表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
257/521

十七日目:嵐の前の静けさ10

 笑いの発作が治まり、アリシャは目の端に浮かんだ涙を乱暴に拭う。


「ったく。次だ次」


 気を取り直してアリシャが迎えた次の人物は、ミシェーラだった。


「ごめんなさい。面白いことをやれと言われても、すぐには思いつかないわ」


「誰もそんなことは言ってないんだが」


 困り顔のミシェーラに、アリシャが告げると、ミシェーラは不思議そうな顔をする。


「え? でも地上ではミリアンさんが一発芸をしろって」


「こんなときに遊ぶなよアイツは……」


 悪乗りしているらしいミリアンに、アリシャはため息をつく。


「いい加減にしろ!」


「あはは、ごめーん」


 アリシャが怒鳴ると、下から悪びれないミリアンの声が聞こえてくる。


「おっとっと。これは貴重な経験ですね」


 少しして浮かんできたシステリートは、ごく普通の反応だった。怒られたことでミリアンも真面目にやることにしたらしい。


「こりゃ楽しいや」


 すっかり気に入ったようで、ドーラニアは空中遊泳の感覚を楽しんでいる。


「この魔法は便利ね。私たちも使えないものかしら」


「ただ使うだけなら暗記すれば済むが、応用しようと思ったら専門的な知識が必要になるぞ」


 早くもユトラが感覚が慣れた様子で、上手くバランスを取っている。それどころか自分も習得したそうにしていて、アリシャを呆れさせた。


「わっわっ、浮いてる」


 わたわたと手足を振り回し、その勢いで余計に体勢を崩しながら、ラピが浮き上がってきた。


「完全に姿勢が崩れたら、しばらくは動かない方がいい。そうすれば、自然と止まって元の体勢に復帰できるからな」


「い、意外と難しいわね」


 アドバイスを受けた後も不安定なままで、ラピは入り口に運ばれていく。


「面白ーい」


 次に浮かんできたレトワは完全に魔法に身を委ねている。


「ドーラニアといい、単純な奴の方が適応は早いのかもな……」


 安定したレトワの様子に、アリシャは呆れ半分感心半分で主塔入り口までレトワを送り届ける。


「スヤァ」


 次に浮き上がってきたアンネルは横になって寝ていた。無駄に姿勢が安定している。魔族のクォーターだから、もしかしたら記憶がなくとも浮遊魔法をかけられた経験が身体に残っているのかもしれない。

 アリシャは気にせずスルーして、浮遊魔法のコントロールをミリアンから引継ぎ、アンネルを主塔入り口から中に入れる。


「スヤァ」


 最後までアンネルは寝ていた。そしてアリシャは起こさず、徹底スルーした。主塔の中から先に入っていた女性たちにアンネルがどつかれて叩き起こされる音が聞こえたが、アリシャには関係のないことだ。


「これ、便利ね。私も覚えられないかしら」


 ふよふよアリシャの前に浮き上がってきながら、セニミスが期待で目を輝かせている。


「魔族文字が読めるか? 読めるならメモしておいてやるが」


「そんなの読めないわよ。魔族語だけでも難しいのに、そこまで手を伸ばせないわ」


 ベルアニア文字は読み書きできても、魔族文字は読み書きできないセニミスが、アリシャの質問に唇を尖らせる。

 というか、魔族語自体の使い手がまだ人間の中には少ないのだ。魔族語が盗まれてから魔族側は情報の秘匿に躍起になっているので、人族側にはそもそも魔族文字を見てもどう読むのか知る機会が極めて少ない。ちなみに、美咲に刻まれている死出の呪刻も、魔族文字の一つである。読めるのはおそらく魔族か、魔族から魔族文字を教わる機会に恵まれた者だけだろう。


「ならすぐには無理だ。諦めろ」


「むー」


 セニミスは不満そうな表情を浮かべ、主塔の中に運ばれていった。

 次に運ばれてきたメイリフォアは、もう大混乱の状態だった。

 全く制御が出来ないようで、浮かびながらぐるんぐるん回転している。


「あわわわ、目が、目が回ります」


「落ち着け。慌てて手足を振り回すと余計に元の姿勢に戻れなくなるぞ」


 一応忠告するが、聞き入れる余裕が無いようで、メイリフォアは未だに大回転していた。

 もう何も言わずに、アリシャはメイリフォアを運んでやる。メイリフォアにとっては、あれこれ言葉をかけるよりも、さっさと終わらせてやる方がよほどいいとアリシャは判断したのだ。

 少しすると、アヤメが浮かび上がってきた。


「これは非常に興味深い」


「さすがに安定しているな、お前は」


 初めてのはずなのだが、アヤメはもう姿勢制御のコツを掴んだようで、泰然としている。景色を眺める余裕すらあるようだ。

 アリシャは感心してアヤメに声をかけ、主塔入り口の方へ送る。

 下に注意を向けると、きらきらしたサナコの瞳と目が合い、アリシャの表情が引き攣る。

 ミリアンの浮遊魔法で浮かび上がってきたサナコは、テンションが高い。


「さあ、もっと早く! アヤメさんに追いつけるように!」


「追いついてどうするんだ。入り口で渋滞するだけだぞ」


 ノリの悪いアリシャにサナコがつまらなさそうな表情になる。


「あら、美咲さんなら付き合ってくれるのに」


「……美咲の苦労が偲ばれるな」


 ちょっと美咲に同情するアリシャだった。

 そうして残るは美咲一人になり、問題が発生する。

 もちろん、魔法を受け付けない体質をどうするか、である。

 一度降りて、美咲、アリシャ、ミリアンで話し合う。


「もう、投げ飛ばしちゃえば? ちゃんとキャッチすれば死なないでしょ」


 あっけらかんと言うミリアンを、美咲は顔色を青くして止めた。


「死ななくても大怪我しますよ、それ。五メートル、じゃなかった五ガート上に届くまでの高さに投げるって、どれだけの力が掛かると思ってるんですか」


 美咲は強化魔法が効かないので、肉体強度は通常通りしかない。そんなことをされたら間違いなく怪我してしまう。無いとは思うが、万が一キャッチし損ねられて墜落でもしたら、確実に死ぬ。


「なら、美咲が自力で攻撃魔法を使って飛んでくるのはどうだ? 衝撃だけなら利用できるんだろ?」


 続いて尋ねてきたアリシャに、美咲は困った表情で眉根を寄せて答える。


「余波で城の一部が吹き飛んだり燃えたりしそうですけど、それでもいいのなら」


 強化魔法が使えない美咲が強化魔法の代わりとして編み出したこの方法は、元が攻撃魔法なのでいかんせん周りへの被害が大きい。基本的に、味方が回りにいる時は使えない方法だ。


「いいんじゃない?」


 適当なことを言うミリアンの頭を、アリシャが小突く。


「良くないよ。なら別の方法を考えなきゃな」


 考え込むアリシャに、ミリアンが提案する。


「じゃあ、上からロープで引っ張るのは? 直接引っ張ろうとしたら無効化されちゃうとしても、ロープ越しなら強化魔法が使えるかもしれないし、そうでなくともあの人数で支えれば登れるわよ、きっと」


 ミリアンの意見を吟味したアリシャは、それでいくことに決める。


「その方法でやってみるか。二人ともロープを貸してくれ。短いから結んで一本に纏めよう。簡単には解けないようにしろよ」


「簡単には解けない結び方って、どんなのがあるんですか? 私、結び方ってこれしか知らないんですけど」


 美咲は自分が唯一知っている固結びをやってみせた。

 しかし実はそれは元の世界で真結びとも言われる本当の固結びではなく、いわゆる縦結びという結び方だった。

 美咲が結んだ結び目を見たアリシャは、首を横に振る。


「ん? ああ、それじゃあ駄目だ。負荷が掛かると緩んじまう。私が教えてやるから、その通りにやってみろ」


 アリシャは美咲が結んだロープを解き、自分が結ぶのを見せながら、美咲にもやらせる。

 出来上がったロープの結び目を引っ張って、美咲は目を見張る。


「凄い。全然緩みません」


 いくら引っ張っても、びくともしない。これなら美咲をきっちり運び上げてくれそうだ。


「ゴーレム結びっていってね。昔、動かなくなったゴーレムを吊り下げる時に使った結び方だそうだよ。名称もそれが語源さ。簡単には緩まず、解こうと思ったらすぐに解けるんだ」


「へえ……。歴史があるんですね」


 異世界ならではの薀蓄に、美咲は興味深く聞き入った。

 ゴーレムを運ぶだなんて、いかにも異世界らしい出来事で、美咲はわくわくする。


「よし、じゃあ撒きつけるから手を伸ばせ」


 アリシャが美咲を縄でがんじがらめにしていく。何気なくやっているが、吊り下げた時に一箇所に力が掛かりすぎないよう、負荷を分散させるようにしていた。

 結び終わると、アリシャが先に魔法で空中に浮き、主塔入り口に飛び上がる。

 振り向いたアリシャは美咲に叫んだ。


「ロープを寄越してくれ!」


「は、はい!」


 まさか自分が頼まれるとは思っていなかった美咲は少し慌てた様子で縄の先を手繰り寄せると、主塔入り口めがけて放り投げる。当然だが届かず、途中で落ちたが、直後に下から巻き上がった突風でロープは浮き上がり、無事にアリシャの手に渡った。

 驚いた美咲は突風を起こした術者、ミリアンに目を向ける。


「ふふ。好判断だったでしょ?」


 ミリアンは美咲にニッと笑いかけた。


「……意外に力が抜けるな。こんなロープ越しでも、無効化能力が発動してるのか」


 少し意外そうな表情で呟いたアリシャは、後ろを振り向いて興味深そうに自分を見つめている女性たちに声をかける。


「これからこのロープで美咲を引っ張り上げる。お前たちの持ってるロープをいくつか貸してくれ。長さが足りないから継ぎ足す」


「は、はい! すぐに用意します!」


 我に返ったディアナが自分の道具袋からロープを取り出す。


「私たちの分も使ってください。三人分です」


 セザリーも義妹のテナとイルマからロープを受け取り、ディアナと一緒にアリシャに手渡した。


「他にもまだ必要? 要るなら持ってくるけど」


「いや、これくらいで十分だ」


 ペローネの申し出を断り、アリシャは手早くロープを結び合わせていく。

 出来上がったロープを、アリシャと美咲に女性陣、男性陣全員が力を合わせて引いていく。


「わわ、結構早い」


 もうちょっと遅いと思っていた美咲は、意外なハイペースに驚きながらも足で壁を蹴るようにして登っていく。

 美咲が登り終わると、遅れてアリシャとミリアンが飛んできた。


「ご苦労様。再び班同士で分かれて探索に移るぞ」


「もうちょっとだけだから、頑張ろうねー」


 アリシャとミリアンが口々に言い、美咲は慌ててロープを解きだした。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 一つ一つ解いていくが、慣れない美咲はあまり要領良く出来ず、戸惑う。


「美咲様、手伝いますわ」


「ボクも手伝うよ。その方が早く終わるし」


 結局見かねたイルシャーナとマリスの手を借りて、美咲はロープを解いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ