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美咲の剣  作者: きりん
一章 不安な旅路
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二日目:二人きりの旅立ち1

 二日目の朝はもう王子に呼ばれることもなく、部屋で朝食を取った。

 一通り食べ終わり食器が下げられた後で、エルナが美咲の旅装を運んでくる。

 制服と額のサークレットはそのままに、革製の胴鎧に手足の防具と一通りの武装は揃っていた。

 現代では特殊な趣味を持っていない限りまず見かけることのない自分の姿に物珍しさを覚えて、美咲はしきりに身体を動かしてまじまじと自分の姿を確認している。

 昨日は寂しさで泣いてしまったけれど、一日経って美咲は多少なりとも持ち前の元気を取り戻していた。

 うじうじ泣いてたって、呪いが解かれて事態が好転することなんてない。

 なら今は流されてもいいからとにかく行動しようと、美咲は心に決めたのだ。

 幸い、美咲は元の世界で友人たちからしぶとさに定評があった。雑草魂、見せてやる。

 ふと思い当たることがあり、振り返った美咲がエルナに尋ねた。


「そういえば武器はないの? これってハリボテでしょ? 儀礼用はこれでいいとしても、実用はちゃんとしたのがないとまずくない?」


 美咲を見るエルナの顔には、「何言ってるんだコイツ」と言う文字がありありと書かれている。

 その視線があまりにも常識知らずを見るかのような、冷たさに溢れたものだったので、勇者の剣を抜いて眺めていた美咲はうっと呻いて思わず後退った。

 何か非常識なことを言ってしまったのだろうか。

 美咲はエルファディアというこの世界のことどころか、エルナが属しているらしいベルアニアという名前のこの国のことすらろくに知らない地球人なのだから、多めに見て欲しい。


「勇者の剣は王子殿下が用意した、実用にも耐えうる一級品の宝剣ですよ。とても軽量な金属でできているので、今のあなたでも扱えるはずです」


「あ、そうなんだ。だからこんなに軽いのね」


 授けられた勇者の剣は、見栄えがするよう装飾を豪華にこそしてあるものの、元々はどちらかというと簡素な装飾の剣だった。その剣を、王子が勇者の剣として装飾を施させたのだ。装飾が追加された分、むしろ前より重くなっているのだが、それでも美咲がそうと分からないくらい元々が軽い。

 元となった剣は歴史的価値のある、今のこの世界の技術では模倣できない技術で作られた遺失武器なのだが、もちろん美咲にそんなことは分からない。

 そんな世界に二本とない剣を、美咲はたどたどしい手つきで鞘に納め、腰の剣帯に吊った。


「ねえ。仮にも魔王を倒すための旅なのに、こんなので大丈夫なの? 武器はともかく防具が革っていうのは不安なんだけど」


 鎧の着付けや武具の手入れの仕方などを教わりながらも、美咲は不満げな顔だ。

 勇者として旅立つ美咲のために用意された武装は、武器はともかく防具は質がいいとはいえごく普通の革製のものだ。

 胴体、足、腕、全て革の防具である。高価な武具といえば金属という先入観がある美咲には、正直、準備を手抜きされているような気がした。


「大丈夫とはいえませんが、今のあなたに最適な武装がこれなんです。旅を続けていれば筋肉がついて鉄製の武装も扱えるようになってくるでしょうから、必要だと思ったら適宜買い換えていってください」


 言われてみればもっともで、ただの女子高生である美咲がいきなり重厚なプレートメイルなどを用意されても、まともに扱えるとは思えない。動けなくなるか、自分の鎧の重みで押し潰されるのが落ちだろう。

 問題は値段だ。先立つものには金が要る。まさかフィクションみたいに、魔物を倒せば金を落とすような世界でもあるまい。


「買い換えるっていっても、高いんじゃないの?」


 幸い美咲の心配は杞憂だったようで、エルナは澄ました表情で美咲の疑問を解消した。


「問題ありません。予算は王子殿下が潤沢に出してくださいましたから。むしろ、預けられたお金をあなたがなくしてしまわないかなんですけど……大丈夫ですよね?」


 美咲は嘆息した。

 そこまで美咲は間抜けではないし、特に浪費癖があるわけでもない。むしろどちらかといえば金遣いは堅実な方だ。


「子どもじゃないんだから、そんなことしないわよ」


「ならいいです。質素倹約を心がけてくださいね。無駄遣いはしないように」


 言った側からまるで母親が子どもに対してかけるかのような言葉を贈られた美咲は、憮然とした表情になる。

 エルナの中で、自分はどこまで子どもに見られているのか、美咲は心配になった。


「あとこれは、旅に必要な道具を纏めてあります。一応中を確認してください。それぞれの使い方などを説明しますので」


 背中に背負うタイプの道具袋を渡される。

 開くと色々な道具が入っていた。

 道具袋自体に中の空間を広げる特殊な能力があるようで、見た目以上にぎっちりと物が詰まっている。

 ガラス瓶らしきものもあり、それらは割れないように一つ一つが布で厳重に梱包されている。


「すごいね、これ、いくらでも入るの?」


「いくらでも、というわけにはいきませんが、倉庫一つ分くらいの容量はあります」


 感心しながらも、美咲は疑問を抱く。

 こんなものがあるなら、流通が活発になってもっと文明が発達していてもいいはずだ。


(見たところ中世くらいで止まってるみたいだけど、どうしてだろう……)


 実際は、勇者の剣と同じく古代の遺跡から発掘された遺失物であり、数が少なく極めて高価であるのがその理由だった。

 よほどの大貴族や大商人でも、この道具袋を一つに手に入れようとするだけで財政が傾く。


「替えはありませんので大事にしてくださいね」


「うん、大事にするよ」


 頷いた美咲に、エルナは実際に取り出して美咲に確認させながら、何が入っているのか一つ一つ説明していく。

 鎮痛、解熱、解毒、止血などの効能を持つ薬草が原料の各種傷薬が一ダースに、魔物の内臓から作った造血作用のある丸薬。薬草や丸薬では対処が間に合わない怪我を瞬時に治すための、瓶詰めされた魔法薬が五つ。

 フック付きロープや松明、火打ち石、羊皮紙の束、羽ペン、インクに、寒さをしのぐための厚手の外套。デザインがどことなく制服に似た着替えの服に、柔らかそうな生地の寝巻き。

 銅貨、銀貨、金貨が百枚ずつぎっしり詰まった巾着袋が三つに、いざという時のための換金用である大振りの宝石が三つ。

 一通りの説明を終えたエルナが念を押した。


「繰り返し言いますが、くれぐれもなくさないように。道具袋を抜いても、これらの道具だけで王都の一等地に屋敷が一軒建ちます」


「金貨とか宝石とかあるもんね……そういえば、ここの通貨制度や物の価値はどうなってるの? それが分からないと節約のしようがないんだけど」


 美咲が尋ねると、エルナはハッとした顔になった。


「そういえば、まだ教えていませんでしたね。ご説明します」


 改めてエルナが行った説明によると、銅貨が百枚で銀貨一枚、銀貨が五十枚で金貨が一枚というのが最近の相場で、宿屋に泊まるには基本的に銀貨一枚~五枚程度、食事は銅貨五枚からが大体基本だそうだ。

 旅費には含まれていないが普通の貨幣の他に、サイズの大きい大貨幣というものもあるようで、対応する硬貨十枚分ほどの価値があるとのこと。


「ご用意させていただいた硬貨は王宮で使うものと同じですから一定の品質が保証されていますが、各地で流通している硬貨は含まれている貴金属の含有量によって硬貨自体の価値が上下しますので、ご注意ください」


 どうやら同じ硬貨でも、価値が一定ではないことがあるらしい。

 これは計算が面倒だと、美咲はさっそく少し憂鬱になった。

 一応含有量を簡易的に調べる方法も教わったし、必要なら両替屋に持っていけば調べてくれるらしいが、美咲は改めて現代の貨幣経済の優秀さを思い知った気分だ。


「ねえ、寝袋とかテントとかはないの? この外套だけじゃちょっと心もとないと思うんだけど」


「寝袋、テント?」


 どういうものか分からない様子のエルナに、こういうの、と手振りを交えて質問すると、思い当たるものがあったようでエルナは「ああ、携帯寝具のことですか」と呟き、納得したかのように頷いた。


「あるにはありますが、見張りを存分に立てられる大勢での旅ならともかく、少人数の旅では自殺行為ですよ。魔物や盗賊にどうぞ襲ってくれと言っているようなものです」


「……まあ、確かにそうよね」


 完全に視界が遮られる状況では、何かが近付いてきても分からない。隠れるという意味では効果があるかもしれないが、攻撃を防ぐという意味では期待できない。携帯できる程度の重さという制限がある以上、材料には制約があるからだ。


(それにしても、やっぱり、いるんだ。魔物)


 盗賊がいるというのもアレではあるものの、やはり魔物が存在するという事実の方が、知った時のインパクトは大きい。

 美咲が思っていた以上に、この世界は物騒であるらしかった。


「っていうか人類滅亡の瀬戸際なのにいるんだ、盗賊」


 ふと思い返して、美咲は表情を引き攣らせる。


「嘆かわしいですが、治安が乱れれば盗賊が増えることは必然ですので。我らの領内で頻繁に略奪を働く魔族軍にも注意しなければなりません」


 語るエルナの様子はごく普通で、この世界においては盗賊に襲われることもそう珍しいことではないようだった。

 続いて説明されたのは食料の数々だ。

 エルナがどこからか調達してきた、パンに野菜や肉を挟んだものが二食分に、林檎に似た果物が二つ。

 干し肉と硬い丸パンに、ワインがたっぷり入った革製の水袋。果物を干して日持ちするようにしたドライフルーツに、野菜の酢漬け。

 今日はまともな食べ物が食べられるが、明日以降は保存食生活なのが、美咲にとって少し憂鬱だった。


「普通に消費しても十五日、切り詰めれば一ヶ月丸々いけるはずです。もし足りなくなったら買い込むなり勇者の威光で徴発するなり敵地で略奪するなりして現地調達してください」


 当たり前のように口にしたエルナの言葉を聞いて、美咲は若干引いた。いくらなんでも横暴過ぎやしないか。


「買うのはともかく、徴発とか略奪するのはちょっと……お金を払わないならそれこそ盗賊と同じじゃない」


「そうですか? 略奪はともかく徴発は自国で物資を確保するために軍隊がよく使う手ですよ。全然違うと思いますけど」


 至極当たり前のことを語るかのような態度のエルナに、演技をしている雰囲気は見当たらない。どうやら本当のことらしい。

 エルナとの認識の違いに、美咲は文化の差を改めて実感する。


(そういえば、昔は略奪や徴発が軍隊の主な物資補給手段だったって何かの本で読んだような気が)


 興味がなかったので詳しくは調べなかったが、こんなことならもっとしっかり調べておくべきだったと、美咲は今更ながらに後悔した。

 その間もエルナは休まず働き、美咲は旅装が整ったのを確認して自分の格好にため息をつく。


「なんか、着てるっていうより着られてるっていう方がしっくりする気分」


 マントを羽織った美咲は額のサークレットを手で触れて確認する。


「本当にそれらしく見えてるのかな?」


 不安そうな様子の美咲を見て、エルナが動き、あるものを引っ張り出してきた。


「こちらに鏡がありますのでどうぞご確認ください」


「おー、気が利くじゃない」


 全身鏡である。

 エルナが机に立てかけた全身鏡を見て、美咲はいそいそと自分の姿を確認する。

 鏡に向かった美咲は肩を落とした。


「ダメね。コスプレにしか見えない」


 服装自体は立派だ。防具が革というのがやや頼りない印象を与えるものの、剣が立派な分雰囲気は補われている。

 問題は、それらを装備しているのが、美咲だということだ。

 こういうのはよく身体が鍛えられた美男美女がつけるからこそ似合っているのであって、美咲のような特に取り得もないちょっと可愛い程度の少女では、痛々しさが漂うだけである。


「コスプレというものがどういうものかは存じ上げませんが、似合ってらっしゃいますよ」


 取ってつけたようなエルナの賛辞がかえってつらい。

 早くもやる気が減っていく美咲を見て、エルナが故意か偶然か話題を逸らした。


「旅程を確認しますね。私と勇者の二人で王都を出たら、ザラ村を経由して商業都市ラーダンを目指します。この街は、現在の最前線に最も近い都市である城塞都市ヴェリードへ、補給物資を送るための重要拠点でもあります」


「え? 着いてきてくれるの?」


 問いかける美咲の声が弾む。

 てっきりエルナは城に残って、美咲は一人旅になると思っていた。不安だったので、連れができるというのは素直に嬉しい。そもそも、ろくにベルアニアの地理も分からない一人では、道に迷うこと請け合いである。魔王城にたどり着くどころか、ベルアニアから出ることすら難しいかもしれない。

 目を逸らしたエルナは、ぼそぼそと言い訳する。


「本来なら、あなたが望めばすぐに元の世界に帰して差し上げられるはずだったんです。それが、こんなことになってしまって。魔王のせいとはいえ、私にも召喚者として責任がありますから」


 意外とエルナは美咲のことを考えてくれているらしい。


「本当!? ありがとう!」


 根が単純な美咲は、素直に旅の同行者ができたことを喜んだ。美咲が抱くエルナの印象も、気に食わない子から、実はいい子に格上げされ、美咲はエルナの両手を取って喜びの余りでたらめに踊り始めた。


「あ、ちょっと、何するんですか」


「いいじゃない、嬉しいのよ!」


 当然エルナは顔を赤くして美咲に文句を言ったが、陽気に答える美咲の表情を見て毒気を抜かれたかのように目を見開き、溜息をついて踊らされるに任せた。


「下手糞ですね。ダンスというのは、こうするんです」


 滅茶苦茶なステップが嫌になったか、エルナが美咲からリードを奪う。


「ショック! 下手って言われた!」


 そう口にしながらも、エルナが自分のノリの付き合ってくれたことに、美咲は嬉しそうだ。

 一通り踊り終わると、美咲の手を離し、エルナはこほん、と取り繕うかのように咳をして確認を続ける。


「ラーダンを出た後は、我ら人族国家連合軍の兵士たちが駐屯している城塞都市ヴェリードに向かいます。ヴェリードを出てからは、連合軍主力と魔族軍主力の攻防を囮に、魔族領を最短距離で駆け抜け魔王城にて魔王に決戦を仕掛けます」


「聞くだけで無謀に思えてくるわ……」


 陰鬱な表情で、美咲が呟いた。

 嫌そうに表情を歪める美咲に、エルナもまた肩を竦める。


「まあ、実際に無謀ですからね。あなたが勇者でなければ、私でも責任を放り出して逃げ出すレベルです」


「いや、仮に私がホントに勇者とやらだとしても、確実に玉砕しそうなんだけど」


 何しろ呼び出された勇者の職業が女子高生である。明らかに縛りプレイを前提とした職業としか思えない。


「異世界から召喚された人間は、魔法に対する完全な耐性を持つんです。全員がマジックユーザーである分、魔族の間では弓矢などの飛び道具は発達していません。魔族の一番の攻撃手段は魔法ですから、確実に優位に立てると思いますよ。まあ、魔法が無効化されてしまう分、あなたに対する回復手段も限られてしまいますが」


 美咲は少し安心した。

 勇者というだけあって、少しは特殊な能力が備わっているようだ。でもデメリットでメリットのほとんどが相殺されそうなのが微妙だった。


「あれ、じゃあこれも私には効果がないってこと?」


 先ほど貰った道具袋を漁り、美咲は魔法薬の瓶を一本取り出す。


「あなたの能力で打ち消せるのはあくまで魔法のみです。それは魔法薬の中でも最高級の品質で、元々の材料の薬効がずば抜けて高く、あなたにも十分効果があります。ただ、魔法なら見境なく回復魔法も打ち消してしまうことに変わりはありませんので、あなたの場合薬の切れ目が命の切れ目だと思った方がいいでしょう」


「そういうことなら、もっといっぱい魔法薬を買い込んだ方が良くない?」


「市販の魔法薬は安価な薬草を煎じたものに治癒魔法をこめて魔法薬と称しているものがほとんどです。かなり高級で品質が確かなものでないと、あなたに目に見える効果を及ぼすことはできないでしょう。あなたの体質でも使えるものとなると、材料の希少性が高くて常に品薄なので、在庫があったとしても非常に高価です。基本的には魔法薬については今あるものを使い切ったら補充はないと思ってください」


 やっぱりデメリットの方が大きいかもしれない。

 まあ、人生なんてそんなものかと、美咲は少し黄昏た。

 どこからか自分の分の荷物を持ち出してきたエルナが、美咲に向き直る。


「私たちは、公には王子殿下とは何の関係もないことになっています。もし途中で私が死ぬようなことがあっても、身分や与えられた魔王討伐の任務を明かしたり、王子殿下の名は出さないようにしてください。死体はその場にでも埋葬してくだされば結構ですので」


 絶句する美咲に、エルナは微笑んだ。


「もしもの話です」


 今までのやりとりなど無かったかのように、エルナは声音を明るく変えた。


「それでは出発しましょう。暗くなる前に次の村に着くのが目標です」


「う、うん」


 美咲は道具袋を背負い、その上から外套を羽織ると初めての旅に不安と緊張で胸を一杯にしながら、王都を出た。


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