十七日目:嵐の前の静けさ12
ミシェーラの二班、ユトラの三班に比べ、タティマの四班は男所帯だ。
「まあ、俺たちはいつも通りだな」
見慣れた仲間たちを見回して、タティマが苦笑する。
二班と三班、五班の女たちを見つめ、ミシェルが溜息をつく。
「あー、周りはこんなに桃色でいっぱいなのに、どうしてこっちはこんなにむさ苦しいんだ」
「男所帯だしねぇ。仕方ないさ」
ベクラムがミシェルを慰めるかのように、肩を叩いた。
だがミシェルと違って、ベクラムは容姿がとても整っていることを自覚しているし、その容姿を利用しているので所属が男ばかりのパーティであっても女日照りになったことはない。
「いつものメンバーの方が探索時は助かるでやんす。女の子と絡むのは平時だけで十分でやんすよ」
冒険者は戦闘も探索も、連携が命だ。下手に恋愛事を持ち込んで拗らせて、連携が乱れればそれはやがて大惨事に繋がる。
そのことを良く知っているので、モットレーも女をパーティメンバーに入れたいと思ったことは無い。
「そういうことでござるな。探索中は、雑念は要らぬでござる」
タゴサクが飄々とした風体で笑った。彼は彼でアヤメとサナコに並々ならぬ思いを抱いているが、それを外に出そうとは思わないようだ。
「私がリーダーですか……。同じ班にディアナとペローネがいるのに」
不満そうなシステリートに、ディアナが苦笑する。
「私たちは、確かに館で指揮を取りましたけど、システリートだって戦争で見事な指揮をしてみせたじゃないですか」
「あれは不可抗力ですよ。私の本来の役目は、兵器作成でしょう。どうしてこんなことまで」
文句を漏らすシステリートに、美咲が微笑を浮かべて近付いてきた。
「ごめんなさい、システリートさん。私はあなたならできると思って任せたんですけど、無理なようなら変えますから」
背筋を伸ばしたシステリートは、美咲に抱き付かれて一瞬我を忘れた。
「大丈夫です! ご主人様のためならしっかりと勤め上げてみせますよ!」
「ありがとう、システリートさん! あなたなら、そう言ってくれると思ってました!」
すっかり舞い上がったシステリートは、美咲が離れてもにまにまと表情が解け崩れっぱなしだった。
「えへ、えへへ、ご主人様に抱きしめられちゃいました。いい匂いがしたなぁ」
いい匂いがするのはシステリートも同じなのだが、バイアスの有無でシステリートには全く違うように感じているらしい。
「……なんか、今のでうやむやになって納得したみたいね」
少し呆れた様子のペローネに、ディアナが苦笑して答える。
「本人がその気になったのならいいと思いますよ」
先の戦争で大暴れして上機嫌のドーラニアが、大口を開けて笑う。
「ま、あたいは誰でもいいけどな。最前線で戦うことには変わんねぇし」
一方でラピは、努めて緩まないように気を張り詰めさせている。
「でも油断は禁物よ。ニーチェの報告と食い違ってるし、ニーチェが観察してから実際に突入するまでの間に何かがあったってことでしょこれは。簡単にできることじゃないわよ絶対」
「同感だけれど、ラピちゃんはもう少し気を抜いた方がいいわよ。それじゃあ何か起こる前に疲れちゃうんじゃない?」
心配そうに見てくるメイリフォアに、ラピが痛いところを突かれて「うっ」と唸った。
「私は何か事が起きるまでは休ませてもらうよ。身体を休めるのも私たちみたいな戦闘者には大事なことだ」
女武者然としたアヤメは、楽な姿勢を取って中腰になると、静かに気息を整えている。
「アヤメさんと同意見です。休める時に休んでおかないと、いざという時無理が効きませんからね」
サナコもまた、アヤメと同じように身体を休めていた。
入り口から入った主塔の中は二階部分で、広間になっている。
螺旋階段が壁に作られており、三階より上へと続いているのだが、その螺旋階段はかなり狭く、人一人が通るのがやっとの細さである。これは主塔が最後の防衛拠点として考えられているからで、攻め手が一度に大量の兵を送り込めないようになっているのだ。
主塔は五階まであり、居館ほど広くは無いようだが、その代わり壁は分厚く重厚な作りをしている。一つの班を一つの階に当てれば、探索効率としては十分だろう。
話し合った末に、担当を決めた。
「私たちは三階を調べるわ」
ミシェーラ率いるニ班が三階を捜索することになり、ニ班の人員であるイルシャーナ、マリス、ニーチェ、アンネルが慌しく準備を始める。
「道具袋は持ちましたし、装備の点検も異常なし。行けますわよ」
真っ先に出発可能になったのはイルシャーナだった。
てきぱきと荷物を確認し、装備している武具の状態を調べ、問題が無いことを確認した。
「ボクも準備終わったよ」
続いてマリスも準備が終了し、立ち上がった。
「ニーチェも準備万端ですよ」
間を置かずニーチェも動けるようになる。
元々が身軽さを重視するニーチェは重い武具を持っていないし、道具も運びやすさを重視している。自然と軽いものばかりとなり、確認も簡単だった。
「私は寝る準備が万端……冗談だよ。いつでも出れる」
何かを言いかけたアンネルは、空気を呼んでお茶を濁した。皆真剣だから、ちょっと気軽に冗談を言える雰囲気ではない。今のも危なかったくらいだ。
「なら、三班は四階ね」
次に自分たちの持ち場を決めたのは、ユトラたちだった。ユトラの決定を受け、今度は三班に振り分けられたセザリー、テナ、イルマ、レトワが出発準備を始める。
「準備完了しました。出られますよ」
さすがに年長なだけあって一番早く、セザリーは手際よく装備と道具の点検、確認作業を終わらせた。
「二番だねー。終わったよ」
己の姉より早く済ませられなかったことを残念そうにしながら、テナが報告する。特に競争しているわけではないが、何となくセザリーと競争していたようである。気まぐれなテナらしい行動だ。猫らしいともいえるか。
「完了ですぅ」
きゅっと紐を引っ張って道具袋の口を閉めたイルマは、道具袋を背負って報告した。美咲よりも年下なイルマは、それでも人種の違いか見た目が大人びていて、戦装束もよく似合っている。
「これ終わったらそろそろお夕飯食べたいなぁ……。あ、点検は済んでるよ」
ぐうううとお腹の音を響かせたレトワが、食事の内容に思いを巡らせながらユトラに告げる。
「俺たちは五階だな。あー、この階段を延々登らなきゃならんのか」
残るタティマたちの四班は最上階の五階を調べることに決まった。他の班員はミシェル、ベクラム、モットレー、タゴサクといつものメンバーである。
「まあ、仕方ねえな。男の俺たちが率先して楽をするのも何か違うしな。点検終了、いつでもいいぞ」
ミシェルが苦笑してからニッと太い笑みを浮かべると、その隣でベクラムも気障ったらしく笑った。
「少しくらいは、僕たちも格好いいところを見せないとねぇ。こっちも今終わったよ」
「モットレーとタゴサクはどうだ?」
タティマが尋ねると、すぐにモットレーが答えた。
「実はもう準備は整えておいたでやんす!」
意外と用意周到なモットレーは、とっくに出かけられる状態になっていた。
「拙者も行けるでござるよ」
武者姿のタゴサクが彼らの中では一番用意が整うのが遅く、最後になっていた。
次は美咲率いる一班だ。美咲は真っ先に支度を終えて、今はミーヤの準備を手伝っている。まだ小さいので、片付けや整理整頓がミーヤは苦手なのだ。出来ないわけではないが、大人よりも時間が掛かってしまう。
用意を終えた頃には、ニ班、三班、四班は既に出発していた。
「よっし、ミーヤちゃんもこれでいいかな。魔物使いの笛はいつでも吹けるようにしておいてね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
美咲の側に寄り添うように立つミーヤの頭を、美咲は微笑んで撫でた。美咲にとって、ミーヤはもう本当に妹同然の存在だ。元の世界に連れ帰りたいほどである。ミーヤだけでなく、美咲が助けた女性たちだってそうだ。大切なものが増えれば増えるほど、しがらみが多くなっていく。分かってはいても、突き放すことなんて、美咲にはできない。
離れて準備をしているセニミスを、美咲は呼び寄せる。
「セニミスもこっちに来て、なるべくミーヤちゃんと一緒に居てね。その方が守りやすいから」
「本当なら、私が美咲を守る方なんだけどなぁ」
どこか腑に落ちなさそうな顔で、セニミスが歩いてきた。筋力のリミッターを外されていても戦闘技術を付与されていないセニミスは、戦闘能力は高い方ではない。せいぜい勝てるのは街のごろつきくらいだろう。
真価が発揮されるのは、怪我人が出てからである。治癒魔法を得意とするセニミスは、皆の怪我の治療を一手に引き受けている。今となっては、無くてはならない存在だ。
「さて、と。この下には何があるんだろうな。というか、入り口はどこだ」
立ち上がったアリシャが、床を注意して見つめながら歩いている。
というのも、二階は三階へと登る螺旋階段はあるのだが、一階に下りる階段が見つからないのだ。どうやら隠されているらしい。
外から一階の壁に直接穴を開けることも考えたが、調べてみると壁がかなり分厚いことが分かり、壊そうと思ったらかなりの威力が必要だ。そして、壊せるほどの威力の魔法を放てば、主塔が丸ごと吹き飛びかねない。生存者がいる可能性があるのにそんな乱暴な真似をするわけにもいかず、こうして面倒でも別の方法を取っている。
「少なくとも、見て分かるようにはなってないみたいね。ああもう、面倒だわ」
アリシャと同じく調べまわっているミリアンが、頭をがりがりとかく。ミリアンは戦闘だけでなく探索も得意だが、いかんせん二人では効率が悪い。早く手伝ってくれないかなと、先ほどから美咲とミーヤ、セニミスの様子をちらちらと窺っていたりする。
「待たせてすみません。お手伝いします」
ミーヤとセニミスの準備が終わり、二人を引き連れて美咲がミリアンの下へやってきた。
「あー、さすが美咲ちゃんだわ! 分かってるわね!」
手伝って欲しいと思い始めたばかりのタイミングでちょうどよく美咲がやってきて、ミリアンは美咲を抱きしめた。目を白黒させる美咲に構わず、牛のような豊満な胸に美咲の顔を押し付ける。息苦しくなった美咲がじたばたと暴れた。
「お姉ちゃんが窒息しちゃうよ!」
「あ、ごめんねぇ」
慌てたミーヤが美咲を助けようとして、ミリアンは気付いて美咲を解放した。
「び、びっくりした……」
窒息しかけた美咲は目を丸くしている。まあ当然である。
「美咲ちゃんたちは壁を調べてみてくれる? 私とアリシャは引き続き床を調べてみるから」
ミリアンの指示に、美咲は頷いた。
「やってみます」
「はーい」
「分かったわ」
ミーヤとセニミスも承諾し、三人で壁を調べ始めた。