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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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十八日目:隠れ里での昼食2

 しばらくして、台所の調理台には綺麗に串に刺さった串焼きの束と、スープの具である下ごしらえ済みの野菜が並んでいた。

 昼食のメニューはシンプルに、パンと野菜たっぷりのスープ、そして串焼きだ。


「くっしやきー、くっしやきー♪」


 ミーヤは即興の歌を歌いながら、今にも涎を垂らしそうな目で串焼きを見つめている。


「こんなにグラビリオンがあるなんて、贅沢ねぇ。私、虫には目が無いのよ」


 串に刺さった白い巨大芋虫であるグラビリオンを見つめ、ミルデが蕩けた笑顔を浮かべている。どうやら彼女も、グラビリオンが好物らしい。


(どうしてアレが好きだと思えるの……?)


 市場で買ったグラビリオンはまだ生きていて、うねうねと蠢くそれを躊躇無く、楽しみでたまらないとでもいうように内臓を引っこ抜いてから、その穴を利用し満面の笑顔で串にぶっ刺していくミーヤとミルデに、美咲は戦慄していた。

 美咲が選んだ食材は、ごく普通の野菜や肉ばかりだったが、市場ではグラビリオンを初めとする虫も食用として多く並んでいた。

 この世界の人間であるミーヤやゴブリンであるグモは、当たり前のように肉や野菜よりも安価で手に入れられる虫をいくつか選んでおり、もちろんそれらも、本人たちの手によって下ごしらえがされている。

 暑くなると大量に発生し、大音量で鳴くという、美咲の良く知るセミに近い虫も売られている。違いは大きさで、幼虫も成虫も、猫ぐらいの大きさがあった。


「これはね、成虫の方は足と羽を捥いで、胸を裂いて中の筋肉だけを取り出して団子にするの。幼虫の方も頭を落として足を捥いで、内臓を抜いて殻を剥いて食べると美味しいのよ」


 ミルデが笑顔でそう解説をしながら、巨大ゼミにしか見えないその虫型魔物を解体していた。ブチっと調理用の小型ナイフで頭を切り落とし、手で羽や足を捥いで、成虫も幼虫も、まるで海老や蟹の殻を剥くように剥いていく。


(うん、下ごしらえした後のだけなら、何とか……)


 美咲は意識して、目に映るものを選択して視界から排除しながら一人ごちる。

 成虫になった巨大ゼミの胸肉は一見すると栗の中身のようで、それだけ見れば美味しそうに見えなくもない。近くの頭や足、羽などの残骸を見さえしなければ。

 幼虫の方は、少々形は違うが、見た目はエビに似ている。頭を落として足を捥いで内臓を抜いて殻を剥いてしまえば、完全にちょっと形がいびつなエビだ。なお、これも下ごしらえを終えた後の残骸を目に入れるとアウトである。

 ちなみにこの蝉型魔物はクオームというらしい。全くもってどうでもいい知識だと美咲は思った。

 グラビリオンもグラビリオンだが、クオームもクオームである。


「素上げにすれば足も羽も頭も内臓も全部食べられるんだけど、結構硬いし癖があって好みが分かれるのよねぇ。私は素上げ派なんだけど」


 自分用にか、ミルデは下ごしらえをしないクオームを何匹か取り置いていた。正直言って、美咲は止めて欲しかった。


「あはは。好みは人それぞれですしね」


 全力でクオームとグラビリオンから目を逸らしながら、美咲は野菜と肉の下ごしらえに集中する。野菜は元の世界と同じものは一つとして無いし、肉も魔物の肉ではあるが、クオームとグラビリオンに比べればまだ普通の食材だ。

 結果として、メニューは以下のようになった。

 まずは串焼きが、グラビリオンの串焼き、幼虫クオームの串焼き。幼虫クオームの串焼きは二種類あり、そのまま串に刺したものと、下ごしらえをして身だけになったものとがある。

 後はギッシュやバルール、グルダーマ、ドルルーガの雛といった魔物の肉の串焼きで、グラビリオンと幼虫クオームそのままの串焼きが異彩を放っている。


「これ、お皿にしましょ」


「え」


 何気なくミルデが言った一言に、美咲は凍りついた。

 何しろ、お皿とミルデが称したそれは、幼虫クオームの殻だったのである。

 確かに大きさだけで言えば皿として手ごろだし、軽く、硬く、皿としては優れていると言える。

 しかし、頭と足が無くても隠しきれない虫オーラが、美咲をドン引きさせる。


(こ、これを、お皿に……!)


 元々ちゃんとした皿というものが少なく、それこそ貴族の館や高級宿などでしか使われないこともあり、多くの家庭ではパン皿やこうした虫型魔物の甲殻などが皿として使われている。

 なので、ミルデが幼虫クオームの殻を皿に使うのも、至極当然の行為である。


「私、スープの方調理しちゃいますね! グモ、悪いけど手伝ってくれる?」


「分かりましたぞ!」


 自然な流れで、美咲はグモを巻き込んで串焼きをミーヤとミルデに押し付けた。さすがにグラビリオンとクオームをあのまま延々と直視し続けていては、食べる前から食欲が失せてしまう。

 幸い美咲はアリシャがスープを作る工程を何度も見ていたから元の世界とこちらの世界の差異をすり合わせてスープを作ることが出来る。グモも手伝ってくれるので、やり慣れておらず苦手な火の調節などもばっちりだ。調理環境さえ整っていれば、美咲もそこそこ料理が得意なのである。

 こうして、本日の昼食が完成した。


「じゃあ、配膳しちゃいましょうね」


「ミーヤ、お皿持ってくるね!」


 ミルデの言葉にミーヤが真っ先に反応して、クオームの殻を両手に抱えて持ってきた。


「はい!」


 曇りない笑顔のミーヤに殻を渡され、美咲はもう引くのを通り越して達観した菩薩のような笑みで殻にスープを注いだ。

 ある程度の断熱性もあるのか、クオームの殻は熱いスープを注いでもほんのりと暖かくなるだけで、手にまで熱さは伝わって来ない。確かに、食器としては優れている。耐久性も中々で落とした程度では割れない上に、プラスチックのように軽い。もっと硬ければ、もしかしたら防具としても有用な材料になっていたかもしれない。

 刃物で解体できてしまうので、現段階ではあまり適しているとは言えないが、日用品の材料としては中々需要がありそうである。

 人数分のスープに、串焼きはまとめて一つの殻に盛り、取り皿として人数分の殻を台所から移動して居間のテーブルに置いていく。パンは袋のまま、各自が食べたいだけ取っていく形になった。


「いただきます」


「いただきます」


「コォイユゥアゥヌゥオミィエガァウモ(今日の恵みを)ゥオエァテェアイ(与えてくださった)ェチカデ(女神様に)セタゥテミゲモセメノ、ケェアンソォイヨヌゥオオィヌロゥオセ(感謝の祈りを捧げます)セギィエメサァ」


「コォイユゥアゥヌゥオミィエガァウモ(今日の恵みを)ゥオエァテェアイ(与えてくださった)ェチカデ(女神様に)セタゥテミゲモセメノ、ケェアンソォイヨヌゥオオィヌロゥオセ(感謝の祈りを捧げます)セギィエメサァ」


 美咲は元の世界の時と同じように、ミーヤも祈るように腕を組みながら美咲と同じ口上を述べ、ミルデは片手を胸に当てて美咲には聞き取りきれない長い口上を述べ、グモが所々つっかえながらミルデと同じ動作をした。

 食前の祈りだ。

 元の世界と同じような概念はこの世界にも存在するようで、細かい作法こそ違えど、その根幹は共通している。

 現にミーヤが述べた口上は美咲には日本のものに変換されて聞こえているし、サークレットの効果が及ばないミルデとグモは、魔族語のまま全く別の口上を述べている。

 ゴブリンには食前の祈りという習慣が無いのか、やり慣れていなさそうである。

 そして、昼食が始まった。


「この串焼きは、ミーヤの!」


 一番にミーヤが椅子の上に立ちそうな勢いで串焼きに手を伸ばし、その様子に美咲は苦笑する。


「ほら、ミーヤちゃん、串焼きは逃げないから、落ち着いて選んで」


「はぁい。ごめんなさい、お姉ちゃん」


 素直に謝ったミーヤは取った串焼きを片手に椅子に座り直した。こっそり自分が取り易いように、もう片方の手で串焼きの皿を自分の席の方に引き寄せている辺り、本当に串焼きのことになるとミーヤは抜け目が無くなる。


「うふふ、久しぶりにまともな食事だわぁ」


 心底嬉しそうなミルデの様子に、呆れて美咲が呟く。


「……ミルデさん、今までどんな食生活送っていたんですか」


「一人暮らしだと、ついつい食費を削っちゃうのよねぇ。だから最近は、村の外に出る小型の虫型魔物をこっそり生食してたわぁ」


 これくらいの、とミルデは器用に羽をつき合わせて円を描いてみせる。やはり、小型といえども犬や猫程度の大きさがある。


「ワイルドですね……」


 げっそりした顔で、美咲は感想を述べた。

 若干食欲が失せた表情で、美咲は肉の串焼きを数本自分の皿に取り分ける。グラビリオンとクオームの山には目もくれない。


(私は何も見ていない私の耳には何も聞こえていない)


 念仏のように自己暗示を唱える美咲の横で、ミーヤが笑顔で手に取ったグラビリオンをぶちっと噛み千切った。


「あまーい。やっぱり、グラビリオンは美味しいね!」


 本当に美味しそうに、もぐもぐと咀嚼している。


「どれ、ではわしも一つ」


 グモも虫食には抵抗が無いようで、当たり前のようにクオーム団子の串焼きを手に取り、頬張った。


「美味い、美味い」


 調理されて肉団子にしか見えないそれは、確かにとても美味そうだった。見た目で忌避感が無いので、美咲はついついグモが食べるクオーム団子を見てしまう。


(騙されちゃだめ騙されちゃだめ……あれは虫! 虫なのよ!)


 つくね串にしか見えないそれを食べたくなるのを、美咲は必死に言い聞かせて耐えた。見た目は良くても、中身は虫である。


「美咲ちゃんは食べないの? 美味しいわよ、クオーム」


 ミルデがクオームの丸焼きを頬張りながら、美咲に尋ねた。

 喋る彼女の口からはクオームの羽と足が飛び出ていた。軽くホラーである。


「あの……食べかす残ってますよ、口に」


「あらやだ。ごめんなさい」


 指摘すると、恥ずかしそうにミルデは頬を赤らめてぺろりと唇を舐めて食べかすを舐め取った。色っぽい仕草だが、舐め取ったのはでかい虫の羽と足である。色々台無しだ。

 愛想笑いを浮かべて内心ドン引いているのを隠しながら、美咲は自分の皿の串焼きを頬張る。取り皿もクオーツの甲殻なのがアレだが、きちんと頭や足が処理されているので、まだ我慢できる範疇で済んでいる。頭がついたままだったら、美咲は耐え切れずに全力でその場から逃走していたかもしれない。


(他のお肉やスープは、美味しいんだけどなぁ……)


 溜息をつきながら、美咲はたそがれた。この世界の食材は、見た目にインパクトがある物が多過ぎる。美咲自身は見たことはないものの、ギッシュという魔物も、見た目は常時油で塗れているという、ちょっと見た目がアレな魔物だったりする。バルールとグルダーマ、ドルルーガはまだ普通なのが救いか。

 もっとも、該当する豚、牛、鶏などといった家畜に比べると、どれも図体が大きく強面な魔物ばかりであるけれども。

 串焼きを食べ、スープを啜り、パンを千切って食べる。美咲はそうして、確実に腹を満たしていった。

 何度か悪意無くミーヤやミルデにグラビリオンとクオームを勧められて涙目になりながら頬張る場面もあったが、まあ余談である。

 恙無く、昼食は終了した。

 

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