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美咲の剣  作者: きりん
四章 死闘
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十七日目:嵐の前の静けさ1

 しばらく歩くと、ようやくヴェリートの城が見えてきた。

 城というより要塞と呼べるほどの堅牢な外観で、ここを攻め落とすのは正攻法で骨が折れそうなのは、見るだけで分かる。


「跳ね橋が上がっていませんね」


 ユトラが降りたままの橋を見て訝しげな顔になった。

 篭城する際には上がっていなければおかしいはずの跳ね橋が、「どうぞ通ってください」といわんばかりに下ろされている。

 あまりに露骨過ぎて怪しく、さすがにそれ以上は真っ正直に進めずに、美咲たちはいったん立ち止まる。


「罠、かしら。私たちを誘い込もうとしてるの?」


 美咲は限界まで眉を潜めて考え込んだ。

 どう考えても、今まで全く抵抗がなかったことといい、罠があるようにしか思えない。

 敵がどこで仕掛けてくるのか、それが問題だ。


「とりあえず入ってみようよ! 何かあったらその時考えればいいよ! リンキオウヘン!」


「いいわけないでしょう、そういうのは考えなしっていうのよ!」


 あっけらかんと言ったレトワの頭を、ラピが叩いた。見事なボケと突っ込みである。


「私は他の傭兵団や騎士団が追いつくまで待つのを推奨する。その間に私は寝る。おやすみなさい」


「寝るな! あんたそれらしいことを言っておいて、本当は自分が寝たいだけでしょう!」


「何故ばれた」


 今度はアンネルが欲を建前で隠した発言をして、見事にセニミスに見抜かれてどつかれていた。

 まあ、本意はともかく、アンネルの提案もそれそのものはおかしいものではない。

 罠を承知で突入するか、警戒して応援が到着するのを待つか。判断が別れるところだ。


「でも、これだけ開けっぴろげだと、わざと罠があると思わせて時間を稼ごうとしている可能性もありますよね」


 メイリフォアが、また別の可能性を指摘する。

 こうなると、美咲には動いても動かなくてもどちらも問題があるようにしか思えない。そしてその考えはある意味では正しい。

 どの選択を選んでも問題が残るのなら、もう美咲がこれだと思う選択を取るしかないだろう。


「突入しましょう」


 少し考えた後に美咲が決断すると、ミーヤが思い切った様子で美咲に提案した。


「えっと、ミーヤ、魔物さんたちを先行させるのがいいと思う!」


 ミーヤは、ちゃんと以前同じ方法で索敵を行っていたことを覚えていた。ミーヤが皆の役に立てる、数少ない機会なのだ。美咲の役に立ちたいといつも思っているミーヤが忘れるはずもない。


「そうね、その方がいいか」


 反対する理由もなく、合理にも適っているので、美咲はミーヤの案を採用した。突入する前にペリトンの群れを放つのだ。

 美咲がペリ丸に頼もうとしていると、もじもじしながら、美咲の外套の裾をミーヤが掴んだ。


「お姉ちゃん、ミーヤがお願いしてみたい」


 袖を引かれて振り向いた美咲は、ミーヤが頼みごとをしてきた真意を敏感に察した。

 おそらく、ミーヤは翻訳サークレットを借りたいのだ。ミーヤは魔物使いの笛の持ち主ではあるものの、魔物と意思を通わせられないのでコミュニケーションが取れない。それが、ミーヤには歯がゆくてたまらなかったのだろう。


「そうね。やってみる?」


「いいの?」


 どうやら断られることを覚悟のお願いだったらしく、ミーヤは美咲を見上げて信じられなさそうに目を見開いた。


「ええ、どうぞ、ミーヤちゃん」


 にっこりと笑った美咲は、額のサークレットを取り外すと、しゃがみこんでミーヤと視線の高さを合わせ、ミーヤの額に近付ける。


 サークレットは大きさを変え、ミーヤの頭に無事納まった。

 アヤメとサナコが何かをミーヤに言っているが、サークレットを外したミーヤはぷくぅっと頬を膨らませている。どうやらミーヤにとって腹の立つことを言われたらしい。


「お姉ちゃん、アヤメたちが酷いこと言う! ミーヤがこれつけてるの、似合わないって!」


 ぷりぷり怒るミーヤは、美咲に告げ口に走った。


「まあまあ、それはたぶん、私がつけることを想定してデザインされてるからじゃないかしら。きっと、ミーヤちゃんももっと大きくなれば似合うようになるよ」


 フォローに回る美咲の言葉を聞いたアヤメとサナコが、ミーヤに詰め寄っている。どうやら通訳を頼みたいようだ。今の美咲はサークレットをミーヤに貸しているので、サークレットをつけているミーヤとしか会話が成立しない。


「えへへへへへ。じゃあ、ペリ丸、皆で警戒お願いね」


 美咲との会話を独り占めできてご満悦なミーヤは、とても上機嫌にペリ丸に命じた。


「ぷう!」


 ペリ丸は元気よく一鳴きすると、群れを連れて走り去っていく。ペリ丸率いるペリトンの群れは、次々と道に沿って群れを分割して枝分かれしていき、見えなくなった。


「ありがとう! お姉ちゃん!」


 笑顔でミーヤが自分の額からサークレットを取り外し、美咲に差し出してくる。ミーヤの額の大きさに合わせて収縮していたサークレットは、ミーヤの額から離れたとたんに、元の大きさに戻った。


「どういたしまして」


 微笑を浮かべて、美咲はサークレットを受け取って額に嵌め直す。とたんに、周囲から聞こえるわけの分からない雑音だったそれぞれの声が、意味を帯びてくる。


「うむ。やはりその装飾は美咲が似合うな。ミーヤがつけるとちんちくりんにしか見えん」


「ミーヤ、ちんちくりんじゃないもん」


 ぷくっとミーヤが不満そうに頬を膨らませて泣きそうになるので、美咲は慌ててフォローをする。


「サークレットをつけてた時のミーヤちゃん、小さなお姫様みたいだったよ?」


「そう? えへへへへへ」


 今泣いた烏がもう笑うとばかりに、美咲の目の前でミーヤが上機嫌に笑み崩れてくねくね身体をくねらせた。

 微笑ましそうにミーヤの様子を眺めるサナコが、そのまま微笑みながらアヤメに言う。


「もう、アヤメさんも素直じゃないんだから。素直に美咲さんがつけてたものを貸してもらえるなら、自分も借りてみたいって本心を言わないと」


「何故そうなる!?」


 思わず頬を紅潮させてアヤメがサナコに掴みかかる。実力者のアヤメだが、本気でなければサナコとてあしらうことは難しくない。笑顔のまま捕まらずにひょいひょいとかわしていく。

 完全にじゃれている二人の様子を、美咲は苦笑して眺めた。


「にしても、便利だなぁ。魔物を従えるだけでなく、あそこまで言うことを聞かせられるなんてよ」


 タティマがペリトンの群れが走り去っていったのを見て、しみじみと呟く。


「あの魔物使いの笛と、サークレットがあって始めて出来ることっていうのはいいのか悪いのか。まあ、誰でも出来たら俺たちの商売上がったりだけどな」


 ミシェルが苦笑してミーヤを見つめる。容姿のせいで、幼女を見つめるロリコンな山賊にしか見えない。

 冒険者である彼らは魔物との戦いを生業としているので、魔物を従えることで戦闘を回避するどころか手勢を増やせることに、大いに興味を抱いているようだ。

 その気になれば貴族らしい所作でだって振舞えるのだろうが、普段の態度は完全に荒くれである。ガハハと大口を開けて笑うし、酒場では酔った勢いに任せて女性に絡んで騒ぎを起こす。そして大体ベクラムに沈められる。


「魔物を索敵に使うなんて、僕たちの常識からしたら考えられないよ。騎士団には魔物を従える魔物使いもいるって噂話があるけど、実際に表に出てきているのを見たことはないしね」


 優男風のベクラムが苦笑する。

 容貌に反していかつい名前を持つベクラムは、色々な意味でミシェルとは対称的だ。

 冒険者のような荒くれ家業をしているには整い過ぎた容姿は、かえって見る者に胡散臭い印象を与える。これが貴族の夜会などであったら、美男子として名を馳せていただろう。

 実際、ミシェルと一緒に冒険者になるまでは、ベクラムはそれなりに浮名を流していたものだ。どんなにめかしこんでも貴族に見えず、陰口を叩かれるだけだったミシェルと違い、ベクラムは貴族の妙齢の独身女性たちにも人気だったので、婿入りという選択肢もあった。それらを蹴ってミシェルと貴族社会を飛び出し冒険者になったのは、幼馴染であるミシェルとの友情のためである。こう見えても、友人思いで義理堅い男なのだ。


「あっしもそんな特技があればいいでやんすけどねぇ」


 不思議な言葉使いで、モットレーがため息をつく。

 翻訳サークレットが悪いのか、それともモットレーが話している言葉に訛りでもあるのか、通訳されたモットレーの言葉使いは特徴的だ。容姿も公爵家という極めて位の高い貴族として生まれたにしてはパッとせずに覇気もなく、小物感がある。実は庶子とか、そういう複雑な事情があるのかもしれない。

 実際に、モットレーは仲間たちの中では、一番一般市民の風俗に詳しく、金銭感覚も庶民的だった。貴族出身の者がやりがちな、無警戒に支払い時に財布の中身を他人に見せてしまうというような失敗も、予め仲間たちに注意を促すことで未然に防いでいた。


「おお、皆の者、ペリトンが戻ってきたようでござるぞ」


 降りっ放しの跳ね橋を、ペリトンが駆けてきたのを見て、タゴサクが周りに伝える。

 タゴサクもまた特徴的な語尾をしている。もしかしたら、これも訛りから来ているのかもしれない。タゴサクの出身地であるワノクニは、相当遠くにあるようだし、田舎訛りがあってもおかしくない。とすると、モットレーの方は下町訛りだろうか。やはり庶子なのか。

 まだ全く諦められていない様子で、タゴサクは時折ちらちらとアヤメとサナコの方を窺っている。アヤメとサナコは視線に気付いてはいても、興味は無いようで完全に無視している状態だ。美咲とて仲良くして欲しいとは思うが、アヤメとサナコが記憶を取り戻して自分よりもタゴサクを優先するようになってしまったら、それはそれで複雑な気持ちになるだろう。人の気持ちというものは、そう簡単に計れるようなものではない。

 一匹のペリトンが戻ってきたのを皮切りに、続々とペリトンたちが帰還してきた。

 その中にはペリ丸が混じっていて、ペリトンたち同士でぷうぷう意見を纏めると、美咲に報告する。


「ぷうぷう! ぷうぷうぷう!(敵影なし! だけど一匹だけ帰って来ないから、安全かどうか分からない場所がある!)」


「ど、どこ!?」


 思わず美咲がペリ丸を両手で抱え上げて尋ねると、ウサギのような顔の鼻をひくひくと動かしながら、ペリ丸は鳴いた。


「ぷう!(地下牢!)」


「ち、地下牢? そんな場所が?」


 意外な場所が怪しいことを知り、美咲は唖然とした。


「お姉ちゃん、どういうことなの?」


 サークレットがないのでペリ丸の鳴き声に込められている意思が分からないミーヤが、美咲の服を引っ張って通訳を求めてくる。


「地下牢を探索してたペリトンだけが、まだ帰ってないんだって」


 美咲が分かったことを話すと、ミーヤが不安そうな顔をする。


「……何かあったのかな」


 表情を曇らせるミーヤの頭を撫でながら、ディアナが美咲に振り向く。

 撫でられたミーヤが少は驚いた表情になると、擽ったそうに笑っている。

 ディアナが美咲に提案した。


「少なくとも、その地下牢が一番怪しそうですね。探索するとしたら、最後に回した方がいいのでは?」


 もっともだと思ったので、美咲はディアナの提案を受け入れる。


「そうですね。一応見張りをおいて警戒しておきましょう。何かあったらすぐ連絡が伝わるように、二人くらいにしましょうか」


 誰を残そうか美咲が考え込んでいると、アリシャが立候補した。


「なら私とミリアンがやろう。私たちなら何が出てこようが問題ない。まあ、さすがに魔将やら魔王やらに出てこられると困るが」


 苦笑した美咲は、アリシャとミリアンという二大戦力が抜けることに少し不安を覚えたが、二人がいないと何もできないと思われるのも癪なので、不安を押し隠して笑う。


「さすがに無いですよ。蜥蜴魔将を倒したばかりですし。まだ魔将がいるなら、どうして蜥蜴魔将と一緒に出してこなかったんだって話になりますもん」


 あえて空元気を晒しながら、美咲は城内に入った。


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