十七日目:絡め取られた者4
四班に割り振られたタティマたち冒険者パーティは、自分たちが担当する主塔の五階に到着した。階段から通路は正反対に続いていて、どちらもすぐに曲がって先は見えなくなっている。おそらく主塔は面積が限られているという理由もあって、このように入り組んだ通路が多いのだとタティマ、ミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクの五人は推測している。
「普通、城の主塔最上階っていったら、番兵の詰め所か牢屋か宝物庫のうちのどれかって相場が決まってるもんだが、ここはどうなんだろうな。さすがに機密事項に属するだけあって、調べても分からんからなぁ」
本格的な探索に取り掛かる前の打ち合わせを仲間としながら、タティマがぼやく。
「でもよお、地下牢があることは確認してんだろ? だったら牢屋は無いだろ。牢屋を二つ作る意味がねぇ」
ミシェルの言うことはもっともだ。地下牢が存在する以上、さらに最上階に牢屋を作るのは得策ではない。
「確かにね。特に主塔最上階に牢屋を作るのは、確かに逃走防止っていう面では理に適ってるけど、非常時には敵を内部に抱え込むことになって危険だしね。番兵の詰め所か宝物庫が妥当じゃないかな?」
冷静にベクラムが己の意見を述べる。ミシェルとベクラムはいつも一緒で、今も二人一組で行動している。こうして見ると、本当に見た目が正反対のコンビだ。
「宝物庫の中身、かっぱらいたいでやんす! 今なら魔族兵のせいにできるでやんす」
モットレーが物欲に表情を輝かせた。しがない冒険者に過ぎなかった彼らは、宝物庫になど入った経験は皆無なので、どんなお宝が眠っているのかワクワクしていた。
それらの宝物がどんなものか想像するだけで、モットレーは興奮してしまう。
「はっはっは。あればいいでござるな」
タゴサクが大笑いし、一行は歩く。
やがて一つの扉の前に辿り着いた。
冒険者稼業が長い彼らは対応を心得ていて、すぐにタティマが開錠技術、罠解体技術に優れるモットレーを呼び出した。
「モットレー、扉の調査を頼む」
「分かったでやんす」
頷いて承諾したモットレーは、慎重な手つきで扉を調べ、罠がないことを確認すると、扉に手をかけた。
固い手応えが返ってくる。どうやらここも鍵が掛かっているらしい。
扉を開くと、殺風景な詰め所が広がっていた。
一番目を引くのは、いくつもの鎧や槍などの武具類だろうか。鎧は金具で壁に固定されて散らばらないようになっており、槍などの武具類もきちんと一まとめになって保管されている。
これは番兵の武装だろう。非常時ならともかく、いくら番兵といえでも、一日中ずっと全員が武装した姿でいるわけではない。ローテーションが組まれ交代制になっているのが普通であり、日によっては当然非番の兵士も出てくる。持ち主がいないこれらの武装は、そうした非番の兵士たちのものだろう。
通常の兵士の詰め所は城の別の場所にあったので、ここは主塔の最上階から見張りをする兵士たち専用の詰め所だ。番兵という呼び名の通り、周りを隅々まで見渡し、いち早く人影を発見するのが役目である。もっとも、この世界は人同士の戦争はかなり昔に起きたのが最後で、最近はもうずっと異種族である魔族
とばかり戦っているのだが。
詰め所の中を見回したタティマが、手早く指示を出す。
「よし、引き出しは片っ端から捜せ。絨毯も捲って外れそうな床板があればそれも引っぺがせ。金目になりそうなものは全部回収していいが、嬢ちゃんにはなるべくバレないようにしろ。罠にも気をつけろよ」
「へっ、そんなの基本だろ基本」
付け加えた注意を鼻で笑うミシェルに、タティマが顔を顰めた。
「うるせえよ。そうやって舐めて掛かって基本を疎かにし出す頃が一番危ないんだ。駆け出し卒業直後の奴が死ぬ原因ナンバーワンは伊達じゃねえ」
「まあ、確かに間違っちゃいないよ。ミシェル、僕たちもせいぜい気をつけよう。こんなところで死にたくないだろ?」
苦笑したベクラムが、ミシェルを嗜める。
友人であるベクラムの忠告を無視する気は無いのか、ミシェルはばつの悪い表情になった。
「あー、確かにな。タティマもすまん。気をつける」
「気にすんな。分かってりゃそれでいいさ」
ベクラムほどではないものの、タティマだってタゴサクを除くこのメンバーでパーティを組んで、それなりの月日が経っている。ミシェルの性格とその扱い方くらいは心得ていた。
「お、銀貨発見でやんす。誰かのへそくりか何かでやんすかね。宝石もいくつかあるでやんす。全部いただくでやんす」
まるで盗賊のようなことを言いながら、モットレーが鍵の掛かった引き出しを開錠し、中に入っていたもののうち金目の代物を懐に入れていた。
この世界には、美咲の世界のゲームや小説、漫画などに出てくるような、冒険者としての「盗賊」という職業は無い。冒険者は冒険者として、仲間内での役割分担はあれど対外的には一括りにされる。だが、もしそれらフィクションの常識を当てはめるなら、モットレーは間違いなく「盗賊」が相応しい。人様の物に手を出して盗みを働いているという意味でも、二重の意味で盗賊である。
彼らは貴族出身ではあるが、最低限の教養を身につけているというだけで、皆が騎士のように正しい行いをしているとは言い難い。そもそも騎士からして美咲の世界にあるような公明正大なイメージとは程遠く、実態的には盗賊や傭兵と代わらない輩も数多い。そもそもにして盗賊と傭兵自体が同じ人物であることも多く、治安が乱れて戦争が起きれば傭兵として稼ぎ、平和になったら盗賊として働いて治安を乱す、というマッチポンプが行われることも珍しくない。
そしてそんな傭兵から細分化した騎士も、根っこの部分では変わらないのだ。
例を挙げるならば、この世界には次のような昔話がある。魔族が現れるよりはるか昔、ある時、流れの騎士団が、とあるキャラバンの護衛を無償で行った。後日騎士団の使いがその商人の下を訪れ、護衛の対価として騎士団が食べていけるだけの、騎士団にとってささやかな量の積み荷の提供を要求した。しかしキャラバンの商人たちはそれを拒否し、それどころか騎士団をならず者と侮辱した。
誇りを汚され激怒した騎士たちは、積み荷を出さねば商人たちを皆殺しにすると脅した。商人たちが震え上がる中、商人の賢明な妻たちが、たくさんの荷物を荷馬車に積んで騎士たちに跪き、許しを請うた。大いに気を良くした騎士たちは商人たちを許し、商人たちはその後騎士たちを無碍に扱った報いを受け死亡し、未亡人となった商人たちの妻は、すぐに騎士たちに求婚され、昔話の終わりは全員彼らの妻となってめでたしめでたしで締め括られる。
騎士の誇り高さと商人たちの愚かさ、そしてその妻たちの賢さが垣間見える、一見すると良い話だが、この話にはもちろん裏がある。まず一つは商人たちから彼らに護衛を頼んだのではないということと、キャラバンの護衛を引き受ける者が他にいなかったという点だ。細分化された後ですら、貴族出身者が多い彼らは横の繋がりが強いのだから、それより昔ならば言うまでもなく、彼らはグルである。騎士たちは己の誇りを武力で守ることが認められていて、その判断は騎士たちの主観に委ねられていた。しかしその騎士自体に、全うな騎士よりも、そうでない騎士が多過ぎた。そしてそれは今も変わっていない。
もう一つは、一度は無償で護衛を行うことを申し出ながら、後から積み荷を要求したことである。騎士たちは商売に明るくない。騎士たちにとってはささやかな量であっても、商人たちの常識にしてみれば、提示された量は常識外の量である。受け入れてしまえば、彼らの中で確実に赤字になって破産する者が出る。それではわざわざ護衛を伴いキャラバンを組んで旅をした意味がない。生活のために、商人たちは断るしかなかった。
そしてとどめに、武力で商人たちを脅したことである。これだけでも、彼らの悪辣さを伝えるには十分な内容ではあるものの、現実はさらにその上を行く。同じような出来事はそれこそ何度も起きていて、逆らった場合、確実に騎士たちは脅しを現実にしていたのである。男は殺され、女は強姦され、それらの悪行は騎士たちの美談として脚色されて語られる。
そんな事実を知っているからこそ、キャラバンの商人に、騎士たちは嫌われていたのだ。そしてそれは、騎士が実際は盗賊に毛が生えた程度の存在としてしか、民衆に見られていなかったことを示している。
「……ほどほどにするでござるよ」
モットレーの窃盗に溜息をつきつつ、タゴサクは詰め所の探索を続けた。
「露骨に怪しいのはあれでござるなぁ」
タゴサクの目に映っているのは、番兵の詰め所のスペースを占有する金庫の存在だ。それほど大きくはないものの、分厚く頑丈そうな作りで、よほど重要なものが入っているのであろうことを感じさせる。
番号での施錠ではなく、鍵での施錠式で、ならどこかに鍵があるはずだと、タゴサクは鍵を探した。
「何やってんだ?」
たまたま鍵を探すタゴサクを見て興味を持ったミシェルが、タゴサクに尋ねてきた。
「金庫を見つけたでござるよ。中を改めたいでござるが、鍵が見つからぬでござる」
「面倒くせえな。壊しちまえよ。俺がやってやる」
短気なミシェルは、金庫を床に叩きつけて破壊してしまった。
物音を聞きつけ、すぐにモットレーがすっ飛んでくる。
「何事でやんすか!」
周りを見回したモットレーはすぐに床に落ちている壊れた金庫に気付き、唖然とした。
「短絡的過ぎるでやんすよ! 罠があったらどうするでやんす!」
「いや、すまん。まどろっこしくてついな。何もなかったんだからいいじゃねえか」
食って掛かるモットレーに対し、ミシェルは笑って抗議に取り合おうとしない。
「なんだなんだ、どうした」
「何かあったのかい?」
タティマとベクラムも、騒ぎを聞きつけて探索を中断し、ミシェル、モットレー、タゴサクの下へ近寄ってきた。
床に落ちている金庫を見つけたタティマが、金庫とミシェルを交互に見て、何かを悟った表情になった。
「あー、なるほど。まあ、何もなかったから今回はいいが、次から気をつけろよ」
生暖かい目を向けられたミシェルは胸を張って笑った。
「おう!」
「……僕は君の友人だと自負しているけれど、君にはいつも驚かされる」
最初の方こそ唖然とした顔で金庫を見ていたベクラムは、やがてくつくつと笑った。
「とにかく、中を見てみるでござる」
タゴサクが壊れた金庫の蓋を開けると、中には鍵が一つ入っていた。
「鍵か。どこの鍵だ?」
訝しげな表情を浮かべるタティマの隣で、ミシェルが落胆してがっかりとした顔をした。
「おいおい金目のものじゃねえのかよ。まさかこの金庫の鍵なんてオチじゃねえよな」
「君、鍵を先に仕舞ってしまったら、どうやって鍵をかけるんだい」
ミシェルの発言に、ベクラムがバカにするような視線を向け、笑みを浮かべる。
「同じ鍵が複数ないと無理でやんすね。まあ、可能性は皆無ではないでやんす」
金庫を拾い上げて机に置いたモットレーが、念のため罠が仕掛けられていた形跡がないか調べながら言った。
「とりあえず、持っていくでござるか。大事に仕舞われていたということは、重要な鍵かもしれないでござる」
鍵を回収し、タゴサクが懐に入れた。
しばらく探索を続行し、それ以上何もないことを確認してタティマたちは廊下に出た。
次はもう一つの部屋を探索する。
モットレーが罠の確認をした後、扉を開けようとしたタティマは、返ってきた固い手応えに口笛を吹く。
「鍵が掛かってるな。さっそくあの鍵試してみようぜ」
リーダーのタティマが乗り気なので、俄然他のメンバーもその気になる。
「お、いいな。タゴサク、やってみろよ」
ミシェルが山賊の親分のような髭面に、にやにやと笑みを浮かべながら言った。
「何の部屋だろう。いやあ、こういうのって冒険の醍醐味だよね。楽しいなぁ」
爽やかな笑顔のベクラムは、まるで王子様のようにキラキラしている。
「開けたらまた罠の探索から始めるでやんすよ。念には念を入れるでござる。盗人避けの罠とか、いかにもありそうでやんす」
現実的に、モットレーは次の行動の算段を立てていた。
鍵がもし違っていたら、今度はモットレーが得意の錠前破りを試みるつもりである。
「では、開けるでござるよ」
生唾を飲み込んだタゴサクが、若干緊張した表情で鍵穴に鍵を挿し込み、回した。
カチリと音がした後、鍵を引き抜いたタゴサクがゆっくりと扉を押し開く。
分厚い鉄扉が、軋みながら開いていく。
中の光景を見て、誰もが息を飲んだ。
いくつもの金庫に納められた宝石や大金貨を始め、絵画、骨董、武器、防具、貴重な薬など、様々な価値ある品々が、部屋の中には陳列されていた。
他にも立派な彫刻の家具や魔族から押収したらしきマジックアイテムなど、一つ一つの品だけで価値は計りしれないのに、それが部屋いっぱいにあるのだ。王都の王宮にある宝物庫の内容と比べても、遜色ないのではないかと思える内容だった。
「こりゃすげえ! 宝物庫じゃねえか! おい、モットレー、罠がないか探れ! 持てるだけ持って帰るぞ!」
それでも辛うじて自制心が残っているのか、中に踏み込まずにぎりぎりで留まっている辺り、冒険者としてやはりタティマがそれなりの経験を積んでいることを窺わせる。
「マジかよおい! 魔族軍に略奪されずに残ってたのか!」
喝采を上げたのはミシェルだ。髭面を興奮で赤く染め、物欲で目をぎらつかせた。
「これが全部僕たちのものだ! これだけあれば、五人で山分けしても一生遊んで暮らせるぞ! 妻だって好きに選び放題だ!」
気障な態度が似合う、貴公子のようなベクラムは、さすがミシェルの親友というべきか、容姿に似合わずミシェルと同様の表情を浮かべている。
「ほっ。これなら家名に傷を付けずに済みそうでやんす」
モットレーが安堵の息をついて、罠の確認を始めた。
「少々妙な気もするでござるが、拙者の思い過ごしでござるかな」
仲間たちの反応を一歩引いて見ながら、タゴサクがぽつりと呟いた。