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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:絡め取られた者2

 心からの笑顔を浮かべた美咲が、アリシャに飛びついた。


「本当ですか!? やった、ありがとうございます!」


「全く。成長したのはいいが、とんでもなく頑固になりやがって」


 苦笑したアリシャは、自分に抱きつく美咲の髪を撫でる。

 出会った頃に比べ、美咲は変わった。

 苦労など知らなさそうだったふっくらとした頬は削げて鋭角的になり、あどけなさが消えて大人びた態度が目立つようになった。出会い、そして別れを経験して、勇気を得た。

 その左腕に巻かれた包帯は、美咲にとって勲章と同じだ。お膳立てがあったとはいえ、自分一人でゲオルベルとの死闘に勝利した証。

 実力も高まってきて、今では蜥蜴魔将との一騎討ちに勝利するという大業を成し遂げている。今なら勇者と呼ばれても遜色ない事実を積み上げたといえるだろう。


「ミーヤ、ロープ繋ぐよ!」


「私も手伝うから、一緒にやるわよ。一応私も嗾けたし、これくらいのことはやらないとね」


 さっそくミーヤが自分のロープを道具袋から取り出し、続いて美咲の道具袋からもロープを拝借する。

 ミリアンが自前のロープをミーヤに投げ渡した。


「これも使え。遠慮はするな」


 アリシャが自分のロープも提供したので、これで三メートルほどのロープが四本、合計十二メートル分のロープが集まった。結ぶことで多少短くはなっても、それでも十メートル分くらいにはなりそうだ。


「ちょっと多すぎたかも」


 集めたロープが思ったよりも長かったので、美咲はこれをどう使うべきか悩んだ。


「いっぱい余っちゃうねー。……あれ?」


 ロープを弄っていたミーヤが、何をどうやったのか絡まって動けなくなっている。


「お姉ちゃん、助けて~」


 絡まったミーヤが美咲に助けを求め、振り返った美咲が仰天する。


「ちょ、ミーヤちゃん、何でそんな状態に」


 慌てて美咲が解きに掛かるのを、アリシャとミリアン、セニミスも手伝う。

 どうやら原因は、少々ロープがミーヤにとって長過ぎたらしい。


「どうしましょう。長いと邪魔ですよね」


 困り顔で美咲が思案していると、作業を手伝いながら、ミリアンが言った。


「いいんじゃないの? 余ったら余ったで」


 きょとんした表情を浮かべる美咲に、アリシャも説明する。


「美咲の筋力じゃ自力で抱えては登れまい。括り付けて引き上げた方がいい、長いに越したことはないさ」


「うー。非力って言われてるみたいで凹みます……」


 唇を尖らせる美咲に、アリシャが笑った。

 ミリアンがミーヤに絡まったロープを解き終えた。


「よし、解けたわ。あんまり困らせないようにね」


「むー。ミーヤわざとやったんじゃないもん」


 最後に一つ注意を添えるミリアンに、ミーヤが頬を膨らませて不満げな表情を作る。


「当たり前だ。わざとだったらここから放り出してるぞ」


 苦笑したアリシャがミーヤの頭を軽く小突いた。


「そんなの皆分かってるから。ミーヤは気にしなくていいわ」


 セニミスがミーヤの頭を優しく撫でる。

 にぱっと笑ったミーヤが、立ち上がってセニミスに抱きつく。どうやら美咲に対してほどではないが、気を許したらしい。


「ありがと! セニミスは優しいね! それに比べて、二人は子どもの扱いがなってないよ!」


 抱きついたままの姿勢で、ミーヤはアリシャとミリアンに振り返って文句を言う。


「ミーヤちゃん……。自分で言うのはどうなのかな」


 苦笑する美咲に、アリシャとミリアンの二人がロープを括り付けていく。どうやらミーヤの台詞については黙殺することにしたらしい。ミーヤの話に付き合ったが最後、どこまでも脱線して時間を無駄にするのが目に見えているが故の対応である。

 ロープの先は美咲が括り付けられた後も、かなりの量があった。


「ずいぶん真ん中で結びましたけど、先はどうするんですか?」


 美咲が尋ねると、作業を完了したアリシャが説明する。


「この先に、下にいる彼女を括り付けるんだ。そうしたら、私たちが引き上げてやる」


「結び方を今から教えてあげるから、覚えてねぇ」


 ミリアンに丁寧にロープの括り付け方を習った美咲だったが、一度では覚えられず、何回か聞き直す羽目になった。美咲は一度聞いただけで覚えられるような天才ではないので仕方ない。

 ロープの括り付け方を覚えた美咲は、ついに入り口である階下への穴の中にロープを伝って入っていく。

 その横を、魔法で落下速度を軽減させたアリシャがゆっくりと降りていく。


「お先するぞ」


「ずるい……」


 穴の中で自分を追い抜くアリシャを、美咲は羨ましそうに見送る。

 落下速度を軽減させているといっても、ロープにしがみついておっかなびっくり降りる美咲よりは早い。

 美咲が地下牢の底に着いた時には、アリシャはとっくに降りて美咲を待っていた。

 地面に足をつけた美咲は、べちゃりという感触とともに、ぷちぷちと何かを踏み潰した感触を靴底に感じ、顔色を青褪めさせる。

 反射的に息を吸い込み、鼻の奥に突き刺さるような臭いに美咲は悶絶した。

 生理的に涙を流しながら、思わず鼻を押さえる。


「く、臭い……」


 腐臭や汚物臭、黴の臭いなど、様々な臭いが立ち込めている。

 降りている時から強くなっていた悪臭は、底に達すると限界を超えていた。


「鼻が曲がりそうだ。ずっといると嗅覚が潰れるかもしれん。さっさと作業を終わらせて出るぞ」


 若干表情が強張っているアリシャが、そういって美咲を縛ったロープの先を手繰り寄せる。先に地面についていたロープが、良く分からない黒い液体で汚れて異臭を放っているのを見て、アリシャの動きが止まった。

 たっぷり間をおいて、美咲が尋ねる。


「……それ、使うんですか?」


「……仕方あるまい」


 溜息をついたアリシャは、汚れたロープを恐れずに持ち、美咲に命じた。


「美咲、最初にその女に触ってみろ。何か魔法が掛かっていれば、それで解けるはずだ」


「分かりました」


 頷いた美咲は、倒れたルフィミアらしき女性の肩に手を置く。何かピリッとした感触が走り、ルフィミアの身体から何かが抜けていった気がした。


「案の定、何か仕掛けてあったらしいな」


「みたいですね」


 二人で目を合わせ、美咲とアリシャは囁き合う。

 結局それがどんな魔法だったのかは分からずじまいだったが、無事無効化できたようなので、美咲はよしとする。

 手が汚れるのも構わずロープを持ったアリシャが、美咲に渡そうと手を突き出す。


「ロープをくくり付けるぞ。私が抱き上げて浮かせるから、その下にロープを通して結べ。やり方は覚えてるな?」


「は、はい」


 実践にやや緊張しながらも、美咲は頷き、ロープを受け取った。

 ロープからねっとりとした感触の得体の知れない黒い液体が滴り、美咲は泣きたくなった。


(うう、ルフィミアさんのため、ルフィミアさんのため……)


 生理的にロープを放り出したくなるのを堪え、アリシャがルフィミアを抱き上げるのを待つ。


 アリシャの方はアリシャの方で、異臭を放つ汚物混じりの地下水が存分に染み込んだルフィミアの服ごと抱き抱えることになり、果てしなく仏頂面になっている。

 多少もたつきながらも、美咲はしっかりとロープをルフィミアにくくり付けた。


「よし。じゃあ、私の代わりに支えてろ。私が先に上がって、一緒に引き上げてやる」


 ルフィミアの身体をアリシャから受け取り、美咲は自分の武装や服が汚れるのも構わず、しっかりとルフィミアを抱き締める。


(やっと、見つけられた)


 安堵の息を吐く様子には、美咲の万感の思いが込められている。

 行きよりも勢い良く飛んで穴から出て行くアリシャは、心なしか外に出たくてたまらないように見えた。


(私も上に行きたい……)


 仕方ないこととはいえ、汚物塗れになった美咲がたそがれていると、上から引っ張られる感触と共に、縄が軋んだ。

 美咲の身体がゆっくりと浮き上がり、それに結び付けられたルフィミアの肢体も、宙に浮く。

 ルフィミアを抱き締めながら、美咲は引き上げられるのを待った。ルフィミアを抱えたまま自分からも登っていくのは、予想通り今の美咲には難しくて、潔く美咲は諦めた。

 しばらくして、美咲は穴から脱出する。


「皆……。私、帰ってきたよ。成功だよ!」


 喜ぶ美咲に対して、皆の反応は、鼻を押さえて後退るというものだった。


「くちゃーい! えんがちょ!」


 まずミーヤがその場から逃げ出し、距離を取った。


「くっさ」


 思わずえずいたセニミスが、二、三歩後退り、顔を背ける。

 この辺りで美咲の心は結構傷ついた。


「私はもう慣れたぞ。私の身体からも同じ臭いがしているはずだからな」


「威張ることじゃないわよ、アリシャ」


 堂々としているアリシャの横で、ミリアンが心なしか引いているようにも見える。


「ご主人様が臭い……」


 悲しそうな表情のシステリートの声がつらい。


(今すぐお風呂に入りたい……。着ているもの全部洗濯したい……。切実に)


 自分も泣きそうになりながら、美咲は主塔広間の床にルフィミアを横たえる。


「で、これが美咲ちゃんを助けたルフィミアって女なわけ?」


 確認してくるミリアンに、美咲は泣きそうになりながら頷いた。

 別に服が汚れて悲しいからではなく、もちろんルフィミアが無事だったことが分かって嬉しいからだ。


(良かった……良かったよう)


 ルアンが駄目だったから、ルフィミアももう駄目なのではないかと、美咲はずっと不安だったのだ。でも信じてよかったと、美咲は泣きながら笑顔で胸を撫で下ろした。


「ふうん。これが、ねぇ」


 ミリアンが意味有り気な視線をルフィミアに向けている。


「ところでその彼女、もう目は覚めたの?」


 問いかけられて美咲が目を落とした先には、ルフィミアの頤がある。

 死んでいるのか眠っているのか分からないくらい、ルフィミアは静かだった。


「いいえ、まだです。他の皆が帰ってくるまで、様子見しようと思ってます。皆もそれでいいよね?」


 美咲が他のメンバーに同意を求めると、同意の他に臭気に関する苦情が入ってきた。


「良いけど、お姉ちゃん、臭いの何とかして……」


 ミーヤは涙目になって両手で鼻を押さえ、物理的に嗅覚を断つことにしたらしく、音が篭った鼻声で訴える。


「消臭の魔法でもあればいいのに」


 多少は慣れてきたのか、嫌そうな表情を浮かべながらも、逃げ出したりえずいたりはしなくなったセニミスが、なるべく臭いを嗅がないようにそっぽを向きながら言う。


「私の班の子たちも、寄って来ませんね。持ち場を放り出す子が出るかと思ってたんですけど」


 意外そうに、システリートが主塔広間の見張りをしている自分の班の女性たちを見る。

 実際には、比較的年齢が上で、年少でも責任感が強いメンバーが揃っているのと、美咲やアリシャ、ルフィミアから立ち上る悪臭のせいである。


「しばらくは他の班が帰ってくるまで待つか」


「分かりました。その間にルフィミアさんも目覚めるかもしれませんしね」


 アリシャの方針に美咲も賛成し、しばらく待機することに決まった。


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