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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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二十一日目:騒がしい朝2

 茶と茶請けのクッキーを楽しみながら打ち合わせは始まった。


「例の旅商人は祭りが終わった明日の早朝に立つそうよ。多分、換金に来るのもその時でしょうね」


 ミルデの発言を受け、美咲は考えて発言する。


「祭りの熱気で客の財布の紐を緩むでしょうから、品物もそれなりに売れるでしょう。全うな商人なら、その売り上げを人族通貨に換金して人族領での商売に備えるはずです。偽札を出すとしたら、その時かな。本物の紙幣と混ぜて、高額紙幣に偽札を紛れ込ませてくるくらいはやってきそう」


 今まで見つかった偽札の量からして、既にミルデはかなりカモられているようなので、商人の方も油断している可能性がある。その場合は、いきなり偽札を出してくることもあるだろう。


「どちらにしろ、私の体質なら判別できます。問題は、私とミルデさんで旅商人の身柄を確保できるかどうかなんですけど」


「大丈夫じゃないかしら。相手はたかが人間一人なんだし」


「でも、魔族領に出入りしてるくらいですから、腕が立つ可能性は捨て切れません。魔族語が堪能みたいですし、魔法を使ってくる可能性も十二分にあります」


「魔法なら、美咲ちゃんが居れば無問題じゃない」


「そうなんですけど、私に向けて放たれたものならともかく、そうでなければカバーするのにも限界がありますよ。大前提として、その場に私が居ないと無効化のしようがありませんし」


「まあ、確かにね。なら先に確保しちゃうのはどう? 店に入ってきたら問答無用で捕まえれば、いけるんじゃないかしら」


「それ、仮に白だったらどうするんです?」


「ごめんなさいすればいいのよ」


(いいのかなー、それで)


 強攻策を主張するミルデに、美咲は苦笑いを浮かべた。


「お姉ちゃんもミルデも分かってないなー。捕まえるだけなら、マク太郎に頼めばいいんだよ!」


 自信満々に言うミーヤに、美咲とミルデは生暖かい視線を送った。


「えっとね、ミーヤちゃん、自分で言うのも何だけど、私の店は、マクレーアが動き回るにはちょっと狭すぎると思うの」


 遠慮がちにミルデが指摘する。

 ミルデの言う通り、元の世界のホッキョクグマよりも大きいマクレーアの巨体ではそもそも両替屋の店内に入れない。入れるのはゲオ男とゲオ美までだ。ライオン並みの大きさなので、ゲオルベルである彼らですらギリギリだろう。

 でも確かに、ミーヤのペットたちは戦力としてとても有用だ。店内に美咲とミルデが待機して、旅商人が店内に入ってから店の周りをペットたちで囲めば、逃げられる可能性はぐっと低くなる。


「なら、ミーヤちゃんのペットたちには、外で逃がさないように待機してもらうのはどうでしょう。これなら仮に私たちが逃がしてしまった時の備えになります」


 美咲の提案を聞いたミルデは顎に手を当てて考え込んだ。


「確かに、それなら確実に旅商人を確保できそうね。そうしようかしら。ミーヤちゃん、お願いできる?」


「任せて! ミーヤ頑張るよ!」


 ミルデがしゃがんで目線を合わせて頼み込むと、ミーヤが快諾してやる気を漲らせた。


「大体の方針はこんなところかしら。現行犯で捕まえることさえ出来れば、後はしょっ引けばいいだけだから、私の手を離れるわ。最終的な処遇は、里長の判断に委ねられるでしょう。さ、つまらない話し合いはここまでにして、二人で祭りを楽しんでらっしゃい。ほら、お小遣いあげるから」


 にこりとミルデは微笑んで、ミーヤにトォイ紙幣を一枚握らせた。


「わぁい! やったー!」


 ミーヤは紙幣を広げ、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを露にした。

 中治癒紙幣であるトォイ紙幣は、レド銀貨五十枚分の価値があるので、円換算にすると役五十万円になる。


「いいんですか? こんなにいっぱい」


 恐縮する美咲に、ミルデは小遣いをトォイ紙幣にした理由を語る。


「大金に見えるかもしれないけど、私たちにはそうでもないのよ。魔族領は紙幣の価値が高い分物価も高いから、これくらい無いと祭りを楽しめないわよ。そうね、人族領の物価の五十倍くらいだと思えばいいわ」


 思わず美咲は唖然としてしまった。

 ただでさえラーダンやヴェリートでは物価が上がっていたのに、魔族領ではさらに高いのだという。

 魔族領の場合は流通紙幣そのものの価値が高いので、インフレではないけれども。


(……人族領で仕入れた品物を魔族領で売ったら、大儲けね)


 安く仕入れて高く売る。商売の基本である。

 美咲はミルデがくれたトォイ紙幣を、有難く懐に仕舞った。


「ありがとうございます。それじゃあ、ミーヤちゃん。お祭り見に行こうか」


「うん!」


 ミルデに礼を言い、美咲とミーヤは両替屋を出た。



■ □ ■



 昨日までとは一変して、里中が賑やかな音楽と喧騒に包まれている。

 空をよく見るとある一定の高さを境に薄い膜で外と中が隔てられており、何らかの結界のようなものが、祭りに合わせて張られたようだ。

 自分が居ることで問答無用で無効化されないことに、美咲は密かに胸を撫で下ろした。

 恐らくは、結界の基点のようなものが、隠れ里のどこかにあるのだろう。それに触れさえしなければ、無効化せずに済みそうである。

 それが何か分かっていれば近付かないで済むのだが、生憎分からないので、怪しいものには近付かないよう、美咲の方で注意するしかない。


(ミルデさんに聞いてみれば良かったかな……。いやでも、変に勘ぐられたりしたら嫌だし)


 事情を知るミルデでも、面と向かって尋ねられたら警戒するだろう。美咲とミルデは出会ってまだ四日程度しか経ってないので、まだ信頼関係を築けたとは言い切れない。悪感情を持たれてもいないとは思うけれど。

 里の人間が、結界の基点を探している人間が居ると聞けば、普通は良くない未来を想像する。

 それでも、何も知らずに美咲自身が気付かないうちに近付いてしまい、無効化してしまうよりかはマシだ。

 下手に騒ぎを起こすのも嫌なので、美咲は一度ミルデの両替屋に戻ることにした。


「ごめん、ミーヤちゃん。ちょっと戻ろう。ミルデさんに聞き忘れてたことがあった」


「そうなの? お姉ちゃんって、時々お間抜けさんだね。やっぱりミーヤがついてないとダメだね!」


 美咲のことをこき下ろしながらも、ミーヤは何故か嬉しそうだ。

 自分が美咲の役に立つ余地を見つけて喜んでいるのかもしれない。


(酷い言われようだけど、その通りだから言い返せないわ)


 苦笑しつつ、来た道を戻ってミルデの両替屋に戻る。

 店の中に入ろうとした美咲は、窓から偶然中の様子が見えて目を丸くする。


(ミルデさんと、……誰?)


 店内で深刻そうにミルデと話しているのは、魔族の老人男性だった。

 ひょろりとした体型で、服から覗く顔や腕には、長い年月を過ごしたことを窺わせる皺が刻まれている。

 骨と皮だけの姿形で、目は窪み頬もこけ、顔は頭蓋骨の輪郭が浮き出ている。

 ただ、目だけが爛々と生気の輝きを宿していた。

 つい、出来心で美咲は店の外壁に張り付いて窓を少し開け、聞き耳を立ててしまう。


「お姉ちゃん、何してるの?」


「静かに」


 きょとんとしているミーヤに、美咲は人差し指を自分唇に添えた。


「どうだ。何か尻尾は掴めたか」


「いいえ。今のところは何も。ですが彼女たちが話した事情について、一部裏づけが取れました。確かに数日前、魔族軍と人族軍の間で大きな戦いがあり、最終的に人族軍が勝利したようです。彼女たちの言う通り、その戦いで蜥蜴将軍が戦死しています」


「ふむ……。我らの思い過ごしか、それともよほど上手く猫を被っているのか」


「そこまで気になるのでしたら、いっそのこと、後腐れなく始末なされては? 彼女たちは商人ではありませんから、生かしていても里に恵みをもたらしてくれるとは思えません。それどころか、災いを運んでくる可能性さえ有り得ます」


「だが、彼女らの繋がりが見えん。必ず手綱を引く者がいるはずだ。魔族領の中で、さらに隠されているこの里に、偶然人間が迷い込むなど、二度も三度もあるとは考えにくい。背後に控えている者の正体を掴めねば、我らは手がかりを失うことになる。彼女らを送り込んできたということは、外に里の所在が漏れているということだ。これは見逃せん」


「では、引き続き泳がせるということで。宜しいですね?」


「構わぬ。全てが判明するまで、何としてでも里に留めろ。抵抗するなら鎮圧して手筈通り牢に繋いでおけ。その場合は強硬手段に移っても構わん。拷問してでも吐き出させろ」


「承知いたしました」


(……全然、何を言っているのか分からない)


 魔族語の聞き取りはだいぶ上達していると思っていた美咲だったが、それは里の人間たちが美咲に配慮して、わざと聞き取りやすいように明瞭な発音でゆっくり話してくれていたお陰なだけだったらしい。

 早口かつ小声で交わされる会話を、美咲は全く翻訳できなかった。

 これではミルデたちが何を言っているのか全然分からない。


(そうだ。ミーヤちゃんに聞こう。今サークレットをつけてるのはミーヤちゃんだから、聞けば教えてくれるかも)


 年上として、年下のミーヤに頼るのは気が引けるけれども、意地を張っていても仕方がないので、美咲はミーヤに目を向ける。


(……あれ?)


 ミーヤの様子が、少し変だった。

 目をまん丸に見開いて、驚いた表情をしている。

 まるで、信用していた人物の、思いも寄らない一面を知ってしまったかのような。

 不意にミーヤが走り出した。

 美咲が呆気に取られているうちに、ミーヤは店の扉を開け放ち、中に駆け込んでいく。


「ちょ、ミーヤちゃん!?」


 慌てて後を追った美咲が見たのは、小さい身体でせいいっぱい肩を怒らせるミーヤと、ばつが悪そうな顔のミルデ、そして送れて入ってきた美咲に鋭い視線を向ける、魔族の老人男性の姿だった。


「酷いよミルデ! ミーヤたちのこと、そんな風に見てたなんて!」


 叫ぶミーヤは、興奮していて今にもミルデにくって掛かりそうだ。


「え、ちょ? え?」


 訳が分からず、美咲は混乱してミーヤとミルデ、魔族の老人をかわるがわる見つめている。

 そしてそんなミーヤも見つめたミルデは安心したように微笑み、魔族の老人に目を向けた。


「やはり思い過ごしではありませんか? 彼女たちに腹芸が可能だとは思えませんよ」


「むぅ。お前がそう言うのなら、信じたいが、もしやということもある」


 今度はミーヤがきょとんとする番だった。


「え? あれ? ミルデ、ミーヤたちのこと疑ってるんじゃないの?」


「私はもう疑ってないわよ。疑ってるのはこの頑固爺さん。元々疑り深い人だから、中々信じてくれなくてねぇ」


「頑固爺さんとは何だ。儂は里の安全のためにやっとるんじゃぞ。そもそも最近は人間が増えすぎなんじゃ。旅商人に医者に旅人に、怪しむのが普通じゃろう」


「旅商人は行き倒れ、医者は迫害から逃れるために、旅人は魔王討伐、ほら、全員立派な理由があるじゃありませんか」


「むー。何かミーヤが思ってたのと違うー」


 何故かミーヤは不満そうに頬を膨らませた。


「あのー、わけが分からないんですけど」


 飛び交う早口の魔族語を聞き取れず、美咲は遠慮がちにミルデに声をかけると、ミルデは驚いた表情で目を瞬かせると、合点がいった様子で美咲でも聞き取れる早さに口調を調節する。


「あら、ごめんなさいね。これでいいかしら」


「大丈夫です。すみません、お手数おかけして」


「いいのよ」


 何とか聞き取れる速度に戻ったことに美咲がホッとしていると、空気を読まない里長だと紹介された老人の魔族語が相変わらずの早口で美咲に詰問を始めた。


「人族の娘よ。何を考えている? 魔族の飼い主に里の場所を告げ口する気か? それとも人族軍を里に招き入れる気か?」


「は?」


 やっぱり聞き取れずに呆気に取られた表情を浮かべる美咲の代わりに、ミルデが返答する。


「それはないって、私が何度も申し上げたでしょう。彼女は蜥蜴魔将を倒した勇者ですから、奴隷ではありません。それに彼女の目的は魔王の殺害であって、この里を壊滅させることじゃないです。美咲ちゃん、そうよね?」


 聞き取れるミルデの台詞と不信を隠そうともしない里長の態度を繋ぎ合わせて疑われていることを察した美咲は、改めて弁明をする。


「え? あ、はい。っていうか、受け入れてもらえて無かったら、私たち死んでたかもしれないわけで。そんな恩を仇で返すような真似、しませんよ」


 里長は美咲の話を信じたのかそうでないのかは分からないものの、それ以上食い下がる気は無いようで、不満そうに鼻を鳴らすと店を出て行ってしまった。


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