目掛けて飛んできたピエラを、振り向き様に勇者の剣で斬り払った。