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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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十八日目:ミルデのお願い5

 その後も探索を続け、グラビリオンを合計四匹ほど捕獲した頃、空を羽ばたいてミルデが戻ってきた。


「ただいまー。何か良い物見つけたかしら?」


 美咲が背負う籠を覗いたミルデは、中でうごうごと蠢いているグラビリオンを見て、物足りなさそうな顔をする。


「んー、四匹か。おやつにするならこれくらいでもいいけど、もっと欲しいわね。この森には食べられる虫型魔物がいっぱいいるから、改めて一緒に探しましょうか」


「あ、じゃあ色々教えてください。安全かどうかも分からなかったので、グラビリオン以外は取ってないんですけど、他にも見つけたんです」


 どうせなのだから、この機会に美咲はミルデに食べられる虫型魔物を判別してもらうことにした。

 もっとも、美咲自信がそれを食べたいと思うかどうかは、別問題だったりする。何しろ、見た目は完全に虫な奴らばかりである。しかもどいつもこいつも無駄に大きい。


「これ、何でしょうか。逃げるだけで無害そうですけど、色が真っ赤で、警戒しちゃうんです」


 まず美咲がミルデに見せたのは、真っ赤で巨大なミミズもどきの虫型魔物だった。地面を掘った時に見つけたものと同じ種類だ。埋め戻したところとほぼ同じところに居た。


「おー、美咲ちゃん良い物見つけたわね。こいつ、バンダータよ」


 目を輝かせたミルデは、無造作に翼でミミズもどきを拾い上げた。

 よく見るとミルデの翼には一部に爪のような突起があり、それを利用すれば翼を腕のように使えるようだ。


「お茶を淹れてくれた時から思ってましたけど、器用に動きますよね、その翼」


「さすがに手みたいには動かせないけどね。物を掴むことくらいはできるけど。そういう意味では、美咲ちゃんみたいな手を持つ子が羨ましくなるわ」


 感心する美咲に、ミルデは苦笑して肩を竦め、捕えた虫型魔物の解説をした。


「バンダータはね、こう見えても食べられる虫型魔物なのよ。グラビリオンが甘い虫型魔物の代表格なら、バンダータは辛い虫型魔物の代表格。グラビリオンと違ってちょっと調理に手間は掛かるけど、これも美味しいわよ」


 ぺろりと舌なめずりをして、ミルデはバンダータを美咲が背負う籠の中に放り込んだ。


「あと、木の枝にも色々何かいるんですけど……。ほら、あれとか」


 美咲は籠の中のバンダータに意識を割かないようにしながら、伐採された枝に擬態している芋虫を指差す。


「ん?」


 視線を美咲が指差す方向に向けたミルデは、しばらく見つめてから合点がいった様子で美咲に説明した。


「ああ、あの枝、モロンゲスが擬態してるのね。枝に擬態しているうちなら食べられるわよ。採取しましょう。普通に手で掴んで幹から引っこ抜けばいいわ」


 言われた通りに美咲がモロンゲスを捕獲すると、枝のように硬かったモロンゲスは、柔らかくなってうねうねと動き始める。


「ひいいいいい。変な感触がががが」


 半ば悲鳴のような声を上げ、美咲は籠を下ろしてモロンゲスを叩きつけるようにして入れた。

 籠の中には、四匹のグラビリオンと、バンダータとモロンゲスが一匹ずつもごもごうぞうぞ蠢いている。見ていてとても気持ち悪い。

 どいつもこいつも大きめなので、目が粗い籠でも、籠の隙間から漏れるようなことが無いのが、安心といえば安心と言えるだろうか。


「まだ小さいけど、大きくなったら伐採された木そのものに擬態するようになるから、気をつけてね。そうなったら、身が固くなって食べられなくなる上に、人間や魔族も襲うようになるわよ」


 ミルデの忠告を聞いて、美咲は嫌そうな目で籠の中のバンダータを見下ろす。

 バンダータは籠の中でまた枝の擬態をしている。実はこう見えて、捕食者側の虫型魔物のようだ。絶対に成長した個体には出会いたくないと美咲は思った。

 それからもうしばらく探索を続けていると、ミルデがふと顔を上げて一点を見つめ、表情を険しくする。


「美咲ちゃん、早速実物が居るわ。一応警戒して。あの木よ」


 指差された木に、美咲は目を向けた。

 幹は結構太いが、大きさそのものは美咲の背の高さと同じくらいで、その高さで伐採された跡がある。

 木を切るには明らかに中途半端な位置で、切り株と呼ぶには大き過ぎる。

 しかし返ってその大きさのせいで、他の木々に混じって分かりにくかった。

 出会いたくないと思った矢先に遭遇してしまったことに、美咲は暗澹たる気分になる。

 げっそりとしなあら、美咲は尋ねた。


「あれも、モロンゲスなんですか?」


「ええ、そうよ」


 頷くミルデに、美咲はスコップを近くの木に立てかけて、勇者の剣の柄に手を掛けながら再度指示を求める。


「退治しますか?」


「近付かないで放っておけばいいわ」


 てっきり戦う必要があると考えていた美咲は、その必要が無いことを知り、意外そうな顔をミルデに向ける。


「そもそも一定距離まで近付かなければ襲ってこないし、擬態している間は基本的に動かないから、村を守るための天然のトラップになるのよ。ここまで育っちゃうと食べられないし、何かの素材としても役に立たないから、相手をするだけ無駄よ」


 説明されればもっともな話で、美咲は柄から手を離し、木に化けるほど成長したモロンゲスから距離を取った。

 安全を確保したところで、再び採集を再開する。

 ふと思い立ち、美咲は尋ねた。


「そういえば、山菜とかはこの辺りには無いんですか?」


「んー、あるにはあるけど、ちょっと遠出になるわよ。私と美咲ちゃんだけじゃ、ちょっと危険だわ」


 ミルデの返答に、美咲は重々しく頷く。


「なるほど。命あっての物種ですね」


「そういうこと。野草なら無いわけじゃないけど、虫型魔物たちの餌だからね。野草を摘むより、それを食べて太った虫型魔物を獲る方が合理的よ」


「ソウデスネー」


 理屈は分かるものの、巨大な虫にしか見えないそれらを食料とみなすことに、まだ抵抗感がある美咲は、棒読みな相槌を打った。

 籠の中身が三分の一くらい虫型魔物で埋まった頃、ミルデが撤収を告げる。


「よし、これくらいでいいわ。そろそろ戻りましょう」


「分かりました」


 狩りというには地味で、やっていることは終始虫取りのようになってしまったが、一応それなりの収穫にはなったので、成果はあったと言うべきだろう。

 美咲とミーヤは、村への道を辿り始めた。



■ □ ■



 両替屋に戻って、籠を台所の土間に置いて蓋代わりの板を置き、上に重し代わりの石を置くと、ミルデは美咲に向き直り、若干緊張した様子で言った。


「普段なら、そろそろ問題の旅商人が里に来る頃よ。換金するのはいつも里を出る直前だけど、どうする? すぐ問い詰めた方がいいかしら」


「問い詰めるなら、現行犯で偽札を出したところを捕まえてからにした方がいいと思います。そうしないと、いくらでも言い逃れられるでしょうし。そうなった場合、最悪の事態も考えないといけません」


 真剣な表情の美咲の言葉に、ミルデが不安そうな表情になる。


「さ、最悪の事態? それってどんな?」


「疑っているのがバレたら、向こうも警戒して、しばらく身を隠すはずです。それどころか、里の存在をわざと外部にリークして、事の次第をうやむやにしてくる可能性もあります。相手はもう、いつ取引を打ち切っても惜しくないくらい、利益を上げていますから、関係を断っても痛くも痒くも無いです」


 美咲が危惧するのは、この隠れ里の存在が露見することだった。もしそうなってしまっては、当然外から魔王軍がやってくるだろう。それが調査目的であれ、討伐目的であれ、里に少なくない人間が存在する以上、ろくなことにならないのは目に見えている。

 そうなった場合、美咲たちは見つかる前に里を去るしかない。

 しかし、どこへ行っても魔族領である以上、逃げ出したところで、前途は暗い。魔王軍に見つかれば、美咲もミーヤも奴隷に落とされるか、或いは殺されるかのどちらかの結末を辿ることになる。どちらにしろ、元の世界に戻れないのならば、美咲にとってはバッドエンドだ。

 最終的に元の世界に返れるのなら、奴隷にされるくらいならばまだ美咲は耐えられる。もっともそれは、美咲自身が奴隷として虐げられた経験が無いからかもしれない。

 セザリー、テナ、イルマを始めとする、仲間たちの姿が脳裏を過ぎる。彼女たちのような目に遭ったら、そもそも自分が異世界人であるということも忘れさせられてしまう。そうなってしまったら、元の世界に帰りたいという願いすら失ってしまう。それは、美咲にとって死にも勝る恐怖だ。

 郷愁の念は、美咲にとっての原動力であり、心を武装する鎧だ。希望があるからこそ、絶望するような目に遭っても耐えられる。苦しみながらも、前に進んで行けるのだ。

 それが無くなってしまったら、美咲の心は折れてただ虐げられるだけの存在へと堕すだろう。この世界での弱者の多くが、そうであるように。


「じゃ、じゃあ、私はしばらくいつも通りにしておけばいいのね」


「はい。ただ、いつに発つのかだけは、一応確認しておいてください。発つ日時が分かれば、その商人が両替に来る時間もある程度絞り込めます。その時には、私もお店にいるようにしますから」


「分かったわ」


 重々しく告げると、ミルデは若干緊張した表情で頷き、美咲に飛びついてきた。手の代わりに伸びる両翼で、美咲を包むように掻き抱く。


「ああん、美咲ちゃんが居てくれて本当に良かった。ありがとね」


「こちらこそ。ミルデさんには良くして貰ってますから。少しでも恩返しになれば、私も嬉しいです」


 柔らかい胸の感触と、ふんわりとした羽の感触に包まれながら、美咲はミルデを抱き締め返す。

 ミルデの服は背中が大きく開いていて、そこから覗くミルデの背中は、白い羽毛で覆われている。穿いているスカートは尻の部分の布が凹型に切り取られていて、そこから尾羽が飛び出している。

 スカートから伸びる足も、鳥の足なので、あまり人間ぽくはない。それでも、美咲はミルデのことは怖くはないし、嫌いでもない。

 人間にだって善人と悪人がいるように、魔族にだって善人と悪人がいる。その程度の分別は、美咲にもある。


(この場合、魔族だったら善魔、悪魔みたいな言い方になるのかな。悪魔はまた別のものを指す言葉になっちゃうけど)


 自分の思いつきに思わず苦笑しつつ、美咲はミルデから離れた。

 名残惜しそうに、美咲の頭を撫でて、ミルデは美咲に微笑みかける。


「それじゃあ、とりあえずは買い物を楽しんでいらっしゃい。私の手伝いは、また明日してくれればいいわ」


「そうします。では、また明日」


 笑顔で手を振るミルデに見送られ、美咲はミルデの両替屋を後にした。


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