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美咲の剣  作者: きりん
五章 変わらぬ営み
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十八日目:残された者たち2

 ある程度落ち着いた美咲にミーヤが話しかける。


「ねえ、お姉ちゃん。ミーヤこれからグモと一緒にバルトとお話しに行くんだけど、良かったら、お姉ちゃんも一緒に行かない? 村の中央に大きな広場があってね、そこで暮らしてるの」


 どうやら、バルトは無事らしい。

 不幸中の幸いだと、美咲は少しほっとする。


「そうだね。じゃあ、私も行こうかな」


 立ち上がった美咲は、ミーヤに手を差し出した。その手を、ミーヤが取る。

 繋いだミーヤの手は、今までと同じように小さく、今までよりも少し力強かった。

 家を出ると、美咲は振り向いて自分が寝かされていた家を見た。

 古めかしくはあるものの、きちんとした木造の作りの家だ。元の世界の西洋の、中世の時代の住宅よりも、近代的な作りで、窓ガラスこそはまっていないものの、それ以外の景観は現代と比べてもそれほど遜色がない。

 美咲が家を眺めていると、ミーヤが言った。


「この家ね、グモの家なんだよ」


「えっ? グモの?」


 驚いた美咲は、振り向いて思わずグモを見る。


「はい。村の皆さんは、わしみたいなゴブリンでも受け入れてくれまして。わしのために、こんな立派な家を建ててくれたんです」


「そっか。グモ、良かったね。それとありがとう。私達を見つけてくれて」


 微笑んだ美咲は、グモに礼を言う。


「わし自身も、一度美咲さんに命を助けられてますから当然のことです。恩返しができて良かった」


 三人で会話をしながら歩いている間も、魔族の住人と何人も通り過ぎ、何度も美咲たちは話しかけられた。


「ムゥオアゥエァラァウオィチ(もう歩いても)ィエムユカネェア(良くなったのかい)タゥテヌケオ? ユゥオケェアタゥテユケ(良かった良かった)タテ」


「サァウコォイネェアデ(好きなだけ)キィエヤタゥカロソチ(ゆっくりしていきなよ)オィコネユゥ」


 他にも色々話しかけられたが、美咲が聞き取れたのはこの二つだけだ。

 翻訳サークレットをつけているおかげか、ミーヤは全てに反応していた。

 サークレットが無ければ全く分からなくなると思っていたけれど、魔族語に関してはルフィミアやアリシャから習っていたおかげか、何とか聞き取ることができて、美咲は案外無くても支障ないことにホッとしている。

 もっともそれは日常語として魔族語を話す魔族の側が美咲が聞き取りやすいように配慮してくれているからであり、本来の早さや発音で話されると、おそらく美咲は聞き取れないだろう。

 さすがにベルアニア語やゴブリン語、ペットたちの言葉などはサークレット無しに理解することはできないけれど、今は殆ど回りでかわされる会話が魔族語なのだ。

 魔族領にいるのだから当たり前なのだが、日常的に魔族語が飛び交うというのは、異世界人である美咲であっても何だか新鮮だった。

 ベルアニアに居た頃は本当に最初期を除いて翻訳サークレットがあったから回りの言葉は全て日本語として聞こえていたし、自分の言葉も日本語で通じていて、まるで日本語圏にいるような感覚だった。

 それが今や、周りで飛び交うのは魔族語で、自分も意識して魔族語を使わないと、会話ができない。

 言葉が通じないというのは、それだけで人を不安にさせる。言葉が通じなければ自然と内に篭りがちになり、言葉が通じるようになれば、自然と世界は外に広がる。

 会話をする、というのは自分の行動範囲を広げるためには必要不可欠で、そのための言葉はとても重要なツールなのだということを、美咲は改めて実感する。


(日本にいた外国人も、こんな気持ちだったのかな)


 日本でたまに見かけることがあった、人種が違う人間を思い出す。

 境遇的に言えば、今の美咲と彼らはそう大して代わりがない。

 マジョリティである魔族に対し、人間である美咲は圧倒的にマイノリティで、同時に異世界人である美咲からすれば、この世界の人間たちに対しても、美咲は自分がマイノリティであるという自覚があった。

 マイノリティに属する存在は、往々にして異物として排除されがちだ。それを防ぐためには、自らその土地の風俗、風習を理解し、それを尊重し、自ら実践するのが一番だ。

 郷に入っては郷に従え。古来より伝わってきた言葉であるが、まさにその通りだ。

 美咲はこの世界に定住するつもりなどないから、そこまで考える必要はないかもしれない。しかし、こうして厄介になっている以上、彼らに合わせるのは当然だろう。


(もっと、魔族語を覚えなくちゃね)


 ヴェリートに現れた魔王を倒すことが出来ていれば、それで良かったのだけれど、過ぎたことは仕方がない。

 予定通り、魔王との戦いは、おそらく魔王城になる可能性が高い。

 そのためには、魔族領を旅するのが必須になる。

 人間が魔族領を旅するというのは大変だ。

 魔族領に人間は皆無というわけではないだろうが、それでも珍しいことは確かだろう。

 人族領域における、魔族の少なさを鑑みれば、それくらいのことは一目瞭然だ。

 だからこそ、この村で魔族たちと親交を深めておくことは、後々美咲たちに対してプラスに働く。

 この村の魔族たちは、どうしてか分からないけれど、人間に対して好意的に接してくれるのだから、それを利用しない手はない。


(エルナが居てくれたら、魔族領を歩いててもあまり不思議に思われなかったかもしれないけど)


 自分を召喚したウサ耳少女のことを思い出して、美咲の胸がちくりと痛む。

 美咲をこの世界に拉致した下手人だけれど、彼女は命令されたから行っただけだし、そういった意味では、諸悪の根源はエルナに召喚を命じたベルアニアの第一王子フェルディナントと、召喚の邪魔をしたという魔王の二人だ。魔王が邪魔をしなければ美咲は巻き込まれることは無かったはずだし、そもそもフェルディナントが召喚など命じなければ、こんな事件は起こらなかったに違いないのだ。

 人族という種族全体の存続のためには、美咲一人の感情など無視されてしかるべきなのかもしれないが、部外者である美咲にはそんなことは関係ない。

 よって、魔王は殺す。ついでにフェルディナントも一発くらいはぶん殴る。美咲はそれだけは決めていた。


「こっちだよ、お姉ちゃん」


 ミーヤの案内で、しばらく歩く。大体体感で三十分くらいだろうか。この世界風にいうならば三レンほどだ。

 ちょっとした空き地があり、そこに、バルトが鎮座していた。


「ウォア(おう)ゥ、ゲェアコォイゾヨァニィ(ガキじゃねえか)エイェケ。ミィエゲェアセミテヌ(目が覚めたのか)ゥオケ」


イェイ(ええ)、ウォケェアギィエセ(おかげさまでね)メヂニ」


 首をもたげたバルトが魔族語で声をかけてきたので、美咲も魔族語で答えた。

 実際に聞いた魔族語で話すバルトの声は、翻訳サークレットを介して聞いたものとは少し違っていた。

 くぐもっていて、錆びた鉄のようにざらついており、どこか唸り声に似ている。

 だが、意外にも魔族語の発音自体は流暢で、むしろこれに比べればサークレットで翻訳された言葉の方がカタコトだった。

 翻訳サークレットの性能にも限界があるのか、それともバルトの例が特別なのか、美咲には判断がつかないけれど、ドラゴンという種族らしく、泰然としているバルトを見ると、かえってそれらしく見える。


「セェアタゥスゥオカァ(さっそくだが)ウデゲ、バァウレェアンヂィエォィーレヌゥ(ブランディールの)オメオスアゥゥオソォ(埋葬をしてやってくれ)イチヨタゥチカリ。クゥオヌセェ(この際)アオィ、コォイトンツゥオメェアグクルゲクムタ(きちんと真心が篭って)ゥチィエオィラァウネ(いるなら文句は言わん)レムンカヘオワン」


 バルトは魔族語で長文を呟いた後、一歩その場を退いた。

 そこには、ブランディールの死体があった。どうやら、今までバルトが死体を守っていたようだ。そこまでするとは、よほどの絆があったのだろう。

 美咲にとっては憎い敵だが、バルトにとっては大切な仲間だというのも理解できるし、死なば皆仏。美咲とて、乱雑に扱うつもりは全くない。

 まだそれほど魔族語が堪能とはいえない美咲では、バルトが話した長文の全てを理解できたとは言い難かったが、そこはミーヤが補ってくれた。


「蜥蜴おじさんのお墓、作って欲しいんだって」


 通訳してくれたミーヤに頷き、美咲は魔族語を呟いて地面に穴を掘った。

 こんな時に思うのも妙な話だけれども、ただ魔法で穴を掘るだけでも、どういう単語を選択するかで効果が変わる。

 いくつか試しているうちにちょうどいい大きさの穴が掘れたので、美咲は死体を運んだ。

 死体を運ぶという行為は、美咲を神妙にさせた。

 以前の美咲なら、死体には触れたがらなかっただろう。いや、今も本音を言えば、少し抵抗は残っている。

 でも、バルトのために、それを外には出すつもりは全く無い。

 ブランディールを掘った穴に安置すると、美咲はその上から土を被せた。今度は魔法を使わず、素手で行う。自分が殺した相手の死に顔を眺めて、美咲は死というものを、今までよりも遥かに身近に感じた。

 同時に、セザリーたちを失った喪失感が、送れて実感を伴ってやってくる。

 もう、皆の騒がしい声は聞けないのだ。

 セザリー、テナ、イルマの微笑ましい義姉妹たちのやり取りも見れないし、ペローネの性的魅力に当てられてドキドキさせられることもない。イルシャーナのお嬢様言葉も、マリスのボクっ娘口調も、もう聞けない。

 ミシェーラの包容力のある微笑はもう思い出の中にしかないし、システリートの冗談に振り回されることもない。

 慕ってくれるニーチェを可愛がることも出来ないし、頼りがいのあるドーラニアを姉さんと呼んで甘えることも出来ない。

 冷静なユトラに二度と相談を持ちかけられず、強がりなラピを甘えさせてもあげられない。

 レトワにお腹いっぱい食べさせるのはもう無理だし、アンネルの幸せそうな寝顔も見れない。

 ツンデレなセニミスの反応も楽しめないし、メイリフォアの心配性を笑い飛ばす事だってもうできない。

 アヤメとサナコとタゴサクの関係を確かめる機会も永遠に失われた。

 ディアナの罪滅ぼしを、最後まで受け止めることすら、できなかった。

 彼女たちの死を認めたがらない自分がいる一方で、ブランディールの墓は作るのに、彼女たちの墓は作らないのかと、自分を責める美咲自身も存在する。

 今思えば、目的のために、彼女たちを犠牲にするなどと、よく思えたものだ。

 こうして思い返すだけでも悲しくなるのに、自らそれらを踏み台にして、魔王に挑むなど。

 そして同時に、この喪失感を、おそらくバルトも抱いているのだろうというのも、美咲は限りなく確信に近い予想として認識していた。

 それでも、美咲の目的は変わらない。魔王を殺さなければ帰れないのだから、変わりようがない。魔王を殺せば、魔族の中でもきっとたくさん泣く人が出るのだろう。この村で暮らしている魔族にも、不幸になってしまう人が出るかもしれない。

 だからといって、美咲はそんな誰かのために、自分の願いを諦めるのも、嫌だった。

 帰りたいのだ。元の世界に。

 土を被せ終わると、ブランディールを埋めた場所は、結構な盛り上がりが出来ていた。ブランディールは大きな身体をしていたから、それだけ容量を取ったのだろう。

 軽く手で叩いて土を固めると、美咲は立ち上がり、適当な太さの木を切って、墓標を作った。


「シィエタァウデェ(切断せよ)アンシユゥ」


 勇者の剣は使わず練習を兼ねて魔法を使った。

 切り倒した木の枝を取り払い、幹だけにすると、適当な大きさに整えて杭に仕立て墓標とし、それをブランディールを埋めた地面に突き立てる。

 普通だったら力がいるこの作業も、アリシャにつけてもらった鍛錬に加えてブランディールとの死闘やヴェリートでの戦いが生きたのか、覚悟していたよりも簡単にできた。

 後は近くに生えていた野草の花を摘み、一まとめにすると散らばらないようにつる草で結び、墓標に備えた。


「ヂィエカァウテ(出来たわ)ェアワ。フゥオンツアゥ(本当は)ヘェア、ムゥオタァゥツロォイタペェアネウォ(もっと立派なお墓に)ヘケノソチィエエァ(してあげたいんだけど)ギテオィンデキヅ。グゥオミィエ(ごめんね)ンニ」


「ゾォイヤゥバァ(十分だ)ウンデェア。ケェアンソォイヨ(感謝する)ァサァウラ」


 魔族語で美咲が多少つっかえながら言うと、バルトは静かに眼を閉じて礼を口にする。

 どうせだから皆の墓も作ってしまおうかと美咲は少し考えて、結局止めにした。

 もしかしたら、本当にもしかしたら、まだどこかで生きているかもしれないし、ここで区切りをつけるにはまだ早過ぎる。美咲はまだ目的を果たしていない。


(皆、ごめんね。皆のお墓を作るのは、全部が終わってからにする)


 少し物思いに耽った美咲は、改めてバルトを見た。

 休んでいるバルトの身体には、未だに多くの傷跡が残されている。


「メェアフゥオアゥヂィエオィ(魔法で癒さないの)ヨセネオヌ?」


「ウォリィエヘェアトォイ(オレは)ヤァウメフゥオアゥゥ(治癒魔法を使えん)オタケイェン。マァウレェアノォイ(村にもオレの傷を)ムゥオタケオ(癒せるほどの)ィツィエヘオネオレソ(使い手はいないらしい)オ」


 尋ねると、バルトからは魔族語でそんな答えが返ってくる。魔族語はちょっとした文章が長文になりがちなので、少し聞き取りに苦労した。


「代わりに、村にはお医者さんが居るんだよ。お姉ちゃんの容態も、その人に見てもらったの」


 ミーヤがブランディールの墓標を眺めながら言う。

 その間にバルトは再びブランディールの墓標に寄り添っていた。

 美咲はバルトに尋ねる。


「メェアウォアゥゾォイヨアゥヌゥオ(魔王城の位置は)オィトヘ(知ってる)ソタゥチィエラァ?」


「ソォイタゥチィエオ(知っている)ィラァウ。デェアゲサァウガノォイヘツゥ(だがすぐには飛べん)オビィエン。ソォイベェアソ(しばし待て)メチィ」


 バルトの傷が癒えなければ、動きようがない。

 それまで、美咲は待つことにした。今までがむしゃらに走り続けてきたのだ。この辺りで少々立ち止まっても構うまい。

 美咲だって、傷を癒す時間が必要だ。心の傷はもちろん、ブランディールとの戦いで開いた腕の傷も、決して浅くはないのだから。


「そういえば、ミーヤちゃん、ペットの子たちは?」


 何気なく美咲が尋ねると、ミーヤが俯いた。


「実は、まだ誰も合流できてないの」


「そっか」


 かける言葉が見付からず、美咲はミーヤを手招きして呼び寄せ、抱き寄せた。


「色々心配かけてごめんね。でも、そろそろミーヤちゃんも泣いていいんだよ」


 しっかりとミーヤを抱いて、優しく語り掛ける。

 ミーヤだって、彼女たちの何人かとは、仲が良かった。

 彼女たちを失い、ペットたちとも離れ離れになり、ミーヤもまた悲しくないはずはないのだ。


「ふ、ふぇぇぇ……」


 その証拠に、みるみるミーヤの涙腺は緩んでいく。

 やがて、ミーヤのすすり泣く声が響いた。


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