十七日目:絡め取られた者1
用意を終えたシステリートは、美咲たちがまだ一階に降りれずに二階を探索しているのを見つける。
「あ、これ、私たちも手伝うべきですね。皆さん、行きましょう」
システリートが腰を上げると、ディアナが頷いて後に続く。
「承知いたしました」
ペローネも立ち上がり、軽く伸びをした。
「美咲たちが目の前で調べてるのに、あたしたちだけ休んでるわけにもいかないしね」
困ったように頭をかいたドーラニアが、勢い良く笑い声を上げる。
「探索は苦手なんだよなぁ。ハッハッハ、見つけられる気がしないぜ」
「威張らないでよ、そんなことで」
ドーラニアにラピがジト目を向けた。
「た、探索なら任せてください! 丁寧に探すことには自信があります!」
石橋を叩きまくる探索方法を好むメイリフォアは、今度こそドーラニアに負けじと気炎を上げていた。だが今回も、探す人数が多いのでメイリフォアよりも他の誰かが見つけてしまいそうである。
「私たちも加わって人海戦術で探せば何とかなるだろう」
「そうですね。せっかく人数が多いですから、生かさないと」
アヤメとサナコは余計な気負いもなく、自然体で最後尾を歩いている。こう見えて、二人ともメンタルは中々強い。
「ご主人様、私たち五班も、入り口の探索なら手伝いますよ」
システリートが申し出ると、美咲の表情が輝いた。
「本当? ありがとう、助かるわ。じゃあ皆は床を探してくれる? 私たちはアリシャさんたちと合流するから」
「美咲様。私たちにお任せください」
ディアナが深々とベルアニア式の礼を美咲にして、作業に加わった。
「よし、じゃああたしも始めようかしら」
ペローネも適当な位置の床にしゃがみ、調べ始める。
「うーむ、床なんてどこを調べればいいんだ。全部変哲の無い床に見えるんだが」
不思議そうに首を傾げるドーラニアに、ラピがアドバイスをする。
「とりあえず、色が変わってる箇所とか、不自然に出っ張ってたり凹んだりとか、そういう場所がないか探してみたら?」
「なるほど。そうしてみよう」
ドーラニアとラピが拙いなりに手探りで探し始めた一方、メイリフォアは早速几帳面さを発揮していた。
まずは床の石材一つ一つをじっと見て見た目の異常が無いか確認し、石材に水を少量垂らして水の動きから隙間などが空いていないか確認する。もし空いていたら、そこから槍だの矢だのが飛び出してくる可能性があるからだ。そういった意味では壁も危険だが、さすがに特級冒険者のミリアンがいるので、そちらは大丈夫だろうと、心配性のメイリフォアも判断している。
「見た感じで分かるようにはなっていないな。一つ一つ確認するしかないか」
「そうですねぇ」
ぼやくアヤメにサナコが相槌を打つ。
床を眺めたアヤメが、足で軽く床を踏み鳴らした。場所をずらしても同じ音がする。異常はなさそうだ。
努力の甲斐あって、しばらくした後にようやく仕掛けらしきものを発見する。
「あそこの壁の出っ張りをよく見て。ただの出っ張りに見せかけてあるけど、動かせるんじゃないかしら」
見つけたのはやはりというべきか、ミリアンだった。
壁の一部が不自然に盛り上がっていて、掴めるようになっている。
「……うん、罠は無いわね。動かしてみるわよ」
一通り調べて罠の有無を確認したミリアンは、出っ張りを掴んで動かそうとする。
「押しても駄目。引いても駄目。上げるのも下げるのも駄目か。横にも動かない。回すのは、お、当たりだわ」
色々試したミリアンは、出っ張りが動く手ごたえを感じて満足そうに笑みを浮かべた。
出っ張りが外れ、壁に穴が開いた。穴からはロープが出てくる。どうやら引っ張れるようだ。引っ張ってみると、床の石材の一部が下に沈んでいき、地下への入り口が現れる。
ミリアンが覗き込んで、首を横に振る。
「中は暗いわね。何も見えない。光源が要るわ」
「結構深いな。少なくとも五ガート以上の深さはありそうだ。魔法を使うか、ロープが要るな」
アリシャもまた、中を覗きこんで顔を顰める。
「明かりの魔法、使いましょうか?」
覚えている魔法は少ないが、それくらいならば美咲も使えるので申し出ると、アリシャが頷く。
「そうだな。私とミリアンとお前で三人がかりなら、だいぶ遠くまで照らせるはずだ。やってみるか」
「分かったわ。美咲ちゃんも、できるだけ大きい明かりを作るのよ」
「が、頑張ります」
美咲、アリシャ、ミリアンは、それぞれ魔法で明かりを作り出して穴の中に放る。明かりの大きさはアリシャが一番大きく、次にミリアン、一番小さいのが美咲だ。まあ、順当である。
作り出された三つの明かりが暗闇を消し去り、闇に隠されていた地下牢の底を露にした。
「誰か、倒れてるな。捕まっているのか」
「女みたいね。まだ若いわ」
アリシャとミリアンが、底を覗き込んで声を上げる。
「……ルフィミアさん?」
最後に底を覗き込んだ美咲は、最初目の前の光景が夢ではないかと思った。
生きていて欲しいと願っていたけれど、その可能性が低いことくらい、美咲だって承知していた。
それでも一縷の望みに賭けて、美咲は生存を信じ続けた。
「確か、ヴェリートが落ちた時に、お前を助けた女の名前だったな。彼女がそうなのか」
「はい! 間違いありません! 良かった、生きてたんだ!」
ちらりと視線を向けて尋ねてくるアリシャに、美咲は何度も頷く。
同じく穴の底を見つめるミリアンが、怪訝な顔になった。
「でも、妙ね。彼女、蜥蜴魔将の話じゃ自爆したらしいじゃない。それにしては、全然外傷が見当たらないように思えるけど」
ミーヤが表情を輝かせ、自信満々に胸を張った。
「きっと、街の人が治してくれたんだよ! だってミーヤが生まれた街だもん! 皆優しいんだよ!」
自分のことではないものの、自分の故郷なのでミーヤは嬉しそうである。
だが残念ながら、ミーヤの主張には疑問点が数多くあった。
その一つをセニミスが口に出す。
「ちょっとおかしくない? いくら街の人が優しくても、魔族の占領下でそこまで出来るものなの?」
「う……それは、分かんない」
希望が先走っていたのか、自分も納得できる理由を思いつけず、ミーヤがしょげて項垂れた。
落ち込むミーヤに、仲間の魔物たちが寄り添う。言葉を交わせずとも、だいぶ信頼関係は築けているようだ。
五班の面々に見張りの指示を出していたシステリートが、美咲たちに振り向いて言った。
「もしかしたら、蜥蜴魔将が嘘を言っていたのかもしれませんよ。彼にしてみれば、わざわざ敵に本当のことを教えてやる義理もないんですし」
どうやら、同じフロア内にいるのでシステリートたちにも美咲たちの会話が聞こえているようだ。
続いてディアナも控えめながら、しっかりとした口調で意見を伝えた。奥ゆかしい性格のディアナは、意外と意思が強い。
「私たちが出会うより前のことですから、私にとって彼女は他人も同然なのですが、私は助けられるなら助けるべきだと思います。ヴェリートの現状についても、何か知っている可能性がありますし」
ディアナの意見に、ペローネが頷いて同意する。
「そうね。今は何より情報が必要だわ。そして彼女なら、それを持っている可能性がある」
「さっさと助けちまえよ。こうしてても拉致があかねえ」
じれったそうに言うドーラニアは、穴を覗き込み、漂ってくる臭いに顔を顰めた。
「何だこりゃ。下めっちゃ汚れてるじゃねえか。しかもなんか臭いぞ。糞の臭いがする」
穴の中から立ち上ってきた臭気を感じ取り、ドーラニアだけでなく、皆が顔を顰めていく。
「まだ穴の外にいるのに臭うってことは、中は相当臭いんじゃないの?」
鼻を押さえながら、穴の中の臭いを想像してラピが恐ろしげに身を震わせる。そして比較的臭いがマシな場所を探そうと右往左往した。
「これは、入り辛いですね。というか、こんな劣悪な環境に置かれていて、彼女は大丈夫なのでしょうか」
臭いで少し涙目になったメイリフォアは、悪臭の只中にいるルフィミアらしき女性を心配する。
鼻を押さえず、顔も顰めず平静な態度を崩さないアヤメが深刻そうに呟く。
「長い時間閉じ込められていたなら、嗅覚は麻痺しているだろうな。仕掛けを閉じてしまえば、中は完全に暗闇だ。場合によっては発狂もあり得る」
アヤメのようにはいかず穴から一定以上の距離に近付けないサナコが、美咲を思って誰もが明言しなかったことをはっきり口にしたアヤメを見て、焦った表情になる。
「ちょっと、アヤメさん、それ、そんなにはっきり言ったら……」
いつの間にか五班の面々まで集まってきていたのに気付き、アリシャが溜息をついた。
「お前ら、散れ、散れ。持ち場を放り出してどうする。何かあったらどうするんだ」
「でも、気になりますよ。皆そうですよね?」
システリートが振り向いて五班の面々に尋ねると、ディアナ、ペローネ、ドーアニア、ラピ、メイリフォア、アヤメ、サナコの全員が頷いた。
「なら、お前だけ残って結果を教えればいいだろう。全員が持ち場を放り出すと危険だ」
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえたアリシャが、システリートに解決策を提示する。
「それもそうですね。じゃあ、そういうことですから、私以外は元の任務に戻ってください。私が居ない間の指揮権はディアナさんに託します」
もっともな話だと納得したシステリートは、振り返って五班の面々に告げる。
一時的に五班の指揮を執ることになったディアナが、若干緊張した面持ちで答えた。
「分かりました。任せてください」
既に先の探索で指揮経験のあるディアナだが、それでも元々はただのメイドだったこともあり、慣れているわけではない。それでも、他の人員がやるよりはずっと向いているのも確かだ。
ペローネなども指揮は出来るとはいえ、彼女は戦闘もできるので、戦えないディアナが指揮を執った方が無駄が少ない。
「気になるけど、理由はもっともだし仕方ないわね」
自分でも向き不向きを理解しているペローネは、文句を言わずに決定を受け入れる。
ここでごねるよりも、さっさと囚われている女性を助け出すべきだと理解しているためだ。
「ちくしょう気になるなぁ」
理屈の上ではその通りだと納得できるものの、未練があるらしいドーラニアが、名残惜しそうにしているのを、ラピが腕を引っ張って共に去っていく。
「後で聞けばいいわよ。ここは真面目に見張りをしておくべきところだわ」
責任感が強いラピは、興味本位でつい動いてしまったことを反省していた。一応最後まで粘っていたのだが、一人になってしまって、我慢が出来なくなったのだ。
心配性のメイリフォアが、調べた罠を見落とししていないか不安に思い始めた。
「もう一度罠がないか再確認してみます」
全員で何度も調べた場所を再び調べようとするメイリフォアを、アヤメが止める。いくらなんでも、回数が多すぎだ。
「おいおい、もう散々しただろうそれは」
「心配なんですよね。気持ちは分かりますよ」
止められて落ち込むメイリフォアに、サナコが微笑んで同意した。
そうしてシステリート以外の五班の人員が見張りに戻り、システリートだけが動向を見守ることになった。
「よし、じゃあ早速助けましょう」
「たすけましょー!」
勢い込んで宣言する美咲に、元気良くミーヤが続く。多少舌足らずなのが可愛い。
少し考え込んだアリシャは、静かな声で言う。
「私が降りて、引き上げよう。多分それが一番早い」
当然の選択だ。
今いるメンバーの中で一番魔族語に精通しているのはアリシャだし、肉体的にもアリシャが一番優れている。肉体的な能力を言えばミリアンもほぼ互角だが、ミリアンはアリシャと比べると、魔族語があまり得意ではない。
ちなみに五班のドーラニアは、彼女たちから魔族語を全部取って、ほんの少し肉体的な能力を下げた感じである。それでも身体の性能はほぼ誤差の範囲内で、魔族語なしの戦いなら、ドーラニアも彼女たちと良い戦いができるだろう。
「わ、私がやります! やらせてください!」
以外にも、美咲がアリシャの提案に反対した。
「お前は魔法が効かないから、ロープを繋いで手探りで降りることになる。面倒だし危険だぞ。私たちに任せておけ」
当然聞き入られるわけもなく、逆に諌められ、美咲はしゅんとした。
美咲が自分で拘ったのは、ルフィミアが、美咲にとって命の恩人であるためだ。
ゴブリンの洞窟でも少なからずお世話になったし、ヴェリートでは言わずもがな、ルフィミアが美咲を逃がしてくれていなければ、今頃美咲は間違いなく死んでいる。
そういった美咲の心の内を理解しているアリシャは、どうやって美咲を納得させるか考える。望み通りにさせてやりたい気持ちもあるのだが、美咲では人一人抱えて上るのは、ロープの助けがあってもきついだろう。
「やらせてあげればいいじゃない。魔族の仕業なら、どうせ仕掛けてあるのは魔法だろうし、それなら美咲ちゃんなら防げるわ。案外悪くない人選かもよ」
ミリアンが適当なことを言い始めたので、アリシャは深く溜息をついた。
「ほ、本当ですか!?」
俄然美咲は喜び、結果としてますますその気になる。
「おい、ミリアン。そう簡単に言うな。回復魔法も強化魔法も効かない美咲にとっては危険なことには変わりないんだぞ。怪我でもしたらどうする」
「あなたこそ、ちょっと過保護なんじゃない? 協力するのは構わないけど、ちょっと入れ込みすぎだわ」
まるで親のように心配するアリシャの様子に、ミリアンは密かに心配していた。親身になるとはいっても限度がある。ミリアンには、ここまで心を砕く必要があるとは思えない。だから危険を承知の上で、やりたいのならさせてやればいいと思っている。
それこそ、美咲はもうお尻に殻をつけたままの雛鳥ではないのだから。
「おい、セニミス。お前たちも美咲が大切なんだろう。私に賛成するよな?」
形勢不利を悟ったアリシャがセニミスに援護を求めた。
美咲に従い、主と仰ぐ彼女なら、みすみす危険を見逃しはしないと判断したのだ。
「……私はどちらがいいとは言えないわ。だってどっちも不満が残るもの。美咲を応援したいけど、危険な目には遭って欲しくない。当然の考えでしょ」
だが、セニミスの返答は回答拒否だった。
セニミスもまた、二つの答えの間で意思が揺れている。
「くそ。気持ちは分かるが。システリートはどうだ」
小さく舌打ちをしたアリシャは、今度はシステリートに尋ねる。
「ご主人様の選択を尊重しますよ。ご主人様の命令なら、私は何でも聞きますから」
システリートの性格からある程度答えを予想できていたアリシャは、予想が当たっても全く嬉しくなかった。
「お願い、システリートさん!」
「ということですので、私はご主人様に従います」
止めるどころか、システリートは美咲の決断を支持する始末だ。
結局反対しているのは自分だけということに気付き、アリシャは溜息をつく。
「仕方ない。またロープを繋げて命綱を作るぞ。それと、念のため私も同行する」
折れたアリシャは、そう条件をつけて、ようやく許可を出した。