表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
305/521

二十日目:治療院の兄妹2

 扉を開いた美咲が見たのは、今まさにバランスを崩して転ぼうとしている魔族らしき少女の姿だった。


「お、お兄ちゃん避けてー!」


「は?」


「ほえ?」


 玄関の前で硬直した美咲とミーヤの目の前で、少女が持っていた医療器具の数々がマルテルの下へすっ飛んでいく。

 刃物や金属で出来た器具も多いそれらは、当たれば大怪我は免れない。


「うわっ!」


 間一髪、マルテルはその場から飛び退くことで難を逃れた。

 美咲とミーヤは突然目撃してしまった殺人未遂の瞬間にしばらく呆然としていたが、やがて美咲が我に返って一足早く動き出す。


「だ、大丈夫ですか、マルテルさん!」


 慌てて駆け寄った美咲が手を差し伸べ、マルテルが立ち上がるのを助ける。


「いやあ、吃驚した。リーゼ、物を運ぶ時は、足元に良く注意しなさい。ただでさえ、君は病み上がりなんだから」


 手を借りて立ち上がり、少女を窘めつつぽんぽんと少女の頭を撫でるマルテルの態度は気安い。


「ごめんなさい、お兄ちゃん」


 対する少女もまた、しょんぼりとした表情で、マルテルに兄という呼称を用いる。

 マルテルと魔族の少女の会話を聞く美咲は、少女のマルテルに対する呼称に怪訝な表情を浮かべた。


(お兄ちゃん……? え?)


 失礼にならない程度に、美咲はまじまじと少女を見つめた。

 少女の姿はどう見ても、人間だとは思えない。

 長スカートから覗く足はまるで木の根っこのようで、それら同士が巻きついて足を形成しているように見える。肌の色も白でも黒でも黄色でもなく、黄緑色。黄色人種ならぬ黄緑色人種とでも言うべき肌の色である。

 髪は青々と茂る葉を思わせる深い緑色で、顔や胴体に近い部分が黄緑色の肌であるのに対し、手足の末端に行けばいくほど茶色く、木の枝や根っこのような、ごつごつした肌質になっている。


「い、妹さんですか?」


 唖然とする美咲に振り返ったマルテルは、微笑むと少し気まずそうに頭をかいた。


「君たちには紹介がまだだったね。僕の妹のリーゼリットだ」


「あの……先ほどは見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません」


 恥ずかしさから頬を染めた少女が、美咲とミーヤに向けて後ろ手に腕を組み、腰を落として一歩片足を下げるという、ベルアニア式の礼をする。


「あんまり似てないね」


 子ども特有の空気の読めなさと無邪気さで、ミーヤがしげしげとマルテルとリーゼリットと呼ばれた少女を見比べて言った。


「こっ、こら、失礼なこと言わないの」


 慌てた美咲が小さな声でミーヤを叱ると、マルテルが笑って美咲を制止する。


「いいんだよ。似ていないのは本当のことだ。僕たちは遠い先祖に魔族の血が混ざっていたらしくてね。僕はこうして正真正銘の人間として生まれたが、妹は先祖帰りを起こして魔族としての形質を強く引き継いで生まれてしまったんだ。紹介しよう。僕の妹、リーゼリットだよ」


「その、よろしくお願いします」


 改めて、リーゼリットがベルアニア式の礼をする。

 それを見た美咲は、疑問に思って尋ねた。


「お二人は、ベルアニアの人間なんですか?」


「正確には、だった、かな。妹への迫害が酷くてね。二人で逃げ出して、あちこち放浪した結果、この里に流れ着いたのさ。居心地が良くてね。すっかり居付いてしまったよ」


 意外なマルテルの事情を聞いた美咲は、もしかしたら、先日マルテルの妹が現れなかったのは、体調が悪かっただけではないかもしれないと思い至る。

 確かに体調の悪さもあったかもしれないけれど、人間である美咲とミーヤに対する警戒心もあっただろう。人間社会に魔族同然の姿では、相当の迫害を受けたことは、想像に難くない。それこそ、逃げ出さざるを得なくなるような、何かがあったのかもしれない。


「さて、雑談はこのくらいにして、僕も仕事に取り掛からなければなるまいね。診療所へようこそ。今日は誰を診れば良いのかな」


 話を切り上げたマルテルが、真面目な表情になって美咲に尋ねた。

 そのマルテルの背後に、リーゼリットが澄ました表情で立つ。

 白衣姿のマルテルに対し、リーゼリットは所謂看護婦姿で、二人の雰囲気が変わったのを肌で感じ、美咲の背筋が自然にぴんと伸びた。


「傷を診てもらいたくて。以前魔物に噛まれた傷なんですけど」


「どれ。拝見しよう」


 美咲は服の袖を捲り、左腕を露出させる。


「包帯を外しますね」


 リーゼリットが美咲に声をかけ、丁寧な手つきで包帯を取り去り、患部を露出させた。

 出血こそ止まっているものの、ブランディールに踏み躙られた傷口は痛々しく、そして膿んでいて僅かに黄色い汁が滲んでいる。


「ふむ。ちょっと良くないが、これなら魔法薬を使わなくても何とかなるね。魔法薬を使えばすぐに済むけど、どうする?」


「普通の治療でお願いします。私、魔法薬が効かない体質なので」


 告げた美咲に、マルテルが目を見開いた。その背後では、リーゼリットも驚いた様子で目を丸くしている。


「珍しい体質だね。なら、普通の薬を使おうか」


「すみません」


 難儀な体質であることを自覚し、美咲はマルテルに対して平身低頭の態度で接した。


「気にしないで。まあでも、となると、それなりに治療は日数が必要になるね。それでもいいかい?」


 問い掛けられ、美咲は脳裏に今後の予定を思い浮かべた。


(バルトの回復に掛かる日数が、あと今日を入れて六日くらい。私の治療にどらくらい掛かるかにもよるけど、余裕はある)


 そこまで考えた美咲は、ふと思い立つ。


(そういえば、バルトもこの人に診てもらうべきじゃない?)


 よく考えたら、バルトも怪我をしているので、本来なら医者にかかるべきなのだ。

 ドラゴンが医者にかかるというのも変な話だが、こういう場合はどんな医者に診せればいいのだろうか。獣医師だろうか。

 そもそも、美咲はマルテルが何が専門なのかも知らない。


「あの、広場にいるドラゴンのことなんですけど。彼も私の知り合いなんです。怪我してるんですが、治療をお願いできないでしょうか」


「ああ、彼のことかい? それについては心配しないでいいよ。君たちがこの里に担ぎこまれたその日に診たからね」


 どうやら既に処置済みだったようだ。美咲はほっとした。

 マルテルに診てもらってなお約一週間も安静にする必要があるとは、バルトの怪我は結構深刻だったらしい。

 一応ブランディールとの戦いが終わった後、セニミスに最低限の治療をさせたけれど、元気になりすぎて暴れられても困るし、いざという時自分たちが治療できなくなるのは困るので、完治はさせなかった。敵だった相手にそこまでする余裕が無かったとも言える。

 そんな状態で、バルトは美咲とミーヤを逃がすために飛んだのだ。

 悪化するのも無理は無い。

 それでもバルトが飛んだのは、ブランディールとの約束もあるだろうが、命を捨てて足止めに残った彼女たちの願いのせいもあるかもしれない。


(皆……。ごめん。ありがとう)


 美咲を逃がすために戦ったセザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ドーラニア、ニーチェ、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ、ディアナ、そしてタゴサク。

 皆、魔王に殺された。美咲を逃がすために死んだのだ。そのことを思い返すたび、美咲はその双肩に背負った願いの重みを自覚する。

 エルナ、ルアン、ルフィミアのことも、美咲はもちろん忘れてなどいない。

 特にルフィミアは、死霊魔将によって無理やりアンデットとして蘇らせられた。

 死霊魔将に対する強い怒りが、美咲の胸を満たす。

 最終目標が、魔王を倒すことであることに変わりは無い。

 でも、それとは別に、死霊魔将アズールを殺し、ルフィミアを解放することもまた、美咲の目的の一つだ。その結果が、再びルフィミアとの死別を示しているのだとしても。あんな状態のルフィミアを、放っておけるはずが無い。


(そういえば、ブランディールが言っていた、裏切り者って結局誰だったんだろう……)


 最後に意味深な台詞を呟いて息絶えた美咲の仇敵。

 状況を考えれば、美咲たちを置いて逃げ出したタゴサクのパーティ仲間であるタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレーの四名が最も怪しいが、状況的に彼らがあんな行動を取ったのは仕方ない部分がある気もする。


(でも、他に誰も居ない。皆、死んじゃったもの)


 魔王を倒すという目的を掲げる美咲に同調してくれた仲間たちは、ミーヤ以外もう誰も居ない。アリシャやミリアンですら、魔将軍から美咲を逃がすために足止めに残り、消息を絶った。

 殺された場面を美咲は見たわけではないものの、あの場には死霊魔将と牛面魔将に加え、魔王まで居たのだ。さすがの二人でも、生き残れる状況だと美咲には思えない。生存は絶望的だと、美咲自身が納得してしまっている。

 さすがにミーヤが裏切っているということは無いだろう。理由が無いし、そもそも幼過ぎる。


(……考えても仕方ないか。真相は闇の中だわ)


 例え本当に誰かが魔族軍のスパイだったとしても、美咲とミーヤ以外は美咲を守るために死んでいるのだ。その事実が指し示すのは、最終的にその誰かは魔族軍ではなく美咲側についたということであって、美咲はそれを裏切られたとは思わない。


「あのっ、美咲さん」


 考え事をしていた美咲は、不意にかけられた声に我に返った。

 声のした方向を見れば、何か思い詰めたような表情で、リーゼリットが美咲を見つめている。その横には、美咲の腕の治療を終えて、包帯を巻き直しながら、優しい瞳でリーゼリットを見守っているマルテルの姿がある。


「明日のお祭り、良かったら一緒に見て回りませんか!?」


 膝の上に揃えた両手でぐっと拳を握り、勢い込んで誘ってきたリーゼリットに、美咲は少し気圧された。


「え? うん、いいけど。ミーヤちゃんも一緒でもいい?」


 見た目的にはリーゼロットは自分と同年代のように見えるので、美咲の口調は自然と砕けたものとなる。


「か、か、か、構いません! 私も、当日は兄に同伴してもらう予定ですから……」


「そういうことなら。ミーヤちゃんも、それでいい?」


「ミーヤは構わないよ!」


 美咲が確認を取ると、ミーヤは諸手を挙げて体中で賛成の意を示す。


(後でミルデさんにも、断っておかないと)


 しっかり頭の中で必要事項を整理しつつ、美咲は明日の予定を組み立て始めた。

 明日は祭りの日。同時に、ミルデの依頼が終了する予定の日でもある。

 終了後に、当日のうちに旅商人が換金に両替屋を訪れることが分かっている。

 祭りの日当日は、少し忙しくなりそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ