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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:嵐の前の静けさ6

 ユトラは扉の前に立つと、いきなり開け放った。

 勢いよく開け放たれた扉は、壁にぶつかって大きな音を立てる。


「ちょ、罠の確認はしないんですか!?」


 目を剥いて驚くメイリフォアに、ユトラは冷静な口調で答える。


「周りを見なさい。確認してるところもあるけど、結局どこも罠なんて見つかってないわ。せいぜい鍵がかけてあるだけ。そもそもここはヴェリートを守る太守の居住施設よ。ヴェリートを占領した魔族軍の幹部たちも、ここに住んでいた可能性は高いわ。自分たちが生活する場所にまで、罠なんて仕掛けないでしょ」


「そういうこったな。とりあえず全部ぶちまけりゃ何か分かるだろ」


 腕まくりしつつ、ドーラニアが部屋の中に入っていく。


「テナとアンネルは外の警戒をお願いね」


 同じく部屋に入ったユトラに頼まれたテナは、腕まくりして元気よく快諾する。


「ほいきた。テナちゃんにお任せ!」


 一方で、アンネルは眠そうな目を擦りつつ尋ねる。


「……居眠りしてていい?」


「いいわけないでしょう!」


 まさかの見張りの居眠り発言に、生真面目なメイリフォアが怒鳴った。


「ハッハッハ! そう怒るなって! 皺が増えるぞ!」


「余計なお世話よ! っていうか、あなたも注意してよ! どうして私ばっかり!」


 大笑いするドーラニアに、メイリフォアが涙目で抗議する。


「そこ、漫才しない」


 ユトラに注意され、メイリフォアは頭を抱えた。

 むしろ頭を抱えたいのはユトラの方である。

 大雑把過ぎるドーラニアに、心配性過ぎるメイリフォア。さらに問題児のアンネルと、見事に水と油な反応を起こす面子が揃っている。影が薄くなりがちだったメイリフォアも、すっかり染まってしまってキャラが立っているのは、いいのか悪いのか微妙なところだ。


「ここからは慎重に調べるわよ。各自、罠には注意して。鍵の掛かった場所は無理に開けようとしないでいいわ。全部調べてからにしましょう」


 そうユトラが注意を促した直後に、何かの破壊音が響いた。


「おい、鍵掛かってたけど引いたら壊れちまったぞ! どうすりゃいいんだ!」


 振り返ってみれば、焦った表情のドーラニアが、ばらばらになった何かの引き出しらしき物体を持っておろおろしている。


「ちょ、何やってるんですか!?」


 その様子を目撃したメイリフォアが目を剥いた。だがメイリフォアの方はまだ部屋の中に踏み入ってすらおらず、何故か部屋と廊下の境目の敷居を真剣な形相で調べていた。


「……とりあえず、開いちゃったのは仕方ないから、中を調べていいわよ。次から気をつけて」


 ため息をついたユトラが、先にドーラニアの方に指示を出す。


「分かった! できるだけ気をつける!」


 ドーラニアは大声で答えたが、言った直後にもう一つ破壊した。


「何だこの引き出し、脆すぎるぞ!」


「気をつけて、くれぐれもお願いね」


 不安になったユトラが、ドーラニアに対して念を押す。

 調べるのは早いが大雑把ですぐ物を壊すドーラニアと、丁寧だが心配性過ぎてペースが牛歩の歩みなメイリフォアは、両極端だ。

 ちょうどユトラが二人を足して二で割ったくらいなので、均整が取れていると見るべきか。


「お、何かあるな」


 結局、手がかりらしきものを見つけたのはドーラニアだった。

 先を越されたメイリフォアがショックを受けた顔をする。


「そっちはまだ見つけてないのか。探すの手伝ってやろうか?」


「ぐぐぐぐ」


 鈍感すぎるドーラニアに対し、メイリフォアが悔しさから歯軋りした。

 ため息をついたユトラが、二人に近付いていく。


「うーん、ユトラさんも苦労するねぇ」


 背後から聞こえてくる三人のやり取りに、テナが苦笑した。


「……寝たい」


 ぼそりと呟いたアンネルに、テナは笑いかけた。


「寝ててもいいよ? 私は起きてるし」


「ううん、我慢する。我慢した後の睡眠は、至福」


 ふるふると首を横に振ったアンネルは、眠気を堪えようと思っているのか、目蓋を揉んでいる。


「あ、それ分かるかも。寝るのもそうだけど、ご飯食べるのもお腹空いてるといつもより美味しく感じるよねぇ」


 人懐っこい性格のテナは、普段あまり関わったことの無いアンネルが相手でも、自然体で接していた。

 しばらくして、若干疲れた表情のユトラを先頭に、その後ろからあっけらかんとしたドーラニアと、ずーんと落ち込んだ様子のメイリフォアが部屋から出てきた。


「あ、終わった?」


「ええ。戻りましょう。手がかりと呼べるかどうかは分からないけど、収穫はあったわ」


 振り向いたテナに、ユトラは布で包んだ鍵を大事そうに見せた。

 アンネルが興味を持ったようで、鍵を見て首を傾げる。アンネルにはごく普通の鍵にしか見えない。


「手がかりってこれ?」


 疑問に答えたのはメイリフォアだった。


「多分ね。どこかの鍵だと思うんだけど。少なくとも、この部屋で使える鍵じゃなかったわ」


 まだドーラニアに先を越されたことが悔しいようで、メイリフォアはむっつりしている。

 そんなメイリフォアの様子を全く気にせず、最後に出てきてドアを閉めたドーラニアが不思議そうな顔をした。


「結局、この部屋って何の部屋だったんだろうな?」


「推測になるけど、寝室じゃないかしら。天蓋付きの豪華なベッドがあったし」


 ユトラがドーラニアに答える。

 探索の結果を話しながらユトラたちニ班が一階に下りると、ディアナたち三班が出迎えてくれた。

 すでにペローネたちの三班、タティマたちの四班が探索を終わらせて戻ってきていて、ユトラたちニ班は最後だったようだ。残るは美咲率いる一班だけである。


「お疲れ様です。探索結果はどうでしたか?」


「鍵を見つけたわ。確かめてみたけど、部屋の中で使える鍵じゃなかった。おそらくは、他の場所の鍵だと思う」


 尋ねたディアナに、ユトラは報告を行う。

 ディアナとユトラが話し合う横で、イルマがテナと姉妹同士水入らずの会話をしている。


「テナちゃん、ずっと暇そうにしてたよね」


「ま、実際にヒマだったし。外警戒してるだけだったから。他の部屋でも同じことしてるのが二人ずつ居たし、一階では五班が陣取ってるでしょ。気楽なもんだったわ」


 肩を竦めるテナは、少し不満そうだった。テナもイルマも、廊下の警備を割り振られて、探索そのものには参加していないのだ。適材適所であることは分かっているものの、やはり悔しいものは悔しい。

 真面目な話をしているのは、もちろんディアナとユトラだけではない。

 元々の二人にペローネを加え、ディアナ、ユトラ、ペローネが、拾った品物をつき合わせて考え込んでいる。


「結局、見つかったのは変なメモが二枚と何処かの鍵だけなのね」


「手がかりには違いないけど、どう使えばいいのかさっぱり分からないわ」


「鍵の方は虱潰しに開くか試してみたらいいんじゃない?」


 三人が話していると、システリートやニーチェなど、ほとんどの人員が集まってくる。

 システリートはペローネとユトラが持っている品物をまじまじと見た。

 書いてある内容はともかく、メモはどこにでもあるような羊皮紙の切れ端だし、鍵も一目見て鍵と分かる形だ。魔法が掛かっている気配もない。


「面倒ですけど、一つ一つ確かめるのが確実そうですね」


 見ただけで当たりをつけるのは難しいと判断したシステリートが思案した末に判断を下す。


「引き続き、罠に対する警戒は続けた方がいいと、ニーチェは思います」


 得意なのが暗器の扱いだからか、ニーチェは罠の危険性を忘れてはいなかった。


「考え過ぎじゃないか? ここは居住棟だぞ?」


 笑い飛ばそうとするドーラニアを、マリスが止める。


「居住棟でも、城全体が防衛を意識した作りになってるから、ここで立て篭もることも想定してあるかもしれない。一応気をつけておこうよ」


「そう! 私はそれが言いたかったんですよ!」


 ようやく自分と同じ意見に出会えたことに、メイリフォアの表情が輝いた。


「でも、立て篭もるならここよりも、向こうの主塔の方が適してるんじゃないかしら。出入り口の大きさといい場所といい、明らかにここ以上に意識してるわよ」


 ラピがちらりと壁の方に目を向ける。壁に遮られて見えないが、この向こうに主塔があるのだ。

 真剣な話が続く中、レトワが大広間の隅で眠そうに船を漕ぎかけているアンネルの身体を揺らした。


「ねーねー、お腹空いたよ」


 目を開けたアンネルは、胡乱な視線をレトワに向ける。


「……あんた、さっきまで何か食べてなかった?」


 レトワは自分の道具袋を開けて、中身をアンネルに見せた。


「もうないよ」


 残念そうに言うレトワの道具袋は、半分くらい空になっている。つまり、半分は食料だったことになる。


「少し我慢したら?」


 そのことに気付き、ちょっと呆れたアンネルは、彼女にしては珍しく、レトワを嗜めようとした。


「美咲たちが調べてるところは台所だから、何かあるかもしれないよね! 帰ってきたら聞いてみよっと」


 すでにレトワは自分の思いつきで頭がいっぱいになっているようで、アンネルの言葉など聞いていない。


「よくこんな状況で見つけた食べ物に口をつける気になるわね……」


 セニミスが、呆れた表情でレトワを見た。

 一箇所に固まるレトワ、アンネル、セニミスの会話を少し放れた位置で聞いていたメイリフォアが、ぽつりと呟く。


「私も、止めた方がいいと思うなぁ……」


 もちろん本人たちには聞こえない。


「ところで、一班の方はまだ終わらないのか?」


「長引いてるみたいですね」


 少し退屈になってきたのか、アヤメが出そうになった欠伸を手で押さえた。

 そんなアヤメの様子をサナコが微笑ましそうに見つめる。

 アヤメとサナコの二人と程近い場所で、タティマたち男グループも話し合いをしていた。


「騒ぎにはなってないみたいだが、確かにちょっと遅いな」


 少し心配そうな表情のタティマとは対照的に、ミシェルが悠然とその場にどっかり腰を下ろす。


「今のうちに休んでおこうぜ。この先だって何があるか分からねぇしな」


 ミシェルと幼馴染のベクラムも、ミシェルに倣って楽な体勢で座り本格的に休息を取り始めた。


「賛成だね。皆も休憩できる時に休憩しておいた方がいい。いつだってのんびりしていられるとは限らない」


「あっしは警戒を続けるでやんすよ! 少ししたら交代して欲しいでやんす!」


 こずるそうな鼠顔のモットレーが見張りを申し出て、タゴサクが交代を引き受けた。


「そういうことなら、拙者が後で代わるでござるよ」


 彼らのやり取りを聞いたディアナ、ペローネ、ユトラの各班の代表三人は、顔を見合わせた。


「どうする? あたしたちも休む?」


 尋ねるペローネに、ディアナは少し思案して答えた。


「……そうですね。今のところは安全みたいですし、交代で見張りだけ立てて、美咲様たちが戻ってくるのを待ちましょうか」


 ユトラが振り返り、皆に伝えた。


「というわけだから、休憩よ」


 大広間は、和やかな空気に包まれた。


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