十九日目:ペットたちとの再会1
ミーヤと合流した美咲は、昼休憩に入ったグモと一緒に昼食を取った後、ミルデに連絡を入れ今度はミーヤに付き合って午後の時間を過ごすことにした。
「お姉ちゃん、無理してミーヤと一緒にいなくてもいいのに」
「全然無理なんかじゃないよ。私がミーヤちゃんと一緒に居たいの。この里に来てから、ゆっくり一緒に居たことって無かったじゃない」
遠慮するミーヤに美咲がにこりと微笑んでそう言うと、ミーヤは嬉しそうにはにかむ。態度では遠慮していても、やはり美咲と一緒に居ることは嬉しいらしい。
「ガキんちょ、まだやんのか。ま、頑張れよ」
「べーっ!」
砕けた態度で声をかけてくる門番の男に、ミーヤは思い切りあかんべをした。
しばらく魔物使いの笛を吹き続けていたミーヤだったが、やがて疲れたらしく吹くのを止めた。
「何で、誰も来てくれないの……?」
俯き、魔物使いの笛を握り締めながら、ミーヤは俯く。
「全部死んだか、野生に帰ったんだろ」
門番の男の言葉を聞いて、ミーヤの瞳にぶわっと涙が浮かんだ。
慌ててミーヤに駆け寄った美咲は、振り返ると門番を睨む。
「デリカシーの無いこと言わないでください!」
「で、でりかし? なんだそりゃ」
たじろぐ門番を他所に、美咲はミーヤを慰める。
「此処で駄目でも、外に出て吹いてみれば違うかも。ほら、一緒にミルデさんに許可貰いに行こう」
「うん……まだ、可能性は残ってるもん」
気丈にも涙を拭ったミーヤは、美咲の服の裾を握った。不安になっている時や、甘えたい時の、ミーヤの癖だ。
ミーヤを連れて、美咲はミルデの両替屋に戻った。
店番をしていたミルデに事情を説明すると、ミルデは快く同行を引き受けてくれ、店を閉めた。
ミルデの両替屋に限らず、隠れ里の商店は営業時間がかなりいい加減だ。店主の都合でころころと変わるので、元の世界のきっちりと決められた時間を厳守する店に慣れている美咲としては驚く部分も多いものの、そもそもの時間を知る手段や正確性が全く違うので、一概にミルデたちがルーズだとは言えない。
「さて、里の外に行くにしても、色々候補地はあるわけだけど、何か希望はあるかしら?」
道中尋ねてくるミルデに、美咲とミーヤは顔を見合わせる。
「とは言っても、私、ミルデさんと食材探しに行った時の場所くらいしか知らないんですけど」
「ミーヤはどこも分かんない……」
二人揃って情けない表情の美咲とミーヤにくすりと笑みをこぼしつつ、ミルデは言った。
「そう。なら、まずはこの前美咲ちゃんと行った場所に行きましょうか。あそこなら、ついでにグラビリオンとか探せるし」
「グラビリオン!?」
大好物の名に、物凄い勢いでミーヤが食いついた。既に涎を垂らしそうな勢いで物欲しそうな顔をしている。
「食べたい! グラビリオン食べたい!」
「あらあら。じゃあ、籠を取ってくるからちょっと待っててね」
微笑ましそうにミーヤを見たミルデは、翼をはためかせて両替屋に飛んで行き、すぐにとんぼ返りして戻ってきた。
殆ど時間が掛かっていないのに、その足でしっかりと籠を握っている。
籠を地面に下ろし、そのまま籠の上に着地したミルデは、ひょいと身軽な動きで籠から飛び降りた。
「ただいま。じゃあ行きましょうか。美咲ちゃん、持ってくれる?」
「あ、はい」
ミルデに頼まれ、美咲は籠を背負った。初めてではないので、美咲も慣れたものだ。
もっとも採取するものについては未だに慣れていないので、何を捕まえるか考えてしまうと、腰が引けてしまうのだが。
いつかの場所に着くと、美咲は籠を手に虫型魔物探しに、ミーヤは魔物使いの笛を吹き、ミルデは周囲の警戒に、とそれぞれ別れた。
「ちょ、多すぎじゃない?」
以前は隠れていた虫型魔物が、ミーヤが魔物使いの笛を吹き始めたとたん次々沸いて出てきて、美咲は若干顔色を悪くした。
一方でミーヤは虫型魔物に嫌悪感を抱いていないらしく、次々と出てくる姿を見ても表情を変えない。好物のグラビリオンを見つけても、僅かに表情を緩ませるだけで、目はあくまで別れたペリ丸、マク太郎、ゲオ男、ゲオ美、べウ子、ベル、ルーク、クギ、ギアたちの姿を探している。
(よく考えれば、こいつらも魔物なんだった……。そりゃ、魔物使いの笛で懐くわよね)
集まってきたグラビリオン、クオーム、バンダータ、モロンゲスなどの虫型魔物に囲まれ、美咲は若干顔を青褪めさせる。
芋虫もどきや蝉もどき、ミミズもどきや枝もどきといった個性豊かな面々に、美咲の表情は引き攣っていた。
しかもその殆どがキングサイズである。
(いくら捕まえても減らない。それどころか増えているような)
籠の中に手当たり次第に放り込んでいるのに、次から次へと集まってくるので美咲は休む暇が無い。
(う、うん。鍛錬だと思えば何とか……)
虫が苦手な美咲としては、何かの罰ゲームにしか思えない虫型魔物ホイホイだったけれども、捕まえて数を減らさなければ美咲自身が凄まじい量の虫型魔物に集られるのは想像に難くない。そしてミーヤは笛を吹きながら自分のペットの姿を探すのに夢中で、美咲の様子には気付いていない。
突然ミーヤが駆け出した。
「ちょ、何処行くのよ、ミーヤちゃん!」
「ペリ丸の声が聞こえたの! 聞き間違いじゃない!」
「ええ!?」
一度はミーヤを捕まえた美咲だったが、驚いた美咲の手が緩み、ミーヤは美咲の手を振り解いて再び走り出してしまう。
「駄目よ! ミルデさんが戻ってくるまで待ちなさい!」
「やだやだやだ! ペリ丸も、ミーヤたちのこと探してる! 行かなきゃ!」
美咲とミーヤでは美咲の方が身体能力が高いので、何とかミーヤを捕まえることは出来たものの、ミーヤは翻訳サークレットと魔物使いの笛の相乗効果で美咲には聞こえないペリ丸の声を聞いているらしく、ペットたちのことで頭がいっぱいになってそれ以外のことが頭から抜け落ちているようだ。
「うわっ!?」
ミーヤが暴れた拍子に、美咲は顎に頭突きを貰い、ミーヤを手放してしまった。
反射的に美咲が顎を押さえたその隙に、今度こそミーヤは走り去ってしまう。
「……ああもう! どうしてこうなるのよ!」
ミルデには勝手に行動するなと言い含められていたし、美咲も自分たちの立場を理解していたのでそんなつもりは無かったが、さすがにこんな状況ではミーヤを追いかけないわけにもいかず、仕方なく走り出した。
■ □ ■
しばらくして、美咲とミーヤの追いかけっこは、ミーヤが足を止めたことでようやく終わった。
地面に蹲ったミーヤは、手を差し伸べる美咲を振り返った。ミーヤの両腕は、灰色のペリトンを抱えている。
灰色なのは、薄汚れているからだ。たくさんの危険を乗り越えてきたようで、その毛皮には、所々赤い血が滲んでいる。
ところどころに蹲っているのは、ペリトンの躯だ。
「お姉ちゃん。皆、ここに居た。……やっと、見つけたよ」
恐らく、やって来たのが誰か分からず、警戒していたのだろう。ミーヤの姿を見つけて、見慣れた魔物たちが次々に姿を現した。
傷だらけのマク太郎に、同じく傷だらけのベオ男とベオ美。
最後に見た時とは随分と数を減らし、ベウ子と僅か二匹にまで減ってしまった、働きベウたち。
怪我こそ無いが、ベルークギアの幼生体であるベル、ルーク、クギ、ギアの四匹は、最後に別れた時よりも元気が無い。
美咲は口から出かけた文句を押し留めた。
いきなり走り出していったミーヤには驚かされたが、美咲とて、ペットたちが見つかったのは喜ばしいことに変わりは無いのだ。
(仕方ないわね。ミルデさんへの弁解は、頑張って私がやろう)
目の前まで近付いた美咲に、ゆっくりとマク太郎が近付いてくる。
巨大な熊型魔物であるマク太郎は、美咲の傍まで来るとくんくんと鼻で匂いを嗅いでくる。
「くまー、くま、くま」
「ごめんね。サークレットを付けてないから、君が何を言っているか、分からないよ」
身体を擦りつけるマク太郎に、美咲は恐る恐る触れた。
「"やっと会えた"って。そう言ってるよ、お姉ちゃん」
通訳をしてくれるミーヤの声は、鼻声だ。時折、鼻を啜る音も聞こえる。
女王ベウであるベウ子が、美咲の頭に止まった。
「"誰も助けられなくて、ごめんなさい"だって」
ミーヤの通訳に、美咲の瞳にもじわりと涙が滲んだ。
ベウ子が言う助けられなかった人たちが誰なのかを、察したからだ。
「あなたたちの責任じゃないよ。あなたたちだけでも、生きていてくれて良かった。本当に良かった」
横たわっていたゲオ男とゲオ美が起き上がり、美咲とミーヤの下へ歩み寄っていく。
二匹のゲオルベルは、尻尾を盛んに振っては、二人にじゃれ付いてきた。その様は、まるで犬のようだ。
「バウ……! バウ……!」
「うん、うん……! ミーヤもまた会えて嬉しいよ!」
ひっくひっくと嗚咽を漏らすミーヤは、ペットたちを抱き締めて号泣していた。
よたよたと自分たちの下へやってくるベルークギアの幼生体四匹を見て、美咲はようやく彼らと再会出来た事実を実感する。
(……夢じゃ、ないのよね?)
目頭が熱くなって、美咲は目を手で覆った。
同時に、もしかしたらと思う。
ペットたちが生きていたのだ。
他の皆も、生きているかもしれない。全員とは言わずとも、生き残りがいるかもしれない。
(希望を持つくらい、いいよね……?)
明るい声を意識して、美咲はミーヤに声をかけた。
「この子たちを連れて、戻ろう。ミルデさんに紹介して、きちんと勝手に動いちゃったこと、謝らなきゃ」
「う……。ごめんなさい、お姉ちゃん」
合流できたことで冷静になって、我に返ったのだろう。
自分の取った行動が問題だらけだったことに気付き、ミーヤの顔色が青くなった。
そのミーヤの頭を、美咲は優しく撫でる。
「二人で一緒に、ミルデさんにごめんなさいしようね」
「……うん」
ペットたちを連れて元の場所に戻ると、すぐにミルデが飛び降りてきた。
「もう、何処に行ってたのよ! 自分の立場、分かってるの!?」
ミルデは凄い剣幕で美咲を叱りつけた。
無理も無い。何とか穏便に美咲を受け入れようと努力していたところに、まさかの無断行動である。戻ってきたからまだ良いが、もしそうでなければ、ミルデは里の存在の露見を危惧し、隠れ里に戻って報告をしなければならなかっただろう。
そうなれば、美咲を信じて目を放したミルデが処罰されることはもちろん、隠れ里の余所者に対する対応が、排除で固まるのは想像に難くない。
「ごめんなさい、ミルデさん」
「ううん、いいよ、お姉ちゃん。ミーヤ、ちゃんと謝るから」
ミーヤを庇おうとした美咲を、ミーヤは押し留めて前に出た。
「お姉ちゃんが場を離れなきゃいけなくなったのは、ミーヤが先に移動したせいなの。お姉ちゃんのせいじゃないの」
さすがに小さな子どもに同じ態度を取るつもりにはなれないのか、ミルデは語気を和らげでミーヤに理由を問う。
「……どうして、そんなことをしたの?」
「やっと、ミーヤの友だちが見つかったから」
そこで初めて気付いたかのように、ミルデは美咲とミーヤの背後に目を向けた。
マクレーアに、ゲオルベルが二匹。女王ベウらしきベウに、働きベウが二匹。そして、ベルークギアの幼生体が四体。
さらによく見れば、ミーヤはペリトンを抱えている。
それらは皆、満身創痍だった。
「……仕方ないわね。今回は私の胸に留めておくから、もう勝手に何処かに行ったら駄目よ」
魔物たちの傷だらけさを見たからか、ミルデはようやく矛を収めた。
「いったん里に戻りましょう。その子たちの手当てをしなきゃ」
ミルデは仕方なさそうに微笑み、ミーヤの頭を撫でた。