十七日目:死の都市から脱出せよ4
市街も当初に予想した通り、死人たちで溢れていた。
城内ほどではないが、それでも決して少ないとはいえない数だ。
要塞都市と呼ばれるだけのことはあり、戦争を意識して作られた市街は迷路のようで、入り組んでいる上に路地の一つ一つが細く、死角が多い。
その中を、美咲を守る女性たちが武器を振るいながら突き進む。
「もうっ! キリがありませんわよ!」
何匹目かも分からない死人の頭を加速の槍で貫いたイルシャーナが、槍を引き抜いて愚痴を零す。
頭に風穴が開いた死人の後ろからさらに二匹、追加の死人が近寄ってきているのを見て、イルシャーナは貫き殺した死人を、もう一匹目掛けて蹴り飛ばした。強化されたイルシャーナの筋力で、吹っ飛んだ死人がもう一人を巻き添えにして倒れこむ。
この程度では二匹目を殺せはしないものの、代わりに起き上がるまで、貴重な時間を稼ぐことができる。
そのうちに三体目に駆け寄ったイルシャーナは、伸びてくる腕に槍の石突きを当てて払いのけると、くるりと槍を半回転させて穂先を向け、がら空きになった顎から突き上げ気味に槍を刺し入れた。ぐり、と手首の回転を加えて中身をかき回し、念入りに無力化してから槍を抜く。穂先から垂れる色んな色が混じる液体を、イルシャーナは槍を振るって落とした。
その後ろからさらに新手の死人の手が伸びてきて、イルシャーナの反応が遅れる。
「くっ」
捕まれるのを覚悟したイルシャーナの目の前で、飛んできたナイフが死人の側頭部に突き刺さった。
「助かりましたわ。ありがとうございます、ペローネさん」
「大した手間じゃないから気にしないで。前衛をやってもらってるから、これくらいはね」
例を言うイルシャーナに、ナイフを投げたペローネが微笑んだ。
女の細腕でも、強化された筋力の持ち主ならば、頭にナイフが刺さるほどの強さでナイフを投げることは可能だ。
ペローネももちろん筋力の限界を取り払われているため、まるで弾丸のようにナイフを投げ放つことができた。
正確無比なナイフ投げによる狙撃で、ペローネは立ち塞がる死人を倒して道を作る。その道を、イルシャーナが突き進んでさらに斬り開くのだ。もっとも、イルシャーナが振るうのは槍なのだが。
斬り開くというのなら、むしろそれはマリスの方だろう。
「ボクたちの邪魔はさせない。死人は冥府に帰りなよ」
双剣を振るい、無慈悲に死人を斬り捨てていく。
舞うような動きのマリスは、芸術のような正確さで死人の急所を断った。死人とて、身体の構造は人間と同じだ。手間はかかるものの、殺すこと自体はそれほど難しいものではない。
ただ、人間を殺すのならば手足の一本や二本を切り捨てて放置すれば勝手に失血死してくれるが、死人はそうはいかない。既に死んでいて魔法で無理やり生かされている状態の死人を動かなくするためには、確実に頭を潰さなければならない。
そのためには、マリスの獲物である双剣は少々適さない。威力が足りないのだ。生きている者の息の根を止めるだけなら十分な双剣でも、死人の身体を破壊して行動不能にまで追い込むとなればさすがに難しい。他の女性たちと同じように筋力の限界を取り払われているマリスならば出来ないこともないが、それも短時間ならという制約がつく。さすがに長時間行うとなると、先にマリスの体力の方が限界を迎えるだろう。
だから、マリスはイルシャーナよりも、死人を倒すペースは遅い。イルシャーナが三匹倒す間に、一匹倒すのが精一杯だ。もっとも、その間についでとばかりにマリスは他三体ほどの死人の手足を斬り飛ばしているので、一概には比べられないかもしれないけれど。
「室内で戦ってた時も思ったけど、鞭でこいつらと戦うのは辛いわね……」
溜息をつきながら、ミシェーラは鞭を振るった。ミシェーラが手首を返すたびに鞭は空中で蛇のように身をくねらせ、死人の首にがっちりと巻きつく。ミシェーラは思い切り鞭を引き、死人の首を絞め折った。相手が生きている人間や魔族ならこれでいいのだが、死人はこれだけではまだ動くので、ミシェーラは首の拘束を解いてから改めて頭に鞭を何度も当て、頭を破壊する。
こんな芸当ができるのも、ミシェーラの鞭が有刺鉄根鞭であるおかげだ。それなりの重量と強度があり、勢いをつけてから鞭の先を上手く当てれば、その衝撃は鈍器で思い切り殴るのと大して変わらない。これがただの革の鞭であったなら、死人を一体倒すためだけに、ミシェーラは延々鞭を振るい続けなければならなかった。
どちらも鞭という括りにある以上、死人の相手には向かない武器であることに変わりないが、その気になれば破壊できるのと、そうでないのとでは安心感が違う。
ミシェーラの鞭の扱いは巧みだ。高い熟練を必要とする鞭の扱い方を、完全に熟知している。手首のスナップを利かせることで、鞭の先は大きく動き、想像以上の勢いを生む。それをまた手首の動きで制御しながら、対象に叩きつけるのだ。もはや振るうというよりも、操ると表現した方が正しいかもしれない。
とはいえ、ミシェーラの戦い方は薄氷の上で踊っているようなものだ。少しでもタイミングがずれれば、手元が狂えば、力加減を間違えれば、仕留め損なう。
何度目かの攻撃で、ミシェーラの手元が狂い、鞭は首ではなく肩を抉るに留まった。決して浅くない怪我であるものの、死人には怪我の大小など関係ない。
「ニーチェがカバーしますのです!」
仕留めそこなった死人を、横合いから飛び込んできたニーチェが飛び蹴りで蹴り飛ばし、その反動を利用して空中で一回転すると、死人の首がぼとりと落ちた。
よく見たら、ニーチェの服の袖から、きらりと光る細い糸が伸びているのをミシェーラは見つけた。その糸は空中で一部が赤く染まり、ぽたりぽたりと同じ色の液体を垂らしながら、ひらりひらりと空中を舞っている。
暗器の一つ、鋼糸だ。
アルブスカという蜘蛛に似た魔物が吐く糸を利用したこの暗器は、殺傷力が高く首程度なら落とすのは容易い。頭を切断するのはさすがに難しいものの、切断するに足る運動エネルギーさえ賄うことが出来るなら、決して不可能ではない。
鞭と同じくらい自爆の危険性が高く、鞭とは比較にならない危険性がある鋼糸だが、熟練すれば一撃必殺の暗器となる。その鋼糸を、ニーチェは完璧に操ってみせた。
「ありがとう。助かったわ」
礼を言うミシェーラに、ニーチェは死人をもう一匹鋼糸で吊り上げながらミシェーラに振り向き、にこっと笑った。
「困ったときはお互い様です!」
「そうね、その通りだわ」
ミシェーラの右手が閃き、有刺鉄根鞭がのたうって鎌首をもたげ、空気を引き裂いて飛び、ニーチェに吊り上げられた死人の首に巻きついて圧し折った。見事な連携プレーである。
転がってきた死人の頭を、ミシェーラは一息に踏み潰した。人間の頭というのは前頭部や後頭部はそこそこ固いものの、側頭部などはそれほどでもないので、そういう比較的柔らかい場所を狙えばミシェーラでも容易に踏み潰すことができる。もっとも、大前提として、筋力のリミッターが取り払われていればの話で、ミシェーラが見た目通りの力しか持たなかったら、難しかったかもしれない。
そんな風に苦労して倒している者がいる一方で、当たるを幸いとばかりに薙ぎ倒し、死人を壊れた肉の塊に変えて量産し続けている者もいる。
要は、ドーラニアのことである。
彼女はお気に入りのバトルアックスを用いて、真正面から次々と死人たちを斬り捨てていた。
「ハッハァ! 爽快だな!」
まるで暴風のような暴虐の嵐が、ドーラニアの周りで吹き荒れていた。縦横無尽に振るわれるバトルアックスは、死人の頭をかち割り、胴体を断ち、衝撃で死人の身体を木の葉のように吹き飛ばす。
ドーラニアにとっては、いくら雑兵が集って来ようが関係ないのだ。全て叩き潰せばいい話なのだから。
巨大なバトルアックスは、その質量自体が死人を倒すのに適している代物で、さらにそこへドーラニアの桁違いの腕力と体力が加わるのだから、もはや戦いにもならない。もし美咲がこの状況を見れば、某無双ゲームのようだと思ったかもしれない。
「ちょっと! 突出し過ぎよ!」
新たな獲物を求めてひたすら前へ前へと進むドーラニアを、メイスを振るって死人の頭を叩き潰しながら、ユトラが嗜める。
「おっ、悪い悪い。つい夢中になっちまった」
我に返ったドーラニアが改めて後退を始め、巻き込まれた死人がまた複数吹っ飛んでいった。
「強いのは頼もしいのだけれど……」
危うく孤立しそうだったにも関わらず、悪びれないドーラニアの様子にユトラは溜息をつく。そして無造作にメイスを振るい、近付いてきていた死人の頭を叩き潰した。
死人を倒すという意味では、ユトラのメイスも非常に便利だ。完全なる鈍器として設計されているメイスは、頭に当てればそれが死人といえども活動を停止せざるを得なくなるくらいの損傷を与える。
小回りも利き、常に全力を込め続ける必要も無いので体力的にも優しい。もしかしたら、戦う相手を死人に限定するなら、一番向いているかもしれない。
もっとも、いくらユトラが向いていても、仲間が居なければ多勢に無勢だろうが。
「ざくっざくざくざっくざくー♪」
不意におかしな節の歌が聞こえ、ユトラは思わず脱力した。
その隙を死人が認識したかどうかは分からないが、ちょうどタイミング悪く、近くにいた死人がユトラに掴みかかってくる。
「肉を削ぎー♪ 骨を断ちー♪ コトコトお鍋で煮込んでー♪」
慌てて力を入れ直して腕を避け、がら空きの頭にメイスを叩き付けたユトラは、物騒な歌を聞かせるレトワを睨む。
「ちょっと。変な歌歌うのやめてくれない?」
「ほえ? レトワ、変な歌なんて歌ってないよ?」
きょとんとした表情で振り向いたレトワは、背後から飛び掛る死人を見ずに片手鎌を振るう。
振り下ろした腕をかわされ、伸び切ったところに片手鎌を添えられた死人は、そのまま腕を斬り飛ばされると同時に体勢を崩し、むき出しになった側頭部に片手鎌の切っ先が叩きつけられる。
「ぐりぐりぐりー♪」
手応えで頭蓋骨を貫通したことを悟ったレトワは、念入りに中身をかき回してから片手鎌を引き抜く。
「言っても無駄よ。マイペースだもの。私は諦めたわ」
半笑いを浮かべたラピが、掴みかかってくる死人の腕を盾で払いながらユトラに言った。
すかさず頭に剣戟を叩き込み、反撃を盾で防いで出来た隙に二撃目を加える。基本に忠実で、堅実な戦い方だ。
殲滅速度という点では決して早くはないものの、安定性は抜群だ。危なげなく戦い、着実に死人の数を減らしていっている。
ただ、少しラピは戦いにくそうだった。
生きている人間ならば、まともに盾の直撃を受ければただでは済まない。狙うのは主に頭なので、どうしたって隙ができるのだ。目潰しも兼ねられるので、これをどれほど上手く決められるかが、盾使いの真価を決める。
だが、その盾による攻撃は、死人には通用しない。死人は怯むことがないからだ。だから盾の一撃はただの打撃になってしまい、有効打に繋がらない。
もっとも、盾の巨大さ故に打撃武器としてはそれほど悪くもないため、そのまま殴って頭を破壊することも出来なくはない。効率が悪いが。
一方で、結構苦戦している者もいる。
「……全然倒れない。スリングショットじゃ無理かな、やっぱり」
いくら石を当てても動き続ける死人に対して、アンネルは攻めあぐねていた。
普通は、スリングショットは鳥や小動物を捕まえるための狩猟武器だ。アンネルの強化された筋力ならば、当たりどころがよければ人間も殺せるとはいえ、基本的には殺傷力が高い武器とはいえない。
そもそもアンネルに求められる役割は、幻影魔法によるかく乱なので、スリングショットはせいぜい自衛か援護程度でしか使わない。だが幻影魔法は死人には効き辛いので、アンネルにとって死人は相性がかなり悪い相手だ。
「アンネル、あまり無理はしないようにね。私達は、けん制に徹しましょう」
同じように相性が悪いメイリフォアと、アンネルは少しずつ下がって死人から距離を取っていく。開いたスペースにはアヤメとサナコが入った。この二人は完全に武闘派なので、死人が相手でも安定して戦える。
メイリフォアの得意な武器は投擲物全般だが、生憎今持っているのは爆発石だけだ。広範囲を攻撃でき、死人が相手でも安定してダメージを与えられるものの、消費物なので在庫に限りがある。この先補充が効くかどうかも分からないため、メイリフォアとしては、あまり無駄使いはしたくなかった。
それでも、死人が密集していて通れないなど、使わなければならない場所では遠慮なく使う。使用を躊躇って結局在庫を抱えたまま死ぬのでは、意味がない。
ちょうど角を曲がった先がまさにその通りの状況だったため、メイリフォアは爆発石を彼らの真ん中で炸裂させる。威力はちょっとした手榴弾に近く、直撃すればまず死ぬ。死人だろうと高確率で頭が吹っ飛ぶため、簡単に無力化できる。
「私達で道を斬り開くぞ。出口までもう少しだ」
そうして出来た間隙にアヤメとサナコが飛び込み、押し広げて安全地帯を作るのだ。この繰り返しで、彼女たちはようやくヴェリート市街を抜ける外壁門にたどり着いた。
「回復は任せて。絶対私より先に、誰も死なせたりなんかしないわ」
顔色を青褪めさせながらも、セニミスが気丈に言った。
ここを出て少し歩けば、自分たちの馬車があるはずだ。
戦えないけれど、セニミスは魔法で傷を癒すことが出来る。敵が自分たちより強くても、自分の頑張り次第で倒すことができると、セニミスは信じていた。美咲自身の傷を癒すことができないセニミスは、それくらいでしか、美咲のために出来ることがなかったから。
だというのに。
死人たちの向こうに外壁門がようやく頭を除かせた時、その外壁門から黒い閃光が走った。
その閃光は、前線で戦うイルシャーナやマリス、ミシェーラ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アヤメやサナコのうち、真正面にいたドーラニアとユトラの間を抜けて、とっさに美咲とミーヤを庇ったニーチェの髪を間一髪掠め、その後ろにいたセニミスを飲み込んだ。
音らしい音はない。ただ一瞬だけ熱した石に肉をつけたときのような、「じゅっ」という音がしただけで、気付いたら、セニミスの上半身が吹き飛んでいた。
ゆっくりと、セニミスは腰から下だけの状態で数歩だけふらふらと歩き、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。
そのままセニミスは動かず、その身体からは肉と油が焦げたような臭いが漂う。
間違いなく死んでいる。
「そ、そんな……」
セニミスのすぐ横を歩いていたディアナが、絶望的な声を漏らした。
閃光が放たれた後、その直線上に居たセニミスを含め、全ての障害物は全滅していた。
あれほど蠢いていた死人も、前後でごっそりと数を減らしている。
「ふむ。ここまで逃げられる人間どもが居たとは驚きだ。城と街に一人ずつ、魔将を配置しておいたのだが」
あともう少しというところで。
外壁門を塞ぐ最大の障害が、美咲を守るセザリーたちを睥睨していた。