八日目:魔物退治の準備をしよう4
戻った美咲とルアンが見たのは、冒険者らしき人々でごった返したパーティ募集の待機所だった。
後からも次々と外からは冒険者たちやってきていて、ギルド職員が彼らの誘導に追われていた。
やはり荒事も多いからか、男女比率は圧倒的に男が多く、美咲が周りを見回してみても、男ばかりで女の姿は中々見付からなかった。男二十人にようやく女一人という割合である。
「うわ、普段の三倍くらいいるぞ。皆ゴブリンの巣の討伐パーティだな、あれ」
物々しい装備で身を固めた冒険者で埋まったテーブルを見て、ルアンが呆れた声を出す。
普段はいくつか必ず空いている席が、今に限っては全て埋まってしまっている。
それだけに留まらず、座れない冒険者もいるようで壁際にはそんな冒険者たちが集まっていた。
(何だか、本当に異世界にいるって実感する。……この中に私も混じってるって思うと、何だか変な気分)
いつも以上に賑わっているその様子を、美咲は不思議なものを見るような目で見つめる。
その後ろから声がかけられた。
「あら? 美咲ちゃんじゃない。もしかして、あなたも今回のクエストに参加するのかしら?」
「はぇ!?」
慌てて振り向いた美咲と対面したのは、以前美咲に忠告をしてくれた先輩冒険者のルフィミアだった。
あの時と同じように、ぞろっとした長いローブを着て三角帽子を被っている。
よく見れば、すぐ近くに短槍使いのディックに重戦士のエドワード、尼僧のピューミもいる。
「お久しぶりです、ルフィミアさん。微力ながら私もお手伝いさせていただきます」
数少ない同性の気を許せる冒険者に、美咲ははにかんで答えた。
気さくだし、格好良いし、美人だし、と好感を抱く要素が三拍子揃っていて、美咲に特別人を見る目があるわけではないものの、悪人のようにも見えない。美咲も、彼女のような仲間が出来ればいいな、と思う。むしろ、彼女に仲間になってもらいたい。
「そう。よろしくね」
ルフィミアはにっこりと笑った。
(か、かっこいい……)
細身の体つきながら、ルフィミアは釣り目が特徴的な顔立ちの美人で、勝気な表情がよく似合う。
類型としてはアリシャと同じような特徴の顔立ちだが、アリシャが日焼けの目立ついかにもな野性味溢れるアマゾネス的な美人であるのに対し、目の前のルフィミアは絹のように透き通った白い肌とどこか優雅な立ち居振る舞いも相まって、知的な美しさを見せている。
貴族的に見えるというか、おそらくは本当に貴族であってもおかしくは無いのだろうが、気品はあれども深窓の令嬢のような雰囲気は感じられない。
勝気な表情と美咲のような人間に対しても壁を作らない態度が気さくさとなり、ルフィミアの美人ゆえに近寄りがたいマイナスのイメージを打ち消している。
「おぅ、どっかで見た面だと思ったら、あの時の嬢ちゃんか。どうだ、あれから少しは経験積んだか?」
短槍使いのディックが屈託無く笑って美咲に話しかけてきた。
初対面でからかわれたことから少し苦手意識を持っている美咲は、びっくりしてしどろもどろになる。
ディックは見かけは中々の美男子なのだが、異性に対するデリカシーゼロな言動と相手がドン引きでも気にしない悪い意味での気安さが、容姿の良さを打ち消している。
とはいっても性格的には完全に悪ガキで、ディックにセクハラをされても、全く下心が伝わって来ないので、やられた相手は困る。ただ相手の反応を面白がっているだけだというのが丸分かりだからだ。
これでは本気で怒るに怒れない。怒っても笑って受け流されるだけである。
「あ、はい。少しだけですけど」
「なら、俺がちょっと試してやろう」
答えた美咲にディックはにやりと笑ってみせ、手をわきわきと動かす。
明らかに美咲の態度を楽しんでいた。
(何? 何なの!?)
怪しい動きに生理的嫌悪を感じて美咲が後退ると、ディックは電光石火の早業で美咲の胸に手を伸ばしてきた。
呆れることに、反射的に胸を隠そうとした美咲の手の動きよりも早く、美咲の胸元にディックの手は伸びようとしている。
だが、今の美咲に心強い仲間がいるのだ。
美咲が反応できない速度でも、的確に手が伸びる先を見切り、動ける仲間が。
「オッサン、止めろよ」
あわやというところで、横から手を伸ばしたルアンがディックの手を払う。
ディックの手を払ったルアンは、むっとした表情でディックを見上げた。
ルアンとて決して背が低いわけではないのだが、それ以上にディックが長身なので、自然と見上げる形になってしまう。美咲の見立てでは、ルアンは大体百七十センチ前後だが、ディックは百八十センチを越えているだろう。もしかしたら百九十センチに届いているかもしれない。
「おー、坊主才能あるな」
手を払われたディックが赤くなった手の甲を振ってわざとらしくふうふうと腫れた箇所に息を吹きかける。
案の定、異性の胸を揉もうとしたのに全く悪びれる様子が無い。これでは美咲が謝罪を求めても、「すまんすまん」と軽く流されて終わるだろう。
「女の子相手に何やってんのこのバカ!」
その後頭部にルフィミアが持っていたロッドを振り下ろした。
天罰覿面。女の敵は決して許さないとばかりに、ルフィミアの一撃には全く躊躇いが無い。まるでやり慣れているかのようだ。
(もしかして、日常茶飯事なのかしら)
被害者ながら、毒気を抜かれてしまい、美咲はあんまり嫌な気持ちにならなかった。
「イテェッ!」
ゴツッという鈍い音がして、頭頂部を押さえてディックが蹲る。
よほど痛かったらしく、ディックは「おおおおお……」などと呻き声を上げている。
美咲はぽつんと取り残されながら、どこかで見たような展開だな、と半眼になった。
「さすがに鈍器で頭を殴るのはやり過ぎじゃないか。……いや、なんでもない」
重戦士エドワードが控えめな態度でルフィミアを宥めようとしたが、当のルフィミアにメドゥーサのような視線を送られ目を逸らした。
全体的に体つきがごつく、体格の良さはアリシャ以上で、迫力のある顔立ちをしているのにこれでは形無しである。
「今のは明らかにディックが悪いです。いきなり女性の胸に手を伸ばすとは何事ですか。おお神よ、目の前の不埒者に天罰を与えたまえ」
小さな身体を露出の少ない修道服に包んだピューミが大仰な仕草で十字を切った。
「天罰なら強烈なのをさっき喰らった気がするんだが……」
よほど痛かったのか、目の端を涙で滲ませたディックが叩かれた頭部を押さえつつ起き上がる。
「今のはルフィミアの行ったことですから、天罰ではなくいうなれば人罰でしょう。私は今後あなたがうっかり馬の糞を踏んでしまったり肥溜めにはまってしまったりする展開を期待します」
「いや、期待しますってお前な……」
清楚な顔立ちの修道女は、無表情のままディックをねちねちと口撃している。
口撃されているディックは容赦のないピューミの言葉にたじたじになっていた。
(何だか、面白い人たち)
美咲は思わずくすりと邪気の無い笑みをこぼす。
ルアンが賑やかなルフィミアたちから目を逸らして美咲を見た。
「で、美咲はいつ知り合ったんだよ。こんななりだけど、これでもこいつらは単独パーティでオークの集落を壊滅させるような奴らだぞ」
どうやら初対面のルアンが知っているほどルフィミアたちは有名だったらしい。
おそらくルアンはルフィミアたちがすごい人物なのだといいたいのだろうが、前提をあやふやにしたままでは伝わらない。
初めて聞く単語に美咲は首を傾げる。
「……オークって、何?」
普段ファンタジーに馴染みが無かった美咲は、せっかくの共通点だというのに定番モンスターの名前すら知らなかった。
「そこからか。オークってのは、二足歩行する魔物の一種だ。性欲が強く残忍、悪食で食える物なら何でも食っちまう。こいつらはオスばかりで浚った他種族の女を孕ませて繁殖するから、集落が見つかると必ず討伐依頼が出る」
一端言葉を切って美咲が自分の話についていっているか確認したルアンは、美咲がうんうん頷いて続きを促すのを確認する。
「で、本来なら今回のクエストみたいに合同で当たるはずのオークの集落強襲クエストを、単独パーティで成功させちまったのがこいつら。広範囲高威力高難度の魔法を使える魔族語使いルフィミアを主火力に、防御に特化した重戦士のエドワードと走力が高く小回りが効いて単体火力に優れた短槍使いのディック、癒しの奇跡を行える修道士のピューミで構成された、対多数戦闘に優れるパーティだ。ルフィミアの魔法を見た奴らがつけたパーティ名が、『紅蓮の斧』。俺はまだ見たことないが、すげぇらしいぞ」
「ちょっと、やめてよ。そんな恥ずかしいパーティ名なんて私たちは名乗った覚えないんだから」
素直な性格の美咲はルアンの話を聞いて凄いと思ったが、当のルフィミアはお気に召さないらしくルアンに文句をつける。
いつの間にかルフィミアにロッドで頭を叩かれた激痛から復帰していたディックが、自分の短槍の手入れをしながら話に口を挟む。
「そういや俺も坊主の噂聞いたことあるな。装備も剣の腕も悪くないのに、未だに実戦経験だけが無い万年採集の自称勇者予定。……勇者になりたいって、本気か? あんなのなろうと思ってなれるもんじゃないだろ」
「うるせー。目標は大きいくらいでちょうどいいんだよ。ほっとけ」
「私は彼が本当に魔王を討伐できるなら、喜ばしいことだと思います。彼の行いは、神にとってもその意思に沿う物ですから」
ピューミが聖職者的な立場からルアンを擁護する。
残る一人のエドワードは、あまりやり取りに興味は無いようで、視線を向けるものの黙して語らず、己の命を預ける防具の点検に精を出している。
(凄い頼りになると思ってたけど、ルアンって実は私と同じ初心者だったんだ)
美咲は今まで気付かなかった事実に驚愕していた。
本当はルアンは冒険者としての実戦経験がないだけで、騎士見習いとしてなら初陣は経験済みだし、魔物退治のクエストを受けるだけの実績は地道な採集依頼の繰り返しと冒険者ギルドが課す認定試験で達成しているのだが、美咲はそんなことは知らない。
もちろん、美咲がゴブリンの巣のクエストに挑めるのもルアンとパーティを組んでいるからなのだが、それも分からない。
異邦人なので仕方ないが、美咲は自分がルアンの負担になってないか心配だった。
(もっと強くならないと。せめて、今のルアンと互角に戦えるくらいには)
実戦経験が無いとからかわれているルアンに美咲は手も足も出なかった。
これでは魔王の討伐などただの夢物語である。
決意を胸に美咲は拳をぐっと握り締めた。




