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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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十八日目:いくつ犠牲を重ねても2

 しばらく、沈黙が広場を包む。


(……人族ごっこって、何?)


 美咲が不思議に思っていると、残る吸血鬼のような子が説明してくれた。


「人族役の人が、他の魔族役の人を捕まえるの。制限時間内に全員捕まったら人族の負け。誰か一人でも逃げ延びたら魔族の勝ち」


「なるほど……」


 どうやら、聞いた限りでは、美咲の世界の鬼ごっこと同じようだ。


(鬼役が人族なんだ。力関係からしたら、魔族が鬼役の方がしっくりくるけど)


 不思議な気がして、美咲は首を傾げた。

 押されているのは人族の方なのだから、捕まえるのは魔族の方が合っている気がする。


(でもまあ、子供の遊びの名前にケチつけても仕方ないか。っていうか、どうでもいいし)


 人族ごっこだろうが魔族ごっこだろうが、要は鬼ごっこである。戦争ごっことか言い出されないだけマシだ。魔族と人族が実際に戦争をしている真っ最中なのでシャレにならない。


「いいよ。人族ごっこ、やろう」


「じゃあ、お姉さんが人族ね! 逃げていいのはこの広場の中だけ! 十数えて追いかけてきて!」


「え、ああ、うん。それはそうなんだけど。……鬼役ってことよね? 何だか紛らわしいなぁ」


「僕はこっち!」


「私はあっち!」


「……隠れる」


 三人の子供たちは、思い思いの方向に駆け出していった。


(何か、童心に返りそう)


 ミーヤのところに行く予定だったのに、妙なことになっていることに苦笑しつつ、十秒待ってから美咲は走り出す。

 子供が相手であることを考えて、本気では走らない。子供たちが走るであろう速度よりも、僅かに早い程度だ。


「って、全員もう遠くにいるし。意外に早いな」


 もう広場の端に達している子供たちを追いかけ、美咲もスピードを上げた。まだ本気ではない。


(捕まえられそうで、捕まえられない……)


 距離を詰めるところまでは上手くいくのだが、あと一歩のところで取り逃がしてしまうことを繰り返すうちに、美咲は段々真剣になってきた。さらに速度を上げる。

 にも関わらず、彼我速度差に変化は無かった。


(っていうか、もうほとんど本気で走ってるんですけど! これで追いつけないってどういうことよ!)


 歯噛みした美咲は、逃げる子供たちを観察する。


「ケェアヨェァカァウロォイユ(脚力強化)ゥォカコユアゥケ!」


「ソォイヤァゥンペェアタァウロユゥ(瞬発力増大)ォカズゥオアゥデオィ!」


「デェアタァゥツゥオ(脱兎の如く)ヌグツカァ!」


 よく見ると、子供たちは強化魔法を使っていた。


「ず、ずるい!」


 このままではいつまでも追いつけない予感がして、美咲は涙目になる。たかが鬼ごっことはいえ、子供相手に誰も捕まえられないとか、自分のへっぽこさを思い知らされているようで凹む。

 ある意味では美咲らしいのかもしれないが、強くなったと思っていた美咲としては、そんならしさは要らない。


「ずるくないもーん」


「お姉さんも使えばいいじゃん!」


「逃げまーす」


 使いたくても自分への強化魔法を種類を問わず無効化してしまう美咲は、子供たちのように強化魔法には頼れない。

 とはいえ、殺し合いではないのだから、攻撃魔法を利用してまで猛追するのは明らかにやり過ぎだ。周りの被害も馬鹿にならない。


(こ、こうなったら障害物を利用して追い込んで、誰か一人だけでも……!)


 頭をフル回転させ、バルトすら障害物として利用して、何とか吸血鬼の子を袋小路に追い込むことに成功する。


「あっ、行き止まり……どうしよう」


「ぜえっ、ぜえっ、これで、何とか、年上の、威厳は、保てた、わね」


 荒い息をつきながらも、美咲は一人だけでも捕まえられそうなことに安堵する。


「えっと……ごめんなさい」


「飛んだ!? ひ、卑怯よー!」


 喜びは長続きせず、吸血鬼の子は翼をはためかせ、あっさり美咲の頭上を飛び越えてしまった。

 慌てて後を追いかけるものの、元々スタミナが切れかけていた美咲が追いつけるわけもなく。

 追いかけっこは美咲の敗北で終わる。


「……全然寝レネー」


 薄目を開けたバルトが、ふすー、と鼻息を漏らす。


「あっ! ごめん、バルト!」


 本来ならばバルトを休ませるはずだったのに、いつの間にか子供たちと一緒になってバルトの周りを駆け回っていたことに気付き、美咲は若干ふらふらよろめきながらバルトに近寄る。


「オイ。大丈夫カ」


 怪我人のバルトに心配され、美咲はバルトに対してとても申し訳ない気持ちになった。


「ちょっと休めば大丈夫だから。ごめんね、騒がしくして」


「全クダ」


 バルトの鼻息で、美咲の前髪が浮き上がる。


「満足シタカ、餓鬼ドモ」


 その声に美咲が振り返ると、いつの間にか三人の子共たちが集まってきていた。


「うん」


「ありがとな、ねーちゃん」


「楽しかった」


 最初の頃とは全く違う物怖じしない態度で、美咲は子供たちにまとわりつかれる。


「私も楽しかったよ。今度は負けないからね」


 笑顔で美咲がそう言うと、言外にまた遊んであげると暗に美咲が言っていることに気付き、子供たちも笑顔になった。


「またね」


「次はもうちょっと強くなってろよー」


「ばいばーい」


 手を振って帰っていく子供たちに手を振り替えして見送りながら、美咲は呟いた。


「……全力さえ出せれば、秒殺なのにぃ」


「餓鬼相手ニムキニナルナヨ。オ前モサッサト行ケ。俺ハ寝ル」


「むぅ。お大事にね」


 最後にバルトの容態を気にかけて広場を去る美咲に向けて、バルトは聞こえているとでも言うかのように、尻尾の先をゆらりと揺らした。



■ □ ■



 広場を出た美咲は、今度こそミーヤのところへと向かった。

 ミーヤは午前中と同じく、里の入り口で魔物使いの笛を吹いていた。その姿を、里の入り口を守る兵士が困った表情で見ている。


「辺りの魔物は定期的に掃討してるから、笛の音を聞いても寄って来ないと思うんだがなぁ」


 呆れた様子の兵士に、ミーヤは振り向いて唇を尖らせた。


「絶対来てくれるもん。おじさんは黙ってて」


「おじさん……」


 外見年齢はまだまだ二十代に見える兵士は、おじさん呼ばわりされてたそがれた表情になった。

 美咲は歩いて後ろからミーヤに近付いていき、その横に立つ。


「あ、お姉ちゃん」


 足音に気付いたミーヤが、振り返って美咲を見上げる。

 同じく美咲に気付いた兵士が、気さくに美咲に話しかけた。意外と話好きなようだ。一心不乱に笛を吹き続けるミーヤと二人きりで過ごすのは、さぞかし居心地が悪かっただろう。


「その嬢ちゃん、朝からずっと吹きっ放しなんだぜ。それだけ吹いて来ないなら、もう野生に帰っちまってるに決まってるのに、忠告しても全然聞きやしない」


「野生になんか帰ってないもん!」


 やれやれと肩を竦める兵士に対して、ミーヤは肩を怒らせて否定する。


「もうお前のことは忘れちまってるよ。魔物なんてそういうもんだ。悪いこと言わんから、諦めろって」


「違うもん!」


 泣きそうになりながら思い切り叫んだミーヤは、再び森へと向き直ると、もう一度魔物使いの笛を吹く。誰にも聞こえない笛の音は、状況に何の変化ももたらさない。


(……ミーヤちゃん)


 ペットたちと離れ離れになったミーヤの気持ちが痛いほど分かる美咲は、兵士のようにミーヤの行動を無駄な努力と切り捨てることが出来なかった。

 これを無駄な努力と言うのなら、魔王を倒そうとする美咲の旅の目的の方が、無駄な努力だ。難易度で言えば、間違いなく魔王討伐の方が高いに違いないのだから。


「今日はもう、これくらいで切り上げたらどうかな。まだこの辺りまで来てないだけなのかもしれないし、明日またやろうよ。ミーヤちゃんも、朝から吹きっ放しで疲れてるでしょ?」


「……でも、ミーヤだけじゃ、いざという時お姉ちゃんを守れない」


 良かれと思って宥めようとした美咲は、ミーヤに心情を吐露されて思わず息を飲んだ。

 ミーヤは、美咲のことを心配しているのだ。

 ルフィミアは敵に奪われ、美咲が心を寄せていた仲間たちはほぼ全員が死ぬか行方不明になった。

 起きた時美咲が錯乱状態にならなかったのは、そのほとんどが、気絶している間に行われ、起きた時には全てが終わっていたからだろう。

 もし美咲が起きたのが、混血の隠れ里に着いてからではなく、もっと前に目覚めていて、それこそ皆が殺される瞬間を目撃してしまっていたら、美咲は間違いなく半狂乱になっていただろう。一時の憎悪に突き動かされ、静止も聞かず、魔王に特攻して玉砕していたかもしれない。

 そういった意味では、美咲が目覚めるタイミングは悪くなかった。

 後から報告を聞かされても、気絶していた美咲は皆が殺されたという事実をその目で見ていないから、その情報は単なる知識として美咲の頭に刻まれた。その結果、美咲は本当の意味で彼女たちの死を実感することが永遠に出来ない代わりに、悲しみも薄く、ただ喪失感に苛まれるだけで済んだ。

 それが幸せとは言えなくとも、美咲の精神を守ったことは確かなのだ。

 でもどちらにしろ、現在美咲を守る戦力はガタガタだ。仲間はミーヤだけで、そのミーヤもペットと逸れてしまって一人きり。

 ペットたちが居てくれるからこそ、自分が戦力として数えられるのだということをよく弁えているミーヤは、一刻も早く自分のペットたちと合流する必要があった。

 隠れ里で、里人たちは美咲とミーヤに親切にしてくれるとはいえ、ここはもう魔族領だ。この先何が起こるか分からない。

 だからこその、ミーヤの行動である。ミーヤもミーヤなりに、焦っているのだ。


「ありがとう。ミーヤちゃんの気持ち、凄く嬉しい。でも、無理はしないで。ほら、唇のところ、吹き続けたせいで腫れてるじゃない」


 美咲はミーヤの唇にそっと指を当てる。ミーヤの唇は、長時間魔物使いの笛を無理して吹き続けたせいか、荒れていた。一部には、少し切れて血が滲んでいるところもある。こんな状態で吹くのは、ミーヤ自身かなりの痛みを感じるはずだ。

 頑張るあまり、美咲を心配させていたことにようやく気付いたミーヤは、瞳に涙を滲ませ、表情を歪めた。


「……お姉ちゃん、ごめんなさい」


「ううん。謝るのは私の方だよ。ミーヤちゃんも、皆と仲良かったもんね。……ごめんね。誰も、守れなくて」


「お姉ちゃんは、悪くないよ。気絶してたんだもん」


 二人、抱き締め合って美咲とミーヤは泣いた。たった二人になってしまった実感を噛み締めた。


(どうして、一番大事な時に気を失っちゃったんだろう。もし起きてたら、誰か助けられたかもしれないのに)


 心の中で自問自答し、美咲はすぐに自嘲する。

 そんなことは問うまでもなく、明白だ。美咲が、魔将の足止めに残るアリシャを引き止めたからだ。周りにゾンビたちが押し寄せ、退路が塞がれつつある中では、時間をかけているわけにはいかなかった。誰もがそれを知っている中、美咲はアリシャのことが心配でその事実を無視した。


(仕方ないじゃない。だって、あの状態でアリシャさんを足止めに置いていくなんて、死ねって言ってるのと同じだってこと、私にだって分かるよ。出来るわけない。言えるわけない。そんな、恩を仇で返すようなこと。本当なら、ミリアンさんだってあの場に残して行きたくなかったのに)


 アリシャとミリアンの無事を祈りつつも、彼女たちの生存が絶望的であることを、美咲は悟っていた。

 冷静になって状況を思い返せば、その時美咲たちが置かれていた状況が、いかに危機的状況だったか判断出来る。彼女たちがその場に残って足止めに徹したからこそ、美咲は生き延びることが出来た。

 それは美咲とて良く分かっている。分かっているけれど。

 理屈だけでは納得出来ないことだって、あるのだ。


(もう、やだよ。強くなったのに、どうして同じことが続くの? 後何回誰かを犠牲にすれば、魔王を殺せるの? ……本当にそこまでするほど、私がしようとしていることに価値はあるの?)


 自問自答しても、答えは出ない。いや、それには語弊がある。答えなら、最初から出ている。でも、その答えを直視することは、美咲にとって、自分の心の醜さと身勝手さを認めるのと同義だ。

 今までの旅だって、決して楽なものではなかった。エルナが死に、ルアンが死に、ルフィミアのパーティが壊滅し、唯一生き残ったルフィミアも、美咲を逃がして死んだ。そして助け出したはいいけれど、行き場が無かった元奴隷の彼女たちも、皆魔王から美咲を逃がすため、絶望的な戦いに身を投じて全滅した。

 これではまるで、厄病神だ。美咲と心を通わせた者たちは、皆美咲を守って死んでいく。他人を守ろうなんて考えず、自分の命を一番に考える者、それこそタゴサクや美咲たちを裏切って逃げたタティマたちのような人間こそが生き残る。


(浅ましいよ。これだけ他人に守られて、たくさんの命を犠牲にして、それでも私は死にたくないって思ってる。生きて、元の世界に戻りたい。私だって、タティマさんたちと同じなんだ。自分の命が一番大切で、皆死んじゃったのに、こんなに悲しいのに、まだ生きてることに、ホッとしちゃってる)


 仲間たちの死と同じくらい美咲を傷付けたのは、目が覚めてここがヴェリートではないと理解した後、生きてヴェリートを脱出出来たことに安堵してしまったことだった。

 皆の安否を確認するよりも前に、何よりも自分の命がまだ続いていることを喜んだ。

 そんな喜びは、仲間たちの全滅を聞いて吹き飛んでいったけれど、それでも美咲が他人よりも自分を優先したことは変わらない。


(皆ごめんなさい。許してください。せめて、せめて、魔王だけは絶対に殺すから)


 仲間たちは美咲にこの世界の未来を託して死んだ。ならば、絶対に死者の望みは叶えられなければならない。そうでなくては、美咲は彼らの献身に、何も報えない。

 また一つ、美咲に魔王を殺さなければならない理由が生まれた。

 積み上げられた罪と命の重みが、新しい美咲の剣だ。


「……お姉ちゃん?」


 何か嫌な予感がして、ミーヤが顔を上げる。

 唯一残った温もりを、美咲はぎゅっと抱きしめた。

 自分が醜い人間であることを、美咲は自覚している。

 でも、唯一生き残ったミーヤくらいは、守りたかった。


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