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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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七日目:勇者志望の少年3

 ルアンの父親は、カイゼル髭の似合うダンディーな壮年の男性だった。

 元々騎士だったらしく、現役を退いてからも鍛錬は怠っていないらしいその身体は逞しく引き締まっている。

 貴族という割りには大口を開け大きな声でよく笑い、上機嫌のあまり酒を瓶ごと飲み出すような奔放な性格で、密かに美咲が抱いていた麗しき騎士の偶像を粉々に打ち砕く豪快さだった。

 彼は美咲と話しているうちに美咲を気に入ったらしく、盛んにルアンがいかにいい男であるかを美咲に熱く語り、当の息子であるルアンに嫌がられていた。

 父親の話は意外に面白く、またルアンの失敗話なども聞けたので、美咲は楽しかった。

 反対に美咲の出自に対して懐疑的だったのがルアンの母親で、度々美咲に出身地のことを尋ねたり、テーブルマナーの話を振ったりしていた。

 幸い基本的なテーブルマナーは元の世界と共通していたし、王子との会席での失敗からきちんと復習していたので、美咲は大きな失敗をすることはなく、最終的には母親のお眼鏡にも適ったようだった。


「ほう、息子とパーティを組むことになったのか。ついに息子とパーティを組んでくれる子が、しかも同年代の女の子の冒険者が現れるとは。君には感謝しなければならんな。ルアン、間違っても彼女を自分より先に死なせるんじゃないぞ。婦女子を守るのも騎士の務めだ」


 闊達に笑いながら、ルアンの父親、つまり伯爵がルアンの背中を叩く。

 今はもう魔族に削り取られてしまって領地が存在しないものの、かつてはルアンの家名でもあるこのグァバ家は、魔族との国境を守護していた辺境伯だった。戦争初期に魔族と激烈な戦いを繰り広げ、一族の殆どが戦死した。当時伯爵だったルアンの祖父を始め、ルアンの両親と兄弟以外の親族はもう残っていない。

 それでも、今でもその権威はかなり知られているんだとか。

 正直言って、異世界人である美咲にはさっぱりな話である。


「俺は冒険者であって、騎士じゃねーんだけど……」


 照れくさそうに訂正しながらも、ルアンはまんざらでもないようで、美咲にちらちらと視線を送っている。

 こうしてみると、ルアンも美咲に気が無いわけでもないのかもしれない。

 美咲にとってルアンが目的を同じくする初めての仲間であるように、ルアンもまた魔王に挑むという志を共有することが出来たのは、美咲が初めてである。

 かつては魔王倒すべしと多くの腕に覚えがある者たちが息巻き、多くの国が魔王を抹殺せんと、大軍を組織して送り込んだが、全てが壊滅的被害を受けて失敗し、軍を組織した国は魔族軍の逆襲を受け皆滅んだ。

 ならばと少数精鋭を選び抜いて送り出しても、彼らはそのまま途中で消息を断つばかりで、死んだのか逃げたのかすら判然としない。気がつけば、本気で命を懸けて魔王に挑もうとする者は、自然と少なくなってしまっていた。

 これらの試みが悉く失敗してきたからこそ、異世界人を召喚するなどという方法に、彼らは縋ったのである。

 幸い、魔王は侵略の際には自ら出陣することは稀で、それだけが救いだった。

 それでもたまに思い出したように出てきて、人々を絶望に追いやっていくのだが。

 安定しているように思える要塞都市ヴェリートも、実はいつ落とされてもおかしくはないのだ。

 こう見えて、ルアンは仲間が現れてくれないことに、苛立っていたし、焦ってもいた。

 そこへ現れたのが、美咲である。実力はともかく、美咲が魔王を殺そうとする意思は本物だ。ルアンにとっては、その意思こそが重要だった。いくら強かろうと、魔王に挑む気がないのなら、ルアンにとってしてみればその人物の強さなど、無いも同然だ。

 さらに言えば、異性である。恋愛感情を抱くのも無理はない。


「今時騎士と冒険者を兼ねている者などそう珍しくもあるまい。元よりどちらも国の治安維持の一翼を担っていたわけだしな」


 グァバ伯は当然息子の美咲を見る視線に気付いていたものの、指摘はせずに捨て置いた。せめてもの親心である。


「わたくしは少し不安ですわ。ルアンが怪我をしないか心配で」


 金髪碧眼の、これぞ貴婦人という容姿のルアンの母親がため息をつく。

 線が細そうな美人で、あまり顔立ちはルアンとは似ていないが、瞳の色が同じだ。どうやらルアンの容姿は父親似らしく、母親からは瞳の色を受け継いだらしい。

 年齢や鍛えられた肉体のおかげで分かり辛いものの、よく見れば、グァバ伯も中々愛嬌のある顔立ちをしている。


「お前は騎士になること自体にも反対していたな。ルアンが可愛いのは分かるが、過保護過ぎるのも考え物だぞ」


 その温和な顔立ちに笑みを浮かべて、グァバ伯が伯爵夫人を嗜める。

 二人寄り添う様子を見ると、夫婦間は悪くないようだ。


「別にルアンだけではありません。わたくしはベルナドの騎士叙勲にも反対しておりました」


 夫の苦言をルアンの母親である伯爵夫人は澄ました表情でピシャリと言い退けた。


「ベルナドってのは俺の下の兄な。騎士として城塞都市で防衛任務に就いてるんだ。王都には、上の兄も騎士として勤めてるんだぜ」


 ルアンが「誰それ?」と頭に疑問符を浮かべた美咲の耳に補足を囁く。

 伯爵夫人が身を乗り出し、美咲の手を掴んで握り締めた。


「この子は何かと暴走しがちですから、しっかりと手綱を引いて頂戴ね。頼みましたよ、美咲さん」


「は、はい」


 必死な様子に気圧され、美咲はこくこくと頷く。


(あれ? 何か両親公認の関係になってるような気が……)


 美咲は首を捻るが、ルアンは苦笑はしても否定はしないし、美咲もガンとして否定すると、どんな反応が返ってくるか怖いので、曖昧な態度しか取れない。

 それからしばらく会話が途切れ、静かに食事が進む。

 出来てしまった間をどうしようかと美咲が考えていると、伯爵夫人が美咲に再び話しかけてきた。


「ところで、料理はどう? 本当はあなたの国の料理でもてなしてあげたかったのだけれど、分からなかったからベルアニア料理を作らせてみたの。あなたの口に合うかしら」


「お気遣いありがとうございます。とても美味しいです」


 料理の感想を尋ねるルアンの母親に、愛想笑いを浮かべて美咲が答える。

 実は食事しながらも会話の中からどんな話題が飛んでくるか美咲はびくびくしていたので、料理の味なんてほとんど分からなかった。

 何となく、本当に何となくではあるものの、この世界ので出された料理の中では、かなり手間隙が掛かる、高級な料理に属していることは分かる。どこと無く、最初の夜に城で王子とエルナと一緒に食べた料理に似ている気がする。

 おそらく、きちんと味わえば美味しいのだろう。だが今の美咲には、肉はまるでゴムのようだし、野菜は紙、スープはドブの水の如しである。


(何か、胃が痛くなってきた……)


 若干顔色を悪くした美咲は、そっと伯爵や夫人からは見えないように、自分のお腹を押さえた。

 その後も緊張しながらも何とかルアンの両親とのやり取りを乗り切った美咲は、頃合と見たルアンに促され、二人で食堂から退出する。

 一見仲睦ましげに見えるその様子を見てさらに両親が誤解を深めていたりするが、もちろん美咲にはそんなことは分からない。

 ルアンが気付かなかったのは、少々迂闊だったというしかないが。


「お疲れ様。ほら、これでも飲んで落ち着きな」


「ありがと」


 部屋に戻った美咲は、ルアンが手ずから淹れた茶を啜り、やっと人心地つく。

 もちろん良い茶葉を使っているのだろうけれど、この状況ならどんな安物の茶葉でも美味しく感じる自信が、美咲にはあった。


「美味しい。ルアンってこういうの自分で淹れられるんだね。貴族っていうと何でもメイドとかにやらせるものだと思ってたわ」


「ある意味では間違ってないぞ。冒険者やってると嫌でも自分の身の回りのことは自分でできるようになるけど、家でそれやるとメイドの仕事奪っちまう。それだけならまだいいが、最悪働いてないってことでその分の給料カットされた挙句職を失う切欠になったりもするからな」


 良かれと思ってやったことが裏目に出る例を挙げられ、美咲はショックを受ける。

 元の世界ではハウスキーパーや家政婦を雇うのはよほどの稼ぎが無いと無理だし、そもそも普通の一般家庭では雇わなければ回らないような家事の量ではない。従って美咲はハウスキーパーについてそれほど詳しくは知らない。


「今まで遠慮は美徳だって思ってたけど、そういうこともあるんだね……。難しいなぁ」


「変な言い回し使うな。遠慮は美徳とか初めて聞いたぞ」


 きょとんとした顔のルアンを見て、美咲は一瞬ひやりとしたが、すぐに言葉を付け加える。


「あー、私の国独特の考え方よ。気にしないで」


 深く突っ込まれたらどうしようかと美咲は心配だったが、幸いルアンはそこまで考えなかったようで、明日の予定について話し出す。


「そういえば明日についてだけど、コンビ組んだことだし低難易度の魔物退治を受けてみようかと思うんだ。美咲もそれでいいか?」


「……魔物退治? 本当に?」


 いきなりそれはどうかと心配になった美咲は、思わず聞き返してしまった。

 真っ先に頭に思い浮かぶのは、命の危険があるのかどうかだ。魔王を倒そうとしているのに何を今さらという話ではあるものの、やはり怖いものは怖い。

 ルアンはため息をついて、とんでもない事実を暴露する。


「実は俺、冒険者になってから結構経ってるんだけどさ。採集ばっかりで魔物退治をしたのは数回程度しかないんだ。しかもそれも、魔物退治専門のパーティに混ぜてもらって後ろから見てるだけだったし。魔王に挑むにも戦闘経験は必須だろうし、魔物退治はいい訓練になるだろ」


 確かにルアンのいうことにも一理あるかもしれないが、それでも美咲は実戦ということに不安と戸惑いを覚えた。

 でも、本当は美咲だって早い方がいい。

 何せ美咲の場合、明確にタイムリミットが定められているから、二の足を踏んでいたらそれだけ残された猶予が少なくなってしまう。

 魔物との戦いは、魔王に挑む以上いずれ通らなければいけない道だ。

 それが分かっていたから、美咲は一抹の不安を抱えながらもルアンに同意する。


「いいかもね。でも実際命のやり取りをすることになるんだから、準備は万全に整えて行こうよ」


「そりゃ当たり前だ。準備不足で死んだなんてことになったら死んでも死にきれねえ」


 深刻な表情で注意を促した美咲に対して、ルアンは不謹慎にからからと笑った。


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