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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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十九日目:里の子どもたち5

 話題は、完全に数日後に行われるという豊作祈願の祭りへとシフトしていた。


「射的は出るかな。得意なんだよ、あれ」


 ワクワクしているのを隠そうともしないクラムを、ラシャが半笑いで茶化す。


「あんた去年魔法の出力間違えて商品吹き飛ばして、出禁食らってなかったっけ?」


「うぐっ。今年も同じ人が店出してるとは限らないだろ」


 大げさに胸を押さえたクラムがラシャに言い返すが、そこへセラが追撃をかけた。


「……面子は毎年変わらないわ。今年も同じ。里の人口だって、たかが知れてるもの」


「ち、ちくしょー」


 セラの冷静な指摘に、言い返せずクラムは悔しそうに歯噛みする。

 その背中を、マエトが慰めるように叩いた。さらにタクルが便乗する。


「お前の分まで、俺たちが取ってきてやる」


「いっぱい楽しんで、その感想を聞かせてあげるよ」


 マエトは素の好意で言っているようだが、タクルの方は完全に確信犯のようでにやにやしている。


「俺もやりたい……」


 切なげに呟き、クラムは死んだ目になって撃沈した。

 クラムが何も言わなくなったので、話題はクラム弄りからまた別の話題へと移る。


「ねえ、セラは今年は誰と行くのよ?」


「ラシャちゃん、一緒に行こうよ」


 異性を想定して尋ねたラシャは、同性である自分を真っ先に誘うセラに、呆れた顔をする。ラシャとて、セラと行きたくないわけではないのだが、たまのお祭りくらいは、気になる男の子を誘ってみたいのだ。


「あんたねぇ。せっかくの祭りなんだから、異性を誘いなさいよ。恋人の一人や二人、作ってみなさい」


「こ、恋人!? ……里の男の子なんて、興味ないもん」


 ませているラシャに対して、セラは異性にはあまり興味が無いようだった。あるいは恥ずかしいだけかもしれない。というか、一人はともかく二人作ってしまったら、それは二股である。

 男子三人組は、セラに対象外宣告されて微妙な表情だ。


「おい、さすがにはっきり言われると傷付くんだが」


「傷心……」


「セラって大人しい割に、たまにさらっと凄い毒吐くよね」


(さ、最近の子どもって、進んでるのね……)


 聞き役に徹していた美咲は、さりげなく焦っていた。

 美咲の感覚としては、セラに近いのだ。異性と付き合った経験が無いし、そもそもそういうイベントに参加したことすら少ない。それこそ、子どもの頃に女友達と行ったことがあるくらいだ。

 そんな美咲にとって、ミーヤよりも多少上程度の年頃のラシャの言動は、非常にませて見えた。

 相対的に、美咲は自分が子どもっぽいような気がして、一人で凹む。


「ねえ、美咲お姉ちゃんは恋人居ないの?」


「えっ」


 当のラシャに話を振られ、美咲は一気に赤面した。

 もちろん美咲だって、色恋沙汰に興味が無いわけではなく、元の世界ではそれなりに気になる男子生徒だって居た。

 しかしそんな浮ついた淡い思いは、この世界に召喚されたことで消し飛んでしまった。それどころではなくなったのだ。所詮、抱いていた恋心も、その程度だったということかもしれない。

 ラシャに問い掛けられ、反射的に美咲が思い浮かべたのは、ルアンの姿だった。

 格好良くて、強くて、それでもまだ青さもあって、勝気な姿が、美咲の好感を誘った。

 もし、ゴブリンの洞窟でルアンが死んでいなかったら、もしかしたら今頃美咲はルアンに恋心を抱いていただろう。

 いや、それとも、そう思っていること自体が、ルアンの死によるものなのかもしれない。

 往々にして、死者は美化されがちだ。

 ルアンもそれは例外ではなく、美咲とルフィミアを逃がすため、足止めに残ったという一点が鮮烈に記憶に残り、それ以前の軽挙妄動に関しては、美咲もあれは仕方のないことだったと思ってきている。

 実際に、先に進んだことでルフィミアたちの窮地を救えたのだから、ある意味ではルアンの選択も間違っていないのだ。どういう結果に転ぶかは博打に近かったという点を除けば。

 遡れば、エルナに対しても同じことが言える。

 召喚者であるにも関わらず、召喚されたばかりの美咲に対して酷い態度を取っていたエルナだったが、共に旅をした経験と、文字通り命を代償に美咲の失敗の尻拭いをしたことで、エルナに対する美咲の認識は、大きく善人の方向へと傾いている。

 実際にエルナが善人だったかどうかは、本人が死んでしまった以上、永遠に分からない。唯一つ言えることは、美咲にとっては、エルナは今でも善人だということだ。

 思えば、美咲に協力してくれた人たちは、皆良い人たちばかりだった。

 ルフィミアもそうだし、アリシャとミリアンは言うに及ばず。ディアナは償いを文字通り最期まで貫いたし、セザリー、テナ、イルマ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、ミシェーラ、システリート、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコたち十八人は、美咲が気絶していた間、全員が自ら捨て駒となって、魔王から美咲を逃がす時間を稼いだ。

 タゴサクもまた、美咲のために戦った一人だ。付き合う必要なんて無かったのに、最期まで逃げずに彼女たちに付き合った。いや、タゴサクの場合は、美咲のためというよりも、それ以上に彼女たちのため、という意味もあったかもしれない。タゴサクは彼女たちを助けるのに深く関わっていたし、彼女たちの中には、タゴサクの知り合いも居たようだったから。

 逃げたタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレーに関しては、恨んでいないと言えば嘘になるけれども、仕方ないことだとも、美咲は理解している。

 彼らは己の命を最優先しただけだ。そうである以上、美咲は彼らに何も言えない。自分の命が一番大事なのは、美咲も彼らと同じだ。


「恋人とか、考えたことも無かったよ。それどころじゃなかったし」


「そっか。じゃあ、お祭りでいい人見つかると良いね。里の男たちも、結構良い男揃いなのよ」


 苦笑する美咲に、ラシャは微笑んで勧める。


「おい、ラシャの奴、けなしたその口で持ち上げてやがるぞ」


「……まあ、けなされっ放しよりかはいいんじゃないのか」


「っていうか、女って何であんなに恋話が好きなんだろう」


 こそこそ話している男の子たちに、ラシャが怒鳴る。


「そこ! 聞こえてるわよ!」


 一喝したラシャは、美咲に向き直ると一転して好奇心でキラキラした瞳で美咲に尋ねる。


「ねえ、美咲お姉ちゃんはどういう人が好みなの? 私は、リードしてくれる年上の男の人がいいなぁ。……セラ、あんたもこっちに来て話に入りなさいよ」


「は、はぅうう」


 ぽつんと一人で寂しそうにしていたセラは、ラシャに誘われて、嬉しさ半分恥ずかしさ半分といった表情で、美咲とラシャに近付いていく。

 セラの顔は真っ赤だ。何を言われるのかと、不安になって体をぷるぷるさせている。


(あ、なんか落ち着いてきた……)


 先ほどまで慌てていた美咲は、それ以上に慌てているセラを見て、変に冷静になってしまった。


「そうだね。私は、年齢差はあんまり気にしないけど、頑張ってる人がいいかな。目標に向けて努力している人って、格好良いと思うよ。それが難しければ難しいほど、尊敬する」


 話し出せば、すらすらと美咲の中から言葉が出てきた。

 間違いなく、それは美咲の本心だ。美咲自身が実現がとても難しい目標を達成しなければならない羽目になっているからこそ、諦めずに努力し続ける姿は、美咲を勇気付けてくれる。

 生憎、そんな異性にはまだ美咲は会っていないけれど。

 もしももっと長い間ルアンと過ごしていたら、あるいはルアンとそうなっていたかもしれないが、所詮は仮定の話だ。


「例えば?」


 続きを促すラシャに、美咲は顔を赤くしながら言葉を紡ぐ。

 青臭い心情を吐露するのは、やっぱり少し恥ずかしい。


「えっと……こういうご時世だと、悲しいこととか、辛いこととか、いっぱいあるじゃない? 故郷が無くなっちゃったり、肉親や友達、恋人なんかと死に別れちゃったり。そんな世の中を変えるために戦っている人がいたとしたら、私、本当に心底尊敬すると思う。私には、出来ないことだから」


 人族と魔族が、種族の存亡を賭けて争っているこの世界。戦争ばかりのこの世界では、悲劇など有り触れた日常に過ぎない。

 一見明るいように見える街でも、一歩裏側に回れば、そこは闇が蟠っている。

 奴隷売買は当たり前のように行われているし、辺境の村はいつも略奪の脅威に晒されている。見目が良いというのは弱者にとっては利点どころか欠点にしかならず、何時だって乱暴狼藉、かどわかしの対象だ。

 美咲はそんな理不尽に喘ぐ者たちが居ても、何も出来ない。実際にそんな場面を見てしまったら、冷静に判断することは出来ずに飛び出してしまうかもしれないけれど、自分の手が届く距離に限界があることくらいは、美咲とて知っている。美咲に出来るのは、魔王を倒し、この乱世に一つの決着を付けさせることだけだ。それが、元の世界に帰還するという美咲の願いにも繋がる。


(まあ、それすら出来るか怪しいところなんだけどね……)


 己の無力さを、美咲は噛み締める。

 決して美咲は自分の実力を過信してはいない。というよりも、過信のしようが無い。がむしゃらに努力を重ねて魔将の一人を討ち取るまでに強くはなったが、その勝利とて、美咲一人では到底為し得なかった。仲間の献身的な協力あっての勝利だ。

 ただ魔法が効かないという、異世界人ならば誰でも持っている能力以外は、美咲は無力な少女に過ぎない。肉体的に言えば、間違いなくこの世界の人間たちよりも貧弱なのだから。


「ふーん。お姉ちゃんって、ロマンチストなんだね」


 ラシャが意外そうな表情で、美咲を見上げた。


「そんなに変かな」


 見つめられた美咲は、居心地悪さを感じて身動ぎした。


「だって、普通の人は、そんなこと考えないよ。自分を守るのに必死で、他人のことを考える余裕なんて無い。美咲お姉ちゃんの処遇を決めるのにも、里の大人たちは随分揉めてたみたいだよ。始末すべきだとか、奴隷商人に売って金に換えてしまおうとか、色んな案が出てたみたい。最終的には、様子見に落ち着いたみたいだけど」


 冷静な態度のラシャは、見た目の年齢よりも遥かに大人びて見える。彼女に限らず、子どもたちの精神年齢が高めなのは、やはり環境故だろうか。


「……よく知ってるわね」


 さりげなく重要情報をばらすラシャの度胸に驚き、美咲は目を瞬かせる。その様子を見て、ラシャは澄ました表情で胸を張った。


「もちろん直接話し合いには参加出来ないわよ。でも、情報を知る手段なんて他にもいくらでもあるんだから」


 美咲がラシャの自信がどこから来るのか不思議に思っていると、そっとセラが美咲に補足をした。

 セラの顔には苦笑が浮かんでいる。


「ラシャちゃんは、よく天井裏に潜んで、重要な話し合いを盗み聞きしてるんです。ラシャちゃんのお爺ちゃん、里長だから」


(忍者みたいなことするのね、この子……)


 アグレッシブなラシャに、美咲は少し心配になってしまう。行動力があるので、自ら危険に突っ込んで行きそうな気がして少し怖い。

 それからしばらくして、クラムがお腹が空いたから家に帰ると言い出し、子どもたちは各々昼食を取るために家に帰った。

 太陽はほぼ真上に位置している。大まかにしか予測できないが、おそらく時刻は昼過ぎだ。


(私も、ミーヤちゃんを迎えに行ってお昼にしようかな)


 広場を出る前、最後に美咲は振り返ってバルトを見る。

 ようやく静かになり、バルトは昼寝を始めたようだった。


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