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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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二十日目:グモの畑仕事2

 朝食を終えると、グモとの会話で、今日の予定を話し合うことになった。


「今日はどうする予定ですか? わしは今日も畑仕事ですが。美咲さんたちも、手伝ってみますか? これも良い経験ですぞ」


 グモの申し出に、美咲はしばらく考える。

 美咲は都会っ子だったので、畑仕事などしたことはない。なので興味はある。しかし、他に気になることというか、行きたい場所があった。

 昨日の診療所である。


(……腕の傷、診てもらいたいなぁ)


 昨日はペットたちのことを優先したので、今日は改めてマルテルに自分の腕の治療を行ってもらいたいのだ。

 一応経過は順調とはいえ、治り切らないうちにさらに酷使してしまったから、少し心配な気持ちもある。

 悪化してしまったら大変だし、本来なら定期的に医者に掛かるべき傷であることは、間違いない。

 せっかく傷を診てくれるマルテルという医者がいるのだから、お願いすべきだろう。

 しかし、グモの手伝いを断るのも、躊躇われた。


(ミーヤちゃん、凄くやりたいって顔してるし……)


 グモの申し出に、ミーヤは瞳をキラキラさせてやる気になっている。


(うん。決めた。午前中はグモの畑仕事を手伝って、午後になったらマルテルさんのところに行こう)


 考えた末に美咲は決めた。

 別に一日中治療に掛かるなどというはずは無いわけだし、比重自体はグモの畑仕事の方が時間を費やすだろう。それに、鍛錬と思えば、畑仕事も悪くない。足腰が鍛えられそうだ。


「やる! ミーヤやってみたい!」


 案の定ミーヤが騒ぎ出したので、苦笑しつつ美咲もグモに願い出る。


「じゃあ、グモ、お邪魔してもいい? 腕の治療の経過をマルセルさんに見て貰いたいから、途中で抜けて治療院に行くと思うけど、それでも良かったら」


「もちろん問題ありません。ささやかですが、わしの畑ですからな。それぐらいの融通は利かせますぞ」


 快くグモは承諾してくれた。

 というか、グモはこの里に自前の畑を持つことを許されるほど馴染んでいるようだ。新しい生活に適応しているようで何よりである。


「なら、ミルデさんのところに寄って、許可を貰ってから行くね」


「分かりました。わしはその時間を利用して皆さんの作業着や道具を用意しておきましょう」


 ミルデの手伝いの問題もあるので、まずはミルデとも話し合わないといけない。彼女は美咲たちの見張り役でもあるので、なおさらだ。まあ、見張りについてはグモの知り合いということで、かなり甘くなっていることは、グモの家に間借りさせてもらえたことで、予想がつくけれども。

 今日何か重大な用事があるとも聞いていないので、恐らく許可は貰えるだろう。むしろ、面白がってミルデもついてくるかもしれない。ミルデに限らず、店を営む里の住人は、その日の用事や気分ですぐに店を閉めてしまうのだ。

 元の世界の常識で考えたら信じられないことだけれど、慣れてしまえば、これはこれで悪くない気もしてくる。必要ならば直接尋ねていって交渉すればいいのだから。里の住人は割とその辺りに関しては柔軟というか、いい加減なので、結構対応してくれる。

 ミーヤも特に反対しなかったので、今日の予定はまず、ミルデの両替屋を訪ねることに決まった。



■ □ ■



 両替屋に到着した美咲とミーヤは、扉のノッカーを叩いてミルデが開けてくれるのを待つ。


「あら、今日はミーヤちゃんも一緒なのね」


 美咲を出迎えたミルデは、美咲の傍に佇むミーヤの姿を見て、意外そうに目を瞬かせた。

 ここ数日は、ミーヤは里の入り口に出ずっぱりだったから、朝からこうして美咲と一緒に行動しているミーヤが、ミルデの目には珍しく映ったのだ。

 実際には、それより以前はミーヤはむしろ美咲にべったりだったので、離れていた期間がむしろ異常だったと言える。


「今日はグモの畑仕事を手伝おうと思うんです。お店の方で急を要することってありますか? あるなら予定変更します」


「こっちなら祭りまでは暇だから大丈夫よ。グモってあのゴブリンでしょ? 働き者よね、彼。ゴブリンらしくなくて、私、びっくりしちゃったわ」


 どうやらゴブリンが馬鹿で怠け者で愚鈍というのは、魔族の間でも常識だったらしい。

 確かに出会った頃のグモはともかく、現在のグモは美咲たちと一緒に過ごした経験と、分かれてからの経験で何か心境の変化があったのか、驚くほど勤勉に働いている。何となく、以前よりも理知的になっている気さえする。


(もしかして、そのうちゴブリンの上位種になっちゃったりして)


 何となく妄想した美咲は、意外と有り得るかもしれないと真剣にその可能性を模索し始めた。

 ゴブリンといえど、上位種の実力は折り紙つきだ。それは美咲とて十分に実感している。

 事実、ゴブリンの上位種であるゴブリンマジシャンのベブレは強敵だった。美咲自身は戦う姿を見ていないが、ゴブリンロードのライジもミリアンと打ち合い、切り札を切らせることが出来るほどの武威を誇ったという。

 アリシャやミリアン、蜥蜴魔将や死霊魔将、牛面魔将といった面々が強過ぎるのであって、ベブレとライジも決して弱いわけではないのである。そう考えると、美咲が蜥蜴魔将を打倒出来たのが、いかに奇跡だったか分かるだろう。


(今度、畑仕事が休みの時にでも鍛錬に付き合ってもらえるか、頼んでみようかな。相手がいる方が、効率も上がるだろうし)


 考えているうちに、美咲はグモがどれくらい強くなっているのか楽しみになってきた。

 今の美咲よりも強いかもしれないし、弱いかもしれない。

 どちらかどうかは今の美咲には分からないけれども、元のままということはないだろう。何せ、グモは体格からして大きくなっている。ホブゴブリンほどではないが、ゴブリンの中では大きめの体躯になった。


「にしても、驚いたわ。人間が、ゴブリンと親しくしてるんだもの」


 お茶菓子と茶を準備し、美咲とミーヤに勧めた後、呆れた様子で、ミルデが言った。

 どうやら、魔族の常識から見ても、美咲とグモの仲の良さは奇異に映るらしい。


「……そんなに、不思議ですか?」


 疑問に思った美咲が恐る恐る尋ねると、苦笑したミルデは頷く。


「ゴブリンは繁殖力が強くて、すぐに異種族の領域を脅かすからね。元々ゴブリンは、この大陸全体に生息していた先住種よ。私たち魔族は、ゴブリンを受け入れて管理する方策を取ったけれど、逆に人族は徹底的に排除する方向に動いた。本来なら全てのゴブリンを魔族が受けれいれられればいいんだけど、それを行うにはゴブリンの繁殖力が大き過ぎる。結果として、魔族領で勢力を築けなかったゴブリンたちは、危険を承知で人族領に出てこざるを得ない。そうして人族領で苦労して群れを築いても、人族にほぼ根絶やしにされることが殆ど。そんな関係だから、美咲ちゃんとグモ君みたいな関係は珍しいのよ」


 ミルデから話を聞いた美咲は思わず生唾を飲み込んだ。

 思っていた以上に、この世界の人間とゴブリンの関係は血生臭いようだ。

 無知だったとはいえ、平気な顔をしてグモに絡んだ自分はいかにもグモにとって訳が分からなかっただろうなと、美咲は今更ながら申し訳なく思う。

 もっとも、だからといって、グモとの交友関係を今更改めるつもりは無いけれども。


「私は、異世界人ですから」


 美咲は肩を竦める。

 この世界の人間とゴブリンの間に広がる確執は、今となっては美咲にとっても既知の事実だ。しかしそれでも、美咲は自分までそれに倣おうとは思わない。もちろん、ゴブリン側が害意を持っているのなら話は別だし、必要ならば戦うけれども、ゴブリンという種に対して美咲の根底にあるのは怨恨ではなく、義務感だ。

 憎いから戦うのではなく、そうしなければならないから戦うだけ。美咲が心の底から憎いと思うのは、魔王だけだ。

 魔王さえいなければ、美咲は身体に死出の呪刻などという時限爆弾のような代物を刻まれて帰還を実質的に封じられることは無かったし、そもそもこの世界に召喚されること自体無かっただろう。

 だからこそ、美咲は魔王が許せない。無関係な自分をこんな世界に引きずり込むだけでは飽き足らず、仲間の命まで奪った魔王に対してだけは、美咲は深い敵意を抱いている。

 自分を召喚した、という意味では召喚者であるエルナやそれを命じたベルアニア王子フェルディナントも同じだが、美咲が召喚されたのは彼らにとっても事故のようなものだし、召喚者であるエルナは、他でもない美咲のせいで命を散らしている。もはや美咲に、彼らを責める資格は無い。


「案外、人族と魔族の手を取り合って戦争に終止符を打つのは、あなたみたいな人間かもね」


「買いかぶり過ぎですよ」


 とんでもないことを言われ、美咲は思わず苦笑いを浮かべた。

 そんな大それた役割が自分に務まるとは、美咲は到底思えない。

 魔王を倒すことすら果たせるかどうか分からないのに。


「そうかしら? 結構いい線行くと思うけどなぁ。だって、私、魔族なのに美咲ちゃんとこうしてお話できる仲になってるし。実はちょっと怖かったのよ? いきなり斬りかかられたりしたらどうしようとか思ってたわ」


 茶目っ気たっぷりに言っているので、ミルデとしては殆ど冗談なのだろう。

 だとしても、そう思われていたのは美咲にとって心外だった。


「そんなことしませんよ。それに、ミルデさんは悪い人じゃないって分かってますから」


 剥れて拗ねた表情を見せる美咲に、ミルデがくすくすと羽で口元を押さえて笑う。


「それだけじゃないわよ? あなただけじゃなくて、こうしてミーヤちゃんとも仲良くなれたわ。ねえ、ミーヤちゃん、私たち、仲良しよね?」


 尋ねられたミーヤは、お茶菓子の粉を口いっぱいにつけて笑った。


「うん! ミーヤ、ミルデのこと嫌いじゃないよ!」


 既にテーブルの皿に山と積まれていたお茶菓子は、もう半分も無い。全部ミーヤの胃袋に収まったようだ。


(……何か、お菓子に釣られているだけのような気が)


 うまうまとなおもお茶菓子を頬張るミーヤに、美咲はそっと疑惑の目を向けた。

 菓子に釣られた可能性は皆無とは言えなくとも、もちろんそれだけではない。

 元々ミーヤは花売りとして生活を送っていたことで、人間だからといって無条件に善というわけではないことを知っている。それに少なからずミーヤは美咲の影響を受けているので、魔物や魔族に対する偏見が薄れていた。

 グモに対しても、美咲と仲が良いことからミーヤも懐き始めているし、ミルデに対してもかなり素を見せている。

 ミーヤの態度に余裕があるのは、おそらくペットたちが戻ってきたせいもあるだろう。

 ペリ丸、マク太郎、ベウ子、ゲオ男、ゲオ美、ベル、ルーク、クギ、ギア。彼らと合流出来たことで、思い詰めていたミーヤにもかなり心の余裕が出来た。

 それに、ミーヤにとって、この隠れ里は刺激でいっぱいだ。

 魔族は本当に多種多様で一見すると同じ種族に見えないし、人間との混血も数多く居るこの隠れ里は、そもそも異種族に対する隔意が少ない。人間であるマルテルが里で暮らしていることからも、それは明らかだ。

 許可は貰えたので、美咲とミーヤは、ミルデの家を出た。

 さあ、畑仕事の時間である。


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