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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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二十一日目:ピエラ祭り4

 広場の端にもいくつもの屋台や露天が並んでいる。美咲はミーヤとミルデを伴い、それらを見物することにした。

 マルテルとリーゼリットは祭りの出し物の準備があるからとかでいったん別れ、バルトも里の子どもたちに渋々ながら付き合っている。

 バルトの下へはベルークギア四兄弟姉妹を置いてきた。可愛いマスコットとして、里の子どもたちの気を引いてバルトの負担を和らげてくれるといいのだが。

 ちなみにベル、ルーク、クギ、ギアたちだけでは何かあった時に心配なので、護衛として念のためゲオ男とゲオ美もつけておいた。

 護衛というならバルトがいるから大丈夫かもしれないとはいえ、彼は怪我をしている身だし、あまり無理はさせたくない。

 ゲオ男とゲオ美なら、見た目はでっかい犬や狼みたいだし、結構可愛いのでもふもふ要員として活躍してくれるに違いない。まあ、ゲオルベルは犬に例えるにしては、ちょっと鰐顔だけれど。

 全体的な姿は犬や狼に良く似ているゲオルベルだが、その顔だけを見れば、むしろ連想するのは鰐だ。鱗の代わりに羽毛が生えた鰐というのが、ゲオルベルの顔を現すのに一番近いかもしれない。


「広場までの通りは食べ物を売っているところが多かったですけど、ここでは民芸品とかが多いですね」


 露店に並ぶ品々を見て、美咲は感想をミルデに述べた。


「そうね。広場に行くまでに腹ごしらえをしようっていう人が多いから、気付けば毎年自然に広場は食べ物以外、広場以外では食べ物って自然と区切られるようになってるわね。旅商人の中にはかなり遠くから来てくれる人も居るから、結構並んでる商品は多種多様よ。毎年見ていて、飽きないわ」


 冷静に美咲に説明するミルデの羽は、楽しそうにゆらゆらと揺れている。顔はクールだけれど、ミルデはミルデで祭りの熱気を楽しんでいるようだ。

 売っているものは土産物らしき民芸品の他にも、武器防具、道具、生活用品など、多種多様だ。

 民芸品は可愛らしい人形や効果があるのか無いのか分からない魔除けの札(そもそも魔族が居る里で魔除けの札を売るってどういうことなのか)、有難い壷(怪しい宗教の臭いがする)、果ては絨毯などの高そうなものまで、色々あるようだ。

 絨毯は全て手作業で編まれているらしく、値が張りそうである。

 人形だけでも愛玩用の可愛らしいものから、ただ単純に人型を模しただけの簡素なものまで様々で、それらは用途が違うらしい。

 例えば木彫りの人型は何かの魔法の触媒になるらしく、売っている商人は魔族語で盛んに商品をアピールしてきた。生憎、まだそれほど日常会話が堪能ではない美咲の聞き取り能力では、早口でまくし立てる商人の台詞を聞き取ることは出来ないのだが。


「お姉ちゃん、ミーヤ、これが欲しい」


 ミーヤが人形の一つを気に入ったらしく、美咲にせがんで来た。

 それはちょうどミーヤが抱き抱えられるくらいの小さな人形で、かなり精巧に作られた、女の子を模した人形だった。

 目の色は鮮やかな翡翠色で、髪の色は対照的に、少しくすんだ背中まで波打つシルバーブロンド。

 着ている白いドレスと透けるような白い肌が印象的な、神秘的な人形だ。

 言うまでも無く、愛玩用の人形だろう。


「これが欲しいの? えっと、値段は……わぁお」


 値札を探した美咲は、数字すら魔族語で書かれていることに唖然とした。

 せっかくベルアニア数字を何とか読めるようになっていたのに、今度は魔族語の数字を覚える必要があるようだ。

 思い返せば、魔法を使う時に数字は関係無かったので、美咲は数字に関しては魔族語を学んでいない。


「ミルデさん、これ、いくらでしょう」


 困ったときのミルデ頼み。美咲は潔く回答をミルデに丸投げした。


「それ? えっと、三ソォイね」


(えっと、つまり、いくらなんだろ)


 答えてもらったはいいのだが、具体的な値を認識するのに、美咲は時間が掛かった。


(確か、一ソォイがペラダ銅貨五十枚分で、一ペラダが約百円だから、三ソォイは一万五千円くらい? 高いなぁ……)


 この世界の人形の適正価格が分からないので正常な判断は下せないが、美咲の認識では一万五千円の人形というのは立派に高級な部類である。


(でも、まあいいか。珍しく、ミーヤちゃんが食べ物以外を欲しがってるんだし)


 今まで強請られたことがあるものとへいえば、大抵が串焼きのような安価なものばかりだ。

 たまにはこういう形が残るものをプレゼントするのもいいかと思い、美咲はミーヤのためにその人形を購入することにした。


「スゥオリィエカァウデェ(それください)アセオィ」


「メェアオィ(毎度)ヅゥ!」


 トォイ紙幣を一枚渡すと、店主はお釣りのソォイ紙幣を美咲の目の前で一枚一枚数えた。

 お釣りと一緒に人形を受け取った美咲は、人形をミーヤに渡し、紙幣を巾着の中に仕舞う。


「ありがとうお姉ちゃん! ミーヤ、大事にするね!」


 人形を抱いて喜ぶミーヤが見れたので、美咲としてはそれだけで満足だったけれど、物を大事にするのは良い事なので、褒める。


「偉いね。さすがミーヤちゃんだわ」


「えへへー」


 持ち上げられて、ミーヤがにまにまと満足そうに笑った。


(微笑ましい。可愛い。ミーヤちゃんは天使だわ)


 すっかりミーヤの魅力にやられ、美咲はメロメロになっている。

 何というか、美咲はミーヤの世話をしていると、母性を刺激されるのだ。もちろん美咲に子育て経験なんてないけれど、ミーヤと過ごしていると、構ってあげたい、守りたいという気持ちが強くなる。

 ヴェリートの戦いの後で、唯一生き残ったからという理由もあるかもしれない。

 ミーヤが居てくれたから、美咲は多くの仲間を失った衝撃から立ち直れた。

 もし美咲以外の全員が全滅なんてことになっていたら、それこそ美咲は立ち直れなくなるほどのショックを受けていたかもしれない。

 勿論、美咲の中で、死んだ仲間たちの命がミーヤよりも軽かったなどということは無い。

 でもそれでも、ミーヤが傍にいることで、美咲の心の傷が癒されているのも事実だ。


「何か、ミーヤが人形持ってると、様になるわねぇ」


 微笑ましいものを見たとばかりに表情を綻ばせたミルデが、ほんわかした声音で言った。


「当たり前ですよ。ミーヤちゃんは子どもなんですから」


 ミルデに対する美咲の返答がミーヤには不服だったらしく、ミーヤは人形を抱いたまま唇を尖らせる。


「むっ! ミーヤもう子どもじゃないよ!」


 ミーヤは背伸びをしたい年頃なのだ。

 初めて出会った時に比べれば多少肉付きも良くなって、美咲に対して心を開いたことで、本来の性格が現れている。

 元々のミーヤは今のように、天真爛漫だったのだろう。

 今では実の姉妹のように、美咲とミーヤは仲良くなっている。


「子どもじゃないならもう串焼きは買ってあげなくてもいいかな?」


「やっぱりミーヤ子どものままでいいや!」


 串焼きに釣られて前言撤回するのが早過ぎである。

 まあ、そんなところも可愛い。

 そんな風に美咲とミーヤがじゃれ合っていると、ピエラが山と積まれた台車が何台も広場に運ばれてきた。

 それに合わせて里人たちが協力して広場の隅の露店の前に木製の壁を設置し始め、広場はドーナツのように木の壁で区切られた。

 さらに、地面にはいくつもの木の板がところどころに置かれていく。

 美咲の周りにも人数分の木の板が置かれた。

 一応バルトのところも木の壁で仕切られるのだが、生憎巨体が災いして下半身しか隠れられていない。


「何ダ。今度ハ何ガ始マル」


 不安そうにきょろきょろと周りを見回すバルトの上では、相変わらず里の子どもたちがいて、運ばれてきたピエラの山に歓声を上げていた。


「(何これー?)」


「(壊す?)」


「(壊しちゃう?)」


「(かーたーいー)」


 ベルークギア四兄妹姉妹のベル、ルーク、クギ、ギアは、興味津々に木製の壁に体当たりしては跳ね返されている。まだ幼い彼ら彼女らでは、壁を破れるほどの力は出ないようだ。


「バウバウ、バウバウ?(なんだこれ、食い物か?)」


「バウ、バウバウバウ(でも、美味しそうな匂いじゃないわよ)」


 ゲオ男とゲオ美は最初こそピエラの果実の匂いを興味深そうに嗅いでいたものの、どうやら本人たちのお気に召すものではなかったらしく、すぐに興味を失い、その場に座り込んで事態を眺め始めた。

 広場に居る美咲とミーヤを含め、全員にピエラが配られ始める。

 ひっきりなしに配られるので、手元に次々二個、三個とピエラが貯まっていく。


「えっと、食べていいんでしょうか」


「駄目よ。皮を剥いて頂戴。後で回収されるから、食べないで待ってるのよ」


「えー? 食べちゃ駄目なの?」


 ミルデに制止され、さっそく食べようと思っていたらしいミーヤが残念そうな顔をした。

 剥き終わったピエラは、ミルデが言っていた通り、里人が全て回収していく。

 そうして広場には、皮が剥かれたピエラが山と用意された。


「さあ、もうすぐ始まるわよ。里で一年に一度の馬鹿騒ぎ、遠慮無用の"ピエラ祭り"が」


 ニヤリと、ミルデが好戦的な微笑みを浮かべ、猛禽のように鋭く瞳を尖らせる。

 何となく、祭りの名称を聞いて美咲は嫌な予感がした。


「あ、私とミーヤちゃんは棄権しますね」


「何が始まるの?」


 アリシャに鍛えられた直感は伊達ではない。

 本能で危険を察知した美咲は何も分かっていない様子のミーヤを連れて逃げ出した。


「駄目よ、強制参加よ!」


 しかしミルデに回り込まれてしまった。

 羽が生えているのは伊達ではないらしく、空中から舞い降りてきた。


「ここまで来て逃げるなんて駄目よ。一年に一度のお祭りなんだから、楽しまないと」


 にこにこ微笑んでいるミルデの機嫌はとても良さそうだ。しかしそれが返って怖い。


「言ってることはもっともですけど、何だか私が知ってるお祭りと違うみたいなんですけど……!?」


「それはそうよ。ここは異世界だしねぇ」


 美咲の訴えは、異世界という一言で無視された。

 まあ、実際に探せば似たような祭りは美咲の世界でも存在するので、美咲が知らないのはただの勉強不足の可能性が高いのだが。

 もっとも、普通の人間はいちいち各国で開かれる祭りの種類を網羅などしていないのも確かだ。


「(何だか美味しそうな匂いがするわ)」


「(集める?)」


「(でも今入っていったらとんでもない目に遭う予感がする)」


 女王ベウのベウ子と生き残った働きベウであるベウ子の娘二匹が、空中に退避しながら山と積まれている皮を剥かれたピエラに物欲しそうな視線を向けている。

 ベウは元の世界の蜂を複数掛け合わせたような食性をしている。

 例えば働きベウが食べるのは主に花の蜜や果実、ベウの幼虫が分泌する栄養液などだが、ベウの幼虫は花の蜜や果実、それらで作るベウ蜜に加え、働きベウが作った肉団子を食べる。

 特にベウの幼虫の食性は幅広く、魔物の肉から野菜や果物まで、人間が食べれるものならば殆ど食べられるほどだ。

 オオスズメバチのようなハンターである一方で、蜂蜜に酷似したベウ蜜という甘味を作る習性もあり、彼女たちは甘いものに目がない。

 それでもベウ子が踏み止まったのは、広場を包む異様な雰囲気だった。

 そして、ついにミルデの言うピエラ祭りが始まる。


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