表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
276/521

十七日目:死の都市から脱出せよ7

 システリートとディアナは、ミーヤと美咲、それにペットたちを連れ立って、無事馬車へと辿り着いていた。

 馬車の様子はヴェリートの街の中に入る前のままで、システリートとディアナは以前との落差による喪失感と、生き残りが自分たちだけであるという予感に泣きそうになる。

 街からはひっきりなしに戦闘音が響いていたが、しばらく前にひときわ大きな爆発音がしたのを最後に、それきり街の方からの物音は途絶えてしまった。

 おそらく、仲間たちの全滅で戦いが終わってしまったのだ。

 すぐにでも魔王が追いついてきてもおかしくは無い。

 いつまでも悲しんでいるわけにもいかなかった。


「起きてください、起きなさい、この駄竜!」


 自分たち以外の全員が死んだことを、既に確信してしまっているシステリートは、半ばやけっぱちになって、蜥蜴魔将ブランディールの死体に寄り添い、体力回復のために眠りについていたバルトの顔を強化された腕力に任せて叩きまくった。


「ナンダ、ナンダ」


 叩き起こされたバルトは目を白黒とさせて、周りを見回す。

 結構な力が込められていた割には、バルトに大してダメージが入った様子は無い。

 だからこそ、アリシャとの激闘でバルトが負ったダメージの大きさが、アリシャの実力を逆説的に証明している。

 そして、そのアリシャでさえ戻ってきていないという事実が指し示す危機の大きさも。

 反射的に呼吸をしたバルトの鼻息をまともに受け、ミーヤがひっくり返る。

 ディアナが身を乗り出し、バルトに言った。


「緊急事態です。今、私たちは魔王に追われています。もちろん逃げますが、馬車ではラーダンに着くまでに追いつかれるでしょう。ですから、あなたには私たちを乗せて、ラーダンまで運んで欲しいのです」


 訴えを聞いたバルトは、ふいと顔を背ける。


「……全員ハ無理ダ。ぶらんでぃーるト奴ヲ殺シタ女ニ、ソコノがきトソノぺっとタチ。ソレガ限界ダ。コレ以上乗セルト、飛ベナクナル」


 ミーヤのペットである魔物たちはともかく、まさかブランディールの遺体を優先されるとは思わなかったシステリートが、憤慨して言い募る。


「そんな! あとたかが人間の女二人じゃないですか! その死体を捨てれば十分乗せられるはずです!」


「ぶらんでぃーるヲ置イテ行ケト? ソレハ無理ダ。オ前タチニシテミレバ、ぶらんでぃーるヲ殺シタ女ヲ除外スルノト同ジコトダゾ」


 自分にとって大切な存在を無碍に扱われたバルトが、頭をもたげると眼光鋭くシステリートを睨んだ。


「魔族風情とご主人様を一緒にする気ですか、この駄トカゲが!」


 ヒートアップするシステリートを、ディアナが宥める。


「落ち着きなさい、システリート! なら、私達はこの馬車に残って囮を務めましょう! その方が美咲様の生存率も上がるはずです! それでいいではないですか!」


 歯を食い縛ったシステリートは、怒りを己の胸に静めた。

 今激昂していても仕方がない。そんなことはシステリートとて分かっているのだ。


「……仕方ありません。なら、私達は残りますので、どうかお願いします」


 ある程度落ち着きを取り戻したシステリートは、新ためてバルトに頼み込む。

 バルトは気まずそうに視線を彷徨わせると、ぽつりと言った。


「マダ問題ガアル。先ノ戦イデ傷ツイタ身体ガ癒サレテイナイ。コノ身体デ飛ンデモ、タブンらーだんニ着ク前ニ墜落スル。ソシテおれハ、癒シノ魔法ハ使エン」


「なら! セニミス、すぐに彼に癒しの魔法を……あ」


 反射的に後ろを振り向いて言いかけたシステリートは、返事が返らず、側にディアナしか居ないことを思い出して、絶句する。

 沈痛な表情で、ディアナがゆっくりと首を横に振った。


「忘れないでください。彼女は、もう」


「な、なら、私達の魔法薬で!」


 道具袋を漁ったシステリートは、取り出した魔法薬の小瓶の栓を抜くと、全てバルトに飲ませる。


「……正直、焼ケ石ニ水ダナ。殆ド変ワラン」


 飲み終えたバルトが、落胆の声を出した。

 僅かに活力が戻ったが、今の状態を考えると、誤差でしかない。


「どうして!?」


 愕然として空になった魔法薬の小瓶を握り締めるシステリートの肩に、頭を振ってディアナが手を置く。


「戦う者にこそ必要だからと、出来が良いのは事前に全て皆に配ってしまったではないですか。私達が持っているのは、一番品質が悪い魔法薬ばかりですよ」


「そうだった。あの時は、その方がいいと思って……くそっ」


 舌打ちしたシステリートは、力なく馬車の床を拳で叩いた。

 今度はディアナがバルトに尋ねる。


「ドラゴンさん。あなたたちは飛行する時、その肉体で飛ぶだけでなく、魔法を用いてさらに速く、強く飛ぶことが出来ると聞いています。その応用で、私達を乗せられるようにはできませんか?」


「ムリダ。オ前タチノ主ヲ乗セテイテハ魔法ハ使エン。おれニ元カラ備ワル力ダケデ飛ブシカナイ」


 美咲の体質のことを忘れていたディアナが項垂れる。


「まさかこんな時に、美咲様の体質が仇になるなんて」


 極度のストレスを感じながら集中する余り、右手の親指の爪を噛み始めたディアナは、初めて自分の癖に気がついたかのように目を丸くすると、爪を噛むのを止めた。

 振り向き、バルトに告げる。


「仕方ありません。こうなったら、安全そうな場所までで良いですから、美咲様たちをお願いします」


「分カッタ。ドノ道らーだんマデハ持タン。ソシテ人間ノ領域ニ落チレバおれハ死ヌシカナイ。魔族ノ領域ニ、おれガ住ンデイタ竜峰ガアル。ソコヲ目指シテ飛ンデミル。デキルダケ、がきドモガ発見サレナイヨウニ、手ヲ尽クシテミヨウ。……ぶらんでぃーるガ、ソウ望ンダカラナ」


 切なげに目を細めたバルトに、ディアナは微笑む。


「十分です。後はできるだけ私達で時間を稼ぎます。幸い馬車が使えるんです。私達だけでも、粘ってみますよ。システリート、これでいいですね?」


「それしかありませんね。私達は、出来ることをしましょうか」


 システリートも頷き、ディアナに問い返した。


「私が戦闘弩を使います。馬車の操作は任せてもいいですか?」


「ええ。どの道非力な私では戦闘弩の性能を生かしきれませんし、それが最善でしょう」


 頷いたディアナは、システリートと一緒に慌しく準備を始める。

 そして、バルトがブランディールの死体を咥え、馬車の外に出た。


「ミ、ミーヤも残って戦う!」


 ディアナとシステリートにしがみつき、ミーヤは訴えた。

 手が足りないのは目に見えていたし、自分が足を引っ張っているのも明らかだったから、少しでも役に立ちたかったのだ。

 それでも怖いことは隠しようがなくて、身体が震えているミーヤに、ディアナとシステリートは微笑む。

 二人はこれまで過ごした期間で、美咲の性格を把握していた。

 美咲は思いつめやすく、何事も背負い込んでしまう傾向がある。自分が気絶している間に仲間たちが全滅したと知ったら、最悪壊れてしまうかもしれない。

 それを防ぐためには、美咲に守るべき存在を、残さなければならない。そうすれば、美咲はまだ、踏み止まれる。

 今、ミーヤを道連れにするわけにはいかない。

 ミーヤを抱き締めて、ディアナは囁く。


「駄目ですよ。あなたまで残ったら、目覚めた時に、美咲様が本当に一人ぼっちになってしまいます」


 システリートもしゃがみ込んでミーヤと視線を合わせると、笑顔でミーヤの頭を撫でた。

 しゃがみ込まなければ視線を合わせられないほど、ミーヤはまだ幼いのだ。

 ここで死なせていいはずがない。


「きっと、目覚めたらご主人様は私達がいないことに、凄く取り乱すと思うんです。もしかしたら、心が折れてしまうかもしれません。だからそうならないように、ミーヤちゃんにお願いしたいんです。どうか、私達の分まで、ご主人様のことを支えてあげてください」


 優しく、けれどきっぱりと拒否され、ミーヤはもう己では状況がどうにもならないことを悟った。

 元々ミーヤは賢い子どもだ。他人の機微に聡いし、この歳にしてはベルアニア文字の読み書きだって堪能だ。

 けれど、同時にまだ子どもでしかないのも事実だった。

 万策尽きた時、出来ることといえば、泣き喚くことくらいしかない。


「うう……う……うわああああああ! やだぁああああああああ!」


 無理やりバルトの背に乗せられそうになったミーヤは、小さな手を精一杯突っ張らせて拒否しようとした。

 それも無理だと分かると、全身で仰け反ってバルトの上から転げ落ちようとした。

 もちろん、実際にそんなことをすればミーヤは怪我を負うだろう。

 そんなことにも気付けないくらい、ミーヤもまた追い詰められているのだ。


「こら、暴れないで!」


「大人しくしてください!」


 所詮子どもの腕力では、大人のディアナと、戦闘者としての調整こそされていないとはいえ、筋力のリミッター自体が外されているシステリートには敵わない。

 顔に引っかき傷を作りながらも、ディアナとシステリートの二人は、ミーヤをバルトの背に括りつけることに成功していた。

 更に美咲を乗せて馬車に積んであったロープで固定し、蜥蜴魔将ブランディールの死体を積み、さらにペットたちを乗せたところで、バルトが呻いた。どうやら重過ぎたらしい。


「……スマン。飛ベン。ヤッパリペっとモ下ロシテクレ」


 苦みばしった口調のバルトに、システリートとディアナは溜息をつく。


「やっぱりですか」


「マクレーアに加えて、ゲオルベル二匹やら幼年体とはいえ、ベルークギア四匹はムリがありましたね」


 ペットが下ろされるバルトの背では、未だにロープで括られたミーヤがじたばた暴れていた。


「いやー!」


 もはやどうして自分が怒っていたのかも忘れ、泣き喚いている。

 ミーヤを宥めながらもてきぱきと準備を終えたディアナとシステリートは、バルトから離れた。


「これで完了です。どうか、ご主人様とミーヤちゃんをお願いします」


「私達の希望を、切れないように繋ぎ止めてください」


 祈るように跪いた二人を複雑そうに見下ろしたバルトは、一度目を閉じると頷く。


「……努力ハシテミヨウ」


 目を開けたバルトは、羽ばたいて空へと舞い上がった。バルトが空を飛んでいく。

 馬車に巣を作っていたベウ子率いるベウの群れが、一斉に外に出て馬車を守るように展開する。

 兎に似た魔物、ペリトンであるペリ丸が呼べるだけの仲間をありったけ呼び、熊型魔物のマク太郎と、狼に似た魔物であるゲオルベルで、番のゲオ男とゲオ美が、ディアナとシステリートに加勢して身構えた。

 ティラノサウルスそっくりなベルークギアの幼生体であるベル、ルーク、クギ、ギアの四兄弟姉妹たちすらも、自分たちの役目を自覚し、闘志を燃やしている。


「ありがとう。でも、無理しなくてもいいのよ。あなたたちの力も、まだまだ美咲様には必要よ。だから、行きなさい」


「此処は、私たちだけで十分ですから」


 覚悟を決めたディアナとシステリートは、ミーヤのペットたちと見詰め合う。

 言葉は通じずとも、思いは同じ。ディアナが首を横に振ると、やがて、ミーヤのペットたちが一匹ずつ身を翻して駆け出していく。

 最後にベウ子と働きベウたちが名残惜しそうにディアナとシステリートの周りを飛び回り、バルトが翔けていった方角へと飛び去った。


「合流できるといいわね、あの子たち」


「してくれると信じましょう。そのためにも、今は私達が、ご主人様のために踏ん張らないと」


 ペットたちを見送ったディアナとシステリートは、追いかけてくるであろう魔王たちを迎え撃つため、準備を始めた。

 彼女たちの結末が詳しく語られることは無いだろう。この世界においては、有り触れた悲劇の一つに過ぎない。

 美咲とミーヤ、そして皆を見捨てて逃げ出したタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー。彼らを除き、戦える者は全ての人間が美咲を逃がすために戦った。

 その全てがヴェリートを生きて出ることはなく、残されたディアナとシステリートも、魔王に対して僅かばかりの時間を稼いで、殺された。

 だが、彼女たちの決死の抵抗により、魔王は少なくない手傷を負い、魔王城での治療を余儀なくされ、魔将二人もヴェリートを離れた。

 そうして作られた時間により美咲は生き延び、人族連合軍は今度こそ、多大な犠牲を払いつつも、残された死者を掃討し、要塞都市ヴェリートを魔族の手から解放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ