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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:嵐の前の静けさ9

 それから残る別館や礼拝堂などの探索も行い、何も見つからず空振りに終わったものの、ひとまず全ての探索は終えたので、美咲たちはアリシャとミリアンが待つ主塔の前まで戻ってきた。


「終わったか。どうだったんだ、首尾は」


 近付いてくる美咲たちに気付き、アリシャが声をかけてくる。


「死霊魔将が何かたくらんでるらしいことは分かりました。誰もいないこの状況も裏で手を引いているのかもしれません」


 答えた美咲の言葉を聞いて、ミリアンが頷く。


「可能性はあるわね。ラーダンに巣くってた時も、人に擬態して好き放題やってたみたいだし。正面からよりも、謀略の類が得意なのかもしれない。注意した方がいいわ。そういう奴ってね、こっちが警戒してても、思わぬ手で仕掛けてくるものよ」


 珍しく真顔のミリアンの雰囲気に気圧され、美咲は思わず唾を飲み込んだ。


「ここで、後続の到着を待つべきかもしれません。罠と分かっているのなら、どんな事態に陥っても対応できるよう、最善を尽くして進むべきです」


 ディアナが美咲に意見を述べる。


「いや、案外早い方がいいかもしれないぞ」


 意外なことに、アリシャが反論した。


「どういうことですか?」


 セザリーがアリシャに尋ねる。


「そうやって進軍速度を緩めさせることこそが、死霊魔将の目論見かもしれないってことだよ」


「今の状況は、時間稼ぎってこと?」


 アリシャの説明に、テナが驚いた表情になる。


「そうだ。例えばヴェリートの陥落を見越して、初めから援軍を手配していたのかもしれない。私たちがヴェリートの中に入ったら、隠していた戦力と援軍で攻勢を掛けるつもりなのかもしれない。ヴェリート市街も含めれば、人族軍は全員中に入っているから、不利になっても逃げるのは難しい。あるいはただ単に、別の思惑があるのか」


「別の思惑って何ですぅ?」


 首を傾げて尋ねるイルマに、アリシャは苦笑して答えた。


「そこまでは私も知らんよ。本人に聞いてみないとな」


 確かにアリシャは死霊魔将ではないので、思惑など分かるはずもない。材料があれば推測もできるだろうが、今は判断するには足りない量しかない。


「どちらにしろ、この主塔を探索してから判断することね、それは」


 ペローネが主塔を見上げながら呟く。

 ヴェリートの城だけでなく、街も合わせた全体で一番高い建物である主塔は、重厚な威圧感を出して聳え立っている。

 城そのものが優美さよりも防衛のしやすさを重視された質実剛健な作りなので、その迫力はかなりのものだ。


「でもそのために、後続を待つかこのまま突入するか相談していたのでしょう? 結局変わっていませんわよ」


 話し合って最後には堂々巡りになったことに、イルシャーナが呆れた表情になった。


「このまま行っていいんじゃないかな。室内での戦闘になるから、結局一回一回の戦闘は小数戦になるはずだよ」


 主塔の下で、マリスがぴょんぴょん飛び跳ねながら言った。


「……何やってるのよ、あなた」


 呆れた表情で、ミシェーラがマリスに尋ねる。


「いや、このままでも入れないかなって思って。やっぱり五ガートもあるとボクたちの運動能力でも難しいのかな」


 答えるマリスは、さすがに諦めたのか主塔から離れた。しかしその目は未練がましく主塔に向けられたままだ。


「単純に考えても、私たちの身長の三倍以上の高さがありますからね。素手で登るのは無理がありますよ」


 システリートが苦笑して説明する。身体能力自体は同じでも、身体の動かし方などの違いから、マリスが不可能ならシステリートにだって不可能なので、システリート自身は試すそぶりすら見せない。試すまでもなく、結果は見えている。


「道具さえあれば、ニーチェなら登れるのです」


 悔しそうに、ニーチェが主塔を睨んでいる。体重の軽いニーチェは身のこなしも軽やかで、本来ならこういう時にこそ活躍するのだが、生憎手持ちの暗器では壁登りができない。戦闘系を優先して揃えてしまったので、こういう戦闘とは直接関係のない道具の類は後回しにしてしまったのだ。


「そういえば、揃えた道具の中にロープが無かったか?」


 何かを思い出した様子で、ドーラニアが回りに尋ねる。


「あるけど、無理よ。三ガートしかないもの。長さが足りないわ」


 自分の道具袋を確認したユトラが答える。

 一ガートが一メートルとほぼ等しいので、三ガートは約三メートルになる。


「なら、複数のロープを繋げればいいんじゃない? そうすれば長さは稼げるでしょ」


 否定したユトラに、ラピが自分のロープを差し出そうとする。


「でも、届いたとしてもどうやってロープを固定するの? 固定する場所無いよ?」


 不思議そうな顔のレトワの発言に、ラピが思わず固まった。そこまでは考えていなかったのである。


「どちらにしろ、無理じゃん」


 思わずといった様子で、アンネルがくすりと笑った。


「何よ、結局登る方法は無いってこと?」


 肩透かしを喰らったセニミスが、不満そうな表情になった。


「手持ちの道具だとそういうことになりますね」


 念のため自分道具袋も漁ったメイリフォアが、状況を打開できそうなものは何も見つけられず、落胆した。

 議論が停滞する様を見て、アヤメが焦れた。


「いっそのこと破壊してしまうのはどうだ? 壊すだけなら簡単だろう」


「さすがアヤメさん! 発想が違います!」


 極論に走るアヤメを、すかさずサナコが笑顔で褒めちぎった。


「おいおい本気かよ」


 さすがに賛同できないようで、タティマが呆れている。


「もう、本気で話し合ってよ。お姉ちゃんが困ってるじゃん」


 文句を言うミーヤの横では、引き攣った表情の美咲の姿がある。

 どうやら美咲本人も主塔をどうやって登ろうか考えているようだが、思いつかないらしい。


「何か、中に入るための仕掛けとか無いのか?」


 ミシェルの問いかけに、ベクラムが笑った。


「おいおい。防衛するのに外から開けられる仕掛けなんて作ると思うかい?」


「そんなのあったら本末転倒でやんすよ」


 モットレーにまで笑われ、ミシェルの顔色が赤くなる。


「うっせーよ! ちょっと思いつきを口にしただけじゃねえか!」


「ハッハッハ! 口に出す前にミシェルはもう少し内容を吟味すべきでござるな!」


 からかわれるミシェルを見て、タゴサクがからからと笑い声を上げる。


「おい、お前ら。魔法を使えばこんなの一発だろ」


 呆れた表情のアリシャが魔法を唱えて中に浮いて見せた。そのままゆっくり上昇し、扉に近付いていく。


「そっか。魔法があった」


 得心する美咲の横で、美咲の部下である女性たちが悔しがったり感心したりショックを受けたり、十人十色の反応を見せている。


「む。鍵が掛かってるな。魔法での開錠は……阻害されているか。やはり、中に敵がいる可能性があるな。おい、鍵開け出来る奴はいるか?」


「ニーチェならできるのです!」


 手を上げたニーチェに、ミリアンがにっこりと微笑みかけた。


「一名様ごあんなーい。アゥキ(浮け)ィ」


 ミリアンが唱えた魔族語は、ニーチェを覆いその身体を中に浮き上がらせる。


「おお……」


 空中で手足をばたつかせるニーチェは滅多に出来ない経験に目を輝かせ、地上を見下ろした。


「凄い。ニーチェは空に浮いています」


「じゃあ、アリシャの側に移動させるわねぇ」


 一言断ってから、ミリアンはニーチェを主塔の入り口で浮いているミリアンの側に運んだ。


「この扉を開錠できるか?」


「やってみます」


 尋ねたアリシャに頷きを返し、ニーチェは懐から開錠用の針金を取り出し、姿勢を維持しにくい空中での作業に多少手間取りながらも、主塔入り口の扉を開けるのに成功した。


「よし、でかした。お前はそのまま中を偵察してくれ。途中で扉があっても入らなくていい。見える程度で構わん。身の安全を最優先にしろ」


「分かったのです」


 扉を開けたニーチェが主塔の中に入ると、アリシャが下にいるミリアンに向けて叫んだ。


「よし、一人ずつ順番に魔法で浮かばせてくれ! 誘導は私がやる!」


「はいはーい。了解!」


 ミリアンが返事をし、手近にいたミーヤを魔法で浮き上がらせた。


「わー! すごーい!」


 まるで空に浮かぶ風船のようにふよふよと浮き上がっていくミーヤは、目を輝かせながらミリアンから魔法のコントロールを引き継いだアリシャに、入り口へと誘導されていく。


「到着ー」


 にぱっと笑顔で主塔内の床を踏むミーヤの横、戻ってきたニーチェがすり抜けてアリシャに報告した。


「見える範囲に敵影なし」


「そうか。ならお前も全員運び終わるまで待ってろ」


 ニーチェに答え、アリシャは次に浮かんできた人物の誘導を開始した。

 その人物は目をぎゅっと閉じて、両手でスカートの裾を握り震えている。


「どうした。怖いのか?」


「じ、実は高いところが苦手で」


 アリシャが問いかけたのはディアナだった。ディアナは目を開けると、若干顔色が悪い顔で微笑む。


「そうか。なら皆が登り終えるまで休んでるといい」


「今回ばかりはお言葉に甘えさせていただきます……」


 ディアナは主塔に入ると、へなへなとその場に座り込み、深くため息をついた。どうやら本当に怖かったらしい。

 次に浮かび上がってきたのはセザリーだった。


「これは、思ったよりも姿勢を維持するのが大変ですね」


「慣れれば無意識に出来るようになるさ」


 ゆらゆらと不安定に揺れるセザリーに肩を竦め、アリシャはセザリーを主塔の中に誘導する。


「次はテナなのだー」


「お前はもう姿勢を維持する気が無いみたいだな」


 上下逆様になった状態でテナが浮かんできて、不意を突かれたアリシャが思わず笑った。笑いながらテナを主塔の中に送っていく。

 下ではミリアンが次の人物に浮遊魔法をかけていた。


「次は君かな」


「わっ、身体が浮きますぅ」


 足が地面から離れていくのに、イルマが興奮した声を上げる。そのまま浮き上がったイルマは、主塔入り口前で待つアリシャと一言二言会話をし、中に運ばれていった。


「おっとっと」


 ペローネがやや体勢を崩しながらも、ミリアンのコントロールで五ガート上の上空に運ばれ、アリシャによって入り口まで引き寄せられた。

 引き続き、イルシャーナの番になり、イルシャーナは槍を手にポーズを決めながらふよふよと浮き上がる。


「あっはははは!」


 耐え切れず、浮遊魔法をイルシャーナにかけているミリアンが噴出して笑い出す。

 コントロールを引き継いだアリシャがドヤ顔のイルシャーナに呆れた表情を向ける。


「……普通にしてろ、普通に」


「華麗に! 素敵に! 美しく! これがわたくしの普通ですわ!」


 ついにアリシャが絶句して押し黙った。

 ドヤ顔でピクリともしないオサレポーズで運ばれていくイルシャーナは傍目にはとても奇妙に移るのだが、どうやらイルシャーナ本人には自覚がないらしい。


「イルシャーナの真似をしてみたよ」


 続いて双剣を構えたポーズでキメ顔を作り、浮き上がってきたマリスを見て、ついにアリシャの表情筋がやられた。

 片手で口を押さえたアリシャは、笑いの発作に襲われながらも、何とか浮遊魔法のコントロールだけは失わずに行う。


「おい、お前ら私を笑い殺す気か!」


 アリシャの苦情にマリスはとてもいい笑顔を浮かべた。忘れられがちだが、マリスはこう見えてかなりいたずら好きであった。


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