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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:絡め取られた者3

 ミシェーラ率いる二班が担当するのは三階だ。

 細く、大きく弧を描く螺旋階段を登った先に辿り着いた三階には、これまた細い廊下の先に、扉が二つあった。

 一つ目の部屋の扉の前まで来ると、ミシェーラは足を止めた。ミシェーラが止まったのに合わせ、後ろを歩いていたイルシャーナ、マリス、ニーチェ、アンネルも停止する。

 少し考え、振り向いたミシェーラは方針を皆に伝える。


「部屋は二つあるようね。一つずつ調べてみましょう。一応、もう一つの部屋から何かが出てこないとも限らないし、見張りも一応残しておくことにするわ。イルシャーナ、お願いできる?」


「わたくしですの?」


 意外そうな顔で、イルシャーナがミシェーラに聞き返す。この中で、ミシェーラの次に年上なのは、イルシャーナだ。てっきり部屋の探索に当てられると思っていたイルシャーナは、誰にでもできる見張りを宛がわれて不満を露にする。


「お言葉ですけど、人選を間違えてませんこと?」


 暗に「考え直せ」と訴えるイルシャーナの問いに、ミシェーラは真っ向から反論する。


「間違えてないわ。中に敵がいないとも限らない。それに、その槍は閉鎖空間で振るうのは難しいでしょ。いたらそのままあなたが背後を警戒している間に、私たちで制圧するわ。いなかったらマリスと代わって、マリスに警戒してもらう。マリス、いいわよね?」


 最後にマリスに対するお願いを付け加えると、マリスはにこりと笑顔で頷いた。


「うん。ボクはそれで構わないよ」


「そういうことなら、わたくしもそれで構いませんわ」


 納得したイルシャーナも、矛を収める。


「あの、ニーチェも見張りくらいできるんですけど」


「……私も、見張りする」


 全く触れられなかったレトワとアンネルが自己主張する。

 ミシェーラはそんな二人に厳かに尋ねた。


「ニーチェはともかく、あなたは問題があるわよ、アンネル。見張りをするとなったら、居眠りは一切禁止するけど、それでもできる? あなた、居館で見張りしてた時、真面目にやってなかったでしょ」


 その質問で、勢い込んで頷こうとしたアンネルの動きが止まった。


「見張りっていう大役は、他に任せることにした」


 アンネルはたちまち意見を翻した。

 いっそすがすがしいほどの手のひら返しである。


「ちょっとは躊躇うのです!」


 背後からニーチェがアンネルをどつくが、無表情のアンネルは堪えていないようだ。


「そういうわけだから、探索を手伝って頂戴」


 溜息をつくミシェーラの肩を、イルシャーナとマリスが慰めるように叩いた。二人ともミシェーラの気持ちは分かるものの、自分に飛び火するのはごめんなので、対応はミシェーラに一任して自分たちは手足に徹する気満々である。

 まずはミシェーラとマリス、ニーチェ、アンネルで扉や壁越しに中の気配を探る。息を殺して隠れられたりしたらさすがに分からないものの、戦闘を意識して相手が待ち伏せしているなら、逆にその戦意や殺気を肌で感じ取ることができる。第六感に属する分野だが、研ぎ澄まされた感覚は、そんな超感覚による反応を可能とするのだ。

 レトワなら食品全般に対して鼻が利くのでさらに楽に探索できるのだが、違う班になっている以上無いもの強請りをしても仕方ない。レトワの鼻の良さは格別で、食べれるものがあるなら、その匂いを嗅ぎ分けられる。人間は食べたことがないせいか精度は低いが、普通の食べ物の匂いならば扉越しでも嗅ぎつける。その鋭さは、残り香でも反応してしまうほどである。


「物音なし、気配もなし。罠も……大掛かりなものは無さそうね。念のため、正面には立たないようにしましょう。鍵穴も迂闊に覗かないように」


 ミシェーラが皆に注意を促す。


「了解。じゃあ、ボクが扉を開けるよ」


 頷いたマリスが、慎重に扉に手をかける。開けると同時に、姿を晒さないよう扉の陰に隠れた。

 一拍置いて、ニーチェとアンネルが部屋に入る。幻影魔法で姿を隠す念の入れようだ。

 部屋に入って人が潜り込めそうな死角がないことを確認した二人は、ミシェーラたちに合図を送った。


「入って大丈夫のようです。誰もいません」


「ここ、何かの待機部屋かな」


 皆が入ってくるまで、ニーチェとアンネルは囁き合う。

 当初の予定通り、槍を手にしたイルシャーナが見張りとして廊下に残った。


「手分けして探しましょう。私とマリスで左側を探すから、ニーチェとアンネルは右側をお願い」


 悠然と部屋に踏み入ったミシェーラは、手早く探索範囲を部屋の中央から左右に分け、それぞれに振り分けた。

 半分に分けた領域をさらに二人で半分に分けるのだ。つまり、一人四分の一ずつ探すことになる。

 だが生憎、部屋ではめぼしいものは全く見つからなかった。まるで誰かに持ち去られたか、最初からそんなものなど存在していなかったかのように、綺麗さっぱり見当たらない。

 しばらく探し回ったミシェーラたちだったが、結局何も見つからなかったので廊下に出て、もう一つの部屋を調べることにした。

 ざっと敵がいないか気配を探り、罠を確認し、突入する。もう何度も繰り返したので、ミシェーラたちにとっても慣れた作業である。

 二つ目の部屋は一つ目の部屋より大きめで、さらに扉が三つある。この部屋の時点で、内装は一つ目のものよりも豪華だ。

 どうやら一つ目の部屋は、使用人やメイド、あるいは兵士用の待機部屋だったらしい。主塔に篭城している間も、城主や騎士たちだけでは戦は成り立たない。彼らを支える裏方たちが必要だ。それが使用人やメイドである。湯を沸かしたり、油を熱したりする作業はいちいち騎士がするような仕事ではなく敬遠されがちだが、必要なことには変わりない。そんな時、それらを用意するのも、使用人たちの仕事だ。


「ここは普通の居間みたいね。となると、この扉のどれかが城主の私室かしら」


 一通り探してやはり何も出なかったので、ミシェーラたちはさらに探索を続行する。

 部屋を一つ開けると、私室らしき部屋に出た。天蓋つきのベッドに、クローゼット、化粧台など、置かれている家具からは女性の部屋のように思える。


「ここ、城主の奥方の部屋かな」


 予想に当たりをつけたマリスが呟く。


「その可能性が高いですわね。当時ヴェリートを治めていた城主にはまだ子どもがいなかったはずですから」


「でも、その城主と奥さんはヴェリートが陥落した後どうなったんでしょう。生きてたらどこかにいるはずだと、ニーチェは推測します」


 イルシャーナの発言に、ニーチェが疑問を呈す。


「死んでる可能性が濃厚だけど」


 あえて誰も言わなかったことを、アンネルがぽつりと言った。

 短い沈黙が満ちる。

 気を取り直してミシェーラが言った。


「とにかく、残る一つの部屋を探してみましょう」


 夫人の寝室から出て、突入前のチェックを済ませてから、もう一つの部屋に入る。


「今度こそ、城主の私室みたいね」


 天蓋つきのベッドこそ同じだが、化粧台はなく代わりに鏡台があり、壁には装飾剣などが飾られている。装飾剣は大抵見栄えは良いが、実用には耐えない剣だ。

 夫人の私室も城主の私室も毛足が長い緑色の絨毯が敷かれていて、銀の装飾台やら何やらで緑と銀のコントラストを作り出している。派手ではないが、要塞都市と呼ばれたヴェリートの城主らしく、質実剛健な雰囲気がよく出た部屋の内装だ。


「ここも、特には何もなさそうだね。一応探してみる?」


「ええ。手は抜かないで、しっかり探索するわ。見落としていたら大変だもの」


 マリスの質問に、ミシェーラは頷いて答える。

 また、ニーチェとアンネルも鼻息荒くやる気を露にした。


「ニーチェはいつでも全力で取り組むのです」


「まあ、手は抜かないよ。寝る時間減らされたらやだし」


 見張りをしながら、背後の会話を聞いていたイルシャーナがくすりと笑った。


「二人の動機はやはり食べ物と睡眠なんですのね」


 結局領主の私室も空振りに終わったので、ミシェーラは残る一つの部屋を探ることにした。ここも問題なければ、ミシェーラたちは探索終了、この階には危険はないということになる。

 しかし、開けてみるとそこは部屋ではなかった。

 ミシェーラがきょとんとした表情を浮かべて呟いた。


「……トイレ?」


 扉の先には水洗式ではないが、陶器製のトイレがあった。

 調べてみると、引き出しがついていて中の汚物を箱ごと取り出せるようになっている。

 おそらく、戦争などになったら溜まった汚物を上から敵にぶちまけたりもしたのだろう。

 一応調べてみたものの、罠や何か手掛かりがあるわけでもなく、結局成果は他の班に期待することとなった。



■ □ ■



 四階を担当するのはユトラたちだ三班だ。ユトラ、セザリー、テナ、イルマ、レトワの五人で調べる。

 細い螺旋階段から四階に出ると、これまた細い通路を進んだ先に、台所があった。

 台所とはいっても、美咲が知るようなシステムキッチンではもちろん無い。石造りの、この時代の台所だ。

 居館の台所ほど豪華な作りではないが、一フロアまるまる使った台所は広く、作業がしやすいようにできている。

 火を扱う竈などが複数設置されているのは、一度に大量の油や湯を用意できるようにするためだろう。敵が来れば、上からこれらのものを降り注がせるわけだ。

 竈の上には鍋が置かれ、広いスペースを利用して薪などもたっぷりと積まれていた。


「鍋に水が張られているわね……。そしてこっちは油、と。一週間前のがそのままになっているとは考えにくいし、最近になって用意されたものよね」


「もぬけの空になっているけど、元々は魔族軍側も篭城するつもりだったのかしら」


 台所の風景を眺めるユトラとセザリーが話し合う。


「とりあえず調べてみる?」


 テナが尋ねると、ユトラが少し考えて堪えた。


「そうね。一応入り口に見張りを一人置いて、扉も開けっ放しにしておきましょう。どこかで何かが起きてもすぐ気付けるようにしておいた方がいいわ」


「私が見張りをしますぅ」


 イルマが見張りに立候補したので、特にもめることもなく、イルマに決まった。

 すんすんと鼻を突き出して、レトワがしきりに匂いを嗅いでいる。


「色んな食べ物の匂いがするね。ピエラにバルグにビラネリに、後はグルント芋かなぁ。肉の匂いもするね。たぶんグルダーマかな」


 こともなげに言ったレトワに、セザリーが驚いた目を向ける。

 ちなみにピエラはベルナニアではポピュラーな柑橘果物で、美咲の世界の蜜柑やオレンジと同じくらい親しまれている果物だ。見た目もこれらとかなり共通点がある。

 バルグは瓜科の植物で、味はかぼちゃに近く、かぼちゃよりも甘みが強めだ。

 パンに練りこまれることもあるビラネリは、干して使われることが多く、またワインの原材料にもなる。見た目は葡萄に似ている。

 この世界の食肉として一般的なグルダーマは、他にも乳が重要な食物として利用されている。旅の最初の頃立ち寄ったザラ村では、グルダーマの乳が主要な特産品だった。美咲の世界に当てはめれば、牛がグルダーマに一番近い。


「え? でも食材なんてどこにも見当たらないわよ?」


 もう一度見渡してみるものの、食料のしの字も見つからず、ユトラは困惑した。


「匂いはするよ。もうちょっと確かめてみるね」


 自分でも不思議そうに首を傾げたレトワは、再び匂いを嗅ぎ始めた。目を閉じ、耳を押さえ、感覚を嗅覚に集中させている。

 しばらくして、目を開けたレトワが歩き始める。迷い無く壁の一角に近付くと、今度は壁の匂いを嗅ぎ始めた。


「間違いないよ。ここから匂いが漏れてる。多分隠し扉があるんだと思う。中は貯蔵庫かな」


 自信満々にレトワが言った。

 間違っているとは全く思っていない顔だ。


「これは、さすがというべきなのかしら」


 複雑そうな表情で、セザリーが呟く。普段は天然トラブルメーカーなレトワだが、こんな風に時折思ったりもしない活躍をするので侮れない。戦闘能力だって、他の女性たちと比べても決して低くないのだ。ドーラニアやアヤメといった、図抜けている人物には敵わないものの、その一歩下の混戦状態では、結構な上位をキープしている。


「で、どうやって中に入るの? まさか壁を壊すとか? 外壁ほどじゃないけど、結構分厚そうよ」


 壁を眺め、テナがぼやく。

 扉も無い壁は本当にただの壁で、レトワしか気付けないくらいであろうと匂いが漏れているのだから、向こう側と繋がっていることは確かなのだろうが、取っ掛かりが見当たらない。


「近くにスイッチみたいなのがあるんじゃないですかぁ?」


 イルマがその壁の周りを探るが、変な丸型の凹凸がある以外は該当しそうなものが設置されている様子はない。


「うーん、この台所のどこかにはあると思うのよね。台所の外に入り口を作っても、不便なだけだろうし」


 考え込んだユトラは、ふと顔を上げて壁の丸い凹凸を見た。よく見ると、何か細長いものを差し込む穴のようにも見える。


「もしかして……」


 呟いたユトラの声を聞きつけ、壁に隠し扉でもないか探していたセザリーが振り返る。


「何か手掛かりでも見つけた?」


「ここに何かはめ込むのかもしれない。周りにそれらしいものが無いか、探すわよ」


 ユトラが率先して探索を開始し、セザリー、テナ、イルマ、レトワが続く。


「ねえ、これじゃないかな?」


 やがて、レトワが調理台の引き出しに入っていたT字型の金属製金具を見つけ、取り出してみせる。

 じっと金属性金具を見つめたユトラが、一つ頷いてレトワに頼む。


「それかもしれないわね。悪いけど、試してみてくれるかしら」


「分かった」


 金具を持ってスタスタと歩いたレトワは、壁の前に立つと、金具の棒の先を穴に差し込んだ。


「何も起こらないよ?」


 不思議そうに首を傾げるレトワに、セザリーが助言する。


「強く押し込んでみたら? または回してみるとか」


「そっか。やってみる」


 再びレトワが、金具の先を力を込めて押し込んだ。

 カチリという音がして、反射的に皆身構えるものの、何も起こらない。仕方ないので、レトワはそのまま金具を回してみた。そこそこ重い手応えと共に、壁に切れ目が入り、ずれて両側から開いていく。


「無駄に凝ってるねぇ」


 呆れた様子で、テナが呟いた。

 中は予想通り食糧貯蔵庫だったらしく、たくさんの干し野菜や干し肉、乾燥果物など、保存の効く食料が集められていた。

 だが、隠されていた割には、他に気になるものは見つからず、いたって普通の貯蔵庫にしか見えない。

 あるいは本当にただの貯蔵庫なのかもしれない。

 未練がましく、ユトラ、セザリー、テナ、イルマ、レトワの全員で探してみたが、やはり異常らしい異常はない。


「……あら?」


 何か違和感を感じて、ユトラは今も貯蔵庫を探索中の仲間たちの様子を眺めた。

 セザリーは乾燥果物が詰まった籠を一つ一つ退かして、何か隠されていないか調べている。

 地面に這い蹲り、テナが何か仕掛けがないか探している一方で、逆に上を向いて、自分たちの視界よりも高い場所に仕掛けが隠されていないか、イルマが探っている。

 そして、むしゃむしゃと勝手に乾燥野菜を頬張っているレトワの姿がある。

 廊下で見張りをしているはずのレトワの姿がある。


「あなた、見張りは?」


「あ」


 尋ねたユトラの台詞を聞いて、本人が乾燥野菜を両手に抱えたまま固まった。


「えへ。仕事しまーす」


 愛想笑いを浮かべたレトワは、器用に乾燥野菜をいくつも抱えると、ついでとばかりに乾燥果物をいくつかかっぱらい、そそくさと廊下に戻っていった。


「もう、あの子ったら……」


 思わず苦笑したユトラは、その後もしばらくセザリー、テナ、イルマと一緒に貯蔵庫の探索を続ける。

 しかし何も無かったので、一度台所に戻り再び台所を探すものの、やはりそれらしい何かは見つからない。


「駄目ね。ここには何もありそうに無いわ」


 ユトラは結論を出した。


「そうね。これだけ探して何も出てこないということは、無いでしょうし」


 少しだけ疲れの篭った溜息を一つ吐き出して、セザリーが肩を落とす。

 テナが自分の頭の後ろで両腕を組み、背筋を伸ばして伸びをした。


「あーあ、結局くたびれもうけかー」


「仕方ないですぅ」


 探索の過程で散らかったものを片付けながら、イルマが諦め気味の苦笑を浮かべた。

 こうしてユトラたちは成果が出ない探索に見切りをつけて、打ち切ることにした。

 他の班の探索結果に期待である。


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