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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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二十日目:グモの畑仕事1

 日の出と共に目が覚めた。

 習慣というのは不思議なもので、元の世界では寝坊助だった美咲も、この世界で寝起きするようになってからは早寝早起きが当たり前になっている。

 まあ、それも仕方のないことかもしれない。

 この世界は元の世界のように、夜でも不自由のない明かりで照らされた不夜城というのは、少なくとも人族の領域内では存在しないし、この隠れ里でも、夜道は薄暗く、夜の帳が下りてしまえば、各自が自分で光源を生みだす必要がある。

 これでも誰でも魔法が使えるお陰で、里の生活は便利になっている方だ。毎日苦労して井戸から水汲みをする必要も無く、必要な水は魔法で出せばそれで事足りる。日が暮れた後でも魔法を使えばある程度活動できるので、隠れ里の住人に限らず、魔族は全体的に人族よりも生活習慣が夜型になりがちだ。

 その傾向は混血の隠れ里でも例外ではない。美咲はまだ行ったことは無いが、里の酒場などは一晩中明かりがついている代わりに、昼間は人気が無く完全に沈黙していたりする。営業時間が完全に昼夜逆転しているのだ。

 こんな酒場を人族がやろうとするなら、大量の薪が必要になり、その仕入れ値が酒の価格などに反映されて値段が酷いことになるだろう。それに比べて、里の酒場は酒も料理もリーズナブル。夕飯時が営業時間内なので、そこで夕食を取る里人も多い。


「んー……」


 寝ぼけ眼の美咲は布団の上で伸びをして、もそもそと上半身を起こした。

 今までは、曲がりなりにも寝台の上で寝ていたから、久しぶりの布団で寝れたのは感慨深い。


「ううん……もう朝?」


 あくびをかみ殺しながら呟くと、布団がもぞもぞと動き、中からミーヤが顔を出した。

 どうやら美咲の動作で起こしてしまったらしい。

 目をしょぼしょぼさせたミーヤが、寝起きの目を擦りながら掛け布団ごと這いずって美咲に擦り寄ってくる。

 ひし、と美咲の腰に抱きつき、そのまま美咲の太ももに顔を埋めて再び寝息を立て始めるミーヤは大変可愛らしい。とはいえ、せっかく早起きできたのだから、二度寝を決め込むのはいささか勿体無く思える。

 木製の窓は閉じているので部屋の中はまだ暗いものの、隙間から僅かに差し込む光が、もう日が昇っているのだと告げている。早起きの住民は、既に活動を始めている頃だ。


「朝だよ。ミーヤちゃん、起きて」


「うにゅぅ……」


 優しく肩を揺さぶると、ミーヤも起きたようで、美咲の膝の上から転がり落ち、むくりと身体を起こした。


「おはよう、お姉ちゃん」


「うん。おはよう、ミーヤちゃん」


 お互いの姿を認め、挨拶を交わす。


「ぷっぷー」


「ペリ丸も、おはよう」


 自分に擦り寄ってきたウサギのような姿の魔物であるペリトンの背を、ミーヤはへにゃりと微笑んで撫でた。

 翻訳サークレットを付けていない美咲には、ペリ丸が何と言っているのか分からないものの、現在の装備者であるミーヤには分かっているのだろう。


(やっぱり、サークレットはミーヤちゃんが付けてた方がいいかな。私も無いと不便だけど、ミーヤちゃんがあの子たちと意思疎通できるようにすることの方が、今は優先事項だろうし)


 一見すると、幼女と兎が戯れる微笑ましい光景に、美咲の心も和む。

 現在美咲とミーヤが間借りしている部屋に居るペットは、ペリ丸の他にはベル、ルーク、クギ、ギアのベルークギア四兄弟姉妹だけだ。

 成体になれば怪獣のような大きさの彼ら彼女らも、生まれたばかりの今現在は、ペリトンよりもやや大きい程度の大きさでしかないので、部屋に連れ込むののにも支障はない。

 さすがに、マク太郎は大き過ぎて部屋に入ること自体が無理だったので、外で寝て貰っている。野宿は可愛そうだけれど、仕方ない。ゲオ男とゲオ美は、ぎりぎり入れるくらいの大きさだが、入れると手狭になってしまうので、マク太郎と同じく野宿になっている。

 逆にベウ子は人の出入りが激しい部屋の中よりも比較的静かな軒先の方が気に入ったらしく、そこで簡易的な巣を作って寝泊りしている。ベウ子とその娘たちが二匹しかいないため小さい巣だが、どうみても蜂の巣である。しかも見た目は完全にオオスズメバチの巣で見た目のインパクトが凄い。分かっていてもぎょっとして二度見してしまうくらいだ。しかも急造でも普通のオオスズメバチの巣よりも大型なので、余計に吃驚する。

 美咲とミーヤは外に出て洗顔をすることにし、完全に布団から出て歩き出す。その後ろを、ペリ丸がついていく。

 グモの家に限らず、隠れ里の家の殆どが水道の無い家なので、もっぱら生活用水は各自が魔法で出すことになる。それが当たり前だし、殆ど全ての里人がそれくらい朝飯前の魔法の腕を持っている。

 そもそも水道を引く必要性が薄く、下水道も上水道も存在しないのだ。


「モォイザァ(水よ)ウユゥ オィヂィエ(出でよ)ユゥ」


 魔族語を唱えるのは美咲の役目だ。ミーヤは魔族語が使えないので、自然と美咲がその役目を負っている。グモもこれくらいの魔族語なら使えるようになっているようだけれど、さすがにいちいちグモに頼むのも気が引けるし、そもそも部屋が分かれているのでわざわざ頼みに行くくらいなら、美咲が自分で出した方が早い。

 空中に浮いた水玉から、一定の速度で水が下に滴り落ちて地面を濡らしていく。

 その水を手で受け、美咲とミーヤは顔を洗った。


「冷たいけど気持ち良いー」


 洗顔を終えたミーヤが、猫のように身を震わせて水滴を弾き飛ばす。もちろん全てを弾き飛ばすことは出来ずにむしろ殆ど残っているが、ミーヤは何故か満足げにしている。

 一方美咲は、水を浸した布で顔を拭い、まじまじと布を見つめた。


(不思議よね……。魔法で出した水だから冷たさは感じないけど、きちんと濡れるし、顔も洗える)


 炎を出した時も、美咲の身体は熱さを感じずに燃えていたので、別に予想していなかったわけではないものの、やはり不思議なものは不思議だ。

 どうも、美咲の体質は、魔法の全てを無効化するのではなく、その中から美咲に対して変化を与えるものを自動的に選択して無効化するようだ。

 治癒魔法、強化魔法は文字通り美咲の身体直接干渉するものだし、幻影魔法も美咲に対象を取るものならばやはりこれも弾くだろう。ただし、以前アンネルが使った幻影魔法は、美咲にもきっちり効果を発揮していた。

 あれはおそらく、対象を場に設定していたからだろう。直接美咲に影響を及ぼすものではなかったから、打ち消しの対象から免れた。

 攻撃魔法ならばもっと限定的な消去を可能とする。例えば炎ならば燃焼による酸素の減少による酸欠と、熱傷による火傷。水ならば、冷水に触れたことによる体温の低下などを防ぐ。もし大量の水で押し潰されるようなことになれば、その圧力も無効化するだろう。

 要は、攻撃魔法で引き起こされた最初の現象に紐付けされる全ての変化が美咲に対してだけ無効化されるのだ。魔法の根本そのものを無効化してしまうから、その後は見かけの現象はそのままに、ダメージを与える結果のみが無効化される。

 ある意味では限定的な時間の巻き戻しに近い。だから魔法で吹き飛ばされて木や岩に叩きつけられても美咲は怪我をしないし、雷を浴びても感電しない。

 もし魔法で大洪水や大火事が起こっても、美咲だけはけろりとした顔で生還するに違いない。


(これが毒液だったりしたら、毒の効果も防げるのかな?)


 興味が沸いてくるものの、さすがにそのためだけに魔法で作った毒薬を呷ったり浴びたりするつもりは無い。そもそも、美咲は魔法で毒薬を出す方法など知らないので、調べようも無い。

 洗顔を終えた美咲とミーヤは、部屋に戻って着替えた。美咲は勇者の剣、ミーヤは魔物使いの笛を腰に佩く。ミーヤは美咲の真似をしているだけだろうけれど、美咲にとってはこれはもう、習慣のようなものだ。勇者の剣を持っていなければ落ち着かない。本当なら、寝床の中にまで持ち込みたいし勇者の剣を抱き締めて寝たい。

 さすがにそこまで行くと自分でも精神的に追い詰められているのが良く分かるので、美咲は我慢して枕元に置くだけで我慢している。というか、抱き締めたまま寝たら、美咲に抱きついて寝るのが好きなミーヤが寝ぼけて抜いてしまいそうで怖い。

 そうなったら大惨事確定である。美咲の体質はあくまで魔法限定なので、普通に剣で斬られたら血が出るし、出血が多ければ死ぬ。布団の中で惨劇が起こりかねない。

 万が一もしそんなことで死ぬようなことになれば、色々な意味で美咲とミーヤは立ち直れなくなるだろう。物理的な意味でも、精神的な意味でも。

 身支度を整え、ようやくグモと顔を合わす。ゴブリンとはいえ、グモは男だ。だらしない姿を見せるのは気が引けた。恋愛対象では決して無いが、それでも大事な仲間である。いらない揉め事で気まずくなるようなことは避けたい。

 居間に着くと、居間の向こうの炊事場でグモが朝食の準備をしているのが見えた。


「おはよう、グモ。手伝おうか?」


「おはようございます、美咲さん、いえ、もう仕上げですから、結構ですよ。座って待っていてください」


 挨拶して美咲が手伝いを申し出ると、グモは破顔してそれを辞退する。

 確かに、パンの用意は済んでいるようで皿にこんもりと盛られているし、おかずも三人分だけでなく、ささやかではあるもののミーヤのペットたちの分まで用意されているようだ。


(……もうちょっと早起きした方が良かったかな?)


 朝食の準備をグモに任せきりにしてしまったことに、少し申し訳なく思った美咲は、次からはもう少し早起きすべきかと反省する。

 しかしグモは朝食の準備を張り切って進めていて、むしろ手伝われた方が恐縮してしまう。断ったのも、一人で行った方が気が楽だからである。

 切欠はともかく、付き合いはそれなりの長さに及んでいる。それなりに心が通じ合っているとはいえ、その辺りの心の機微をお互いが理解するのはまだまだ時間が掛かりそうだ。


「わーい、美味しそう」


 唯一、そんな複雑なことを考えないミーヤが、朝食を見て素直に喜んでいた。

 美咲としては、昨夜のような虫型魔物を主体とした料理が出ないことを祈るばかりだ。

 自分で持ち込んでおいて何だが、美咲はあれは食べ物とはいえないと思っている。

 味は意外と悪くないものもある。それは美咲とて認める。確かに、グラビリオンの体液の甘さはシロップのようで、見た目に抵抗が無ければ病み付きになるだろう。

 でも、美咲はどうしても駄目なのだ。虫の形をしたものを食べるという行為そのものを身体が受け付けない。


「朝食のおかずは昨日の夕飯の残りですぞ。何しろ材料がいっぱいありますからな」


 願い空しくグモが美咲に対する処刑を宣告した。

 調子に乗って採取しまくった昨日の自分を、美咲は殴りたくなった。


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