十八日目:ミルデのお願い4
件の旅商人は、いつも夕方頃にやってきて、一週間ほど滞在していくらしい。
現在時刻は昼を回っていくらか過ぎたばかりで、夕方にはまだ時間がある。
どうしようかしばらく考えた美咲は、里の外で魔物を駆ることにした。
鍛錬にもなるし、肉や毛皮、爪、牙などの素材が手に入れば、換金材料にもなるだろう。生活費の工面も出来るし、それこそ件の旅商人に近付くための小道具にしてもいい。買うだけでなく、売るものもあれば、その分接触がし易くなる。
その旨を告げると、ミルデは露骨に心配そうな表情になった。
「大丈夫なの? その、体格的には、戦いが得意そうには見えないのだけれど。魔族語も、使えるとはいっても魔法使いとして見れるほどのレベルじゃないし、心配だわ」
「……そんな、はっきり言わなくても。ちょっと傷付きます。そんなに弱いですか、私」
露骨に落ち込む美咲を、ミルデは慌ててフォローした。
「あっ!? 別に、美咲ちゃんが弱いって言ってるわけじゃないのよ!? ただ、この辺りの魔物は魔族が持ち込んだ魔物が野生化している場合もあるし、そういう場合は人肉の味を覚えているから、美咲ちゃんを積極的に襲ってくると思うの。危険なのよ」
弁解するミルデの言うことはもっともだ。
バルトに守られていたとはいえ、ミーヤと美咲がこの里に辿り付けたのは奇跡と言っても差し障りはない。
山の中、森の奥深くにある里なのだ。その危険度は、街道を行くのとはわけが違う。
村の入り口近くならばまだしも、遠ざかれば遠ざかるほど、危険性は増す。
そんな道を踏破してやってくるという旅商人たちも、海千山千の人物たちに違いない。その中に、偽札をばら撒く犯罪者が紛れているかもしれないというのだから、頭が痛い。
ミルデの言うことはもっともだが、そのミルデ本人は、食費の節約のために、里の外に出て時折虫型魔物を食べていたという。
「でも、ミルデさんはこっそり食材を探しに出歩けるんですよね」
「そっ、それはそうだけど、私は魔族だから、魔法でいくらでも自衛できるし」
美咲は頬を膨らませた。
「魔法で自衛なら、私も出来ます」
「でも美咲ちゃんの場合、加減が出来ないでしょ?」
確かに、美咲の場合、使える魔法は点火や少量の水を出すといった、生活に密着する魔法以外は、殺傷力、破壊力に富んだ魔法ばかりだ。そんな魔法ばかりしか覚えていないのだから仕方ない。
「それは、そうですけど」
「一人で行くのは感心しないわ。だからといって、美咲ちゃんの同行者たちも、ねぇ」
言わんとする台詞が予想できたので、美咲は押し黙った。
何しろ、幼女とゴブリンである。ドラゴンはいるが、傷だらけで傷の治療のために動けない。
「……どうせなら、私がついていってあげましょうか?」
「いいんですか?」
見上げる美咲に、ミルデはウインクした。
「だって美咲ちゃん、このままだと一人で飛び出していっちゃいそうだし。私も久しぶりにグラビリオン食べたし、保存用にいくつか取っておくのもいいかなって思うのよ。そのついでに、ボディーガードしてあげる」
まさかの、両替屋の店主に守られる勇者の誕生である。自分のことながら、情けなくなる美咲だった。
仕方ないことだとは、分かっているのだが。
「ありがとうございます。お願いします」
それでも美咲は有難く、気遣いともいえるミルデの申し出を受け入れた。
■ □ ■
しばらくして、美咲はミルデと一緒に里の外に来ていた。
「はい、美咲ちゃんはこれを背負って、これも持ってね」
ミルデに渡されたのは、何の変哲もない籠とシャベルである。
言われるままに籠を背負い、腰に差したままの勇者の剣の代わりにシャベルを構えた美咲は、ミルデの後ろをついて歩く。
「さて、ひとまずはこの辺りでいいかしら」
立ち止まったミルデは、おもむろに飛び上がると、翼をはためかせて木の枝に飛び乗った。羽があるのは伊達ではないのか、身のこなしが軽い。というか、普通に飛んでいる。
「私は周りに魔物がいないか警戒してくるから、その間、美咲ちゃんは食材探し、お願いね」
語尾に星のマークがつきそうな気軽さで、ミルデは美咲に頼むと、枝から枝へと飛び移ってどこかへ行ってしまった。
同じことは今の美咲にだって出来るだろうが、間違いなく足場にした枝は衝撃で圧し折れるだろう。攻撃魔法を利用する美咲の移動方法は、周りの被害が大きいのが欠点だ。コントロールもしにくい。
正直使い辛いけれど、普通の強化魔法が意味を成さない以上、これで何とかするしかない。
(ていうか、食材探しって、籠とシャベル一本で、どうしろと)
シャベルを握り締めたまま、美咲は困って立ち竦む。
掘れば、何か食べられるものが出てくるのだろうか。
(……とりあえず、掘ってみようか。突っ立ってても仕方ないし)
美咲は気を取り直し、シャベルを地面に突き立てる。
結構体力がついてきたと思っていた美咲だが、戦闘とは使う筋肉の箇所が違うのか、意外に疲れる。
それに、木の根などもあるので、掘り進むのが難しい箇所もあり、その度に別の場所を掘り直さなければならないので、結構重労働だ。
しばらくすると、土の下から何かが出てきた。
白い、丸い物体。
(……何だろう、これ)
大きさは、大体美咲の握り拳を二つ重ねたくらいだろうか。魔物か、それとも何かの野菜なのか、それすら美咲には分からない。
恐る恐るシャベルの先で突いてみると、白い丸い物体が動いた。
くねくねと丸い形から細長い形に変わる。どうやら身を丸めていたから、丸く見えていたようだ。
(これ、もしかして、グラビリオンってやつじゃ)
似たような芋虫の串焼きを嫌というほど見たことのある美咲は、本能的に、その虫型魔物の正体を察知してしまった。
(うわぁ……食材だぁ……)
食材ではあるが、美咲にとってはこれを食材と見るにはかなり抵抗がある。それでも律儀な美咲は見つけてしまったら見なかったことには出来ず、背負っていた籠を下ろし、土ごとグラビリオンをシャベルで掬って入れた。
籠の網目は粗いので、軽く持ち上げれば土だけがふるいにかけたように籠の下に落ちていき、グラビリオンが残る。
(この世界の食べられる植物とかよく分からないし、もしかしてひたすらグラビリオンを掘り続けることになるんじゃ……)
嫌な想像をした美咲は、慌てて頭を振って脳裏に浮かんだ悪夢のような光景をかき消す。
幸いそんなことは無かったが、この場合は幸運と言っていいのかどうか。
次に美咲が見つけたのは、ミミズの体色を赤くして、大型のヘビくらいに巨大化させた虫型魔物だった。
毒々しい赤色のミミズもどきは、もはやミミズというよりはヒルのように見える。
(ヒルとは頭の形が違うし、血を吸ったりしないよね?)
美咲は思い切り腰が引けた状態で、ミミズもどきを凝視する。
本来のミミズは無害だし、むしろ土を肥やしてくれる益虫ではあるが、その常識を目の前の虫型魔物に当てはめても良いものか、美咲には判断がつかない。
というか、危険なのか安全なのかも分からない。
若干冷や汗を掻きながら美咲が凝視していると、ミミズもどきは体をくねらせて土の中に潜り始める。
その行動を見て、美咲は少なくとも人間を捕食したり、吸血したりする種類ではないと判断した。もし人間を襲う種類ならば、美咲の方へ寄ってくるはずだ。
(こ、これ、食べられるのかな?)
一瞬そう思ってしまった美咲は、すぐにその思考に至ってしまった自分に気付き、総毛立つ。
(いやいやいや! あんなの食べられるわけないじゃない! 何考えてるの私!)
土の中に逃げようとするミミズもどき目掛け、美咲は土をぶっ掛けて埋めた。見なかったことにするスタイルである。
別のところを改めて掘り、食べられそうな虫型魔物を探す。というか、美咲はグラビリオンくらいしか知らないので、主に探すのはグラビリオンなのだが。
見つからなかったので視線を上にも向けてみることにした。探すのは主に、木の幹や木の枝だ。元の世界ではそういうところに毛虫や芋虫が居たはずなので、該当する虫型魔物がいるかもしれない。
(……ん?)
枝の一本が不自然に一瞬動いたような気がして、美咲は目を瞬かせた。
近付いて確認してみる。
ごく普通の枝のように見えた。途中で伐採されているようで、枝の先は切り口を残して無くなっているようだ。
枝が切られている、という状態に、何か違和感がある。里人が管理しているのかと思ったが、それにしては全体で見れば明らかに人の手が入っていない育ち方をしている木が圧倒的に多い。
スコップを持ち上げ、先の方でちょんちょんと切られている枝をつついて揺らしてみた。
すると、くねり、くねり、と枝が奇怪なダンスを踊り始める。
(これ、枝じゃないわ)
美咲の目の前で、枝だと思っていたものが、幹を伝って移動を始める。蠢動して蠢く様は、どう考えても枝ではない。
(……芋虫? にしては凄い大きいけど)
唖然とした美咲は、逃げていく虫型魔物を見つめる。
ある程度移動して美咲から離れると、虫型魔物は再び幹から身体をピンと伸ばし、見事に伐採された枝に擬態した。
尻尾の部分が切り口に、頭の部分が枝の根元の瘤にしか見えなくなる。
関心しながら他の木に目を移し、何か居ないかと探しているうちに、美咲は木の枝に白い芋虫に似た大きな虫型魔物がへばりついているのを発見した。
(あ。こんなところにもいる)
見つけたのは、グラビリオンである。美咲は慎重に、グラビリオンをスコップで掬い取って籠に入れた。
本意ではないが食べたこともあるし、食用とされているのだから、毒はないと思うものの、さすがに手で触るのは抵抗があった。
どうやら、グラビリオンは土の中にも木にも居るらしい。意外な活動範囲の広さに、美咲は少し驚く。
思えば、グラビリオンも不思議な生き物だ。
魔物の一種であることは間違いないようだけれど、どう見ても芋虫にしか見えず、しかもとても甘い。どうしても見た目が美咲は受け入れられず、しり込みしてしまうが、慣れているこの世界の人間にとっては数少ない甘味で、ご馳走だ。こう見えて、かなりの人気食材であることは、もう間違いない。
(……やっぱり、異世界なのよね)
さらにもう一匹、自分の常識を打ち砕くグラビリオンを捕獲して籠に投げ込みつつ、美咲はため息をついた。