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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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十八日目:美咲と旅商人2

 弁当と一緒に買い込んだそれを、美咲は渋面で見つめていた。


「……買ってしまった」


 美咲が手に持っているのは、仮面だ。

 顔全体から後頭部までを覆うタイプで、派手な装飾がなく、灰色の優美とも言える仮面だった。

 仮面というと表情がはっきりと分かる不気味なものも多いものの、この仮面は表情が分かるほどの作り込みがされておらず、口も鼻も無い。

 色は真っ白で、軽い割には硬い。

 覆われる面積的には兜に近いが、兜と呼べるほど分厚いわけではないので、やはり分類としては仮面だろう。

 特筆すべきは頭部部分に植毛された腰までの金髪で、まるで本物の髪の毛と見紛うそれは、よく見ると勝手にうねうねと一本一本が別々の微細な動きをしている。

 元の世界に居た頃の、髪が長かった美咲ならばともかく、髪が短い現在の美咲では、被ってしまえば本来の髪は完全に隠れてしまうだろう。


(何で出来てるんだろう……)


 ためしに少し叩いてみると、コツコツと硬質な音がする。


「お姉ちゃん、何それ?」


 ミーヤが不思議そうな顔で美咲が手に持つ仮面を見る。


(……これ、被っても大丈夫なのかな)


 自分で買っておいてなんだが、異世界の仮面なので被るのは少し怖い。仮面が取れなくなってしまったりはしないだろうかと不安を覚える。もしくは、仮面に自我を奪われたりしないだろうかとさえ思ってしまう。

 荒唐無稽だと美咲自身思うが、何しろ今居る場所が今居る場所だ。荒唐無稽といえば異世界にいること自体がまさにその通りなので、もしかしたらという警戒心は捨てられない。


(うん、後でミルデさんに見てもらおう。そうしよう)


 とりあえず、安全が確認できるまでは、仮面は荷物の肥やしになることが決定した。

 手を繋いで、ミーヤと二人、広場からの帰り道を歩く。

 美咲たちが帰る準備をしている途中も、まばらに旅商人の露店には里人が来ていた。

 本格的に店を開くのは祭りの最中らしいので、今来ているのはその時に仕事か何かで店に来れない人たちだろう。

 外の道具を仕入れて売りにやってくる旅商人は、基本的に里人たちには有難がられている。

 生活に必要な日用品から、里の外の珍しい雑貨類、または美咲が購入した仮面のような珍品まで、品揃えは多種多様だった。

 そんな人間が、裏でせっせとミルデの店から偽札で金を巻き上げているのだと思うと、美咲は人は見かけに寄らないのだということを痛感する。

 今思えば、旅の最初にもそんな思いを抱いていた。言うまでも無く、エルザとディナックのことだ。第一印象が最悪だったエルナは付き合ってみればそれなりにいい子だったし、人が良さそうなディナックは、金品目当てに美咲に対して盗みを働き、追いかけたエルザを殺した。

 それを思い出すたび、人を見る目を養わなければと、美咲は思う。もうあんな思いはしたくないから。

 隠れ里には、分ければ魔族、人間、混血の三種類の種族が住んでいる。大部分を占めるのは混血で、隠れ里に住む魔族や人間は、ほとんどが混血の血縁だ。妻や夫、あるいは親などの続柄に当たる。

 興味深いのは、同じ混血でも受け継ぐ形質には個人差があり、それによって姿形が変わるということだ。魔族に近い者もいれば人間に近い者もいるし、両者が混ざり合ったような姿の、ある意味では混血らしい者もいる。

 里の人間の話では、混血の中には姿形が魔族や人間とほとんど変わらない者もいて、人間の親から魔族そっくりの子が生まれて、調べてみれば実は先祖に魔族の地が混じっていたことが判明したりすることもあるらしい。その場合、親子の境遇が悲惨なことになるのは言うまでもない。


「お姉ちゃん、串焼き、串焼き」


 うっかりグモの家への道を辿りそうになって、美咲はミーヤに袖を引かれて串焼きの材料を買って帰る約束を、ミーヤとしていたことを思い出す。


「ごめんごめん。行こうか」


「うん! ミーヤ、今度は何にしようかなぁ」


 食料品店への道を選び直して、店で食材を買い、グモの家に戻った。


「ただいまー!」


 一足先に家に入ったミーヤが、靴を脱ぎ捨てて奥へ走ろうとする。


「こら、ミーヤちゃん。靴は綺麗に脱がなきゃだめでしょー」


「あ、ごめんなさーい」


 見咎めた美咲に注意され、ミーヤは脱いだ後の自分の靴を綺麗に揃えた。


「おお、お帰りなさい。どうでしたかな、里での一日は」


 仕事が既に終わっていたらしいグモが、美咲とミーヤを出迎えてくれた。


「ミーヤね、お姉ちゃんに串焼き作ってもらうの!」


「おや、そうなのですか」


 むふー、と自慢げに告げるミーヤに、グモは大げさに驚いてみせた。


「グモはもうご飯食べた?」


「いえ、まだです。わしも帰ってきたばかりですから」


 尋ねた美咲は、グモの返事を聞いて微笑んだ。


「じゃあ、一緒にお夕飯食べない? 旅商人のところで、お弁当買ってきたんだ。グモの分もあるよ。あとミーヤちゃんのリクエストで串焼きも焼くから、グモもどう?」


「もちろんわしもご一緒させていただきますぞ! 労働後の美味い飯は何よりのご褒美ですからな!」


 快諾したグモは、いそいそと美咲の傍に近寄り、荷物を運び始めた。


「ああ、ありがとう、グモ」


「いえいえ」


 三人分の弁当は食卓に置き串焼きの食材は台所へ。残りの買い物品は道具袋に仕舞う。


「串焼きを作るのですな。手伝います」


「ミーヤも作るー!」


「ありがとう。じゃあ二人とも、一緒に作ろうか」


 美咲はミーヤとグモを伴って、台所に向かった。



■ □ ■



 旅商人のところで買った弁当は、美咲が手にしたことで保存魔法が解けてしまっていたものの、それでもまだほのかに温かく、まるで元の世界の弁当屋で作り立ての弁当を買って帰った時みたいだった。


(ああ、美味しかった。数ヶ月前に作られた弁当だなんて、思えないわ)


 旅商人が訪れる頻度はそれほど多くなく、大体二ヶ月、三ヶ月に一回くらいのペースらしい。

 色々な地域を回って商品を仕入れているのだろうから、それくらい掛かるのも納得できる話だ。むしろ、その程度で済んでいるのが逆に凄い。

 隠れ里を訪れる旅商人は偽札をばら撒いている者の他にも数人居て、隠れ里出身だったり、行き倒れていたところを助けた縁があったりと、理由こそ様々だが、総じて皆口が堅いことは共通している。だからこそ、里の存在が露見せず、隠し通せているのだろう。

 容姿が魔族に似ている者は魔族領で、人間に似ている者は人族で商品を仕入れており、何気に隠れ里では人族と魔族、二つの種族の文化が混ざり合っている。

 例えば魔族領の公用語はもちろん魔族語であるが、隠れ里には当然人族共通語を話せる者も居る。一部では人族も住み着いているのだから当然で、隠れ里の家庭によっては、魔族語と人族共通語を両方話せる者も多い。

 どちらにしろ、美咲には異世界の言語なので、過不足なくコミュニケーションを取りたいと思ったら、ミーヤに貸している翻訳サークレットを返してもらうしかないのだが。


「まんぞく、まんぞく」


 弁当に加え、串焼きを好きなだけ平らげたミーヤはとても幸せそうな表情で椅子の背もたれに寄りかかっている。

 姿勢のせいか、それともたくさん食べたせいで本当にそう見えるのか、ミーヤのお腹はぽっこりと膨れていた。

 ほんわかした雰囲気を振りまきながら、自分のお腹を摩るミーヤは本当に可愛く見えて、美咲はしばしミーヤを愛でた。


「どうしたの、お姉ちゃん。ミーヤに何かついてる?」


 視線に気付いて振り向いたミーヤに、美咲は首を横に振る。


「何でもないよ。それより、串焼き美味しかった?」


「うん! 凄く美味しかった!」


 元気良く返事をするミーヤに癒されつつ、美咲は視線をミーヤから逸らし、グモに向ける。


「ご馳走様です。美咲さん、ありがとうございました」


「どういたしまして。喜んで貰えたみたいで何よりだわ」


 ゴブリンであるグモの表情は、ミーヤほどはっきりと美咲には細かな喜怒哀楽は判別できないけれど、それでもそれなりに大まかではあれど判断することは出来る。

 見立てが間違いなければ、グモも間違いなく満足しているようだった。


「それで、美咲さん。今後はどうするので? 魔王を倒す旅を諦めたわけではないのでしょう?」


 しばらくして、グモが本題を切り込んできた。


「……うん」


 頷く美咲の脳裏に、ヴェリート撤退戦の光景が過ぎる。

 全てを見届けたわけではないけれど、事実として、美咲は生き残り、美咲を守った『彼女たち』が命を散らしたことに変わりは無い。

 溢れかけた涙を、美咲は乱暴に拭った。


(泣くな。私に、そんな資格はないのよ)


 いずれそうなることを承知で迎え入れたのだ。美咲自身望んではいなくても、美咲の思惑に関わらず、魔王討伐の旅に同行することで、犠牲が出る可能性が極めて高いことは、早いうちから予測がついていた。既に、エルナ、ルアン、ルフィミアの三人が、美咲と関わって死亡していたのだから。

 行き場の無い彼女たちを、結末を何となく予想しながら、美咲は受け入れた。そして予想通りに、彼女たちは死に、美咲は生き残った。

 まるで悪魔のようだと、美咲自身思う。それでも、美咲は元の世界に戻るという願いを捨てきれない。誰も失いたくないと思っているのは本当だ。でも全てを諦めて、この世界に骨を埋めることもできない。

 ジレンマを抱えたまま美咲は歩き続け、ある意味では予定調和の結果が出た。

 もう仲間と呼べるのはミーヤ一人。ミーヤと二人きりとはいえ、美咲は魔族領内に踏み込み、こうして生きている。死闘の末に打ち倒した蜥蜴魔将ブランディールから、彼の相棒であるバルトを託された。バルトなら、魔王城の位置を知っている。


「バルトの回復を待つわ。彼が言うには、飛べるようになるまで一週間くらい掛かるみたい。だから、少なくとも一週間はこの里に居るつもり。ごめんね、グモの家に転がり込んじゃって」


「いえ、恩返しをする良い機会ですし、わしは気にしていませんよ」


 謝る美咲に、グモは慌てて手をわたわたと動かす。


「……皆、一週間あれば戻ってきてくれるかなぁ」


 どこか不安そうに、ミーヤが美咲の服の袖を掴む。

 初めて会った頃から変わらない、不安になった時のミーヤの癖だ。

 まるで置いていかれることを拒むように、遠慮がちに、しかししっかりとした力で離すまいとする。


(一週間も動けないのは、正直痛手だけど、仕方ないよね。せめて前向きに考えないと)


 待つしかないのなら、美咲は生まれた時間を有効に使うつもりだった。

 つまりは、鍛錬だ。

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