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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:最後の晩餐3

 ユトラの席はニーチェの隣で、対面にはラピが座っている。ラピはふふんと小さな胸を張った。


「姉さまのご活躍に、恐れをなして逃げたのよ。だって蜥蜴魔将を倒したんだもの。精神的支柱を倒されたのと同じことよ。指揮官自体も私達で討ち取ったし、撤退していても不思議じゃないわ。私達も結構すぐに追撃したから、きっと工作する余裕も無かったんだわ」


 ラピは美咲の活躍を、まるで自分のことのように自慢げに語った。

 普段はあまり態度に見せないようにしているラピも、本当は美咲のことが大好きなのである。なお、本人は隠しているつもりでも、実は周りにはバレバレだったりする。そっけない態度を取っている時でも、一瞬本来の感情が表情に出るので、分かり易いのだ。おかげで、美咲にすらばれている。ラピは隠し事に向かない。

 ドーラニアの右隣に座るラピは、こうして並ぶと本当に小さい。もしかしたら、ミーヤを除けば一番小さいかもしれない。それでも、ラピはいざ戦闘ともなれば、誰よりも重装備を纏い、戦場に立つ。楯持ちは伊達ではないのだ。防御だけなら、ラピは誰にも負けない自信があった。

 自信の理由は、今のラピは戦うために作り出されたのと同然だからだ。ディアナは美咲のために、彼女たちを兵士として組み上げた。調整を受けたラピたちは筋肉の保護機能を解除され、通常の女性の枠には囚われない筋力を出すことが出来る。それは大の男の平均筋力を軽々と超え、魔族の兵士たちとも互角以上に戦えるほどだった。

 そこに身体強化魔法が加われば、それこそ魔族の兵士を圧倒できるだろう。

 もっとも、美咲の傭兵団には身体強化魔法が使えるのはアリシャとミリアンくらいだし、他に唯一の使い手であるルフィミアは助けられたばかりで身の振り方を決める段階にはない。それにどの道、魔族は一兵士であろうと優秀な魔法使いなので、実際はそう簡単にはいかない。


「うまー。うまー」


 ミーヤを彷彿とさせる表情で、幸せそうにレトワが片端から料理を食べている。精神年齢が案外同じなのかもしれない。レトワは食い意地が張っており、お腹が空けば勝手にその辺に生えている草の中から食べられるものを本能的に見つけて食べるほど、食欲に満ちている。

 この特技は地味に便利で、もしどこかで遭難しても、レトワなら食べ物を見つけられる可能性が高いことを示している。食べられるものと毒があって食べられないものを、レトワはきちんと判別するのだから凄い。

 レトワの席はユトラの隣だ。こう見えてレトワは背が高めで、見た目の年齢もテナと同じくらい、つまりイルシャーナやサナコと同じくらいなので、意外と身体は育っている。だからこそ言動とのギャップが凄いのだが。


「ねまい」


 寝ぼけ目で謎の台詞を履いたのはアンネルだ。どうしてこんな台詞を吐いたのかというと、「眠い」と「美味い」を言おうとして、寝ぼけて混ざっただけである。

 どうしてかはアンネル自身にも分からないが、アンネルは他の人間よりも睡眠に対する欲求が人一倍強い。もしかしたらそれも、洗脳されていた後遺症なのかもしれない。アンネルを含め、彼女たちの治療を行ったのはディアナだが、彼女とて専門家ではないから、全てが思い通りに仕上がるわけではない。廃人になっていた状態から引き戻しただけでも、凄いのだ。

 アンネルの席はラピの右隣で、レトワの対面にある。ちょうど都合よくレトワが近くにいるので、アンネルは自分の皿に山と積まれた料理を自分が食べ切れる量になるまでレトワの皿に分けた。


「わーいありがとー」


「……どういたしまして」


 無邪気に喜ぶレトワに、アンネルは言葉を返す。

 レトワの隣では、セニミスが黙って料理をつついていた。回りの会話には参加せずに、別の場所に視線を向けている。どうやら気になることがあるようだ。


「もう。アンネルちゃん、好き嫌いしちゃ駄目でしょ」


 自分の食事を減らす行為を見咎めたメイリフォアが、アンネルを注意する。


「好き嫌いじゃない。いっぺんにこんなに食べられないだけ。私は小食なの」


 隣に座るメイリフォアが、再び自分の皿に料理を盛ったのを見て、アンネルは頬を膨らませた。色々世話を焼いてくれるのはいいけれど、元々が小食なアンネルはそんなに食べられないのだ。好き嫌いだってそれなりにある。特に苦いものや辛いものは苦手だ。レトワとは違いアンネルは本当の意味で幼いので、味覚が子どもなのである。


「もう。仕方のない子ね。いっぱい食べて力をつけないと、いざという時美咲様の力になれないわよ」


「……む。それは困る」


 眉を寄せたアンネルは、自分の前に置かれたパン皿に向き直ると、もそもそと料理を食べ始めた。

 そんなアンネルの様子を見て、メイリフォアもようやく安心し、自分の分の料理に手を付け始める。


「すっかり世話焼きが板についてきたな。まるで母親だぞ」


 セニミスの隣に座るアヤメに言われ、メイリフォアは凍りついた。

 色々な場面で手間をかけさせられてきたので、自然とアンネルのお守りをするのはメイリフォアの役目になっていた。実際にメイリフォアにもアンネルに構い過ぎている自覚はあり、もう少し離れるべきかと思うこともある。

 だが、手を焼かされすぎて、目の届く位置にいないと返って気になり、メイリフォアはアンネルを探してしまうのである。まさにアヤメのいう通り、母親のようであった。


「母親……まだそんな年じゃないのに」


「知らぬは本人ばかりなり、という言葉もあるぞ」


 呆然として呟くメイリフォアを見て、アヤメが笑う。

 アヤメの左隣にはセニミスが座っていて、もくもくと料理を頬張っている。時折アヤメの方向に視線を向けているが、どうも見ているのはさらにその向こうの、男たちらしい。会話には入らず、釣り上がった目で男たちを睨んでいる。たまに思い出したように料理を食べるが、料理をちゃんと味わっているのか、傍目には分からない。

 普段ならば、アヤメが誰かと会話していればサナコが混ざってくるのだが、今のサナコは、己の対角線上に座るセニミスやディアナと共に、右隣の男性陣に目を奪われていた、即ち、タティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクの冒険者パーティである。


「えっと……大丈夫ですか? 凄く腫れてますけど」


 尋ねるサナコの視線は自分の右隣に座るタティマの顔に注がれている。

 乱闘に巻き込まれたタティマは、その影響で顔に大きな痣をこしらえていた。

 かなり痛々しいが、彼らはこの程度の負傷は日常茶飯事なのか、けろりとしている。ほっときゃ治るといわんばかりに、薬を使うそぶりすらない。


「あー、大丈夫だ。あの傭兵ども、宝物庫に飛び込んでくるなり殴りかかってくるんだから参ったぜ。先に探索してたくらいで怒りやがって。こっちは今まで略奪控えてたんだぜ? あいつらはその分しっかり懐に入れてるのによ」


 その証拠に、タティマの受け答えははっきりしていた。

 パーティを組んでいる仲間たちも、タティマを心配するような様子は見せない。

 むしろ、傭兵たちの行動に憤っている様子だ。


「まあ、宝物庫ですからね。置いてあるものの価値は、他の場所のものとは文字通り桁違いでしょうし」


 ディアナがタティマたちを慰めるように言う。


「そりゃあな。生憎、乱闘になって全部取られちまったけどよ」


 グビグビグビ、と喉を鳴らしてビールを飲み干したミシェルが、テーブルに空になったカップを叩きつけて深い溜息をついた。

 宝物庫では散々抵抗し暴れまわったミシェルだったが、数の差には勝てず、最終的には宝物庫から叩き出されて終わっている。最後まで粘ったので、傷も一番多い。


「後で皆私のところに来なさいよ。治療してあげるから」


 先ほどから男たちが気になっていたのは、痛々しい生傷を拵えていたからだったらしく、セニミスがタティマたちに話しかけた。

 男たちから次々、了承と感謝の声が飛ぶ。


「べ、別にお礼を言って欲しいわけじゃないし……」


 嬉しいのに誤魔化そうとするセニミスに対し、今度は男たちから野次が飛んだ。


「うっ、うるさいわよ! からかうんなら治療してあげないからね!」


「はははは。ごめんごめん」


 爽やかな笑顔でベクラムが謝るものの、笑顔という時点で、本人は全く悪く思っていないのが丸分かりである。

 ベクラムはタティマの右隣に座っており、タティマはディアナの対面、ミシェルはディアナの隣の席を獲得していた。役得である。


「……潤いが欲しいでやんす」


 料理を食べていたモットレーが、ぽつりと呟いた。

 モットレーは美咲からもっとも遠い位置に座っており、対面はタゴサク、隣はミシェルと見事に山賊みたいな髭面と、チョビ髭の髭面しかいない。

 数ガート左では女たちの楽園が広がっているというのに、モットレーのところまでは遠過ぎて入り込めない。

 サナコ、ディアナといった席が近い者や、セニミスのような必要性のある者はかなりの頻度で話しかけてくるものの、大体の受け答えは席が近いタティマやミシェル、ベクラムがするので、モットレーやタゴサクのところまでは会話に混じるタイミングが回ってこない。


「仕方ないでござるよ。拙者も美咲殿と話したかったのだが、この距離でござるからなぁ。かといって、話すためだけにわざわざ席を立つのは行儀が悪いでござる」


 同じく会話に入れていないタゴサクがぼやいた。

 タゴサクは能力が戦闘関係に振り切れているので、人付き合いは苦手だ。元々が実直な仕事人間で、様々な挫折を経て今の飄々とした性格が形成された後も、戦闘以外不器用であるところは変わっていない。戦闘では頼りになるものの、それ以外ではダメ人間である。

 しばらくすると、大体全員が満足したので、部屋割りを決めて休むことにした。

 今いる居館は二階の三部屋が美咲たちに宛がわれており、その三部屋を計二十八人で分けて使うことになる。

 男女を一緒の部屋にするのもアレなので、変則的に十二、五、十一で宛がうことにする。

 女性陣はベッドや寝具がある寝室を使う代わりに大人数で、男性陣は居間に泊まる代わりに、広々と一部屋を五人で独占できるようにした。


「左の寝室は、私、ミーヤちゃん、アリシャさん、ルフィミアさん、セザリーさん、テナちゃん、イルマちゃん、ペローネさん、イルシャーナちゃん、マリスちゃん、ミシェーラさん、システリートさんで使いましょう。右の客室はミリアンさん、ニーチェちゃん、ドーラニア姉さん、ユトラさん、ラピちゃん、レトワちゃん、アンネルちゃん、セニミスちゃん、メイリフォアさん、アヤメさん、サナコちゃんで。申し訳ないですけど、タティマさん、ミシェルさん、ベクラムさん、モットレーさん、タゴサクさんは真ん中の居間で寝泊りしてください。各自、念のために交代制で見張りを立てて起きましょう」


 さすがに慣れてきた様子で、美咲がつっかえずにスムーズに割り振り、各自後片付けに入った。

 そして、異常は寝静まった後、真夜中に現れた。


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