表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
250/521

十七日目:嵐の前の静けさ3

 アリシャ、ミリアンの二人といったん別れた美咲たちは、探索を続行する。


「うーん、どこから調べればいいかな」


「居住棟でいいんじゃない? ここから一番近いし」


 セニミスの助言を受け、美咲は決めた。


「そうだね。じゃあ、居住棟から行こうか」


 一行は居住棟へと歩を進める。

 居住棟も主塔ほどではないが入り口が高くなっていて、中に入るには階段を上る必要がある。

 必然的に死角が多くなるし、アリシャとミリアンという強力な助っ人が一時的に離脱してしまったため、美咲は少しびくびくしながら入り口の前まで来た。

 予想に反して、何も起こらず、美咲はホッとした反面、不気味な沈黙を保つ魔族軍に気味の悪さを覚える。

 居住棟の中は質素な作りで、豪華絢爛な様子を思い描いていた美咲はまたしても拍子抜けする。どうやら城塞都市ヴェリートは、城塞都市というだけあって、とことん戦闘を意識して作られているらしい。

 ただ、元々は人間を相手に想定していたのは明らかで、主塔の入り口など、対魔族を想定していない作りになっている場所も多い。

 それはラーダンも同じで、そもそも城壁自体が、空を飛べる魔族にとって無意味と言えた。

 対策はされていないことから、空から攻めてくる魔族に対して有効な手段が見出されていないことが窺える。

 この圧倒的不利な状況が今まで致命的にならなかったのは、一重に魔族軍の兵数が少ないせいだろう。だからこそ、今までヴェリートは耐えられた。

 ゴブリンという、補充が効く圧倒的な兵数を魔族軍が手に入れるまでは。

 中に入るとまたしてもぐねぐねとした廊下を歩かされ、広間に出る。空間の広さこそそこそこあるが、大広間に出ることのできる扉はどれも手狭で、これまた細くて曲がりくねった廊下を歩かなければならないようになっている。一気に雪崩れ込もうと思っても、一人一人順番に出るしかなく、防衛側は大広間に多数の兵士を配置して待ち構えることができるので、圧倒的に防衛側に有利な作りだ。

 広間からは二階に続く螺旋階段と、一階の別の部屋に続く扉が二つあり、美咲たちはまず一階から探索を始めた。


「狭いですね……。さすがにこれほどとなると、分散するのとあまり代わりが無いかもしれません」


 廊下を進みながら、メイリフォアがすぐ両側にある壁に圧迫感を感じて言う。

 自然と一人ずつ縦に並ぶような形を強いられるので、大人数でいる強みが無い。


「手分けして探すか? どうする、主殿」


 アヤメが美咲に決断を求めた。


「……そうですね。とりあえずここだけ探して、いったん広間まで戻って作戦を練り直しましょう」


「了解です。美咲さんは私がお守りしますね」


 サナコがそう言うと、美咲のすぐ後ろ、サナコの目前にいるミーヤが振り向きふるふると首を横に振った。


「違う。お姉ちゃんはミーヤが守るのー」


「うふふ、じゃあミーヤちゃんごと美咲さんを守っちゃうわね。私はミーヤちゃんと美咲さんを守る。ミーヤさんは守られながら美咲さんを守る。二重防御で鉄壁です」


 子どもであるミーヤは、サナコが展開する論理をころっと信じた。


「本当だ! 鉄壁だ!」


 喜ぶミーヤの声を背に聞いて、美咲は口元を綻ばせた。

 それが油断に繋がらないように、気を引き締めて歩く。

 細長い廊下を歩いた末に、大広間の扉と同じような大きさの扉を見つけた。他にも、同じような扉がいくつも等間隔に並んでいる。


「……扉ね。開けるわよ」


「美咲様、そういう役目は、私たちが」


 セザリーが前に出ようとするものの、ぎりぎり人一人があるけるくらいの廊下なので、たちまち詰まって動けなくなった。


「ちょ、押さないでよ」


「狭いんだから、通れませんよ」


 前にいたラピとシステリートから苦情が上がり、セザリーはしぶしぶ元の位置に戻る。


「もし魔族兵たちが待ち構えているなら、飛んでくるのは魔法の可能性が高い。だったら私が適役よ。っていうか、この廊下も狭いから隊列変更するのは無理よ。……そうね、広間に戻ったら、隊列もちゃんと決め直した方が良さそうね」


 苦笑した美咲は、扉の取っ手に手をかけると、一瞬罠の存在を疑って躊躇する。


(……無いか。ここ、居住区画っぽいし、普段住むところまで罠だらけにするなんて、現実的じゃないわよね)


 そう判断し、警戒しながらも、美咲はそろそろと扉を開いた。

 目の前に広がっていたのは、ヴェリートの城内に入って初めて見たかもしれない、生活感を残した部屋だった。

 ベッドが六つほど並び、クローゼットや化粧台、ちょっとしたテーブルと椅子など、そこに誰かが暮らしていた痕跡が、確かに存在している。

 綺麗に整えられたベッドの他に、飛び起きてそのままらしい乱れたベッドなどもあり、化粧台の上に置きっ放しの化粧道具や、使用跡が伺えるティーセットなどが、そのままの形で残されていた。


「こりゃ、使用人の部屋だな」


 遅れて部屋に入ってきたタティマが、ぐるりと部屋を眺めて言った。


「分かるんですか?」


 尋ねた美咲に、タティマは肩を竦めて答える。


「一応これでも貴族出身なんでね。大体の知識はあるさ」


 タティマだけではない。ミシェルもベクラムもモットレーも、貴族出身だ。タゴサクも、故郷では位の高い特権階級だったと、美咲は聞いたような気がする。


「他の部屋も見てみるか。まあ、ここが使用人の居住区画なら、大体同じだろうが」


 ミシェルが仲間たちと手分けして次々に扉を開け、中を確認していく。一見すると何も考えていなさそうに思えるものの、扉を開ける時は正面に立たないようにしたり、入る時はすばやく安全確認を済ませるなど、手際がいい。


「なんか、皆さん手馴れてますね」


 ちょっと唖然としながら美咲が言うと、確認を終えて部屋から出てきたベクラムが苦笑する。


「そりゃ、冒険者稼業をしてれば、こういうところを探索する機会もあるからね。自然と覚えるよ。文字通り、冒険者って基本的に何でもやるから」


「そうそう。全うな仕事から、後ろ暗い仕事まで、色んな仕事があるでやんすよ。まあ街にもよるでやんすが」


 手と足を動かしながら、モットレーは自分たちの冒険を軽妙な語り口で語り始めた。

 冒険者としてはまだまだ新米の美咲は、興味津々の表情で話に聞き入る。時折ハッとした顔で慌てて探索に戻る姿を見ると、よほど話が気になっている様子だ。


「えっと、そういうのはまた後にしてくれない? 美咲も集中できてないみたいだし」


 ついにはテナに苦情を入れられ、モットレーは凹んだ。


「すいやせん……」


「使用人の居住区画で間違いないでござるな。全部使用人の寝室がござった」


 確認を終え、タゴサクが部屋から出てくる。

 いったん大広間に戻った美咲は、改めて隊列を組み直した。

 大広間に待機組と、探索組が四班に分かれる。

 二階に未探索の扉が三つ、一階に一つ残っているので、五班に分かれて一班を緊急事態に備えて待機させるのが、一番良いだろう。


「班分けはどうしますぅ?」


 尋ねてくるイルマに、美咲は少し考えて答えた。


「そうね。私、ミーヤちゃん、セザリーさん、イルシャーナさん、ミシェーラさんで一班。ドーラニア姉さん、ユトラさん、テナちゃん、アンネル、メイリフォアさんで二班。アヤメさん、サナコちゃん、イルマちゃん、ペローネさん、ニーチェちゃんで三班。タティマさん、ミシェルさん、ベクラムさん、モットレーさん、タゴサクさんで四班。システリート、マリスちゃん、レトワちゃん、ラピちゃん、セニミスちゃん、ディアナさんで五班かな」


 臨時に決めた編成で、それぞれ別れて貰う。


「えっへっへー。またお姉ちゃんと一緒!」


 ミーヤがニコニコと満面の笑みを浮かべ、美咲に抱きついた。


「あら、今回は義妹たちと別れちゃったわね。でもまあ、あの子たちが姉離れするいい機会かしら」


 ちらちらとテナとイルマを見ながら、セザリーが呟く。どうやら妹離れも必要なようだ。


「おほほほほほ。美咲様と一緒ですわ!」


 高笑いをしながら喜びの舞いを舞っているのは、イルシャーナだ。槍は背負われたままで、どうやら室内で振り回すほどの非常識さは無いらしい。というか、空間が限られた室内で槍を振るうのは結構難しいので、そのせいかもしれない。


「あら、私も美咲と一緒なのね。嬉しいけど、皆に悪いかも」


 喜びながらも、ミシェーラは大人らしく他を気遣うそぶりを見せる。


「じゃあ変わってください! どうしてイルシャーナは同じなのに私だけ別の班なんですか!?」


 即座にシステリートから要望が飛んできた。

 どうやら同じ班になれなかったのが悔しいようだ。


「あなたは駄目よ。美咲を守る戦力が減るじゃない」


 主の身の安全が関わるならそれとこれとは別らしく、ミシェーラは前言撤回して代わるのを拒否した。


「う。それは言い返せません」


 自分が非力であることの自覚があるシステリートは、それ以上強行できずに押し黙る。

 美咲はユトラに声をかけた。


「ユトラさん、二班のリーダーお願いできますか?」


「え? 私でいいの?」


 まさか自分が任されるとは思わなかったようで、ユトラがきょとんとした表情で美咲に聞き返す。


「はい。他にリーダーを任せられそうなのはドーラニア姉さんとメイリフォアさんですけど、性格的にはユトラさんが一番適任かなって」


 近くで彼女たちを観察して、それぞれの性格を把握した上での美咲の選択だけれど、やはり不満は出るようで、自分を抜かされてユトラが指名されたことに、ドーラニアがむっとした表情になった。


「おい、あたいだってリーダーくらいできるぞ」


「本人はこう言ってるわよ」


 不和を懸念するユトラは、美咲に再考を促す。決して自分がやりたくないわけではない。

 想定済みだったので、美咲はにこりと笑った。


「じゃあ、ドーラニア姉さんがリーダーだった場合は、どう進みます?」


 ドーラニアに尋ねると、ドーラニアはがっと握りこぶしを握る。ドーラニアの腕の筋肉が盛り上がり、動きに合わせて躍動した。


「もちろん真っ直ぐ行って見つけた敵をぶっ飛ばす! 見敵必殺だ!」


 脳筋過ぎる答えに、傍で聞いていたメイリフォアが唖然とする。


「えっと、ぶっ飛ばすっていっても、対象が見つからない場合はどうするんです?」


「罠とかあったらどうするのよ。確認しないの?」


 メイリフォアと一緒についユトラも突っ込みを入れる。


「そんなもの気合で避ければいいじゃねえか」


 今度こそ、ユトラは絶句した。

 生ぬるい笑顔で、美咲が可愛らしく小首を傾げる。


「……こんな按配なんですけど、臨機応変な指揮ができると思いますか?」


 ユトラは悟っている。戦闘ならともかく、ドーラニアに探索の指揮は無理だ。


「無理ね。でも、メイリフォアは?」


 今度はメイリフォアを推すユトラは、別にやりたくないわけではない。ただ、可能性の有無を確かめているだけだ。


「じゃあ、メイリフォアさん、あなただったらどうします?」


 急に話を振られたことに驚きながら、メイリフォアは答える。


「え? えっと、とりあえず、罠かもしれないので、警戒します」


 うんうんと美咲は同意するように頷くと、続きを促す。


「それからは?」


 考えるメイリフォアは、考えが纏まってきた様子で、先ほどよりもどもらなかった。


「時限式の罠があるかもしれないので、調べます」


「確かに違う種類の罠が仕掛けられている可能性も無いとはいえないわね。その後は?」


 にこにこと笑う美咲は、メイリフォアに続きを促す。


「光を当てることによって発動する罠があるかもしれないので、調べます」


 延々と罠の確認を一つ一つ続けるというメイリフォアに、ついにドーラニアが痺れを切らした。元々が我慢強くないドーラニアにしては、よく持ったといっていいだろう。


「……おい、まどろっこしいぞ。いつ中に入るんだ」


 イライラしていそうなドーラニアに、きょとんした表情でメイリフォアは当然のことのように言う。


「え? ぜ、全部の罠の可能性と、城全体の敵の配置を調べて、退路を確保してからですよ、もちろん」


 予想通りの答えを聞いて、美咲はにっこりと微笑んでユトラに向き直る。


「という感じですけど、任せられると思いますか?」


「どうして二人ともそう両極端なのよ……」


 思わずユトラが頭を抱えた。

 残りはテナとイルマだが、テナはちょっと幼いし、アンネルは年齢以前に不真面目なところがあるので論外である。選択の余地は無い。二班はユトラが率いることに決まった。

 続いては、三班である。


「三班のリーダー、ペローネさんお願いします」


「あたし? まあいいけど」


 特に得意でも苦手でもないペローネは、少し目を見開くと、承諾した。


「何故アヤメさんじゃないのですか!?」


 サナコがアヤメが選ばれなかったことに驚いて目を剥く。

 アヤメと代われとペローネに詰め寄ろうとしたサナコの背に、若干呆れた様子でアヤメが声をかけた。


「私は別にリーダーなんてやりたくないぞ」


「ペローネさんリーダーお願いします!」


 そう言ってペローネに押し付けるサナコの行動に迷いは無かった。

 いっそ清々しいほどの手のひら返しである。

 苦笑した美咲は振り向くと、今度はタティマたちに声をかける。


「タティマさんたち四班は、自分たちで話し合ってリーダーを決めてくれますか? 私が口を出すのも違うと思いますし」


「じゃあ、このまま俺がやろう。大体パーティじゃ指示出しは俺の役目だからな」


 指揮を執るのは慣れているらしく、タティマは気負った様子もなく承諾する。どっしりと構えていて、確かに経験豊富なようだ。

 安心感が湧き出て、美咲はホッとする。

 彼らはチームワークがとても良さそうだから、下手に崩さない方がいいと判断した美咲の考えは、間違っていないようである。

 残る一グループに美咲は声をかけた。


「大広間に待機組の五班はディアナさんがリーダーでお願いします。非戦闘員が集まっていますし、何かあったら私たちが戻ってくるまで頑張って耐えてください。マリスちゃん、ラピちゃん、レトワちゃんを残していきますし、セニミスちゃんもいるので大丈夫だと思いますけど」


「分かりました。お任せください。ここは何があろうとも、死守してみせます」


 ディアナはまるでここで踏み止まらなければ美咲が死ぬかのような、覚悟を決めた表情で決意を表明する。

 力が入りすぎている様子のディアナを心配した美咲は、苦笑する。


「えっと、そこまで鬼気迫らなくても。肩の力抜いて気楽にいきましょうよ」


 自分の言動を鑑みて、美咲を不安にさせてしまったことに気付いたディアナは反省する。

 色々と特殊な状況にあったとはいえ、元々ディアナはメイドに過ぎない。

 それに、ディアナにとって、美咲に協力するのは贖罪の意味も込められている。


「……そうね。皆、助けてくれる?」


 反省したディアナは、同じ班の仲間たちに助力を求めた。


「あなたにはむしろ私たちの方が助けられてますからね。どんと寄りかかってください。私たちで支えますよ」


 システリートが胸を張り、まかせろとでも言うように、手で胸を叩いた。豊満なシステリートの胸が、その拍子にぶるんと揺れる。


「そうそう。露払いはボクたちがするから、任せて」


 にこっと笑ったマリスが、ぽんぽんと自分の双剣の柄を叩く。

 大人であるドーラニアやアヤメ、ユトラなどと比べるとまだまだ子供だが、マリスとて近接戦闘が得意な戦士として調整されていることには変わりはない。マリス自身もそれは自覚しており、密かに自分の実力に対して自負を持っている。


「守るのは得意だから。心配しないでよね」


 ラピもまた、自分の背丈ほどもある大盾を軽々と担いでいた。素早い動きこそ出来ないが、その代わりラピは防御技術には自信があった。ドーラニアやアヤメが相手でも、勝てなくとも延々と耐え続けられる自信があった。


「敵が来たら、レトワ頑張って戦うよ! だからおやつ食べていい?」


 あらゆる意味で、レトワは普段通りだ。

 緊張というものが感じられず、食欲に忠実で、マスコットのような可愛さを振りまいている。

 そんな形をしていながら、いざ戦闘になると鎌を振り回してマリスやラピと互角の戦いを繰り広げる。人は見た目で判断してはいけないという良い見本だ。


「……戦闘になるかもしれないんだから、ちょっとだけにしなさいよ、バカレトワ」


 呆れた表情でセニミスが言うと、レトワは喜んで道具袋から保存食を取り出した。

 干し果物である。


「わーいモグモグ」


 フリーダムなレトワに苦笑を漏らすと、美咲は続いて各班に部屋の探索を割り当てる。


「私の班は一階の調べてない部屋に行くわ。ユトラさんの班は二階の一番左の部屋。ペローネさんの班は二階の真ん中の部屋。タティマさんの班は二階の一番右の部屋。ディアナさんの班は私たちが探索している間、ここに待機していざという時の退路の確保をお願い」


 指示を出し終えると、美咲は手を叩いて注目を集め、号令する。


「じゃあ、各自班行動で探索開始!」


 そうして、探索が始まった。

 皆が探索に取り掛かると、ディアナは己の班のメンバーを集め、指示を伝える。


「私達は待っている間、ここの安全を確保しておきましょう。注意するべきは、ちょうど六ヶ所ですね。私達が入ってきた玄関に続く扉と、先ほど調べた使用人の居住区画に続く扉。後は美咲様の班が調べに行ったもう片方の一階の扉と、二階にある扉三つです」


 ざっと状況を整理して説明するディアナに、マリスが尋ねる。


「どうやって分けるんだい? 僕たちは戦える人材と戦えない人材が混在してるから、下手をすると何かあったときに後手に回っちゃうかもしれないよ」


「ええ。ですので、戦えない私、システリート、セニミスでここから二階を見張ります。一階はマリスとラピ、レトワで即応できるように見張ってください。……これでいいでしょうか」


 若干不安そうに確認を取るディアナをラピが励ました。


「ちゃんとした指示になってるから、もっと胸を張っていいと思うわよ? まあ、あえて言うなら、二階はそれぞれ担当の班も見張りを置くだろうし、敵がいるとしたら、今まで調べて安全を確認した場所より、また未探索の場所の方が確立は高いわ。実質的には、私達が絶対に警戒しなきゃいけない場所って、来た道だけ。不利になって脱出する時に退路を塞がれるのが一番厄介よ。念のため、どの班もついてない使用人区画側からの奇襲も想定できてると完璧ね」


 ディアナが目を輝かせてラピの講義に聞き入った。見た目的にはラピの方が圧倒的に年下なのだが、完全に立場がちぐはぐである。


「一応、いつでも回復魔法は使えるようにしておくわ。念には念を入れておいて損は無いだろうし、最悪を想定して準備するわね」


 自分の道具袋から、セニミスは魔法薬を取り出し易い位置に移動させる。場合によっては魔法薬に頼ることになる可能性だって十分にある。何しろ敵が隠れているとしたら、騎士団たちが応援に来るまで撤退戦になる確率はかなり高い。セニミスとて自分たちが魔族の雑兵に劣っているとは思いたくないものの、数の違いはやはり苦しい。

 魔族語による能力の差が、洗脳による技術の習得という思わぬ方法で埋められているのがせめてもの救いか。だがこれは諸刃の剣でもある。この方法が取れるのは、セニミスたちが一度完璧に自我を解体され、真っ白な状態に漂白されたからに他ならない。全てが消えているからこそ、好きに絵を描くことができる新しい白地が生まれているのだ。


「状況がさらにその先を行ったりして。モグモグ」


 のんきに干し果物を食べながら、レトワがぽつりと言った。


「こら、レトワちゃん不吉なこと言わないの」


「何食わぬ顔で何か食べてることには、もう誰も突っ込まないんですね……」


 レトワを嗜めるメイリフォアに、ディアナは苦笑するとともに、緊張で強張っていた体が解れていくのを感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ